朝……いよいよ、今日から俺は雄英のヒーロー科に通う事になる。
そんな、ある意味で特別な朝だったのだが……
「まぁ、いつもと変わらないよな」
特に何かあるという訳でもなく、朝食としてトーストとベーコンエッグ、サラダ、野菜ジュース、デザートのフルーツ盛り合わせを食べながら呟く。
優と一緒に買ってきた大型TVでは、ニュースが流れている。
このニュースは、ヴィランがどういう騒動を起こして、どういうヒーローが活躍をしたとか、そういうのを知らせる内容が主だ。
この世界に来た最初こそかなり驚いたものの、龍子の事務所で毎日のように見ていれば……そして龍子と優、ねじれがヒーローとして活動しているのを見れば、自然と慣れてしまう。
そうして朝食を終えると、これもまた優が選んだ食器洗い機の中に食器を入れて、部屋を出る。
「……おはようございます」
この階層専用のエレベータを待っていると、俺と同じ階層に住むのだろう、どこかの社長か何かのように見える若い男が、訝しげにしながらも俺に挨拶をしてくる。
「おはよう」
俺もまた挨拶を返すが、何故自分が訝しげな視線を向けられているのかは、十分に理解出来た。
何しろこのマンションに住むのは……そう、いわゆる勝ち組と呼ばれるような者が大半の筈だ。
そんな中で俺のような学生がいるのを見れば、不思議に思ってもおかしくはないだろう。
あるいは家族で住んでいて、そこの息子だとでも思ったのか。
そんな風に思いつつも、向こうが特に突っ込んで聞いてくる様子がないのは助かった。
何で俺のような生徒がここにいるのかといったように聞かれれば、適当に嘘を吐くのは避けたかったし。
かといって、まさか俺がここで1人暮らしをしてるといったような事を言う訳にもいかないしな。
そんな風に思いながらエレベータに乗り、1階に到着するとマンションから出る。
今日は入学初日という事で、少し早い時間に出た。
このマンションから電車に乗って雄英の最寄りの駅まで移動し、そこから雄英に。
一体どのくらいの通学時間が掛かるのか分からないので、念の為の行動だ。
これで大体の時間が分かれば、明日からはもっと的確な時間に出発出来るだろう。
そうして電車に乗ると……
「あれ? アクセル?」
不意に名前を呼ばれる。
幸いにもラッシュよりも少し早い時間だし、東京という訳でもないので、この時間なら電車の中はそれなりに空いている。
具体的には、探せば何とか座れるといったくらいの混雑か。
これがもう少し遅い時間になると、もっと混雑してくるんだろうが。
ともあれ、そうして空いているお陰で、声のした方に視線を向けるのは難しい事ではなかった。
すると、その視線の先にいたのは……
「拳藤?」
「おはよう、アクセル。久しぶり。こうして直接会うのは、試験の日以来だな」
サイドテールが特徴的な、我らが姐御、拳藤の姿がそこにはあった。
「ああ、おはよう。……まさか、拳藤もこの電車で、しかもこの時間になるとは思っていなかったよ」
そう言うと、拳藤は笑みを浮かべる。
「私もこの電車でアクセルに会えるとは予想外だったよ。……それにしても、アクセルの制服姿は似合ってるな」
「そうか? ……拳藤もその制服姿は似合ってるよ」
褒められたのでお返しに……という訳ではないが、そう言っておく。
実際、拳藤が着ている雄英の制服は、特に何らかのアレンジがしているといった様子はない。
いや、あるいは自分らしさを出す為にアレンジをしてるのかもしれないが、こうして俺がぱっと見た限りでは分からない程度だ。
ただ、そのアレンジがされていない制服が、不思議と拳藤にはよく似合っていた。
「……ありがとう」
素直に褒められたのが照れ臭かったのか、拳藤はどこか照れ臭そうにそう言ってくる。
「あ、ほら。あそこがちょうど空いてるし、あそこに座ろう」
照れ臭さからか、拳藤は話を誤魔化すかのように空いている席を示す。
その言葉通り、2人でも余裕で……それどころか詰めれば4人くらいは座ることが出来るだろうくらいには空いている席。
特に拒否する理由もないので、俺は拳藤と一緒にその席に座る。
「それにしても、今日からいよいよヒーロー科か。何だかこう……ワクワクするな」
「もしかして、それで今日は早起きしたとかなのか?」
「いや、別にそんな訳じゃないよ。ただ、今日は初日だから念の為にだな……そもそもそれを言うのなら、アクセルだってこうして早い時間に来てるじゃないか!」
拳藤がそう突っ込んでくる。
「まぁ、それは否定しないけど、ただ俺の場合は引っ越してきたマンションから雄英まで行った事がなかったからな。その道をしっかりと確認しながら来た感じだ」
「へぇ、アクセルもやっぱり1人暮らしか。……まぁ、雄英には全国から受験を受けに来た者達がいたしな。そう考えれば、1人暮らしも当然か。私もその口だし」
「拳藤も1人暮らしなのか?」
「ああ。葉隠や三奈、瀬呂なんかもそうらしいぜ。というか、偶然静岡が地元でもないとそうなるしな」
「それなら、雄英に学生寮とかあってもいいのに、何でないんだろうな」
受験の時の実技試験で使ったような、街中を再現したような場所を作る事も出来るのだから、学生寮くらいは作ろうと思えば容易に作れる筈だろう。
あるいはこれも、Plus Ultraって奴なのか?
