「じゃあ、アクセルがうちの事務所に来たことを祝って……乾杯!」
『乾杯!』
ファミレス……ただしちょっと高級なファミレスで、龍子がコップを掲げて乾杯の合図を送ると、俺を含めた他の面々もそれぞれ持っていたコップを掲げ、近くにいる者達とコップをぶつけてから、飲む。
当然ながら、俺が飲むのは酒ではなくウーロン茶だ。
というか、俺以外の全員もウーロン茶を飲んでいる。
一応今日の仕事は終わったという事で、龍子を始めとした成人した者達なら酒を飲んでも構わないとは思うんだが。
これは単純に龍子や優が酒を好まないからなのか、それともプロ意識によるものなのか。
その辺りは俺にも分からなかったが、とにかく酒を飲んでいる者はいない。
このファミレスは龍子の事務所から歩いて10分程度で、当然ながら車で来ている訳でもないので、そういう意味でも酒を飲んでも構わないんだが。
ともあれ、酒がこの場にないというのは俺にとって悪くないことなのは間違いなかった。
もしここで酒を飲もうものなら……それこそ、俺がそれなりに好意を抱いている龍子、優、ねじれ辺りが、気が付いたら裸で一緒のベッドに寝ているといったような事になってもおかしくはないのだから。
俺としては、それは出来れば遠慮したい。
いやまぁ、好意を抱いているのは間違いないし、龍子も優も大人の女という魅力を持っているのだから。
けど、まだ会ったばかりというのが、この場合は大きい。
世の中には一目惚れとかそういうのもあるから、出会って即そういう関係になるというのも否定はしないが。
そして、ねじれは……うん。まぁ、美人と称しても間違いではないが、その性格は純真無垢。もっと言えば幼稚園児か小学生低学年っぽい感じだ。
だからこそ、余計にそういう対象にしにくい。
そんな訳で、この場に酒がないのは間違いなく幸運だった。
「それにしても……こうして歓迎会を開いてくれるのは嬉しいけど、龍子も知っての通り、俺はあくまでも事務所で寝泊まりをするだけで、龍子の事務所に所属する訳じゃないぞ?」
「そうね、それは少し残念に思うけど。……これで、アクセルが雄英の生徒だったら、インターンとかそういうのを期待するところなんだけど」
そう言い、ねじれを見る龍子。
そのねじれは、他のサイドキックや事務員達と楽しそうに話していた。
そう言えば、ねじれがその雄英の生徒だったな。
何だかねじれを見ていると、その性格からして俗に言うエリート校の生徒だとは思えないんだよな。
とはいえ、一口にエリート校と言ってもそこに通う者達は人それぞれだろうけど。
俺が想像するような、エリート意識を持っていて他人を無条件で見下す……そんな典型的な奴が、そういるとも思えない。
あ、でもそうだな。この世界も個性という名の特殊能力があるそんな世界である以上、何らかの原作の世界であるのは間違いない。
であれば、俺が想像しているような典型的なエリートがいたとしても、おかしくはない……のか?
だからといって、俺がそういう奴に絡むかどうかはまた別の話だが。
というか、何となく、本当に何となくだが、その雄英というのが原作の舞台のような気がするな。
個性やヒーロー、ヴィランというのがあり、そのヒーローを育てる高校もある。
そんなヒーローを育てる高校の中でエリート校の雄英。
そう考えれば、やはり雄英がこの世界の原作の舞台である可能性は高かった。
とはいえ、そんな中で誰が主人公なのかというのは簡単に予想は出来ないんだよな。
今度一度雄英を見に行ってもいいかもしれない……いや、そういうエリート校なら、そう簡単に見学とかは出来ないか?
あるいは今のこの世界が10月である事を思えば、もしかしたら来年度の1年生辺りが主人公である可能性も高いのかもしれないな。
そんな風に思いながら、ピザ……いや、ピッツァか? それを食べる。
「美味いな、これ」
「でしょう? このお店は厨房にピザを焼く専門の窯があるのよ。それで焼きたてのピザを出してくれるの」
「……そうなのか?」
メニューを見た限りだと、このファミレスは別にイタリア料理専門店といった訳ではない。
そんな中で、ピザを焼く窯が用意されているというのは、かなり驚きだった。
「何でもこのファミレスの本部には石を操る個性を持つ人がいて、その人が作ったピザ釜らしいわね」
「そういう個性の使い方もある訳か」
てっきりヒーローとヴィランだけが個性を使ってるのかと思ったんだが。
「ええ。もっとも、普通の人は街中で個性を使うのは禁止されているわ。その人も色々と面倒な手順を踏んだ上で限定的な免許のような物を取ったんでしょうね」
「そういうものか」
今の話からして、どうやら個性というのはヒーロー以外は自由に使うといった事は出来ないらしい。
いやまぁ、でも考えてみればそれも当然か?
