握力測定が終わり、次は立ち幅跳び。
いっそ空を飛べるというのを見せようかとも思ったが、今見せている身体能力があれば、その辺はどうとでもなるだろうという事で、普通に……それどころか、ソフトボール投げの時の反省を活かして全力を出さないようにして跳躍する。
「583.8m!」
まぁ、こんなものか?
一般的な平均がどのくらいなのかは、ソフトボール投げと違ってちょっと覚えてはいないものの、それでもA組の中ではトップクラスの記録を出す。
「マジかよ、アクセル。お前一体どれだけの身体能力を持ってるんだ!?」
上鳴が驚きの表情を俺に向けてくる。
……ちなみに、例によって例の如く爆豪が俺を睨んでいた。
なお、爆豪は両手で爆発する事によって距離を稼いでいたものの、それでも俺の記録には届かなかった。
「凄いわね、アクセルちゃん。今までの記録を見た限り、首席というのは伊達じゃないのね」
俺と上鳴の会話に、蛙吹がそう割り込んでくる。
いや、それは別に構わないんだが……
「アクセルちゃん……?」
その呼ばれ方は、今まで色々な世界に行ってきたが、初めてだ。
「ええ、嫌なら止めるけど……どうかしら?」
蛙吹が少し悲しそうな、残念そうな様子でそう言ってくる。
そう言われると、俺としてもその言葉に反対は出来ない。
からかう意味でちゃんづけをするのなら、こっちも相応の対処をしたり出来るが、蛙吹にそういう様子はない。
本心から、親愛を込めてそう声を掛けてきてるのは明らかだった。
であれば、さすがにそれを否定する訳にもいかない。
「あー……うん。まぁ、好きにしてくれ」
「ケロケロ。ありがとう」
そうして何だかほんわかした一幕がありながらも、他の生徒達の立ち幅跳びが終わり、次の競技に向かう。
「……あれ、アクセル。これは普通だったんだね」
「本当だ。アクセル君なら、もっと凄い記録を出すと思ったのに」
「今までの様子から、ウチもそうなると思ってたけど……本当に普通なんだね」
三奈、葉隠、耳郎の3人が反復横跳びを終えた俺に向かってそう言ってくる。
「いや、そう言われてもな。反復横跳びで俺の身体能力をどう活かせと?」
これが他の競技なら、今のセーブしているとはいえ、俺の身体能力は十分に使えただろう。
だが、反復横跳びでは……
そう思っていると、不意に驚きの声が聞こえてくる。
声のした方に視線を向けると、そこでは峰田がもの凄い速度で反復横跳びをしていた。
その秘密は反復横跳びの左右に設置された黒い塊……
「ん? あの横にあるのって、峰田の髪の毛か?」
「え? あ、本当だ。じゃあ、あれが峰田の個性なのかも」
「……どういう個性なんだろうな」
強力なゴムボール的な性質を髪の毛に持たせることが出来る個性とか?
それはそれで、攻撃力という点ではどうかと思うが、補助的な能力として考えればかなり使えそうな気がする。
「はっはぁっ! どうだ、見たか! オイラはアクセルに勝ったぞ!」
反復横跳びを終えた峰田が、自慢げにそう言ってくる。
「あー、うん。その……おめでとう?」
「おい、もっと悔しがれよ! オイラが反復横跳びをしている時にもイチャつきやがって!」
相変わらず血涙を流す峰田。
これ、本当に大丈夫なんだろうな?
もしかして、何らかの病気だとか、そういうのじゃなかったりしないか?
