手を……正確には掌を巨大化するといった個性を持つ女。
その女が建物の瓦礫を相手に何をしてるのかは分からない。
分からないが、それでもその女に0Pの巨大ロボが破壊した建物の残骸が飛んでいくのを見れば、まさかそのままにするといった事が出来る筈もない。
瞬動を使って移動し……
「え? おい、お前、一体何を……」
巨大な掌で瓦礫を寄せていた女は、いきなり俺が目の前に現れたのを見て驚きの声を上げる。
というか、自分も0Pの側でこうしているのに俺の心配をする辺り、ヒーロー科に本気で合格したいと思っているタイプの奴だな。
「それは俺の台詞だ……よ!」
女の言葉にそう返しながら、ジャンプしてこっちに飛んできた瓦礫を殴る。
ガギャン、と。そんな音を立てながら瓦礫が破壊される。
瓦礫の破片が女に行かないように注意しながら、俺は地面に着地した。
「それで? 0Pがこんなに近くに来てるのに、一体何をしてるんだ?」
ズズズズ、と0Pがこちらに進行方向を変えたのを見ながら、俺は女に尋ねる。
「いや、実は……」
「ごめーん! 私がちょっと瓦礫に閉じ込められちゃったの!」
女の声が瓦礫から聞こえてくる。
……なるほど、それでこの女が助けを求める声を聞いて、助けようとした訳か。
というか、雄英の受験って本気で大丈夫か?
これ、場合によっては、この閉じ込められてた女、死んでいたんじゃないのか?
「分かった。なら、さっさと瓦礫を寄せるぞ」
「いや、あんたの言いたい事は分かるけど、こんな感じなんだぞ!? そう簡単に瓦礫の中から助けられないって!」
サイドテールの女が叫ぶが、ならお前は何でここで頑張っていたんだと突っ込みたい。
とはいえ、ヒーロー科を目指す女として考えれば、それは不思議ではないのかもしれないが。
「安心しろ。俺ならこの程度はどうにかなる。それより、あの0Pがこっちに向かって来てるから、早くしないと駄目だろ」
「……分かったよ。けど、どうするんだ? この瓦礫だぞ!?」
「だから言っただろう? 安心しろって。……この程度、俺の力があればどうとでもなる。……中の女、聞こえてるか? これから一気にこの瓦礫を寄せるから、念の為に衝撃に備えてくれ。服か何かで頭を覆えるのなら、そうした方がいい」
「ごめん、それ無理! だって、今の私、裸なんだもん!」
「……………………………………………………………………………………え?」
たっぷりと20秒程は黙り込んでしまったが、俺は決して悪くないだろう。
寧ろ、サイドテールの女も手を巨大化させたまま動きを止めているのだから、俺の方が早く我に返っただけ、褒められてもいい筈だ。
いや、だが……え? は? えっと、裸? 今、裸って言ったか? えっと、つまりそういう趣味?
けど、だからってまさか受験の時に性癖を発揮するなんて、一体何を考えてるんだ?
というか、寧ろこの女の言葉が本当だったら、それはヒーローではなくヴィランだろう。
もっとも、男の中には寧ろそういうヴィランは大歓迎って感じの者も多いかもしれないが。
「お、お前……一体何を考えてるんだ!? 何で全裸なんだよ!」
サイドテールの女もようやく我に返ったのか、慌てたように叫ぶ。
どうやらこのサイドテールの女は自分が助けようとした相手が露出狂だとは知らなかったらしい。
そうして困っていると、不意にこちらに近付いてくる気配を感じる。
「おーい、一体ここで何をしてるんだよ! もう巨大ロボはすぐ近くまで来てるぞ! さっさと逃げろって!」
そう叫んだのは、細身の男。
特徴的なのは、肘が明らかに普通の人間とは違う感じになっていた事か。
この状況でこっちに忠告する……どころか、一体どうしたと言ったように近付いて来るのだから、こいつもまたヒーロー気質って奴か。
「いや、実はこの瓦礫の中に露出狂の女が閉じ込められてしまったらしくてな」
あまりにもあまりな状況なので、1周回って冷静になってしまった俺は決して悪くない。
「……え? おい、大丈夫か? もしかして、恐怖でおかしくなったりしたのか?」
「こらぁっ! 誰が露出狂よ! 個性の関係なんだから、しょうがないでしょ!」
瓦礫の中から聞こえてくるそんな叫びだったが……
個性の関係で全裸になる?
一体何がどうなればそうなるんだ?