何しろ個性という特殊能力は、千差万別だ。
場合によっては、それによって周囲に大きな被害を起こすような個性もあるだろう。
本人が意図したかどうかは別として。
そんな訳で、個性を自由に使うには免許が必要という龍子の言葉は納得出来た。
……それを理解した上で、このファミレスのように窯を作る事に個性を使ったりとか、そういう仕事をしたりもするらしい。
「ええ、そうよ。だからアクセルも、街中でうっかりと力を……個性を使わないように気を付けてね」
力と言い掛け、それを慌てて個性と言い直したのは、やはりまだ俺の能力を個性と誤魔化す事に戸惑っているのだろう。
普通に考えて、この世界の住人に個性以外の力というのを理解しろという方が難しいだろうし。
もっとも、実は俺も知らないだけで、この世界には普通に個性以外の力とか、そういうのがある可能性は十分にあったが。
「分かってる。もし使うにしても、見つからないように使うよ」
「……あのね、見つからなければいいってものじゃないでしょ? そもそも個性を使うなと言ってるのよ? 見つからなければ犯罪じゃないとか、そういう認識は止めてよね」
龍子が不満そうに言ってくる。
ヒーローのリューキュウとしては、俺の言葉を受け入れる訳にはいかないか。
とはいえ……個性というのがあるにしても、この世界の人間は普通の人間だ。
いや、個性がある分だけ自分の能力を抑えることが難しいと思っている者もいるだろう。
だからこそ、ヒーローの中にも裏で何か後ろめたい事をやっていても、俺は驚かない。
それどころか、寧ろ少なからず……一定数はそういう者達がいるだろうとは思っている。
龍子もそれが分からない訳ではないんだろうが。
「そうだな。これからは気を付けるよ」
ヒーロー……というより、龍子の性格を思えば、こういう事については口に出さない方がいいだろう。
ましてや、今は龍子の事務所で寝泊まりする身なのだから、余計に自分の言動には気を付けないといけないだろう。
「ほらほら、アクセルもこの料理を食べてみて。酸っぱいのに辛いのよ。不思議」
龍子と話をしていると、不意にねじれが俺の方に何らかの料理……スープの入った皿を持ってやってくる。
酸っぱいのに辛い? それってもしかして……いや、けどこのファミレスの性質を考えると……
そんな風に思いつつも、ねじれの持ってきたスープをスプーンで一口飲む。
すると口の中に広がる酸味と辛味。そしてタイ料理で多用されるパクチー。
うん。これはやっぱり間違いなくトムヤムクンだ。
「何で、この店のメニューにトムヤムクンがあるんだ? イタリア系がメインじゃないのか?」
「そうよね。不思議。でも、ほら」
ねじれがメニューを見せると、確かにそこにはねじれが持っているのと同じ皿に盛られたトムヤムクンの写真があった。
……どうやら、ねじれがトムヤムクンを飲みたくて何らかの手段で用意した訳ではないらしい。
普通なら、俺の空間倉庫じゃあるまいしそんな訳があるかと突っ込んでもおかしくはないのだが……何しろ、この世界は個性という特殊能力のある世界だ。
であれば、どこからともなくトムヤムクンを生み出す個性とか、そういうのがあってもおかしくはない。
まぁ、料理店……トムヤムクンの専門店を出したり、あるいは食べ物の少ない場所にボランティアで行くとか、そういうのじゃない限り、あまり使い道はないように思える個性だが。
もっとも、そんな俺の考えもねじれが持っていたメニューの写真を見て、すぐに消えてしまったが。
それにしても……個性か。
まだ個性についてそこまで詳しい訳ではないのだが、個性というのはどこからどこまでの個性があるんだろうな。
例えば今俺が考えたような、トムヤムクンを生み出す個性とか、そういう個性はあるのか。
それとも、トムヤムクンを生み出すような個性はないのか。
俺が知ってる限りだと、龍子のドラゴンに変身する個性、優の巨大化する個性、ねじれの空を飛ぶ個性の3つだけで、その中には何かを生み出すような個性はない。
……いやまぁ、ねじれの個性については詳細を聞いた訳ではないが。
「トムヤムクンの件はいいとして……そう言えば、ねじれの個性については聞いてなかったけど、どんな個性なんだ?」
「え? 私の個性? 私の個性はね、波動っていう個性だよ。活力をエネルギーとして放ったり出来るの」
それで何で空を飛べるんだ?
