「……ここは?」
「今日の夕食はここで食べるのよ。アクセルの受験も終わったし、たまにはいいでしょ?」
雄英の受験が終わった日の夜、俺の姿はとあるレストランにあった。
以前行ったファミレスではなく、もっとしっかりとしたレストラン。
それでいながら、ドレスコードとかがうるさくないような、気軽に入れるレストランだ。
龍子の言葉からすると、今日は受験が終わった打ち上げらしい。
……まさか、拳藤達と打ち上げをしたその日に、更に追加で打ち上げをやるとは思わなかった。
もしこれが俺じゃなかったら、恐らく拳藤達とやった打ち上げでたっぷりと食べていた事もあって、このレストランで食事をしてもろくに料理を食べることは出来なかっただろう。
もっとも、俺の場合は食事は全てが即座に魔力として身体に吸収されるので、それによって腹一杯になるといった事はないので問題なかったのだが。
「こういうレストランに来るのなら、ねじれも連れてきてやればよかったのに」
「仕方がないでしょ、急な用事があるとかでもう雄英に戻ったんだから。……その急な用事というのが何なのかは分からなかったけど」
「残念よね。このレストランの料理、美味しいって評判なのに」
優がしみじみと言う。
龍子が言うように、本来なら今日はねじれも一緒にこの店に来る予定だった。
だが、何か急用が出来たとかで雄英に戻ったのだ。
雄英に戻ったという事は、雄英で何かあったのか。
あるいは知り合いに何かあったのか。
……実際、ねじれのようにインターンとしてヒーロー事務所で働いていると、危険な目に遭ったりするというのは珍しい事ではない。
インターンというのは、言ってみれば職場実習的な感じだし。
そうなると、ヒーローとして活動する以上はヴィランと戦ったり、あるいは災害現場に行ったりする必要もあり、その時に事故なりトラブルなりによって雄英の生徒が怪我をしたり、最悪死んでしまう事もあるらしい。
ねじれが戻されるという事は、そこまでの騒動があったのか……あるいは単純に、ねじれが自分の判断でそうしたのか。
ともあれ、何事もないといいんだが。
そんな風に考えていると、店員が来て予約していた席に通される。
ちなみに当然の事だが、この食事はヒーロー活動ではなく、プライベートだ。
その為、龍子も優も私服で来ている。
一応サングラスとか帽子で簡単な変装はしているが、見る者が見ればすぐに分かるだろう。
実際、客の何人かが俺達……というか、龍子と優を見て微妙に反応しているし。
とはいえ、それでも騒いでこっちに近付いてくるとか、そういう事をする様子はなかったが。
意外と民度が高いのか、それともヒーローがこうしている時は無闇に話し掛けないのがマナーなのか。
これが龍子の事務所の近くなら、龍子がちょっとした買い物に行く時はヒーローコスチュームじゃなくて私服で行くが、向こうも龍子の事は当然分かっているので、大きな騒動になったりはしない。
だが、このレストランは龍子の事務所からかなり離れた場所にある。
つまり、このレストランの客は龍子について殆ど知らない訳だ。
「注文はどうする? 今日はアクセルの受験の打ち上げなんだから、好きなのを頼んでもいいわよ」
龍子の言葉に、テーブルの上にあるメニューを見る。
そこには色々なメニューがあったが、子羊の香草焼きというのが美味そうだったので、それを注文する。
他にもシーフードのパン粉焼きとかいうちょっと珍しいのがあったので、それも。
それ以外にも適当に注文していき……
「かしこまりました」
店員が注文を聞いて一礼し、テーブルの側から立ち去る。
「あの店員、アクセルの言葉を信じられないといったように見ていたわね」
店員がいなくなると、優が面白そうにそう口にした。
「仕方がないわよ。アクセルが注文したのは5人分くらいあったもの、あれだけの料理を注文したんだから、驚くなという方が無理ね。……個性の関係でそれくらい食べる人もいるから、アクセルもそういう風に思われたんじゃないかしら?」
「ある意味、間違ってはいないんだけどな」
龍子向かって口にした内容そのものは、嘘でも何でもない事実だ。
俺は混沌精霊なので、食べた料理は全てが即座に魔力となる。
