龍子との朝食が終わって少しすると、この事務所で働いている者達がやってくる。
その中には、ねじれの姿もあった。
ねじれは今は雄英の2年らしいのだが、インターンによって学校とこの事務所に通ってるらしい。
なら、2日連続でこの事務所に来るのはいいのか?
そう思ったが、ねじれ的にはどうやら問題ないらしい。
「リューキュウ、料理上手でしょ? 不思議よね」
「ちょっと、ねじれ。何で私が料理上手だと不思議なのかしら?」
事務所の端に新しく用意された俺用のテーブルとパソコンの設置が完了し、一休みしている時に今日の朝食の話になって、ねじれがいつものように不思議と言ってると、そこに龍子からの突っ込みが入る。
いや……でもまぁ、龍子が料理上手というのはちょっと意外なような気がする。
これはあくまでもイメージ的なものだが、龍子のようなクールビューティで仕事の出来る女というのは、料理が苦手という印象があった。
だが、龍子は料理も出来るのだから、不思議というねじれの言葉は実は俺の心を読んだものではないかと思ってしまう。
もっとも、龍子はあくまでも料理が出来るというだけで、決して料理が得意という訳ではない。
今日の朝食も普通に食べられるが、特筆する程に美味い! という訳ではなかったし。
ただまぁ、それでも人並みに料理が出来るというのは長所だろう。
……と思っていたのだが……
逃げていくねじれを見た龍子は、呆れたように口を開く。
「ヒーローの仕事には、救助活動も含まれているのよ? 場合によっては自然災害のあった場所に行って救助活動をして、その時に炊き出しをやったりする必要もあるんだから、料理上手とまではいかなくても、最低限の料理くらいは作れるようにならないと。ねじれもある程度の料理は出来ないと駄目なのよ」
逃げ出したねじれに向かい、龍子がそう声を掛ける。
なるほど。料理は趣味とかじゃなくて、ヒーローとして仕事をする上で必要だから習得した技能な訳か。
……とはいえ、俺が言うのも何だが簡単な料理くらいは少し練習すれば作れるようになるとは思うんだが。
「ほら、ねじれ。そろそろパトロールに行くわよ」
「はーい」
龍子の言葉に、ねじれはすぐに気分を変えて出撃……いや、違うな。出発? そう、出発する準備を始める。
そんなねじれの後ろ姿に、ふと声を掛ける。
「ねじれ、ねじれは高校2年なんだよな? なら、小学校……いや、中学校の時に使っていた教科書とか持ってないか? あるなら貸して欲しいんだが」
「え? 何に使うの? 不思議」
「いや、教科書なんだから勉強に決まってるだろ。……個性事故の影響で、ちょっと記憶が曖昧なところがあってな。教科書を見れば分かるかもしれないと思ったんだが」
この世界の常識を知るのなら、ネットで調べたり、書店で本を購入したりといった事をしてもいいが、教科書で勉強するのが一番手っ取り早い。
教科書を読めば、この世界の一般常識とかそういうのは分かりやすいだろう。
「なるほど。けど、中学の教科書は秋田にあるから、送って貰わないといけないね」
「……秋田?」
「あら、アクセルは知らなかったかしら? ねじれは中学までは秋田にいたのよ。雄英に合格して秋田から出てきたの」
あー……なるほど。
昨日の夕方、公安の支部から帰る途中で寄ったラーメン屋。
稲庭うどんの技法を使って作った乾麺を出しているというラーメン屋。
何でそういう店をねじれがお勧めしたんだ? と若干疑問だった。
いやまぁ、乾麺なのに生麺に負けない……いや、より正確には生麺とはまた違った魅力のあるラーメン屋という事でねじれが知っていてもおかしくはないと思っていたんだが、秋田出身だから稲庭うどんの技法を使った乾麺を使ってるラーメン屋について知っていたのかもしれないな。
……まぁ、秋田出身だからといって稲庭うどんに興味があるとか、食べ慣れているから食べたくなったとか、そういうのはあくまでも俺の予想であって、実際には違う可能性も十分にあったが。
「そうか。きりたんぽ鍋やだまこ鍋、ハタハタの寿司やジュンサイなんかは有名だな」
「詳しいね、アクセル。不思議不思議」
俺の口からすらすらと秋田の名物料理が出たからだろう。
ねじれは驚いたようにそう言う。
本気で驚いている為か、いつもは不思議と1度しか言わないのに、2度続けて言っていた。
「まぁ、俺も食うのは好きだしな」
とはいえ、この辺りについては……あれ? 誰から聞いた知識だったか。
単純に美味い料理特集とかそういう雑誌でのものだったか?
