「龍……いや、リューキュウ? 一体どうしたんだ?」
咄嗟に龍子と呼びそうになり、ヒーローネームのリューキュウに呼び直す。
身内だけの時なら龍子と呼んでもいいのだが、今は街中、それも龍子はヒーローとして活動中だ。
なら、龍子ではなくリューキュウと呼ぶのが相応しいだろうと判断しての呼び方だった。
「私はパトロール中よ。……何かこの辺りで異常とかそういうのはありませんでしたか?」
龍子の言葉に、驚きの視線……恐らく俺が龍子と知り合いだという事に驚いたのだろう視線を向けていたクレープ屋の店主は、慌てて首を横に振る。
「いえいえ、特に何もありませんよ。まぁ、クリスマスなのにうちの客が少ないのはちょっとおかしいとは思いますが、変なことというのはそれくらいのものです」
「そうですか」
龍子は店主の言葉に頷くと、薄らと笑みを浮かべて口を開く。
「今日はクリスマスで、ヴィランもそれなりに活発に動いています。貴方も気を付けて下さいね」
「はいぃ!」
いや、何でそこまで緊張してるんだ?
そう疑問に思ったが、すぐにそれも仕方がないかと納得する。
店主の様子にそう思ったが、俺にしてみれば龍子というのは半ば身内で普通に接する事が出来る相手ではあるものの、それはあくまでも俺だからだ。
この世界の一般人にしてみれば、龍子は次のヒーロービルボードチャートでトップ10入りする可能性が非常に高いヒーローとして有名だ。
……まぁ、それ以外にも龍子のクールビューティな美貌も関係してるのかもしれないが。
あるいはドラゴンという個性について強く憧れているとか、そういうのもあるのかもしれないな。
とにかく、俺と話をしていた時とは全く違う店主の様子に若干の呆れを見せる。
龍子はそんな相手の態度には慣れているのか、特に何も感じた様子がなく、そうですかとだけ言う。
「アクセルはこれからどうするの?」
「ちょっと用事があるから、買い物に……ああ、そうだ。今日やるクリスマスパーティだけど、ケーキの方はどうしてるんだ? まだ買ってないのなら、俺がついでに買ってこようか? まぁ、ケーキ屋でまだ売ってる店があればだが」
今日はクリスマスイブだ。
当然ながら多くのケーキ屋では予約を受けたケーキを作るのに忙しく、予約なしの客には売るケーキがないという店があってもおかしくはない。
もっとも、別にケーキ屋に拘らなくてもコンビニとかでもケーキは普通に売ってるだろうから、ケーキ屋で無理ならそっちで買ってもいいが。
ただ、やっぱりコンビニのケーキとケーキ屋のケーキだと、後者の方が美味いような気がするんだよな。
コンビニは機械で作るケーキで、ケーキ屋は手作りというのも影響してるんだろうが。
「ケーキはきちんと予約してあるから、安心して。……ああ、けどそうね。見回りで忙しいから、いつ取りに行けるか分からないし、アクセルが取りにいってくれる?」
「分かった、別にいいぞ」
ここで断ったりも出来るのだが、龍子はヒーローとしての活動がある以上、多少は手助けをしてもいいだろうと判断したのだ。
色々と龍子には世話になってるのだから、それくらいは構わないだろうと。
「助かるわ。じゃあ、これが引換券。料金はもう支払っているから、この引換券を渡せばケーキを貰えるから。場所は……」
ケーキ屋のある場所について説明する龍子。
どうやら俺がそれなりに行くことが多い本屋からそう離れていない場所にあるらしい。
言われてみれば、そういう店もあったような気がする。
「じゃあ、ケーキはお願いね」
「ああ、そっちも頑張ってくれ」
そうして言葉を交わし、龍子は立ち去る。
さて、じゃあ俺も早速ケーキ屋に……そう思ったんだが、そんな俺にクレープ屋の店主が声を掛けてくる。
「はあ……凄いな、あんた。あのリューキュウと知り合いなのか? いや、パーティを一緒にやるって話だったし、もっと親しいのか?」
「そうなるな」
ここで龍子の事務所に世話になってるとか、そういうのは言わない方がいいか。
言えば言ったで面倒な事になりそうだったし。
「羨ましいな」
「だろう? ……さて、じゃあ俺はケーキ屋と小物屋に行く必要があるから、この辺で」
「おう……って、ちょっと待て。話の流れからすると、もしかしてお前が買うクリスマスプレゼントってもしかして……」
何らかの正解に辿り着いたような様子のクレープ屋の店主だったが、俺はそれをスルーしておく。