そしてこの世界において俺の個性は混沌精霊という事になっているのだから、個性の関係でそんな風になるというのは、決して間違ってはいなかった。
そんな風に考えていると、まずは前菜と飲み物、スープやサラダといったような簡単に出せるのが出てくる。
ちなみに飲み物は勿論ウーロン茶やジュースだ。
俺は未成年という事になっているし、それを抜きにしても飲むのは色々な意味で危険だし。
車で来ている以上、龍子が飲める筈もない。
そして龍子が飲まない以上、優も自分だけが飲める筈がなかった。
「じゃあ……アクセル、雄英受験お疲れ様。乾杯」
『乾杯』
龍子の言葉に俺と優がそれぞれそう口にし、コップを軽くぶつけてから口に運ぶ。
それなりのレストランという事もあってか、ここのウーロン茶はどこかのスーパーで買ってきたのをコップに注いだだけという訳ではなく、きちんと専門の店から購入した物らしい。
スーパーやコンビニ、あるいは自販機で売っているウーロン茶と比べても、風味が大分豊かだ。
そうしてコップの中を飲み干すと、会話をしながら食事が始まる。
「それにしても、こうして奢っておいて貰って言うのもなんだが、普通ならこういうのって雄英に合格してからやるべきなんじゃないか?」
「あら、アクセルは自信がないの?」
「いや、勿論合格してる自信は……それも主席になっている自信はあるけどな」
龍子のからかうような言葉にそう返す。
「ただ、それでもそれとこれとは話が違うだろう?」
「いいのよ、これくらい。それに合格したら合格したで、またこうして外食をすればいいでしょう?」
「それは……いや、いいのか? まぁ、俺としては嬉しいけど」
「いいのよ。今日は私の奢りだけど、アクセルが雄英に合格したら、今度は優が奢ってくれるみたいよ?」
「……え?」
サラダを楽しんでいた優は、いきなり自分に話がきた事で戸惑いの声を出す。
「あら、何を驚いているの? アクセルのお陰でかなり収入が増えたんだから、合格祝いくらいはやってもいいんじゃない?」
「……それは……まぁ、そうだけど」
不承不承といった様子で優が言う。
実際、俺の後見人といった立場の龍子と優は、毎月公安から相応の代金が支払われている。
それを思えば、合格祝いくらいは問題ないというのが龍子の判断なのだろう。
「なら、決まりね。優がどういうお店を用意するのか、楽しみにしてるわ。……それで、アクセル。雄英に通うという事は、やっぱり部屋を借りる必要があるのよね? その辺りはどうするの?」
今日試験が終わったばかりなのに、気が早い。
そう思ったが、雄英からそう離れていない場所となると、当然ながら競争率は高くなる。
なら、今頃から部屋を借りる準備やら下見やらをしておいた方がいいのだろう。
これが普通なら、まだ雄英に受かっているかどうかも分からないうちから……といったように躊躇したりするのかもしれないが、俺は受かるという意味では全く問題なく合格している自信があるしな。
そういう意味では、今から部屋探しとかをしておいた方がいいのは間違いない。
「どうせ家賃とか生活費とかは公安の方で出してくれるんだから、節約とかそういうのは考えなくてもいいな。高級マンション……いわゆる、億ションとか言われる場所を借りようかと思っている。そういう場所なら、雄英の生徒と競争にならなくてもいいだろうし」
とはいえ、中には実家が金持ちでそういう高級マンションを借りる者とかもいるかもしれないが……それでも普通のアパートとかに比べれば、競争率は格段に低いだろう。
「うわっ、ずる! ちょっと、それずるくない!?」
俺と龍子の会話を聞いていた優が、不満そうな様子で視線を向けてくる。
いやまぁ、公安の金で高級マンションに住むというのだから、優にしてみればずるいと言いたくもなるか。
ちなみに優は……うん。マンションとは名ばかりのアパートに近い建物に住んでいる。
何しろ優はヒーロー活動で周囲に被害を与える事が多かったからな。
そんな優とは違い、龍子が住んでいるのは一応高級マンションと呼んでもいいマンションだった。
……ああ、そうか。そうなると公安の金とはいえ、春からは俺がこの3人の中で一番グレードの高いマンションに住む事になるのか。
