705.3m。それが緑谷が出した記録だった。
なるほど、これが受験の実技試験で0Pを倒した個性の正体か。
他の皆も……特に、実技試験で同じ会場だった者達も緑谷の出した記録に感心していると……
「どういう訳だ、こら! 訳を言えデク! この野郎がぁっ!」
ショックを受けた様子で黙り込んでいた爆豪が、不意に緑谷に向かって突撃しようとするが……
「はい、そこまでだ」
俺は瞬動を使って一瞬にして爆豪の横に移動すると、その肩に手を置く。
傍から見れば、俺が爆豪の肩を触っているようにしか見えないだろう。
だが、それだけで爆豪はその場からこれ以上動けなくなる。
「放せ、このホスト野郎!」
「落ち着け。お前が何に怒ってるのかは分からないが、緑谷の今の記録から見て、相当強個性の増強系だ。多分だが、個性が身体に耐えられるようになるまで発現しなかったとか、そういう事じゃないのか?」
これはあくまでも俺の予想だ。
いや、予想というか、この場で爆豪を落ち着かせる為に適当にでっち上げた……思いついた内容でもある。
とはいえ、緑谷がこの世界の原作の主人公である可能性が高い事を思えば、その可能性は皆無ではないだろう。
実際、ある程度の説得力があったのか、爆豪も数秒前の興奮が嘘のように落ち着いた様子を見せていたし。
ただ、それでもまだ爆豪の手の中では個性で生み出された爆発があり……だが、不意にその手の中の爆発が消える。
「あ?」
爆豪にとっても、掌の爆発が消えたのは予想外だったのだろう。
不思議そうな声を上げ……
「ったく、何度も個性を使わせるなよ。……俺はドライアイなんだ」
自信満々にそう言う相澤。
……見るだけで相手の個性を消せるという、ある意味でこのヒロアカ世界におけるジョーカー的な存在、切り札的な存在であるにも関わらず、勿体ないな。
いやまぁ、抹消という個性は俺にとっては色々な意味で鬼門なので、そういう意味では俺にとっては悪くない結果なのかもしれないが。
「放せよ」
今度こそ本当に落ち着いたのか、爆豪がそう言ってくるので、肩から手を放すが……
うん、落ち着いたって感じじゃないな。
爆豪の顔にあるのは……何だ? 驚き? 焦燥? 恐怖? 苛立ち? 怒り? それらのどれでもなく、それでいてそれらが混ざったような、そんな表情。
相澤もそんな爆豪の様子に気が付いてはいるようだったが、今は爆豪に何を言っても意味がない、話を聞かないと判断したのだろう。
それ以上何も言わず、緑谷の後の者がソフトボール投げに挑戦する。
「あ、その……アクセル君、かっちゃんを止めてくれてありがとう」
爆豪から離れて元の場所に戻ると、緑谷がそう俺に声を掛けてくる。
「ああ、それは構わないが……その指、大丈夫なのか? まだ、他にも幾つか種目は残ってるのに」
見た感じ、緑谷の指先は骨折か打撲か。
とにかく結構な重症なのは間違いなかった。
幸い、雄英には貴重な回復系の個性を持つリカバリーガールがいるので、これくらいの怪我ならすぐに治るだろうが。
「あ、うん。その……ちょっと痛いけど、我慢出来ない程じゃないから」
いや、マジか。
俺は混沌精霊になってから、そこまで痛みを感じるといったような事はない。
いやまぁ、軽く叩かれた時とかそういうのは別だが。
ただ、緑谷の指先は、見ただけで痛いと思える程度の怪我ではあるのだ。
「……まぁ、お前がそう言うのなら構わないけど。それにしても、個性が強力だと大変だな」
「えっ!? えー……あ、ああ、うん。そ、そうなんだよね。アクセル君が言ってたように、最近個性が使えるようになったばかりで……」
何だ? 何かを誤魔化しているように思えるけど。
その辺が少し気になって、もう少し話を聞こうとしたところで……
「おーい、アクセル。ソフトボール投げが終わったから次の競技に行くぞ! 緑谷も!」
瀬呂の声に周囲を見ると、いつの間にかソフトボール投げをやっていた周辺には俺と緑谷だけがいて、他の面々は既に移動をしていた。
声のした方を見ると、瀬呂が早くこっちに来いと手招きをしていた。
「もう少し話したかったんだけど、置いていかれる訳にもいかないか」
「あ、あははは。そうだね」
「じゃあ、また後で話をさせてくれ」
「え? うん、それはいいけど……僕の話を聞いても面白くないと思うんだけど」
緑谷のこの自己評価の低さは……ずっと無個性で生きてきたからなのか?