「何でだろうな。まぁ、ヒーロー科として色々とあるんだろ。それで、アクセルはどの辺りに住んでるんだ? 私と一緒の駅って事は、それなりに近いんだろ?」
「えっと……ああ、あそこだな」
タイミング良く、電車の窓から俺の住んでいるマンショが見えてくる。
東京とかのマンションと比べると、そこまで高くはないマンションだ。
ただ、ここは静岡で、マンションの高さという点では俺の住んでいるマンショも十分に高い。
「って……え? マジ? 冗談じゃなくてか? あの、でっかいマンション?」
俺が指さす方向にあるマンションを見て、拳藤は信じられないといった様子でこっちを見てくる。
まぁ……その気持ちは分からないでもない。
もし俺が何も知らない拳藤のような立場だったら、見るからに高級マンションといった様子のマンションに学生が住む……それも話の流れから1人暮らしであるとは、到底信じられないだろう。
「ああ、あのマンションだ」
「……もしかして、アクセルの家って金持ち?」
そう聞いてくる拳藤。
実際、俺の家……ホワイトスターという意味で考えれば、間違いなく金持ちだ。
何しろ国を率いる立場で、しかもその国は異世界間貿易の中継地点だ。
また、これを資産に数えると少し……いや、大分卑怯だが、キブツがあるので金のインゴットやダイヤを始めとした宝石なんかも好きなだけ作れるし。
とはいえ、まだゲートが設置されていないのを考えると……いや、もしゲートが設置されていても、それを言う事は出来ないしな。
かといって、まさか公安から依頼を受けていると言った話が出来る筈もない。
「色々とあるんだよ、色々と。……それに、ほら。よく言うだろ? 秘密を持った男の方がモテるって。どうだ? 今の俺の話を聞いて」
「……自分でそういう事を言わなければ、もしかしたら何か思ったかもしれないな」
呆れた様子で言う拳藤。
よし、上手く誤魔化せた。これから聞かれたくない件について聞かれたら、こうして誤魔化すとしよう。
「そうか。それは残念。俺は拳藤と仲良くなりたかったのにな」
「ば……朝かからいきなり何を言ってるんだよ!?」
小声で怒鳴るといった、器用な行為をする拳藤。
この電車はそれなりに空いているが、それでも立って乗っている者がいないというだけで、座っている乗客は普通にいる。
そんな中で拳藤がいきなり叫ぶような事をすれば、間違いなく目立つだろう。
LINでのやり取りでもそうだったが、拳藤は何気に常識人だ。
常識人という意味では、瀬呂も何気にその側面もあるんだが。
ともあれ、そんな常識人の拳藤としては、電車の中で思い切り叫ぶといった事は出来なかったのだろう。
「いよいよ雄英に入学するって事で、テンションが上がってるのかもしれないな」
「……まぁ、それなら納得はするけど」
言葉とは違って本当に納得したといった様子ではなく、不承不承といった様子でそう言ってくる。
「それにしても、この駅からなら乗り換えをしなくてもいいから楽だよな」
「……そうだな。ただ、私のアパートは駅からそれなりに離れているから、それなりに早起きしないといけないのが辛いところだけど」
駅が近くのアパートやマンションとなれば、当然ながら家賃が高くなる。
少しでも家賃を安くしたいと思えば、駅から離れた場所にあるアパートやマンションを借りるのは当然だった。
ましてや、拳藤のようにヒーロー科の生徒となれば、体力増強の為に少しでも歩いたり走ったりするのは悪くない事だろう。
まぁ、それを言うのなら俺の住んでいるマンションは駅からそこまで離れていないのだが。
静岡として考えると高額な家賃は、この辺りも影響してるのかもしれないな。
「それにしても、拳藤は今日は1人なんだな。入学式だから、両親とかと一緒に来るのかと思ったけど」
「雄英の入学式って、両親が来る人はあまりいないらしいよ?」
「そうなのか?」
普通なら、子供の入学式……それも日本でトップのヒーロー科の雄英高校の入学式ともなれば、両親ならその入学式を見たいと、あるいはカメラで撮って保存しておきたいと思うものじゃないのか?
