模擬戦が終わってから数日。
俺も龍子の事務所での生活に慣れてきた頃……
「はい、アクセル。これが中学校の教科書だよ」
ねじれが俺に10冊程の本を渡しながらそう言ってきた。
そう言えば、ねじれの実家……秋田から教科書を送って貰うって言ってたな。
「悪い、助かった。ありがとな」
「ううん、いいよ。それより、またアクセルと模擬戦をしたいな。いいよね?」
「あー……まぁ、こうして教科書を借りた以上、俺としては断れないか」
実はねじれ、あの模擬戦で負けた……それも圧倒的に負けたのが悔しかったのか、それなりの頻度で俺に模擬戦を挑んでくるようになっていた。
俺も身体を動かすのは嫌いじゃない。
それに龍子や優のようにドラゴンになったり巨大化したりといったことをしなくても模擬戦が出来るので、ねじれとの模擬戦は場所を選ばないというのも大きい。
しかもねじれは次期ビッグ3とか目良に言われていた事からも分かるように、学年の中でもトップクラスの実力を持ち、その学習能力も高い。
そんな訳で、俺という強敵を相手に模擬戦を重ねた結果、急速に実力を伸ばしている。
これは俺がそう思っているだけではなく、ねじれと一緒に行動している龍子もそんな風に言っているので、間違いではないと思う。
Plus Ultra……まさに更に向こうへといったところだな。
向上心が非常に高い。
「ありがと。今日こそアクセルに勝つんだから」
そう言うねじれの言葉を適当に流しながら教科書を受け取るが……あ、しまったな。
ねじれが持ってきた教科書は、中学校で使っていた教科書全部だ。
つまり、数学や科学、化学、国語、英語……そんな諸々。
だが、俺が欲しかったのは個性に関する教科書であったり、あるいは個性が出現した事によって歴史がどんな風に変わったのかを知りたかったのだ。
つまり、歴史とか社会とか公民とか、そういう感じの教科書。
……まぁ、それでも英語はともかくそれ以外の教科は暫く復習だったり、しっかりと勉強しなおした事がないから、気分転換で見てみるのもいいか。
「ねじれ。そろそろパトロールに行くわよ」
「はーい」
龍子に呼ばれ、ねじれは事務所を出ていく。
それが暫く教科書を読んでいると……
「おはよう。……あら、アクセル何を見てるの? ……げっ、教科書って……」
暫くしてから優が事務所に入ってきて、俺に近付いてくると、俺が教科書を読んでいると知って、嫌そうな声を出す。
優の性格を考えると、無理もないか。
一応ヒーローをやっている……いや、実績はともかくその美貌から人気は高い優だったが、出身は雄英じゃない。
とはいえ、勿論雄英や同じくらいに有名な士傑以外にも、ヒーロー科を持つ高校は多数存在する。
そんな高校のヒーロー科を卒業してヒーローになったのが優だ。
もっとも、資格試験って事は多分学科とかそういうのもあるんだろうから、優もそれなりに勉強はした筈なんだが。
まぁ、勉強をしたからといって勉強が好きな訳じゃない。
それは俺にも十分に分かる。
ただ、俺の場合は一応士官学校首席入学の首席卒業という経験もあるので、中学校の勉強くらいなら問題なかったりする。……いやまぁ、パラパラと見た限りだと結構忘れてる内容も多いが。
士官学校を首席で卒業したとはいえ、俺の主観時間で考えるとずっと昔の話だしな。
そう思えば、一度覚えた事を忘れていても不思議はない。
ただし、一度覚えたというのは大きいので、教科書を流し読みしていればすぐに思い出せる。
「ヒーローが勉強苦手でどうするんだ? ……というか、最近は毎日のようにこの事務所に顔を出してるけど、ヒーロー活動の方はいいのか?」
その言葉に、優が不満そうな表情を浮かべる。
「あのね、私がいつもサボってるような言い方をしないでくれる? というか、これは以前にも言ったと思うけど……私がリューキュウ先輩の事務所に来るのは、私も公安からアクセルの事を頼まれたからなのよ?」
「……そうだな。協力金目当てだったが」
「うっ……」
俺の言葉に怯む優。
俺は忘れていない。
最初に公安の支部に行った時、目良から俺の後見人――という名の監視役だが――となって欲しいと言われた時、最初優は面倒臭がっていた。