「文句を言うのなら、俺じゃなくて公安に言ったらどうだ? というか、俺の後見人って事で公安から毎月報酬を貰ってるんだから、それを使って引っ越してもいいんじゃないか?」
「あのね、アクセルの後見人という事でお金を貰ってるのは間違いないけど、それがいつまでも続くとは限らないでしょ。突然、今月で後見人は終わってもいいとか、そういう風に言われたらどうするのよ。それに引っ越しって簡単に言うけど、かなり面倒なのよ?」
「そうね」
これには龍子も優に同意する。
まぁ、俺もそれは否定しないが。
俺の場合は、もし引っ越しするとなったら家具の類は空間倉庫に収納して、掃除をして、そのまま引っ越し先に行けばいいだけだ。
だが、空間倉庫のような個性を持ってる訳でもない龍子や優の場合、まずは荷物を段ボールとかに詰めるところから始めないといけない。
ましてや、龍子にしろ優にしろ、美人なのは間違いないだけに、荷物の類もしっかりと梱包しないと引っ越しの作業員が妙な考えを起こしかねない。
これがあまり物を持たない……いわゆる、ミニマリスト? とかいう者達なら、引っ越しの時もそこまで大変ではないだろうが、龍子や優はヒーローとしても活動している以上、細々とした物があるだろうし。
「ただ、アクセル。雄英の近くだと基本的に家賃は高いわよ?」
「そうなのか?」
「当然でしょ」
龍子の言葉にそう俺が尋ねると、優が呆れたように言ってくる。
「雄英の近くにはヒーロー事務所がないのよ。雄英があるというだけで大勢のプロヒーローが……それも実力者が揃っているから。ヴィランもそんな場所で行動を起こしたりはしないでしょ? いえ、中には雄英に挑むという意味で騒動を起こすヴィランもいるから、絶対にヴィランが騒動を起こさないという訳じゃないけど」
「つまり、雄英の近くは安全なのよ。そうなると当然多くの人が安全な場所に住みたくなる訳で……そうなると、自然と家賃とかも高くなるわ。聞いた話だと、物価も他より高めらしいわね」
龍子と優の説明に、なるほどと頷く。
そう説明されると、雄英の周辺の……こういうのも地価でいいのか? とにかくそれが高いのは理解出来る。
この世界は個性を悪事に使うヴィランが存在するだけに、安全や平和というのは他の世界よりも大きな意味を持つのだろう。
それが影響し、雄英の周辺にあるアパートやマンションは家賃が高い訳だ。
「そうなると、雄英の最寄り駅から少し離れた場所の方がいいかもしれないな」
公安に無理をさせれば、雄英の近くにあるマンションを借りる事も出来るだろう。
だが、そこまでしてどうしても雄英の側に住みたい訳ではない。
それこそ通学をするのに電車に乗ったりするのが面倒だが、俺の場合は影のゲートがある。
ぶっちゃけ、俺の住む場所が雄英のある静岡じゃなくて、沖縄や北海道といった場所でも実は問題なかったりするんだよな。
とはいえ、公の場で個性を使うのは基本的に禁止されている。
公安が俺をどこまで調べるのか分からないが、俺が電車を使わずに影のゲートで雄英に通っているのを知れば、注意くらいはしてくるかもしれない。
……もっとも、禁止されているのはあくまでも公の場で個性を使う事であって、俺の影のゲートは個性ではないのだが。
とはいえ、この世界でそれを言っても通用するとは思えないけど。
いや、俺の事を知ってる面々については通用するだろう。
しかし、それ以外の面々を相手とするとなると……
そうだな、いざとなったら影のゲートを使って転移するにしろ、普段は電車に乗って普通に通学する方がいいか。
電車通学も、ある意味で学生の醍醐味……醍醐味……うーん、ちょっと無理があるか?
「取りあえず雄英の最寄り駅から乗り換えのない場所で良さそうなマンションでも探すよ」
「あら、それじゃあ私が一緒に行ってもいいわよ?」
「……優がか?」
「何よ、その不満そうな様子は」
「いや、だって……建物破壊の常連の優と一緒に行ったら、それこそ不動産屋の人に嫌そうな顔をされないか?」
「ぐっ……それは……」
言葉に詰まったという事は、多分それなりに自覚があるんだろうな。
「なら、私が一緒に行く?」
「そうだな。龍子なら評判もいいだろうし」
そうして、龍子に余裕がある時にでも不動産屋に行く事に決まるのだった。