もしくは料理ということで四葉辺りから聞いたんだったか。
まぁ、ともあれ故郷の秋田を褒められてねじれが嬉しそうにしてるので、よしとしておこう。
「ほら、ねじれ。いつまでもアクセルと話してないの。行くわよ」
「はーい、リューキュウ。……アクセル、今日にでも家に電話して教科書とか送って貰うから、数日待ってね」
そう言い、ねじれは龍子……いや、ヒーロー活動をしているからリューキュウか。リューキュウを追って事務所を出ていく。
「さて」
そんな2人を見送くると、俺は早速ネットを使って調べ物を始める。
とはいえ、俺に必要なのはあくまでもこの世界の歴史だ。
科学とか数学とかそういうのは、俺もそれなり以上の知識を持っている。
英語にいたってはネイティブだ。
……もっともネイティブだからこそ、日本で習う受験英語とはまた別物に近いらしいんだが。
まぁ、それでも英語を普通に使えるというのは大きいだろう。
「なるほど、個性が発見されるようになってからまだ100年ちょっとだけなのか」
個性について調べると、まず真っ先に出てくるのは中国の重慶で見つかった、光る赤子。
それが見つかったのが、大体今から120年くらい前らしい。
その光る赤子が見つかってから、次第に個性という名の特殊能力を持つ者が増えていったと。
ちなみに何故特殊能力の事を個性と呼ぶのかは、この光る赤子の母親……もしくは他の保護者か? とにかくそういう人物が、赤子が光るのは個性だと、そういう風に言ったのが始まりらしい。
それによって、この世界において特殊能力は個性と呼ばれるようになったと。
……まぁ、この辺りは分からないでもないのか?
自分の子供を守る為には、手段を選んではいられなかっただろうし。
ともあれ、それから時間が経過して……40年程。
具体的には今から70年前後前には個性を持つ者が多数出て来るようになり、一般人……今で言う無個性達と争ったりして、今で言う暗黒時代になっていったらしい。
……まぁ、正直な話、それは分からないでもない。
個性という名の特殊能力を持つ者と持たない者。
その時点では恐らくまだ無個性の者の方が多く、個性を持つ者と本格的に対立していたらしい。
新人類と旧人類の対立……俺に分かりやすく言うと、SEED世界のコーディネイターとナチュラルの関係か?
もしくは、ニュータイプとオールドタイプ……いや、UC世界ではニュータイプはいるがまだ人口の1%どころか0.1%にも届いてないんだし、今回の件に当て嵌めるのは無理があるが。
とにかくそんな暗黒時代も終わり、現在となっては普通に生活が行われている、と。
ちなみに今でこそ龍子や優、ねじれのような者達はヒーローと呼ばれているが、元々の発祥はこの暗黒時代に個性を使って人助けをしていた者達……ヴィジランテと呼ばれていた者達がその始まりらしい。
このヴィジランテ、今も一応いる事にはいるが、ヒーローが免許制になった影響もあり、このヴィジランテは今では犯罪者扱いになるんだよな。
……まぁ、分からないではない。
分かりやすいところでは、車の免許だろう。
免許を持って普通に車を運転するのなら何も問題はないが、車が運転出来るからといって、無免許で運転をするのは犯罪になる。
それを同じようなものなのだろう。
そういう意味では、ヒーロー免許の件もそうだが、この国の政府は上手い事やったと思う。
いや、日本だけじゃなくて他の国も一斉に個性については同じ対応をしたかもしれないが。
ともあれ、そんな暗黒期から抜けて個性がある事が普通となった日常となり、今ここにこうしていると。
過渡期……というのはもう少し違うか? ただ、そんな感じになっているのが今な訳だ。
「どう、アクセル君。調べ物の方は順調かな?」
ネットでこの世界の歴史……いや、個性が確認されたからのだから歴史というには少し大袈裟かもしれないが、それらを調べているとそんな風に声が掛けられる。
顔を上げると、ちょうどそのタイミングで、机の上にお茶の入った湯飲みが置かれる。
それを用意してくれたのは、この事務所で働く事務員の1人だ。
「ああ、色々と勉強になる。……ネットだけの知識だから、本番の勉強はねじれの教科書を借りてからになるけど」
「そうなんだ。勉強もいいけど、しっかりと休んでね」
そう言い、仕事に戻っていく。
よく見れば、お茶の他にどら焼きも置かれている。
何でだ?