だが、目良から協力金という名目の報酬を提示されると、あっさり意見を翻した事を。
「だって……しょうがないじゃない。金額が結構凄かったんだもの。今月はピンチって程じゃないけど、余裕がある訳でもなかったし」
優があっさりと白状する。
まぁ、実際優の個性は強力ではあるが都市部では使いにくいのも事実。
巨大化するには最低2車線は必要な訳で、都市部の中でも狭い場所とかで活動するには周囲にかなり注意を払う必要があった。
それが失敗したら、うっかりと身体で触れてしまった場所……建物とかが破壊されてしまう。
ヒーロー保険というのもあるらしいが、その保険だって何度も使えばこれ以上は勘弁して下さいと別の保険に乗り換えるように言われるか、毎月支払う金額が余計に多くなってもおかしくはない。
そんな優にしてみれば、俺の後見人になっただけで公安から報酬が支払われる……それも街中で建物を壊したりとかそういう心配をしなくてもいいのだから、その依頼に飛び付かない筈もないか。
「というか、それなら何で優は活動場所をここのような都会にしたんだ? 田舎なら優が巨大化を使っても問題ないだろうに」
都会だからこそ、多くの建物が存在し、優が巨大化を使いにくい。
なら、田舎のように建物がそこまで多くはなく、土地の余ってる場所なら巨大化を使っても問題ない……いや、建物があるのだから問題がない訳ではないが、それでも都会よりは気を遣う必要はないだろう。
なのに、優は自分の個性に合わない都会にいる。
「しょうがないじゃない。ヒーローというのは、事件を解決した回数によって報酬が支払われるんだから。田舎になると当然だけど人も少ないから、ヴィランも少なくなるのよね。……まぁ、ヴィランに関わる事件じゃなくて、農業用の機械が壊れて動けなくなったのを運ぶとか、雨とかで上流から流れてきたゴミが川を塞いでいるのを片付けるとか、そういうのはあるけど……」
「あるけど?」
「私のような美人には、やっぱり都会が似合うでしょ。それに生活する上で都会がかなり便利なのは間違いないし」
「あー……いや、優に都会が似合うかどうかはともかく、生活する上で都会が便利なのは間違いないな」
田舎はどうしても店とかが少ない。
何かを買う時は、都会の方が選択肢が多いのは間違いなかった。
……とはいえ、そういうのを聞くとやっぱりこの世界におけるヒーローというのは、俺がヒーローという単語を聞いて思い浮かべるのと違っているなと思うが。
この世界においてヒーローというのは、あくまでも職業なのだ。
職業である以上、事件を解決するなりなんなりする事によって、その功績で支払われる金額は変わる。
それ以外にもヒーロー活動だけで収入が足りない者はバイトとかもOKらしい。
実際、事務所にあるTVとかを見ていると、ヒーローがCMに出ている事も多いし。
もっとも、当然ながら俺はそのヒーローを知らない訳で、龍子やねじれ、あるいは事務所にいる他の面々から教えて貰ってそれがヒーローだと分かるんだが。
この前化粧品のCMに出ていたヒーロー……ウワバミだったか? はかなり美人だった。
それこそ龍子や優に匹敵するくらいには。
もっとも、凛としたクールビューティの龍子や、学生っぽい雰囲気を残した系統の優と違い、ウワバミは派手な美人だったが。……そう、キャバクラ系とか、そんな感じか。
頭部から蛇が生えていたのが特徴的だったな。
そんな風に副業……つまりバイトをするのもヒーローは認められている。
そこまで考え、ふと目の前の優に視線を向ける。
「……何よ?」
「いや、金に困ってるのなら、別にヒーロー活動をするだけじゃなくて、副業とかをしてもいいんじゃないかと思ったんだが。ちょっと前にウワバミとかいうヒーローが化粧品のCMに出ていたし」
「……ふーん。アクセルはああいうのが好みなんだ」
不服そうな様子でそう言う優。
どうやらそこまで強い訳でもないが、ウワバミに対してライバル心を持っているらしい。
まぁ、その気持ちも分からないではないが。
どちらも顔立ちが整っている美人だし。
とはいえ、美人ではあるがそれぞれ系統が違うか。
「まぁ、そうだな。美人だとは思うぞ。とはいえ、優も決して負けてる訳じゃないだろ? なら、優にもそういうCMとかモデルとかの依頼が来たりしてないのかと思ってな」
