目良が口にした言葉……それを何かの聞き間違えか? と思って、目良が口にした内容を改めて思い浮かべる。
だが、目良が口にしたのは間違いなく俺に雄英に入らないかというものだった。
雄英……それは、この世界においては東の雄英、西の士傑と呼ばれるヒーロー科を持つ高校の中ではエリート校だ。
基本的に雄英と士傑は対等という扱いになってはいるが、この世界の事をネット等で調べた俺にしてみれば、雄英の方が士傑よりも格上だろうと思う。
その具体的な理由は、雄英の体育祭だ。
個性が生まれる以前の世界においては、世界的な運動競技だったオリンピック。
……もっとも、汚染されている川を選手に無理矢理泳がせたり、環境の為という事で選手村にエアコンをつけなかったのに自分の国の選手にはエアコンを用意したり、食事も肉を使わなかった結果多くの選手に不味いと断言されたり、自分の国の選手に見て分かる程露骨に、様々な競技で贔屓をしたり、それ以外にも数え切れない程の不正が蔓延った歴史上最低のオリンピックとかもあったのだが……まぁ、それはともかくとして。
人類の8割が個性を持つ世界になった今、当然ながらオリンピックを開くのは難しい。
……まぁ、個性以前に今のようにオリンピックとは名ばかりの下らない大会になっていたからというのもあるのだが、ともあれ個性全盛の世界になって、オリンピックは廃止された。
あれ? それともまだ細々とやってるんだったか?
とにかく以前程の人気のある競技ではないのは明らかだ。
そんな中で、日本においてオリンピックに代わる競技として有名なのが、雄英の体育祭となっているらしい。
士傑の方はそういうのがないのを考えると、世間的な評価ではやはり雄英の方が士傑よりも格上といった認識になってもおかしくはなかった。
目良は、そんな雄英に俺が入学しろと、そう言ってるのだ。
……ああ、何で今回はねじれも連れてくるように言われたのか、その理由が分からなかったのだが、どうやらその関係だったらしい。
雄英の2年にして、次期ビッグ3と呼ばれているねじれだ。
また、その強い好奇心から多くの者に色々と聞き回っている件もあり、雄英についての意見を聞きたいと思えば、ねじれがいた方が分かりやすいのは間違いない。
とはいえ……
「本気か? いや、この場合は正気か? と聞いた方が正しい気もするが」
そう、返す。
龍子と優も、俺の言葉に異論は唱えない……どころか、寧ろ同意するように頷いてすらいた。
当然の反応だと、俺も思う。
普通に考えて、目良が言ったように雄英に入学するというのは色々と無理がある。
いやまぁ、麻帆良で中学校に通ったり、ペルソナ世界で高校に通ったりしたので、例えばこれが普通の高校であれば納得も出来るが。
また、ヒーロー科であっても雄英や士傑ではない普通の高校のヒーロー科なら納得も出来る。
だが、目良は日本においても最高峰の高校である雄英のヒーロー科に入れと言ってきたのだ。
「勿論、本気で正気ですよ」
「……一体何を考えてそんな事を言うんだ? それくらいは聞かせてくれるんだろう?」
そう俺が聞いたのは、目良……ではない。
この部屋の扉……より正確には、その扉の向こうにいる誰かだった。
「あ……」
目良は俺の行動に、そんな声を漏らす。
そんな声に反応するように扉が開く。
中に入ってきたのは、中年の女。
その側には、黒服の護衛……それも筋骨隆々の男が数人いる。
「委員長、何故?」
続けて口にされた目良の言葉に、なるほどと納得する。
ヒーロー公安委員会の支部で姿を現した、委員長と呼ばれる女。
それが誰なのかを予想するのは難しくなかった。
実際、龍子や優を見ると、そこには緊張した表情を浮かべている。
ねじれは……とそちらに視線を向けてみるが、こちらは特に表情を変えてはいない。
驚いていないのか、それとも驚きが表情に出ていないのか。
「彼は私の存在に気が付いていたわ。だから、扉に向かって声を掛けたのでしょう?」
「そうだな。ちなみに言っておくと、前回この支部に来た時、壁の向こう側にいたのも知ってるぞ」
「……それは……」
