「壁……ねぇ」
委員長の言ってる事には納得出来る点がない訳でもない。
この世界において……いや、どの世界でもだが、人というのはすんなりと成長するのと、強敵――委員長曰く壁――を乗り越えて成長するのとでは、間違いなく後者の方が強くなる。
若い頃の苦労は買ってでもしろという言葉にあるように、成長する時の苦難というのは、それだけ大きな意味を持つ。
実際、シャドウミラーが今のように強力な国となったのも、多くの苦難――という表現では足りないが――を乗り越えてきたからだというのがあるのも間違いない。
そういう意味では、委員長の言葉は決して間違っている訳ではないのだ。
特に委員長が入って欲しいと言っている雄英は、西の士傑、東の雄英と言われているようにこの世界においてトップ2のヒーロー科を持つ高校だ。
ましてや、これは個人的な意見ではあるが、体育祭がオリンピックの件として認識されているように、俺は雄英は士傑よりも上だと思っている。
つまり、実質的にこの国でNo.1のヒーロー科を持つ高校でもある。
そのような高校だけに、委員長にしてみれば次の世代のヒーローとして期待するのもおかしくはないのか。
ましてや、何十年もNo.1ヒーローとして、平和の象徴として君臨してきたオールマイトが教師となるというのだから、その期待もより大きいといったものか。
また、委員長が……いや、正確にはヒーロー公安委員会がと言うべきかかもしれないが、俺という存在について完全に信用するのは難しいという風に思っているのも、この場合は大きいだろう。
例えば俺を全面的に信用しているのなら、何かもっと重大な件に協力して貰うと言った事もあったかもしれない。
だが、委員長を含めたヒーロー公安委員会は、そこまで俺を信用はしていない。
しかし、それでも完全に信用していないという訳ではなく、だからこそ最重要とはいかずとも、そこそこ重要な用件となるような今回の雄英の一件について持ってきたのだろう。
俺にそんなつもりはないが、もし俺が実はヴィランで何かを企んでいる。あるいは異世界からやって来たのが事実でも何かを企んでいる……そんな時でも、雄英にはオールマイトが教師としているから、そういう時でも対処出来る。そう思っての今回の話だろう。
諸々の事情を考えると、最初は馬鹿らしいと思った今回の一件だったが、実はそれなりに上手い手なのでは? とも思ってしまう。
それに、今の俺はヒモに近い。
いやまぁ、宝石を売った金で生活費を入れているので、ヒモというよりは無職か?
……何だかヒモよりも無職の方が人聞きが悪いような気がするのは、俺の気のせいだろうか。
ともあれ、今はこうして暇である以上、雄英に通うというのは俺にとってもそう悪くない経験ではある。
ネットや本で入手した知識はあるが、実際に経験してみないと分からない知識というのもあるだろうし。
その経験において、雄英というこの世界の日本においてNo.1の高校のヒーロー科に行くというのは、寧ろ俺にとっては利益の方が大きいだろう。
それに……この世界にも当然のように原作がある以上、主人公を見つけた方が原作介入しやすい。
そしてこの世界の主人公となると……雄英という高校の生徒という可能性は十分にあった。
No.1ヒーローのオールマイトが雄英の教師になるというのも、十分にそれっぽいし。
取りあえず、こうして事務所にいるだけの今の状況よりは、雄英に通った方が原作の主人公を見つける機会が増えるのは間違いなかった。
この時点で、俺としては委員長の提案である雄英に行くというのを受ける気にはなっていたのだが……だからといって、この状況で素直にそれを受け入れるといった事はしない方がいいだろう。
相手が公安といった組織でなければ、また話は違ったのかもしれないが。
「雄英があるのは静岡だろう? そうなると、リューキュウの事務所から通うという訳にはいかないんだが?」
「部屋については用意しましょう」
「監視カメラや盗聴器つきの部屋をか?」
「いえ、勿論そのようなことはしません。私達はお互いに協力関係にあるのですから」
俺の言葉に表情を変えずにそう言う委員長。
それが本気で言ってるのか、それとも俺がここで言わなければ仕掛けるつもりだったのか。
その辺については俺にも分からない。