そう思うも、そんな風に考えてるのは俺だけで、俺と話していた三奈、葉隠、耳郎は呆れというか、どこか冷めた視線を峰田に向けていた。
峰田が女に強い興味を持っているのは、これまでの言動から理解出来る。
だが、だからといって女と親しい俺や瀬呂に向かって嫉妬をしたり、あるいは女達に欲望の視線を向けるのはどうかと思わないでもない。
そうしてガツガツと行くからこそ、女達は峰田に忌避感を抱くのだろう。
もっとも、これが顔立ちの整っている男であれば、いわゆるイケメンに限るといった様子でそこまで忌避感を出さないかもしれないが。
ともあれ、峰田はもう少し態度を落ち着かせた方がいいと思うんだが。
「いやまぁ、お前の記録……というか、個性は素直に凄いと思う。思うけど、それはそれ、これはこれだろう?」
「むきーっ!」
うん、峰田はこうして話していると、俺には嫌悪感とかそういうのはないんだよな。
何となくこうして話していると、それが楽しいと思えるような一面もあるし。
ただ、それはあくまでも峰田に欲望の視線を向けられていない俺だからこその話で、女達にしてみれば違うのだろう。
なんだったか……男のチラ見は女のガン見とか、何かで見た覚えがある。
俺から見ても、峰田は三奈の胸や耳郎の尻に視線を向けているのに気が付いていた。
葉隠にも何度も視線を向けているのは、全裸ではなく体操服を着ていて身体のラインが分かるからだろう。
勿論、体操服はかなり余裕のある作りとなっているので、ピッタリとした身体のラインを見る事は出来ない。
それでも峰田にしてみれば、十分欲望の対象なのだろう。
ともあれ、そんなやり取りをしている間に反復横跳びは終わり、次はソフトボール投げになる。
「アクセルはあの記録を考えると、今回はやらなくてもいいな。……市街地に飛んでいくと危険だし」
そう相澤に言われ、俺はソフトボール投げについては先程のデモンストレーションの結果がそのまま記録になるらしい。
そしてソフトボール投げが始まったのだが……
「うわ、∞がまた出た!」
瀬呂の声が周囲に響く。
∞を出したのは、麗日。
実技試験の時に緑谷に助けられたとかで、緑谷と仲の良い女だ。
……もしこの世界の原作の主人公が、俺が予想した通り緑谷だったら、麗日はもしかしたら原作のヒロインなのかもしれないな。
「いやぁ、照れるな」
そう言いつつも、嬉しそうな様子の麗日。
そうして緑谷の番となる。
けど、緑谷は今のところどの競技でも一般的な数値しか出していないんだよな。
てっきり個性を使って凄い記録を出しまくるのかと思っていたんだが。
「緑谷君は、このままだと不味いぞ?」
俺と同じ事を考えたのだろう。
少し離れた場所で様子を見ている飯田がそう呟くのが聞こえてきた。
それは問題ない。
飯田は杓子定規なところはあるものの、本人に悪意がある訳ではないというのは、この短い時間で俺にも十分に理解出来たのだから。
もっとも、もしかしたらそういう風に見せ掛けていて、実際には……という可能性もないではなかったが。
「ったりめーだ! 無個性の雑魚だぞ!」
爆豪の口から出たその言葉に、俺はピクリと動きを止める。
……無個性? 俺の聞き間違いか?
そうも思ったが、今のが俺の聞き間違いではないのは明らかだった。
だが、実技試験の時にリカバリーガールから聞いた、緑谷が0Pを倒したという話。
それを思えば、それこそ個性なしでそういう事が出来る筈もない。
……いやまぁ、俺は個性なしでそういうのをやっていたりするが、俺は色々な意味で例外だろう。
「無個性だって!? 君は何を言ってるんだ。彼が入試の実技試験で何をしたのか、知らないのか!?」
「あ?」
俺と同じく……というか、リカバリーガールから話を聞いただけの俺とは違い、恐らくは自分の目で直接緑谷が0Pを破壊したのを見たのだろう飯田が、爆豪が何を言ってるのかといった具合で言う。
実際、俺もその辺については詳しく知りたいと思う。
緑谷をこの世界の原作主人公の最有力候補としたのは、あくまでも0Pを破壊したと聞いたからだ。
……まぁ、他にもオールマイトが今年から雄英で教師になるというのも、それを補強した形だが。
そんな会話が聞こえた訳でもないだろうが、緑谷の表情が真剣なものになる。
いや。今までも別に不真面目だったという訳ではなく……そう、覚悟を決めたといった感じか?
そんな様子のままでソフトボール――正確には違うが――を投擲し……
「46m」
相澤の声が周囲に響く。
……あれ? てっきり緑谷の様子からして、個性を使うのかと思ったんだけど、違ったのか?
いや、でも緑谷本人も驚いているように見える。
それはつまり、本人にしてみれば個性を使うつもりだったのに、上手く使えなかったといったところか?