こちらについては委員長も予想外だったのか、驚きの声を上げる。
この世界なら、MSとかそういうのがある世界と違って気配とかそういうのを察知出来てもおかしくはないと思うんだが。
あるいは、個性があるからそういう能力が廃れていったのかもしれないな。
格闘技とかと同じく。
個性の中には気配を察知する個性とか、そういうのが普通にありそうだし。
「俺は魔法使いでもあるんだぞ? 気配を察知するくらいは難しくない」
そう言うと、委員長は不思議そうな表情を浮かべて口を開く。
「魔法使いと気配にどんな関係が?」
「魔法使いも気配の察知くらい出来ないと生き残るのは難しいからな」
これは間違っているようで事実でもある。
具体的には、まだ弱い魔法使いならそういうのはそこまで気にしなくてもいいが、エヴァ……はちょっと大袈裟だが、それでもある程度の実力になったら気配を察知するような能力は必須になる。
「……そういうものですか」
委員長は納得した様子はなかったものの、それでも取りあえずは納得した様子を見せればいいかとでも考えたのか、そう言ってくる。
とはいえ、今の俺の言葉に疑問の表情を浮かべているのは他の面々もそうだったので、この件については今はスルーした方がいいのかもしれないが。
この状況で必要なのは、俺が雄英に入学するという件だ。
「ともあれ、雄英についての話を聞かせてくれ」
「ええ、その為に私もこうして出て来たのですから。……ただ、その前にどうやら彼女にはまだ何も事情を話していないようですが、どうしますか?」
委員長の視線がねじれに向けられる。
まぁ、ねじれもこの状況から俺が普通の……それこそ一般的な個性事故によって龍子に保護されたとは思っていないだろう。
だが、だからといって俺が異世界から来たとは、到底思えないだろう。
とはいえ、これからの話をする上でねじれに事情を説明しないというのは、それはそれで難しいか。
「ねじれ、俺は異世界人だ」
「え? 急に何を言ってるの? 不思議」
「あのねぇ……アクセル……」
端的に俺の正体を口にして見たが、残念ながら一体何を言ってるのかといった様子で返された。
そして、そんな俺に向かって優が呆れの表情でそう言ってくる。
ちなみに龍子は、既に何も言えない状況らしい。
「不思議に思うかもしれないが、今はそういう事にだけしておいてくれ。詳しい話は後でするから。……で、雄英については?」
最後を委員長に向かって尋ねる。
すると委員長もまた数秒俺に呆れの表情を見せたものの、それでも取りあえず今は話を進めるのが先だと考えたのだろう。
すぐに表情を真剣なものに戻してから口を開く。
「私達が今回のような要望を持ってきた理由は幾つかありますが。ただ、その最大のものは……私達が、貴方をどこまで信じていいのか分からないからというのがあります」
「そう言われると、俺としては何とも言えないんだが」
個性全盛のこの世界において、いきなり異世界から来たと主張する者が現れたのだから、すぐに完全に信用しろという方が無理だろう。
「例えば、アクセルが実はヴィランで、何かを企んで今のような状況にあるとかですか?」
「リューキュウの言葉も否定は出来ませんね」
龍子の言葉に委員長はそう頷く。
だが、そんな委員長に対し、俺は口を開く。
「俺の能力については見せただろう? 個性では説明が付かない筈だが?」
炎獣に瞬動、空間倉庫、そして圧倒的な身体能力。
……まぁ、無理矢理考えれば瞬動と身体能力は一緒にする事も出来るかもしれない。
身体能力を使って瞬動のような速度で移動しているといったように。
ただ、それでも炎獣と空間倉庫、身体能力といったように3つの個性がある事になる。
実際にはまだまだ隠している能力は大量にあるのだが。
ともあれ、3つの個性というのは普通では少し考えられない。
「それでも、何らかの手段で複数の個性も持っているという可能性も考えられます」
「……なら、足の小指の関節でも調べるか?」
「詳しいですね。ですが、それとて誤魔化そうと思えば手段は幾らでもあるのは事実です」
そうなのか?
