「じゃあ、アクセルの雄英での生活が楽しいものになる事を願って……乾杯!」
『乾杯!』
龍子の言葉と共にコップが持ち上げられ、それぞれにぶつけ合ってから、中に入っている飲み物を飲み干す。
俺のコップに入っていたのは、いつもの如くウーロン茶……ではなく、スーパーで購入してきた黒烏龍茶。
お茶の名産地である、この静岡県で作られた黒烏龍茶だという事だが……普通のウーロン茶と比べると、苦みが少し強いか?
味覚が敏感な者ならもっと詳細な違いも分かるんだろうが、俺の舌ではそのくらいしか分からない。
まぁ、取りあえず美味いウーロン茶なので、俺としては問題なかったりするのだが。
他の面々は、ジュースやウーロン茶、炭酸飲料だ。
そしてテーブルの上にはスーパーで買ってきた惣菜と、龍子達が厨房で作った料理。
この部屋の厨房はそこまで広い訳ではないが……それはあくまでもマンションの規模としてはの話で、一般的な厨房と比べると間違いなく広い。
こういう時でもないと、万全に使う機会ってのはあまりないんだよな。
そういう意味では、ここでこうして使う機会があって何よりだった。
「それにしても……先輩、これって私に対する嫌味ですか?」
「あら、どうしてそう思うのかしら?」
「だって、私が作ったのはパスタなのに、先輩が作ったのがラザニアって……」
不満そうな様子の優。
だが、その手は龍子が作ったラザニアを自分の皿に取り分けている。
……実際、龍子の作ったラザニアが美味そうなのは間違いないしな。
そう思っていると……
「はい、これ。キリタンポ。ジュンサイ入りだよ。ここのスーパーでジュンサイが売っていたのは驚いたけど。それにキリタンポも普通に売ってたし」
そう言い、ねじれが俺に皿……というか、深い皿? を渡してくる。
ねじれが言うようにこのマンションの1階にあるスーパーにはキリタンポが普通に売っていた。
勿論、出来たてのキリタンポがそのまま売っていた訳ではなく、真空パックに入った奴だ。
ねじれ曰く、やっぱり手作りしたのが一番美味いという話だったが、さすがに炊飯器で米を炊くところから始めるのは時間が掛かりすぎるので、真空パックの奴で我慢した。
そんなキリタンポ鍋の中には、ねじれが言ったようにジュンサイが入っている。
このジュンサイというのは秋田県の一部でしか栽培されていない野菜……野菜? 山菜? 沼に生えている植物の新芽だ。
これは世界中で日本と中国くらいでしか食べられていない、非常に珍しい食材だった。
酢醤油で食べるのが一般的だと、以前エヴァから聞いた事がある。
食事の事で四葉じゃなくてエヴァから聞くのは、ちょっと珍しいよな。
ただ、日本と中国でしか食べられていないという事なので、日本好きのエヴァにとっては興味を持つ食材だったのだろう。
……まさか、キリタンポ鍋の中にこうして入れて食べるというのは、予想外だったが。
ただ、食べてみると……うん、美味い。
ジュンサイ特有のツルンとした食感が、キリタンポ鍋の具と合わさる事で面白い食感となっている。
「ちょっと、アクセル。ねじれだけじゃなくて、私の作ったパスタも食べてよね! パスタは時間が経てば美味しくなくなるんだから!」
キリタンポ鍋を食べていると、優が不満そうにそう叫ぶ。
そんな優の言葉に、俺はどうしても呆れてしまう。
当然だろう。龍子とねじれはきちんと料理を作ったのだが、優がやったのは結局レトルトのパスタソースを大量に買ってきて、何種類ものパスタを作っただけだ。
……まぁ、それでもそれぞれのパスタのアスパラやキノコ、ベーコン、和風のパスタの場合は青じそやしらすといったように具材を追加しているから、多少は手間を掛けた料理になっていると言ってもいいのかもしれないが。
そんな風に思いつつ、優に勧められたミートソースを食べてみると……
「美味いな、これ」
レトルトのソースと侮っていたものの、下手な手作りよりも美味い。
こういうレトルトのソースは、値段が味に直結している訳ではない。
値段が安くても美味いソースとかも普通にあるし、値段が高いのはソースの味ではなくブランド的なものというのも珍しくはない。
そういう意味では、優が買ってきたこのソースは値段はそれなりに高いが、その値段に相応しい……いや、それ以上の味があるのは間違いなかった。