ただまぁ、こうして釘を刺しておけば、監視カメラや盗聴器を仕掛けたりといった事はしないだろう。
あるいは公安の中にはそれに相応しい個性を持っている者もいるかもしれないが……ここで重要なのは、俺が魔法使いだと向こうが理解しているという事だ。
それもこの世界のヒーローにいるマジェスティックとかいう奴とは違い、本物の異世界の魔法使い。
その上で、当然ながら向こうも俺が手の内を全て明かしている訳ではないというのに気が付いているだろう。
つまり向こうは、具体的に俺がどのようなことが出来るのかといったことは分からないのだ。
もし盗聴や透視といったような類の個性持ちがいたとして、それが俺に魔法で察知される可能性は十分にあると理解出来てしまう。
そうなった時、どうなるか。
公安と俺は即座に敵対……という事はないと思うが、信頼関係はゼロになるだろう。
そうなれば、俺も公安に対する遠慮をする必要がなく、それこそどこかの山奥とかそういう場所に勝手にゲートを設置してホワイトスターとこの世界を自由に行き来出来るようにし、そこから好き勝手に行動するのは間違いない。
公安の方でもそんな事くらいは当然のように予想してるだろうから、迂闊な真似はしない筈だ。
なら、こうして念押しをした以上、取りあえず監視カメラや盗聴器といった心配はないだろう。
……それでもスライムで調べるくらいはするつもりだが。
「そうか。なら、取りあえずその言葉は信じておこう。だが……家を借りるとなると賃貸料やその他諸々が必要になる。それ以外にも生活をする上で必要な料金もあるだろう? また、雄英に入るとなれば当然ながらそちらでも色々と金が必要になるのは間違いない」
「……そちらに関しては、こちらで支払いを持ちましょう」
「雄英の授業料とか、そういうのもか?」
詳しく調べてないので分からないが、ヒーロー科を持つ高校の中でも最高峰の高校だ。
そうなると、授業料とかそういうのも相応に高額になるだろう。
また、それだけではなくヒーロー科という事を考えると、そういう意味でも別途金が必要になってもおかしくはない。
それが具体的にどのくらいの金額になるのか、俺には分からない。
あるいは……ここにいる中で唯一の現役の雄英生であるねじれならその辺についても分かるかもしれないが、龍子が口から手を離すと間違いなく好奇心の赴くままに色々と聞くだろうしな。
「ええ、勿論その辺りについてもこちらで出しましょう」
あっさりとそう言われ、少しだけ驚く。
公安は国直属の組織で、しかもヒーロー全盛のこの世界において、そのヒーローを纏め上げている存在だ。
それを思えば、雄英の学費とかその他諸々も普通に出せるんだろうが……出せるからといって、それを素直に受け入れるかどうかは、また別の話だろう。
だが、委員長はそれをあっさりと受け入れたのだ。
「……一体何でそこまで俺を雄英に行かせたがる?」
「それは勿論、アクセルさんを信用したいと思っての……」
「まぁ、それは間違いじゃないだろうし、さっきも言ったようにオールマイトが教師をするとか、生徒達の壁になるというのも納得は出来る。出来るが……それでも、それを聞いた限りでも、俺を雄英に行かせたいと思っているのは……そう、ちょっと違和感があるんだよな」
「そう言われても、私は既に思っている事を全て話しました。総合的に……それこそ全体的に見て、やはりアクセルさんには雄英に行って貰いたいと思っているのは間違いありません」
それで全てだと言わんばかりの委員長。
実際、こうして話してみた感じでは委員長にしろ目良にしろ、俺に対する悪意とかそういうのは感じないんだよな。
……護衛の黒スーツからは、悪意ではなく警戒心を感じられるが。
ただ、異世界から来た俺という存在と、この黒スーツ達が委員長の護衛であるということを考えれば、その警戒心はあって当然のものだ。
「……まぁ、その件については取りあえず置いておく。見た感じ、俺に悪意を持ってるようには感じられないしな」
公安の委員長という立場だけに、あるいは俺に対する悪意があっても、その悪意を隠しているといった可能性もあるが……こうして見た感じ、それは違うだろうと何となく分かるが。