とはいえ、当然ながらもしそうであっても、俺の場合は誰も来ないが。
もし来るとなると……俺の後見人という扱いになっている、龍子と優か?
ただ、あの2人にもヒーローとしての仕事があるから、そう時間を取れるとは思えないが。
「そうなんだけど……知らないのか?」
「ああ」
普通に知らなかったので、拳藤に対してそう頷く。
すると拳藤はどう反応すればいいのか分からない様子を見せつつ、口を開く。
「噂によると、少しでも早くヒーローとしての自覚を持たせる為だとか、そういう感じらしいけどな」
入学式に両親が来ないとヒーローとしての自覚が芽生えるのか?
拳藤の説明は素直に疑問ではあったが、本人もあくまで噂だって言ってるしな。
つまり、それが正しいのかどうか、今の時点では分からない訳だ。
そうして話をしていると、何人か途中で乗ってくる雄英の制服姿の生徒達。
多分これ、俺達と同じく1年なんだろうな。
2年とか3年は、今日は休みか……あるいはインターンってところだろうし。
ん? そうなると、明日から……普通に授業が始まるとなると、2年や3年もこの電車で移動する者も多い訳で、つまりこうしてゆっくりと座っていられるのは今日だけなのか。
俺の乗り込む駅が電車が発進して最初……もしくは最初の方の駅ならともかく、別にそういう訳じゃなかったしな。
「アクセル? どうした?」
「ん? ああ、いや。今日はこうして座って電車に乗れたけど、明日からは上級生も授業があるから、今日のようにゆっくりとする訳にはいかないと思ってな」
「……なるほど。とはいえ、ヒーロー科の2年や3年になるとインターンがあるから、そっちに行く人達もいるんじゃないか? だからといって、総合的に見るとそう違いはないだろうけど」
「だろうな」
インターンと言われ、ねじれの事を思い出す。
俺が龍子の事務所に居候していた時、ねじれは毎日のように……とまではいかないが、3日に1度くらいはインターンにやって来ていた。
勿論、ねじれはビッグ3に選ばれるくらいに優秀な生徒なのだから、インターンとかも優先的に回されていた可能性は高いけど。
「とにかく、こうしてゆっくりと通学出来るのは今日が最初で最後……なのかもしれないな」
「おい、アクセル。今日入学するのに、いきなりそういう不吉な事を言うのは止めてくれないか?」
「ああ、悪い。……なら、話を変えるか。クラス分けはどうなると思う?」
「いきなりだな。けど、クラスか。出来れば知ってる人がいると嬉しいのは間違いないね」
つまり、俺、三奈、葉隠、瀬呂と一緒のクラスになれればいいと言ってるのだろう。
「それは俺も否定しない。とはいえ、ヒーロー科に入る者達なんだし、そんなに癖が強いというか、アクが強いというか、そういう連中は多くないと思うけど。もしくはそういう連中ばかりが増えるか。……うわ、そうなると拳藤は大変だな」
「え? ちょっ、何で私だけが大変になるんだよ」
「だって、拳藤イコール姐御だろ? そうなると、自然と拳藤がそういう癖やアクの強い連中の面倒を見る訳だろう」
「……アクセルとかな」
せめてもの反撃としてそう言ったのだろうが……
「そうだな。拳藤に面倒を見て貰えるのなら、俺はそれでもいいな」
そう言う俺の言葉が意外だったのか、拳藤は顔を赤くするのだった。