「ふふん、でしょう。私の料理の腕も捨てたものじゃないわね」
「……レトルトだってのを、忘れるなよ」
「数あるレトルトのソースの中から、私が選んだのがこの美味しいソースなのよ? これは十分に褒められてもいいんじゃない?」
「それは否定しない。否定しないが、美味いレトルトのソースを見分ける目と、料理の腕というのはちょっと……いや、大分違わないか?」
「…………………同じよ!」
たっぷりと数十秒沈黙した後、優は俺から視線を逸らしてそう断言する。
本人も自分の言葉にはちょっと……いや、大分無理があるというのは理解出来ているのだろう。
「はいはい、2人ともその辺にしておきなさい。アクセル、私のラザニアも食べてくれる?」
仲裁をするように龍子がそう言い、ラザニアを取り分けた皿を俺に渡してくる。
それを受け取り、箸で口に運ぶ。
……ちなみに優の作ったパスタも箸で食べていた。
ラザニアやパスタを箸で食べるのは行儀悪いと言われるかもしれないが、わざわざフォークやナイフ、箸なんかをテーブルに用意するのは面倒だった為だ。
それにこのテーブルも優と一緒にデパートで買ってき奴なんだが、ブランド物でしっかりとした作りなのは間違いないが、今日は龍子や優の作った料理が並んでおり、他にも1階のスーパーで買ってきた惣菜が所狭しと並んでいて、余分なスペースはない。
実際、ねじれが作ったキリタンポ鍋も、鍋そのものは厨房の方に置いてあって、それを皿に盛って持ってきているし。
なので、行儀が悪いとは思うが、パスタもラザニアも箸で食べていた。
「うん、これは素直に美味いな」
龍子が作ってくれたラザニアは、素直に感心出来る程度には美味かった。
いや、これは本当に意外だ。
……よく考えたら、そこまで意外って訳でもないのか?
俺が龍子の事務所で暮らしていた時、それなりに龍子に食事を作って貰った事がある。
勿論大半は外食だったりコンビニで買ってきた弁当とかカップラーメンとかそういうのだったりするのだが、それでも時折龍子が事務所の設備で食事を作ってくれたのだが、その食事はどれも美味かった記憶がある。
そういう意味では、こうして作ったラザニアが美味いというのはそうおかしな事でもないのだろう。
「喜んで貰えて何よりだわ。……さて、手料理の方もいいけど、買ってきたお惣菜も美味しいのがあるわよ?」
そう言われ、俺が真っ先に箸を伸ばしたのはエビフライだ。
……基本的にスーパーで売っているエビフライというのは、エビがかなり小さい。
それこそ衣だけが立派でも、中身は甘エビなんじゃないかと思うくらいに小さいエビが入っているのも珍しくはなかった。
だが……このマンションの1階にあるスーパーは、スーパーはスーパーでも高級店だ。
そこで売ってるエビフライ……1尾300円というエビフライなので、さすがに中身が甘エビという事はないだろう。
そう思いながら、こちらも買ってきたタルタルソースをしっかりと掛けてから口に運ぶと……衣は既に冷めているのでサクサク感はないものの、その下にあるエビの身はプリプリで、間違いなく大きなエビだった
「このピザ……冷凍の奴だけど、普通に店で売ってるのと変わらないくらいに美味しいわね」
龍子が冷凍のピザを食べて驚いたように言う。
「ふふん、先輩。そのピザが元々冷凍食品の中でも評判がいいのは間違いないですが、それをより美味しく調理出来たのは、私が選んだオーブンがあったからですよ。本格ピザ釜に近い環境をオーブンの中に作り出す事によって、冷凍のピザを普通にレンジで解凍するよりも格段に美味しくなるんです」
優が自慢げな様子で説明する。
なるほど、確かに厨房にあるオーブンは、デパートで買い物をした時に優がこがれがいいと選んだ奴だった。
当然ながら、売っていたオーブンの中でも一番値段の高い奴だったが。
100万には届かないくらいだったが……公安がこれを知ったら、どう思うのやら。
けど……なるほど。
龍子と優の会話を聞いて興味が湧き、ピザに手を伸ばす。
そのままピザを口に運ぶと、サクッとした歯触りが心地良い。
いわゆる、アメリカ式のピザじゃなくて、イタリア式のピッツァと呼ばれるタイプだな。