何しろここで色々と話をしていると、それはそれで面倒な事になると予想したからだ。
それに……小物屋でプレゼントを買うのは間違いないが、別に龍子のプレゼントだけではない。
それこそ優やねじれの分も買うのだから。
……まぁ、それを知れば、それはそれで店主は不満を抱くだろうが。
何しろねじれはともかく、優はマウントレディとして、リューキュウ程ではないにしろ人気があるのは間違いないのだから。
その美貌と、巨大化という見た目にも分かりやすい個性。
まだプロヒーローとして活動を始めてからの経歴はそこまで長い訳ではないのに、それでもかなりの人気を誇っている。
また、ねじれも雄英の生徒……それも次期ビッグ3は確実と言われる程の人物で、本人の性格は子供っぽいが、外見は美人と呼ぶに相応しい。
そんな3人とクリスマスパーティをやると知れば、この店主の嫉妬を一手に引き受ける事になるだろう。
それは、俺もごめんだった。
そんな訳で、俺はその場から移動し……まずは小物屋ではなく、ケーキ屋に向かう。
「結構混んでるな。……あ、でも予約をしてない客でも買えるくらいに品揃えはあるのか」
店の中にそこまで長くない……店の外に出ないくらいの行列が出来ていた。
俺もその行列に並ぶ。
行列は次々と短くなっては……いかない。
俺が前に進むが、行列に後ろに新しく並ぶ者がいるので、結局行列の長さは変わらないのだ。
勿論、多少は長くなったり短くなったりするのだが。
そんなこんなで俺の番になり、俺は龍子から受け取った引換券と、ついでにケーキを30個程……ショートケーキやモンブラン、チョコケーキ、シュークリーム、それ以外にも色々と買っていく。
店員から、注文したケーキ以外にそこまで買うのか? といった視線を向けられる。
まぁ、無理もないか。
龍子がこの店に注文したケーキの大きさは、8号。
以前何かで四葉……あれ? 明日菜だったか? とにかく聞いたんだが、8号というケーキの大きさは、直径24cm。
本来なら15人前後で食べる大きさのケーキらしいし。
……クリスマスパーティは4人でやる予定なんだが。
もっとも、女は甘いものは別腹とか言うし、平気で1人で2人前、3人前は食べてもおかしくはない。
ましてや、龍子達はヒーローとして活動しているので、それだけ身体を動かす機会が多く、少しくらい食べすぎても問題はないだろう。
それに……余ったら、それこそ空間倉庫に入れておけばいつでも食べられる訳だし。
あるいはこの8号でも足りなかったら、俺が追加で買ったケーキを出してもいい。
ケーキの金額は……ホールケーキの方は龍子が既に支払っていたので無料だったが、この個別に買ったケーキの代金は当然ながら俺が支払う必要がある。
しかもこのケーキ屋は、ちょっといいケーキ屋で、どのケーキも大体1個500円前後だ。
その為、15000円くらいの出費があったが……公安に売った宝石の代金がまだかなりあるので、その辺は問題ない。
それに雄英に合格すれば、毎月100万の報酬を貰えるしな。
つまり、今ある金はそれなりに使っても問題はない訳だ。
……もっとも、それだけ大量のケーキを買ったという事は、当然ながらそれだけ多くの荷物を持つ必要がある。
この世界において、個性というのは基本的に公の場で使ってはいけない。
つまり、この場でケーキを空間倉庫に収納するといった事は出来ないのだ。
正確には俺の空間倉庫は個性ではないので、その法律に違反はしていない。
だが、俺が異世界から来た存在だと知らない者にしてみれば、俺が空間倉庫を使うのを見るとヒーローに通報してもおかしくはない。
もっとも、実際には禁止はされているものの、そこまで厳格に守られている訳でもないらしいので、問題視されない可能性もあるが。
ただ、それでも俺の行動が騒動になれば、龍子や優、ねじれに迷惑を掛けてしまう。
また、最悪の場合は公安に借りを作ってしまう事にもなりかねないので、大量のケーキを持って店から出ると、建物の隙間に入り、人目がないのを確認してから、ケーキを空間倉庫に収納する。
そうして荷物が何もなくなると、次にクレープ屋の店主に教えて貰った小物屋に向かう。
まだ日中……というか午前中なんだが、クリスマスイブという事で結構な数の恋人同士が街中を歩いている。
こんなに早くからデートをして、夜まで一体どこで時間を潰すのやら。
あるいは実は相手は恋人ではなくキープ相手で、本命とデートをする夜までの暇潰しとか?