「……何か言ったかしら?」
俺の言葉に、優は綺麗な……本当に綺麗な笑みでそう聞いてくる。
その表情にあるのは、綺麗な……つまり、何の感情も抱いていないような、そんな笑み。
そんな優の笑みを見た瞬間、これは聞かない方がいい事だなと判断して首を横に振る。
「いや、何でもない」
俺の言葉に、優の表情はいつものものに戻る。
多分、これ……CMやモデルの仕事で、何かとんでもない失敗をしたとか、そんな感じなんだろうな。
優も中身はともかく外見は間違いなく美人なんだし、そういう依頼が来てもおかしくはない。
なのに、今はそういう依頼がないという事は……まぁ、そういう事なのだろう。
詳しい事情は知りたいが、それを馬鹿正直に優に聞く必要はない。
どうせ聞くのなら、それこそ龍子とかねじれ……は、聞いたのをあっさりと優に言いそうなので止めておくとして、後はネットか。
ただ、当然ながらネットというのは虚偽の情報も入り乱れている。
そのネットの情報の中で、真贋を見分けるのはそれなりに知識や経験が必要だ。
……問題なのは、俺はその知識や経験はあるものの、それはあくまでも他の世界でのものだという事だろう。
この世界の生活は個性という特殊能力があれども、基本的には一般的な社会とは変わらない。
ネギま世界やペルソナ世界よりもちょっと未来といった感じか?
「ともあれ、優にとって公安からの依頼は美味しい依頼だった訳か」
「それは否定しないわね。でも、アクセルにとっても私が一緒にいるのは悪い気分じゃないでしょ?」
「……まぁ、そういう事にしておくよ」
優は自分の美貌について理解しており、それを使うのに躊躇したりはしない。
この辺り、ちゃっかりしている……いや、この場合は強かといった表現の方が正しいのか?
ともあれそんな感じで、要領がいいんだろうな。
「でしょう? ほら、それなら私にもアクセルにも損はないじゃない。……まぁ、アクセルが何かやらかそうとした場合とかなら、また話は別だけど」
そう言った後で、何かやらかしてないわよね? と確認の意味も込めて尋ねてくる。
それに対し、俺は何もしてないから安心しろと言う。
実際、今のところは特に何かをしたといったようなことはない。
俺がこの事務所で寝泊まりするようになってからは、それこそ本当に何もしていないのだから。
この近くでヴィランによる騒動の類も起きていないし。
……考えてみれば当然の話なのだが、龍子の……若手の中ではトップクラスの実力を持つリューキュウの事務所が近くにある場所で、ヴィランが騒動を起こすとは考えにくい。
ヴィランにしてみれば、騒動を起こすのはともかく、自分が逃げる必要があるのだ。
であれば、わざわざこの事務所の近くで騒動を起こすというのは、自殺行為に等しい。
まぁ、龍子の個性はドラゴンの変身なので、それはつまり優と同じく狭い場所に逃げ込まれると手も足も出ない。
あるいはブレスが使えれば話は別なのだが、龍子曰くブレスは使えないらしいしな。
そんな訳で、細い路地裏とかに逃げ込めば龍子から逃げられる可能性はあるが……龍子はドラゴンに変身しなくても、それなりの実力はある。
つまり、ドラゴンに変身しなくても生身である程度ヴィランに対処出来る訳だ。
その辺は生身ではそこまで強くはない……ヒーローとしての活動は巨大化の個性ありきの優と違うところだよな。
もしくは、ねじれをインターンで受け入れているのはその辺を考えてのものかもしれないな。
ドラゴンに変身したり巨大化する訳でもないが、ねじれは普通に空を飛べる。
もしヴィランが裏路地とかに入っていっても、ねじれが空を飛んで追えるので、龍子との相性は決して悪いものではない筈だった。
「優はサイドキックは雇わないのか?」
「何よ、いきなり」
「いや、龍子の場合はねじれがいるし、他にも何人かサイドキックがいるから、龍子で手が回らないような時はそっちに任せられるだろう? なら、優も巨大化で対処出来ない時の為に、サイドキックを雇ったらいいんじゃないかと思って」
「……私だって雇えるのなら雇いたいけど……その、お金がね」
そう言う優の言葉に、俺は『あー……』としか言えないのだった。