そう思ったが、事務所を見れば他の事務員達もお茶を飲み、お菓子を食べたりしてゆっくりしている。
何でだ?
そう思ったが、事務所にある時計を見れば10時になっていた。
なるほど、どうやらネットに集中しすぎていつの間にかそれなりに時間が経過していたらしい。
どら焼きの包装を剥き、口に運ぶ。
へぇ……その辺で売ってるようなどら焼きじゃなくて、しっかりとした和菓子屋で売ってるタイプのどら焼きだな。
生地はしっとりしていて、それでいながら手に付かず、中に入っている粒あんはスーパーやコンビニで売ってるのと比べても多く、それでいながら粒あんの甘さは控え目なので、しつこい甘さが口に残ったりはしない。
そうして一口どら焼きを食べてから、お茶を飲むと……ああ、幸せってこういう事なんだなと思ってしまう。
安い幸せだと言われれば、それまでだが。
とにかく、どら焼きを食べてお茶を飲むという幸せをしみじみと感じていると……不意に事務所に誰かが入ってくる。
「おはようございます、先輩……って、あれ? 先輩は?」
事務所に入って即座にそう口にしたのは、優……いや、この場合はマウントレディか。
そう言えば暫くは龍子と共に俺の監視というか、目付役というか、そんな感じだった筈だが、今までいなかったな。
「龍子ならもうねじれと一緒にパトロールに出たぞ。それにしても、来るのが随分と遅かったな」
俺の言葉に、優は不満そうな様子で視線をこちらに向けてくる。
「何よ、しょうがないじゃない。私の事務所はリューキュウ先輩のように大きな事務所じゃないんだから。どうしてもやらないといけない仕事があるのよ」
「大きなって……うちの事務所、ヒーロー全体で見ればそこまで大きくはないんですけど」
事務員の1人が、恐る恐るといった様子で優に向かって言う。
ヒーローの事務所の規模か。
その辺りについては、まだ調べてなかったな。
優の言葉と事務員の言葉の、どっちを信じればいいのかちょっと分からないが。
ただ、何となく……本当に何となくだが、優よりも事務員の言葉の方が信じられそうな気がする。
それを口に出せば、優も不満そうにするのは間違いなかったが。
けど……うん。俺がこれまで接してきた限りだと、優はマウントレディとしてヒーローをしてはいるものの、まだまだ新人といったようにしか思えない。
年齢的には龍子と優ではそう違いがないように思えるんだけどな。
この辺はそれぞれの性格によるものか。
「事務所の大きさはとにかく、優が仕事があるのは理解した。そういう意味だと、遅いというのはちょっと言いすぎだったかもしれないな」
「……あら、何を生意気言うのかと思ったら、それなりに私の事を理解しているのね」
俺の言葉が気に入ったのか、機嫌良さそうにそう言ってくる。
別に優を庇うつもりで言った訳じゃなかったんだが。
「優が色々な意味で仕事熱心なのは、昨日の件を考えれば明らかだしな」
昨日、公安の支部で目良に龍子と共に俺の目付役……言い換えれば見張りをして欲しいと言われた時、最初は優は断った。
だが、相応の報酬――表向きは協力金だが、実際には報酬だ――が支払われると聞けば、すぐにその依頼を受けた。
あの掌返しは見事だったと、しみじみと思う。
そんな俺の視線や、考えている事に気が付いたのか、優はこちらにジト目を向け、口を開く。
「アクセル、何か妙な事を考えてない?」
「いや? 優はプロ意識が高いなと思っただけだよ」
そう言う俺の言葉に、優は完全に納得した様子ではなかったにしろ、それ以上追及することはなかったのだった。