また、それを抜きにしても目良までもが俺に対する悪意を完全に消すというのは難しいだろうし。
「そう言って貰えると嬉しいわ。……ああ、そうそう。ただ、アクセルさんに雄英に行って貰う上で、1つだけ要望があります」
来たな。
この状況でそのような事を言ってくるとは思わなかったが、今回の件については向こうにとっても持ち出しがそれなりにあるしな。
「要望? 何だ?」
「本来ならアクセルさんには推薦で雄英に入って欲しかったのですが、残念ながら既に推薦の締め切りはすぎています。……一般入試の方も締め切りはすぎているのですが、こちらについては公安の方でどうにか出来ます」
……まぁ、今はもう10月だ。
雄英の推薦や一般の入試がいつあるのかは俺には分からないが、時期的に考えると難しいのは間違いないだろう。
ただ、まさか向こうから出してきた条件が一般入試でというのは少し予想外だったが。
もっとこう……そう、例えばオールマイトに関する何らかの調査をしろとか、雄英の何かを調査しろとか、そんな風に言われるのかと思った。
「つまり、一般の入試を受けろと。それは構わないが、俺の身元はどうするんだ?」
俺の認識だと、高校受験とかだと中学時代の内申点……生活態度とか、何か問題を起こさなかったとか、そういうのも基準になる筈だ。
というか、それがなくても当然ながら俺は中学校に通ってる訳でもないのだから、入試を受ける時の書類とか、その辺はどうなるんだ?
「ああ、そちらについては問題ありません。公安の方で対処可能ですから」
それなら、それこそ推薦でも何でも出来るんじゃないか?
そう思ったが、こうして話した感じだとその辺については本当に無理そうだな。
これは思ったよりも公安の力がないと思えばいいのか、それとも雄英だからこそ公安からの要望を断れると考えてもいいのか。
「そうか。……生活費を含めた一切合切を出して貰えるのなら……後は1つだけだな」
「まだ何かありますか?」
「ああ、俺としては別に今のままでもいい。というか、今は特に何をしなくても遊んで暮らせるような日々で、人によっては極楽だろう。……龍子のヒモだって言われると反論出来ないか」
「ちょ……」
ヒモという言葉に龍子が何かを言いたそうにし、優は何故か笑ってこっちの様子を見ていたが、取りあえずそんな2人はスルーしておく。
「そんな楽な……人によっては怠惰なと言うかもしれないが、とにかくそんな生活を捨てて、わざわざ高校生をやるんだ。それも、雄英というこの世界の日本でも最高峰のヒーロー科に入る生徒達に対する壁として」
「……何を要望するのでしょうか?」
「話が早くて助かるな。まず第一に、毎月ある程度の報酬は欲しい。……何、月1千万も寄越せとは言わない。ただ、100万くらいは貰ってもいいんじゃないか?」
「100万円ですか。……それはつまり、高校生の小遣いとして月100万と? それは少し多すぎませんか?」
「俺が欲しいのは報酬であって小遣いじゃないんだがな。ただまぁ、壁として行動する上で、何か欲しい物があった時、すぐに買えるというのは大きいだろう?」
「一応、依頼の性質上、そのような事があったらこちらで用意する事も出来ますが?」
「かもしれないし、場合によってはそうさせて貰うつもりではあるが、それでも何かあったらそういうのは必要だろう? 学生らしく、他の生徒達と一緒に買い食いをしたりするかもしれないし」
100万の買い食いって何だ? と自分でも思わないでもなかったが、とにかく何をするにも金というのは必要なのだ。
最悪の場合は、それこそヴィランを襲撃して金を奪うといった事も出来るんだが、個性というのがある世界だと、それこそ過去を見るとか、そういう個性があったら俺の仕業だってすぐに知られてしまうだろうし。
「……分かりました。では報酬は月100万。その他に何か必要な物があったら公安に……後で専用の電話番号を渡しますので、それを使って連絡をすれば、可能な限り用意しましょう」
へぇ、こうもあっさりとこっちの要望を受け入れるとはな。
どうやら本気で俺に雄英を受験して貰って欲しいらしい。
「助かる。じゃあ、最後……これは今の話にも関わるが、何かあった時に公安に連絡をしたら、俺のフォローをしてくれる事だ」
最後の俺の要望にも、委員長は素直に頷くのだった。