そう思ったが、その波動という個性を使えば、恐らく空を飛べるのだろう。
にしても、活力をエネルギーとして放つ個性か。
活力というのは、つまり体力……それは考えようによっては、生命力とかそういう風にもならないか?
まぁ、実際にどうなのかは分からない。
活力=生命力というのは、あくまでも俺の予想でしかないし。
もっとも、龍子が普通に個性を使わせているのを考えれば、もし俺の考えが正しいとしても、消費される生命力は微々たるものだったりするのだろうが。
もしくは消費しても、寝るなりなんなりすれば回復するのかもしれないが。
「それは色々と便利そうだな」
「私もそう思うわ。……あ、その料理、不思議な形をしてるね!」
唐突に俺との会話を終えると、ねじれは事務員が食べている緑色のスープに興味を抱いて近付いてく。
「……外見とは違って、随分と精神年齢は幼いみたいだな」
「ふふっ、そうね。でもそういう意味では、アクセルも接しやすいんじゃない?」
コーンポタージュを飲んでいた龍子がそう言ってくる。
今の俺は10代半ばの姿なので、そんな風に思われてもおかしくはないか。
もっとも、俺から見ればねじれの精神年齢はもっと下のように思えるが。
「まぁ、そうだな。気楽に接する事が出来るのは間違いない。色々と聞いてくるのはちょっとどうかと思うが」
「それは諦めてちょうだい。それを含めて、ねじれなんだから」
この様子だと、恐らく龍子も色々と聞かれたんだろうな。
龍子はドラゴンに変身する個性の持ち主だ。
ねじれのように好奇心旺盛な者にしてみれば、色々と聞きたい事も多いだろう。
「でも、先輩。あの子って雄英の中でもかなりの実力者なんですよね?」
「あら、よく知ってるわね」
優の言葉に龍子が笑みを浮かべてそう言う。
その様子を見ると、どうやらねじれは本当に雄英の中では実力者らしい。
波動という個性が具体的にどのくらい強いのかは、生憎と俺には分からない。
だが、優の言葉が事実で実際にねじれは実力者なのだろう。
……公安の反応を見ても、龍子はヒーローの中でも間違いなく上澄みだ。
そんな龍子の事務所にインターンとして来ているのだから、雄英の中でも実力者なのはそうおかしな話じゃない。
あ、けどそうだな。
ねじれは性格は子供っぽいが、外見は間違いなく美人だ。
もしかしたらこの世界の原作におけるヒロインなのかもしれないな。
そうなると、主人公はねじれのクラスメイト……あるいはヒロインが年上という事で、今の1年か、もしくは来年1年になる生徒か。
その辺については、今のところよく分からない。
分からないが、それでもその可能性は十分にあるとは思う。
もっとも、あくまでもそれは可能性であって、確定した事ではないが。
「雄英か。ちょっと興味あるな」
「ふーん。……公安がアクセルの戸籍を作ったら、来年雄英の受験を受けてみる?」
「え? いや、それは……」
今の俺が学校に行くというのは……そんなに珍しくはないが、ない訳ではない。
ネギま世界やペルソナ世界でそうしたように。
だが、わざわざ受験を受けてとまでなると……どうなんだろうな。
特に雄英はエリート校として有名なんだし、倍率も凄い事になりそうだ。
それに、数学や物理、国語、英語といったものはよくても、個性の存在する世界において歴史は俺の知ってるものと違うしな。
いや、けどそうだな。
今の俺には特に何かやるべきことがある訳でもない。
せいぜいが個性の情報収集であると考えれば、暇潰しも兼ねてそっちに手を出してみるのも面白いかもしれないな。