「な……今、間違いなく僕は使おうって……」
呆然と呟く緑谷。
その言葉からすると、やはり個性を使おうと思っていたのは間違いないらしい。
一体自分に何が起きたのか理解出来ない。
そんな様子の緑谷に、相澤が声を掛ける。
「個性を消した」
「え?」
「つくづくあの入試は合理性に欠くよ。お前のような奴まで入学出来てしまう」
「消した!? あのゴーグル……そうか! 見ただけで人の個性を抹消する個性、抹消ヒーロー、イレイザーヘッド!」
緑谷の叫ぶ声が周囲に響き、それを聞いた者達がイレイザーヘッドというヒーローについて色々と話しているが……俺はそれどころではない。
個性を消すヒーロー? それはちょっと不味いような。
何しろ、俺は実際には個性を持っていない。
それだけに、勿論イレイザーヘッドに個性を消されても意味はないが……問題なのは、個性を消したとイレイザーヘッドが、相澤が自分で理解出来ているかどうかだろう。
個性を消す個性。
それはつまり、俺に使っても個性を持たない俺には効果がない事を意味している。
そういう意味では俺にとっては問題ないものの、この場合問題なのは……それもちょっとやそっとの問題ではなく、非常に大きな意味での問題なのは、相澤が相手の個性を消したというのを理解出来るかという事だ。
相手の個性を消したとして、それが相澤本人にも分からないのなら、そこには何の問題もない。
だが、個性を消したというのを知る事が出来るまでが相澤の個性だったりした場合……そうなると、何らかの理由で俺の個性を消した場合、個性を消したという感覚がなく、それはつまり俺が無個性であるという風に相澤に認識される。
だが同時に、俺が持つ混沌精霊という個性によって下手な増強系よりも高い身体能力を持っているという事に説明が出来なくなる。
そうなると、どうなるか。
間違いなく問題となるだろう。
これは……ちょっとやばいか?
一応、俺が雄英に入学しているのは、あくまでも公安からの依頼によるものだ。
そういう意味では、何かあっても公安の方で手を回してくれると信じたい。
そもそもの話、公安にしてみれば俺は異世界からやって来た客人にも等しい存在だ。
そんな存在が雄英の中でピンチになったりしたら……うん、手を回してくれると信じよう。
それにもし手を回してくれない場合であっても、俺なら何とか出来る……と思っておく。
「見たところ……個性を制御出来ていないんだろう? また行動不能になって、誰かに助けて貰うつもりだったのか?」
相澤が緑谷にそう声を掛けてるのが聞こえてくる。
……なるほど。個性がまだ制御出来ていないのか。
というか、そういう事ってあるのか?
俺がネットで調べた限りだと、個性というのは小さい頃に発動し……大体は、最初からそれを最低限使いこなせるとあったんだが。
何事にも例外はあるので、多分緑谷の場合は最近個性が使えるようになったのだろう。
それなら、緑谷が何故か個性把握テストにおいて個性を使うのを躊躇って平凡な記録しか出していないのにも納得出来る。
そして……こう言ってはなんだが、この普通では有り得ないということが緑谷がこの世界の主人公であるという可能性を補強する要素の1つではないかと思える。
勿論、今の緑谷の様子を見る限りでは、個性が最近になって使えるようになったというのは、決して良い事ではない。
それはこれまでの個性把握テストの結果を見れば明らかだ。
だが……それを込みで考えても、やはりこれはと思うところがない訳ではないのも事実。
「そ、そんなつもりじゃ……」
相澤の言葉を否定する緑谷だったが、相澤のマフラー? ストール? とにかくそれが緑谷の身体を巻き付け、近くに引き寄せる。
「お前がどういうつもりでも、周りはそうするしかないって話だ。昔、暑苦しいヒーローが大災害から1人で1000人以上を救い出すという伝説を作った」
あ、これ知ってる。
まだ当時は有名ではなかったオールマイトが、一躍人に知られるようになった事件だな。
「同じ蛮勇でも、お前のは1人を助けて自分は木偶の坊になるだけだ。緑谷出久、お前の力じゃヒーローにはなれないよ」
それは、相澤が緑谷に向けて放つ、絶望の言葉。
恐らく、緑谷にはヒーローとなる能力がないとして……本気で除籍にしようとしている。
これは、ちょっと不味いな。
相澤が緑谷に追加するように告げ、緑谷が再び円の中に入るのを見て、そう思う。
この一件が、原作ではどのようになっていたのかは俺にも分からない。
あるいは俺が介入したから、原作よりも酷い事になっている可能性は十分にある。
そうなると、俺がどうにか介入するしかないんだが……
そんな風に思っていると、緑谷は再びソフトボールを手にし……それを思い切り投げる。
ただし、リカバリーガールから聞いたような怪我は、していない。
いや、怪我はしているが、指先だけだ。
……そして、ソフトボールは遠くまで飛んでいくのだった。