「凄いな、これ……こういうの敷地内に何個もあるんだろ?」
「多分、セメントスとかがやってるんだと思う」
「ああ、あの街中では強いって言われてる」
バスから下りて、俺を含めた受験生達が敷地内で待っている。
バスの運転手は俺達を降ろしたらすぐにこの場から離れたので、ここには受験生しかいない。
受験の監督官の教師が来るのを待っている……といったところか。
そんな事を考えながら周囲の様子を見ていると、何人かが準備運動をしているのが目に入った。
その中でも特に目を引いたのは、ポニーテール……いや、サイドテール? の女だった。
何故目を引いたのかは、分からない。
……まぁ、顔立ちが整っている美人なのは間違いないが、それだけなら他にも美人や可愛いといった奴もいるし、男の中には何人か顔立ちの整っている美形もいる。
だが、それでもその女に目を奪われたのは……身体の動かし方がそれなりに様になってるからだろう。
他の生徒達も、記念受験で来た者達はともかく、本気で合格しようとしている者達は、それなりに準備運動をしている身体の動かし方が様になっている。
そんな中でも、サイドテールの女は他の者達と比べても明らかに身体の動かし方が上だった。
勿論、突出して上だとかそういう風じゃない。
率直に言えば、表現は悪いが他の奴よりはマシといった程度だ。
実際に身体の動かし方というのは、中学校とかではそうそう習わないしな。
そういう意味で、ある程度マシなのは悪くないといったところか。
そうして見ていると、向こうも俺の視線に気が付いたのだろう。
不思議そうにこちらを見て、口を開こうとしたその時……
『はい、スタート』
不意に聞こえてきたその声。
プレゼント・マイクの声だというのは、先程の講堂での件から明らかだった。
なるほど、ヒーロー科か。
納得すると同時に、俺は即座に走り出す。
走るとはいえ、俺の混沌精霊としての身体能力を使っての移動だ。
瞬動程ではないにしろ、先程のスタートという声が聞こえた次の瞬間には、俺の姿は模擬戦の会場となる市街地の中にあった。
『ほらどうしたあ!? 実戦じゃカウントダウンなんてねえんだよ! 走れ走れ! 賽は投げられてんぞ!?』
続けて聞こえてくるプレゼント・マイクのそんな声。
離れた場所……俺が先程までいた場所から、受験生達の動揺の声が聞こえてくるが、その時、既に俺の姿は街中にあった。
どうやら、この時点で俺が1歩……いや、2歩、3歩もリードしている感じか。
とはいえ置き去りにした生徒の中にも何らかの移動に使える個性の持ち主はいるだろう。
そうなれば、すぐに追いついてくるのだから、まずはヴィラン役を……
「来たか」
建物を破壊しながら、ヴィランが……ロボットが現れる。
どうやらこのロボットがヴィラン役らしい。
講堂で配られたプリントにあったシルエットから、そんな俺の予想は決して間違っている訳ではないだろう。
『標的捕捉! ブッ殺ス!』
……うん、ヴィランだな。
ロボット……ロボの台詞を聞いて、そう思う。
ロボだけあってそれなりの大きさだが……
「誰がだ?」
その言葉と共にロボに接近し、殴りつける。
……あれ?