そんな風に疑問を抱くのは、当然の事だろう。
実際、助けに来た男も戸惑った様子でこちらに視線を向けているし。
「えっと……どうするんだ?」
「まぁ、露出狂についてはさておき、あの0Pがこっちに向かっている以上、出来るだけ早くこの中にいる奴を助ける必要はあるだろ。お前の個性は?」
「肘からテープを出せる」
そう言い、実際にテープを出す男。
なるほど、そういう個性か。
便利だな。
「なら、丁度いい。今から俺とこの手の女……」
「拳藤一佳だよ」
「そうか、俺はアクセル・アルマーだ」
「あ、俺は瀬呂範太」
「私は葉隠透だよ。よろしくねー」
手の女と言われた拳藤が自己紹介をし、それに続いて俺が自己紹介すると、瀬呂と葉隠もそれぞれ自己紹介してくる。
というか、瓦礫の中から自己紹介をする葉隠は……いやまぁ、焦って取り乱されるよりはいいんだが。
「もっとゆっくりと自己紹介をやりたいところだが、あの0Pが近付いている状態だと、そんな事をしてる暇はないしな。俺と拳藤が瓦礫を撤去するから、瀬呂は瓦礫が崩れないようにテープで固定してくれ」
「それはいいけど……完全に固定するなんてことは出来ないぜ?」
「それでも何もないよりマシだろ。それよりも、時間がないんだし早くやるぞ」
こうして話している間にも、0Pはこっちに向かって近付いている。
いっそ、助けるよりも前に0Pを倒した方がいいのでは? と思わないでもなかったが、それをやると攻撃の影響で瓦礫が崩れ、葉隠が怪我をする可能性もある。
なら、白炎で焼きつくす……といった手段もあったのだが、折角ここまで身体能力だけでやって来たのだから、出来れば最後までそれでやりたい。
本当にどうしようもなくなったのなら話は別だったが、今はまだある程度の余裕があるしな。
そんな訳で、瀬呂の肘から発射されたテープで瓦礫が崩れないように固める。
プロの目には穴だらけの行動にしか思えないのだろうが、何しろ現在この場所にその手の専門家がいる訳ではない。
また、そうである以上、今出来る限りで何とかするしかない。
それに……多分、あくまでも多分だが、もし本当にどうしようもなくなったら雄英の教師が助けに来たりすると思う。
受験で生徒を殺す……それも不可抗力ではなく、助けられる余裕があったのに殺したともなれば、世間から思い切り叩かれるだろうし、そうなれば公安も動く必要が出てくる筈だ。
雄英としても、そういうのは望んでいないだろうし。
もっとも、他の面々はそこまで考えていない……あるいは考えていても、実技試験で雄英の教師に助けられるのはマイナスになるだろうと考え、それは避けたいと思っているのかもしれないが。
「よし、じゃあ瓦礫を寄せていくけど……手早くやるぞ。それと拳藤は隙間が出来たら素早く葉隠を助けてくれ。……俺や瀬呂が助けると、色々と問題があるし」
どういう個性でそのようになっているのかは分からないが、今の葉隠は全裸らしい。
そうなると、俺や瀬呂が助けるのは色々と不味いだろう。
あるいはここに拳藤がいなければ俺か瀬呂が葉隠を助けただろうが、幸いなことにここには女の拳藤が……それも0Pが近付いているのに、逃げないで葉隠を助けようとする、お人好し、あるいは面倒見のいい拳藤がいる。
なら、葉隠については拳藤に任せた方がいいだろう。
「分かったよ。……葉隠の状況を考えると、そうした方がいいだろうね」
拳藤も何故自分が選ばれたのかは十分に理解しているので、反対しない。
そもそもこうして動いている間にも0Pはこちらに向かって来ているのだから、余計な言い争いをしているような余裕はないのだ。
そんな訳で、俺達は素早く瓦礫を排除していく。
「うおっ! ちょっ、ちょっと待ってくれ! 瓦礫が動いたせいでテープに緩みが……」
「え? きゃあっ!」
「っと、大丈夫か?」
テープが緩んだ為、固定されていた瓦礫が拳藤に向かって落ちそうになったのを、拳で瓦礫を破壊して吹き飛ばす。
「あ、ああ。助かったよ」
「無事ならそれでいい。中にいる葉隠を早く助けてやってくれ」
「分かってる。……よし、隙間が出来た。葉隠、中に入るよ? 大丈夫だよね?」
「うん、大丈夫。少し身動き出来るだけの隙間も出来たから」