まぁ、そういう奴もいるだろうけど、俺からは何とも言えないな。
というか、キープって訳じゃないけど恋人が20人近くもいる俺にそんな風に言われたら、それこそふざけるなと怒鳴られてもおかしくはない。
恋人同士と一口に言っても、色々といるな。
見るからにこれが初デート……あるいは初めて今夜結ばれるという意味でか、男も女も緊張している者達。
もしくは、お互いに好き合っていると分かるくらいにイチャついている者達。
相手に調子を合わせている……あれはヒモとかそういうのか?
もしくは、相手にそういうつもりがあるのかどうかは分からないが、今日ゴールインをしようと……相手を捕食しようと考えている者。
そんな恋人達を観察しながら歩いていると、やがて目的の小物屋に到着する。
店に入ってみると、当然ながらそこには多くの恋人同士の姿があった。
普通、小物屋の客の割合となると女の方が多いのだが、今日はクリスマスイブという事もあり、恋人達も多い。
……俺と同じく、何とかプレゼントを買おうとしている男や女もいるが。
さて、問題なのは……一体何を買えばいいかという事だな。
「オルゴールって……私はあまり嬉しくないけど」
「え? そうなのか? だってTVで……」
「あのねぇ、TVの内容を真に受けすぎ。ああいうオールドメディアって、基本的に正しい事は言わないんだから。マスゴミって聞いた事あるでしょ?」
「いや、でもそう決めつけるのは……」
少し離れた場所にいる男女がそんな会話をしているのが聞こえてくる。
マスコミ関連についてはともかく、どうやらオルゴールはNGらしい。
……とはいえ、女の方の言葉を聞く限りではそれが本当に正しいのか? と思わないでもなかったが。
ただまぁ、ケチがついた事だし別の物にしよう。
どうしてもオルゴールを買わないと駄目って訳でもないしな。
となると……ん? これは、猫……の人形か?
うん、多分猫だとは思うけど。
デフォルメされまくっているせいか、猫だと言われても素直に頷くことが出来ないよう、そんな人形。
ただし、見た感じでは愛らしさを感じる。
うん、ねじれのプレゼントはこれでいいか。
龍子や優はそこまで可愛いもの好きといった様子ではなかったので、こういう人形を贈られても困るだろう。
となると……
何かいい物がないかと店内を見て回る。
客が結構な数いるので少し歩きにくいが、プレゼントをしっかりと選ばないと。
こういう時に適当なプレゼントを選ぶとかすると、後で面倒な事になったりするんだよな。
何で自分にこういうプレゼントを選んだのかとか。
……これがホワイトスターなら、レモン達のプレゼントとしては、下着とかそういうのを選んでもいいかもしれないが、まさかそういう関係でもない龍子と優、ねじれにそういうプレゼントを渡す訳にもいかないだろう。
個人的には龍子のようなクールビューティが、黒、赤、紫といった派手な下着を着ていると想像すればクるものがあるが。
そんな事を考えていると、少し離れた場所にクッションがあるのに気が付く。
「クッションか」
それを見た瞬間、何となくそれがいいと思った。
龍子が使っているクッションはかなり薄くなってきていたし、優が龍子の事務所に来るようになって椅子を使ってはいるが、クッションとかはなかった筈だ。
クリスマスのプレゼントにこういう実用的な物はどうかと思うが、どうせなら普段から使うような物の方がいいだろう。
そう考え、クッションを……幾つか種類があったが、どうせなら良い物を使って欲しいので少し高めのクッションを2個確保する。
こうして3人分のプレゼントを確保すると、レジで精算をすませる。
3つともプレゼント用に包装して欲しいと言ったら、店員の俺を見る目が……うん。まぁ、その辺については気にしない事にする。
ただの俺の考えすぎ、気のせいという可能性もあるし。
そんな風に思いながら、小物屋での買い物を終えるのだった。