え? これ……ちょっと予想外だな。
俺がそう疑問に思ったのは、ロボの装甲が予想以上に脆かった為だ。
とはいえ、改めて考えてみれば当然の話でもあるのか。
このロボはあくまでも受験の実技試験用に作られたロボだ。
つまり、受験生でも倒せるのが前提となっている。
勿論、受験生の中には強力な個性を持っている者もいるだろう。
日本において最高のヒーロー科を持つ雄英に、記念受験ではなく本気で合格する為にやってきた者達なら、相応に強力な個性……いわゆる、強個性と呼ばれる個性を持っていてもおかしくはないのだから。
ただ、雄英側としては戦闘に向いた以外の個性を持つ生徒も確保したいので、だからこそこうして意図的に弱いロボを作っていてもおかしくはない。
もっとも、弱いだけではボーナスキャラになる為に、1Pという低いポイントにしてるのかもしれないが。
ここまで脆いのは意外だったが、この件については俺にとってもプラスなのは間違いない。
そんな訳で、俺から遅れてやって来た受験生達がここに到着するよりも前にポイントを稼がせて貰おう。
『殺セェッ!』
『ブッ殺!』
『敵ダ!』
『破壊シロ!』
現在この市街地には俺しかいない為だろう。
次々にロボが姿を現しては、俺を狙ってくる。
とはいえ、その動きは俺にとっては非常に遅い。
それぞれの攻撃を回避しつつ、拳で身体を貫いていく。
……このロボが仮想ヴィランだとしたら、もしかして撃破するのではなく行動不能にしていった方がいいのかもしれない。
とはいえ、この状況で行動不能にするだけだと、後からやって来た受験生がまだ撃破されていないと考えてロボを攻撃しかねない。
そう考えると、ここはやはりロボを撃破していった方がいい。
ロボを見つけては、撃破していく。
10P、25P、43P……そのくらいのポイントを確保する頃になると、遅れて来た受験生達も市街地に入ってきて、ロボを倒していた。
受験生が来る前に俺が全てのロボを破壊するといった事も考えていたのだが、どうやら間に合わなかったらしい。
まぁ、魔法とかスキルとかそういうのを使わず、純粋な身体能力だけでロボを破壊していたしな。
というか、もし俺が本気を出して全てのロボを破壊していたら、俺と一緒に実技試験を受けていた受験生はどうなるんだろうな。
全員が問答無用で失格……というのは、多分ないな。
ヒーローを育てるといった雄英の方針を考えると、俺を抜きで再度実技試験をやるとか、そんな感じか?
もっとも、あくまでもそう予想しているだけであって、本当にその通りになるかどうかは分からないが。
そんな事を考えている間にも、ロボを破壊していく。
「おいっ! お前はもう十分にポイントを稼いだだろ! 他の奴の事も考えろよ!」
3Pのロボを破壊したところで、少し離れた場所で2Pのロボを破壊した、手が金鎚になっている男が俺を見てそう叫ぶ。
「そうだそうだ! お前ばっかりポイントを稼ぎやがって! 少しはこっちに回せよな!」
手が金鎚になった男とはまた別の、妖怪のろくろ首のように首を伸ばしている男が俺を見て叫ぶ。
実際に俺に向かって不満を言ってきたのはその2人だけだったが、その2人の声を聞いた何人かは、同意するように俺に責める視線を向けていた。
はあああああああああああああぁ、と。
そんな連中に向け、これ見よがしに大きく溜息を吐く。
こういう連中については無視してもいいんだが……ここで無視をすると、それはそれで面倒な事になりそうなので、2人の男に……そしてこっちを見ている者達に向かって口を開く。
「何か勘違いしてないか? この実技試験は、あくまでも早い物勝ちだ。俺にポイントを取られたくなかったら、俺が撃破する前にロボを撃破すればいいだろう? それが出来ないのは、お前達が鍛えていなかったからだ」
もっとも、個性によってその辺りについては大きく変わるのだろうが。
例えば手を金槌に変える個性……もしくは異形系として手が金鎚のままなのか?
ともあれ、あの個性は攻撃範囲が短いから、どうしても敵を倒すのに接近するといった行動が必要になるし、場合によってはロボの攻撃を回避するといった行動も必要となる。
そうなると、遠距離攻撃が出来る個性持ちに比べて、どうしても不利になる。
……とはいえ、それが分かっているのなら個性だけではなく身体能力も鍛えて、速く走れるようになり、間合いを詰める時間を極力短くする……といったようにやればいい。
だが、少し戦い方を見た感じでは、個性はそれなりに使いこなしているように思えるが、身体能力そのものは特に鍛えているようには思えなかった。
そうして自分の鍛え方が足りなかったからといって、鍛えている相手に不満をぶつけるのは、情けないとしか言いようがない。
もっとも、その対象が俺だと思えば、ある意味で向こうの気持ちも分からないではないんだが。
「ここで不満を言うのなら、何でもっと鍛えてこなかった? 本気で雄英に合格するつもりがあるのなら、相応の態度を見せてもらわないとな」
そう言うと、2人は黙り込む。
自分達が鍛えていないというのは、2人共……そして他の者達も解っているのだろう。
「それに……俺に不満を言うのはいいが、この実技試験の時間の残りはもう大分少ない。俺に不満を言ってる暇があるのなら、少しでもポイントを稼いだ方がいいんじゃないか?」
というか、現在125Pの俺もまだ完全に安心は出来ない。
そもそも何Pで合格なのか……いや、俺の場合は壁として雄英に入学する以上、トップで合格する必要がある。
雄英に合格する合格ラインなら、余裕で越えている自信はあるものの、トップでとなると、それはそれで疑問だったりする。
つまり、ここで話をしている暇はない訳で。
「じゃあ、俺は言いたい事を言ったし、後は自分の判断で……うん?」
好きにしてくれ。
そう言おうとした俺の言葉を遮るように、ゴゴゴゴといった音が聞こえてくる。
何だ?