その言葉を聞きながら、拳藤が隙間から中に入っていく。
それを見送っていると……
「ちょっ、おい、アクセル! あれ、あれ!」
瓦礫を見ていると、瀬呂が不意に叫ぶ。
何だ? 瀬呂の視線を追うと……
「うわ、マジか」
0Pが思ったよりも早くこっちに向かっていた。
まだそれなりに余裕があると思っていたのだが、何故か急に速度を増してしまったらしい。
「ちょっ、おい、アクセル。どうする!?」
顔を引き攣らせながら、瀬呂が俺に向かってそう行ってくる。
まぁ、無理もないか。
瀬呂にしてみれば、今はテープで瓦礫を固定してるので動けない。
葉隠は瓦礫の中にいるし、拳藤は今その葉隠を助けようとして瓦礫の隙間に入っている。
つまり、現時点で自由に動けるのは俺だけなのだ。
「仕方がない、か」
出来ればあの0Pが来る前に葉隠を助けたかったのだが、今の状況を考えるとここで俺がやるべきことは救助の邪魔をさせない事。
もっと単純に……あの0Pを倒す事だろう。
時間的にはもうそろそろ試験時間は終わる筈だが、0Pがここまでやって来るのと、その時間切れのどちらが早いのかは分からない。
そうなる前に、やはりここは一気に撃破してしまった方が手っ取り早い。
「は? 待てって、アクセル。一体何をするつもりだよ!?」
俺が向こうに……0Pに向かって歩き出したのを見た瀬呂が、必死になって叫ぶ。
一体俺が何をしようとしているのか、瀬呂にも恐らく分かっているのだろう。
分かっているので、ここで止めようとしているのは間違いない。
「今、この場で動けるのは俺だけだろう? なら、俺がここで出るのは当然の話じゃないか?」
「待てって! あの巨大ロボの大きさを見ろよ! 俺達がどうにか出来る相手じゃないって!」
必死になって叫ぶ瀬呂。
実技試験に合格するのなら、ここは俺を行かせて少しでも時間稼ぎをした方がいいだろうに。
なのに、それを知った上でこうして俺を止めてくるのだが人が良いよな。
「安心しろ。あの程度の0Pのロボ……俺にとっては、そこまで警戒すべき相手じゃない」
そう言い、俺は0Pに向かって歩き出し……次の瞬間、瞬動を使って一気に0Pとの間合いを詰める。
向こうはまだ俺の存在を把握していないらしい。
瞬動の速度を思えば、0Pがまだ俺の存在に気が付いていなくてもおかしくないが。
あるいは近付いて来たのが俺だけ、1人だからこそ敵ではない。もしくは自分に危害を加える事は出来ないと判断し、無視したのかもしれないが。
とにかく俺という存在は0Pにとって特に倒すべき敵でも何でもないと向こうは思ったのだろう。
実際、それは間違っていない。
個性が普通に存在するのがこの世界ではあっても、まだヒーローでも何でもない……現在ヒーローになる為に雄英を受験した生徒達が、この巨大な0Pを倒せる筈もないだろう。
……いやまぁ、場合によってはこの0Pを破壊出来る者もいるかもしれないが、普通に考えれば倒してもポイントを入手出来ないこの0Pを倒そうと思う者はいないだろう。
あるいは、本当にあるいはの話だが、他の実技試験の会場でも俺達と同じようになっており、瓦礫に埋まるとかしてる奴がいて、そこに0Pを破壊出来るだけの実力の持ち主がいた場合、俺と同じように0Pに立ち向かおうとしている可能性もある。
とはいえ、今はまずそんな事を考える必要はない。
俺がやるべきことをやればいい。
そんな訳で……
「ちょっと……邪魔だから、大人しくしてろ!」
そう言い、0Pの身体を……地上の近くでその巨体にそっと触れ……その場で俺は足を止める。
0Pは本来なら俺を吹き飛ばして……もしくは可能性としてはかなり低いものの、潰そうと考えていたのだろう。
AIによる操作なのか、あるいはこの敵の判断力によるものなのか……その辺については、分からない。
分からないが、とにかく0Pが動けなくなったのは間違いのない事実だった。
そして……ヒーローについてある程度調べた俺は、知っている。
やっぱりこういう時は、こうするのが一番なのだろう。
「スマアアアァァッシュ!」
その言葉と共に俺の拳が0Pに命中し……そして、そのまま巨大な0Pは吹き飛んでいくのだった。