下手にレンジとかで解凍をすると、こういうのってサクッとした歯ごたえじゃなくて、へにゃんといった柔らかい感じに仕上がってしまうんだよな。
オーブントースターとかでならそれなりにサクッとするが、火力の問題がそのサクッとした食感は長持ちしない。
「いっそ、パスタも冷凍の奴を買ってきてもよかったんじゃないか?」
「……アクセル、私の作ったパスタに不満でもあるのかしら?」
優がジト目を向けてくる。
俺はそんな優からそっと視線を逸らし、口を開く。
「いや、冷凍のピザがこれだけ美味かったんだから、冷凍のパスタも美味いんじゃないかと思って言ってみただけだ」
「ふーん……ふーん……ふーん」
俺の言葉が納得出来なかったのか、それとも他に何か思うところでもあるのか、同じ言葉を何度も繰り返しながら、優はこちらを見てくる。
同じ言葉を繰り返すというので印象深いのはペルソナ世界にいるゆかりなのだが、そのゆかりも繰り返すのは基本的に2度だ。
こうして3度も繰り返したりはしない。
「あ、でもミリオが言ってたけど、最近の冷凍食品のパスタって美味しいらしいよ? ランチラッシュの作る料理には負けるけど」
空気を読んだのか、読んでいないのか。
会話を聞いていたねじれがそう言ってくる。
とはいえ、実際ねじれのその言葉は決して間違っていない。
龍子の事務所に居候をしていた時、コンビニで買ってきた冷凍食品のパスタを何度か食べたが、どれも十分に美味いと思える味だった。
ペルソナ世界でも冷凍食品はかなり美味かった記憶があるが……このヒロアカ世界での冷凍食品の味は、それ以上のように思える。
勿論、冷凍食品と一口で言っても多種多様だ。
俺が食べた冷凍食品も、ペルソナ世界の奴は安い奴で、ヒロアカ世界の奴は高い奴……といった可能性も十分にある。
「ランチラッシュの料理か。雄英に通う事になったら、俺もそれを食べられるんだよな。受験の時は受験生の数が数だったから、食堂を使えなかったけど」
「美味しい料理だから、食べてみてね」
ねじれの言葉に頷きを返す。
美味い料理というのが、実際にはどれくらい美味いのか。
それは楽しみではある。
1人暮らしなので、弁当を持っていく事は……いや、弁当を作ろうと思えば作れるとは思う。
だが、弁当を作るとなると早起きするなりなんなりしないといけない。
あるいはコンビニとかで買っていくとか?
そうするよりは、やはり雄英にある食堂で食べるのがいい。
もっとも、昼食ではなくおやつ代わりに惣菜パンとか、そういうのを買っていくくらいは、あるかもしれない。
「ああ、ランチラッシュの料理は俺も楽しみにしてるよ」
そうして、最後の晩餐……という訳でもないが、俺の引越祝い兼その他諸々の祝いについての食事を楽しむのだった。
「じゃあ、私達はそろそろ帰るわね。アクセルなら大丈夫だとは思うけど、気を付けてね。雄英の生徒達は、皆がエリートと言ってもいいわ。そういう人達の壁になるのなら、アクセルも気が抜いたりしてはやられるかもしれないわよ」
「……その辺は気を付けるよ。とはいえ、俺はトップヒーロー2人、次期……いや、もう次期じゃないか。そのビッグ3の1人を纏めて戦って勝利するだけの実力の持ち主なんだぜ? さすがに生徒達を相手に負けるといった事はない筈だ」
そう言うものの、俺と同学年にこの世界の主人公がいるというのは既に確信を抱いている。
そしてこのヒロアカ世界のような原作の主人公となれば、当然ながらその強さは他の生徒達よりも上だろう。
そういう意味では、受験生で俺以外に唯一0Pを倒したデク……緑谷だったか。
その緑谷が一番主人公の可能性が高いのは間違いなかった。
0Pを倒すくらいなんだし、そう考えると実技試験で一体何点取ったのやら。
俺が首席になったという事は……もしかしたら、意図せぬところで原作を壊している可能性もあるのかもしれないな。
「そうね。アクセルならその辺りの心配はいらないと思うわ。けど……公安がアクセルに頼んだという事を考えると、もしかしたら何か私達には分からないような何かがあるかもしれないわ。公安だけが掴んでいる情報といったように」
「そうだな。その辺には気を付けるよ」
心配する龍子に、そう返すのだった。