その音に気が付いたのは俺だけではなく、他の面々も同様だった。
そう思った次の瞬間、不意に視線の先にあったビルがドガアアンといった音が相応しい様子で破壊され、何かが現れる。
ビルを破壊し、他にも周囲にある建物を破壊しながら姿を現したのは、巨大なロボだった。
MSとかと同じくらいの大きさか?
いや、もうちょっと大きい……巨大化した優と同じくらいか?
これは……もしかして、プレゼント・マイクが言っていた0Pのお邪魔虫か?
1P、2P、3Pのロボは大きい事は大きいものの、それでも建物程の大きさはなかった。
それが0Pでこれか。
……あからさますぎだろう。
この0Pだが、多分何らかの裏条件になってるかどうかしてそうな気がする。
0Pとした以上、確かにこの状況でこのロボを倒してもポイントの加算はないのだろう。
ないのだろうが……こうして明らかに別格を出してきたという事は、ポイント以外に何かあるんじゃないか?
それが何なのかは分からない。
もしかしたら、ヒーロー科を希望する者に対して、勝てないような相手と遭遇したらすぐ逃げるようにと、そして情報を持ち帰るようにと、そういう風に考え、用意された存在なのかもしれない。
つまり、巨大ロボ……0Pでいいか。この0Pを倒しても、意味はないのかもしれない。
意味はないのかもしれないが……それでも、もしかしたらという思いがあるのも事実。
他の生徒達の前に立ち塞がる壁としての役割を期待されている以上、ここで逃げるのは違うだろう。
あるいはどうしても勝てないのならともかく、戦えば楽に勝てるのは間違いないのだから。
「う……うわああああああああああああああああああああああああああああ!」
0Pを見て真っ先に悲鳴を上げ、そして逃げ始めたのはさっきまで俺に不満をぶつけていた、金槌の男。
「にっ、逃げろ! 逃げろ、逃げろ、逃げるんだ!」
「あんなの、どうにかなる訳がないだろ! くそっ、おい、逃げるぞ!」
「いやあああっ! こっちに向かってくる!」
それぞれがそんな叫び声を上げながら、逃げていく。
あるいは、そんな悲鳴に釣られたのか、それとも偶然そうなったのか。
その辺の理由は分からないが、0Pはこちらに向かって進んでいた。
多分、この0P……他の演習場でも猛威を振るってるんだろうな。
あるいは、この0Pを俺以外で倒す奴がいた場合、そいつがこの世界の主人公なのかもしれない。
そう思い、俺は0Pに向かって歩き出す。
「ちょっ、お前どこに行くんだよ! 逃げるぞ! あんなのに勝てる訳がないって!」
俺の進行方向……つまり0Pの方から走ってきた男が、そちらに向かって歩く俺を見つけると、そう声を掛ける。
「勝てる訳がない? ……あの程度の相手にか?」
「……ちっ、自殺願望でもあるのか!? 俺は忠告したからな!」
その男は吐き捨てるように叫びながら、逃げ去っていく。
あ、もしかしたら何らかの個性とかで受験生の言動を見たり聞いたりしている者がいる可能性もあるのか。
そうなると、もっとこう……ヒーローらしい言動をしておけばよかったのか?
まぁ、どういうのがそういう言動なのかはちょっと分からないが。
ともあれ、俺は0Pの方に向かって進む。
歩いて移動したのは、あの0Pを倒した時に周囲にまだ受験生がいた場合、巻き込む可能性があったからだ。
なら、少しゆっくりと移動し、他の受験生を戦いに巻き込まないようにすれば……
そう思い、0Pとの距離がそれなりに近付いた時……
「え?」
その光景に、思わず声を上げる。
何故なら、そこには破壊された建物の瓦礫を、巨大化した手で何とか寄せようとしている、サイドテールの女の姿があったからだ。
一体何を……そう思いつつ、0Pの行動によって吹き飛んできた瓦礫がそちらに向かったのを見ると、俺は地面を蹴ってそちらに向かうのだった。