それは俺がネットで調べた情報とかでもなかったな。
あるいは、いわゆる裏にだけ伝わる何らかの方法かもしれないな。
「とはいえ、今までは色々と言いましたが、これまでのアクセルさんの言動から、異世界云々は別としても、決して私達に敵対的な存在ではないのは理解しています。疑っているのは、あくまでも念の為ですね。公安という職業上のものです」
「……なら、それで何で雄英に?」
「アクセルさんは全面的に信用出来ない。ですが、その力は間違いなくトップヒーローに……それこそ、オールマイトにすら届くかもしれないと思えるものです。模擬戦の映像を見て、私は……いえ、私を含めた公安の上層部は全員がそう判断しました」
模擬戦の映像ってのは、あれだろう。
俺が龍子や優、ねじれと模擬戦をした時に、目良の同僚が撮っていた映像。
それを考えれば、俺が高い実力を持っているという委員長の判断は間違ったものではない……のか?
何しろ、次期ヒーロービルボードチャートにおいて10位以内に入る可能性が高いと言われている、龍子……リューキュウ。
デビューしてまだあまり経っていないが、ヒーロービルボードチャートを急激に上がってきた優……マウントレディ。
この世界の日本において最高峰のエリート校である雄英のヒーロー科2年の中でもトップクラスの実力を持ち、次期ビッグ3と呼ばれているねじれ……ネジレちゃん。
その3人を同時に相手にした模擬戦で、俺は勝利したのだ。
しかも、見るからにその実力を完全に発揮するようなこともないまま。
……まぁ、龍子にしろ優にしろ、ヒーロービルボードチャートにおいて上位に来る理由はその美貌が大きく影響してるのは間違いなく、そういう意味では完全に実力だけと断言出来る訳ではないのも事実なのだが。
「なるほど。それで?」
「そのような実力を持つ人がいるのであれば、出来れば何かに協力して欲しいと思います。ですが同時に、完全に信じる事も出来ない」
「……それで雄英か?」
「はい。実は……これはオフレコにして貰いたいのですが、来年からオールマイトが雄英の教師として働きます」
『え?』
委員長の口から出た爆弾発言。
だが、それに驚いたのは俺ではなく……龍子、優、ねじれの3人だった。
俺の場合はオールマイトが何十年もNo.1ヒーローとして君臨しているのは知ってるし、その実力の片鱗についてもネットで情報を探せば映像で残っている。
だが、それでもあくまで俺はその辺りについて知ってるだけなのだ。
だからこそ、今の委員長の言葉を聞いてもそこまで驚かなかったが……俺以外は違う。
この世界で生まれ育ち、オールマイトという存在について小さい頃から知っていた者達だ。
それだけに、オールマイトが教師をやると聞いた事による驚きは俺とは比べものにならないものだったのだろう。
ちなみに、チラリと確認したところ、龍子がねじれの口を押さえていた。
うん。まぁ……ねじれの性格を考えれば、もし口を押さえてなければ何で? 何で? 不思議、不思議とうるさかっただろうし。
「つまり、そのオールマイトに何かあるのか?」
オールマイトが教師をやる雄英に、俺を送り込む。
それはつまり、オールマイトに何かあってそのような提案をしたのかと思ったのだが……
「いえ、違います。オールマイトには……まぁ、多少不審なところはありますが、基本的にトップヒーローとして素晴らしい、本当にこれ以上ない程の人物です」
あれ?
なら、何でオールマイトが教師をやる雄英に俺を送り込もうとか考えたんだ?
委員長の目を見ると、実際にオールマイトを疑っている様子はない。
もっとも、ヒーロー公安委員会の委員長だ。
もし言葉とは違ってオールマイトに何か疑わしいところがあったとしても、実際にそれを表情に出すとは思えなかったが。
「なら、何で俺を?」
「アクセルさんも知ってると思いますが、オールマイトは既に何十年も我が国のトップに、No.1ヒーローとして、そして平和の象徴としてやって来た人物です」
「だろうな。俺もそれについては調べて驚いた」
それこそヒーローというのは身体を動かす仕事だ。
だが、オールマイトの年齢は……詳細には分からなかったが、それでも50歳、もしかしたら60歳だ。
既に初老と呼ぶべき年齢だろう。
なのに、未だに平和の象徴としてNo.1ヒーローの座にいるのだから驚きだ。
この世界には個性があるので、もしかしたらその個性によって老化が遅くなっているとか、そういう事かもしれないが。
「つまり、私達は次の世代を育てないといけないのです。……なので、アクセルさんにはその次の世代の前に立ち塞がる壁となって貰いたい。これが私達からの要望となります」