主人公らしいかどうかは、正直微妙なところだが。
そんな風に思いながら、次に向かったのは上体起こし。
これについては個性を使いようがないので、普通に行う。
他の面々も殆どが俺と同じように個性を使わずにやっていた。
そして次に行ったのが、長座体前屈。座って足を伸ばし、そのつま先に指を触れるようにする奴だが、こちらについても同様に個性を使わずに行う。
もっとも、個性を使わなくても俺は普通に身体が柔らかいので、トップではないにしろ、トップクラスの記録を出す事が出来たが。
そして、最後に行うのが持久走。
とはいえ、走る距離は4kmとそこまで長くはない。
それこそヒーロー科なら、4kmどころか40kmとかでもおかしくはなかったが。
「よし、これが最後だ。言うまでもなくこれも個性を使っても構わん。……では、スタート」
相澤のやる気のないスタートの合図と共に、持久走が開始される。
持久走というのは、生徒達に嫌われる競技の中でも1、2を争う競技だろう。
とはいえ、これがヒーロー科としての最初の授業……いや、今日は入学式の日なので授業ではないのか。
なら、ホームルーム扱いとか?
とにかく、相澤曰くヒーロー科というのは教師側にもかなり自由な裁量が認められているらしいしな。
そんな訳で、成績最下位の者は除籍されるという事なので、例え持久走が嫌われる競技であっても、手を抜く者はいない。
俺や……八百万辺りは既に今の時点でトップの成績なので、そういう意味では手を抜いていいのかもしれないが、だからといってそんな事をするつもりは俺にはない。
そもそもの話、俺は公安からの依頼によって他の生徒達の壁として立ち塞がるというのを期待されているのだから、ここで手を抜くような事が出来る筈もなかった。
また、八百万は生真面目な性格をしているので、それこそ手を抜くような事はしないだろう。
そんな風に考えながら、グランドを走る。
このグランドは1周800m。それを5周すれば、ちょうど4kmになる計算だ。
走るという事で、この競技において有利なのは……
「アクセル君、50m走では負けたが、この持久走では君に勝つ!」
エンジンの個性を持つ飯田が、俺の隣を走りながらそう言う。
まぁ、だろうな。
走るという点では、飯田はA組の中でもトップクラスの実力の持ち主だ。
……個性がありという事で、何か支えになるようなのがあれば、瀬呂のテープの個性で一気に距離を稼いだりとかも出来るかもしれないが、生憎とこの場にそのような物は存在せず、瀬呂も普通に走っている。
後は、峰田が足に髪の毛? をセットして、弾むような足取りで走っている。
恐らくは異形系なのだろう背の低さの峰田は、当然のようにそれに比例して足もまた短い。
だが、髪の毛を使う事によってそのハンデを乗り越えていた。
やっぱり、峰田のあの個性ってかなり便利だよな。
とはいえ、それでも俺や飯田がいるトップ集団には届かないが。
ただ、峰田のあの身長……足の短さで、トップに次ぐ集団にいるのは素直に凄いと思う。
「じゃあ、俺も少し本気で……うん?」
本気で走る。
そう言おうとしたところで、不意にブウウウウンといった音が聞こえてくる。
走りながら、何だ? とそちらに視線を向けると……
「うげ、マジか」
俺の視線の先には、原チャ……いわゆるスクーターに乗っているヤオモモの姿があった。
ヤオモモの創造という個性の能力を考えると、もしかしたら可能かもしれないとは思っていたが……それでもまさか本当にスクーターのような物まで作れるとは驚きだった。
それはつまり、ヤオモモさえ理解していれば、生物以外なら何でも作れるという事なのだろう。
以前にこの話を聞いた時も思ったが、その時はもしシャドウミラーの技術班として活動するにしても、最初のうちは徹底的に知識を詰め込まれると思っていた。
だが、既に今の時点でこうしてスクーターを作れるとなると、それは非常に大きな……本当に洒落にならない程の将来性を持つ、強個性という事になる。
「それはありなのか!?」
飯田も俺と同じくスクーターに乗っているヤオモモを見たのだろう。
驚愕といった様子で叫ぶ声が聞こえてくる。
「まぁ、多分ありなんだろうな。……さて、そんな訳でこの速度で走っているとヤオモモに追いつかれそうだ。実力が足りずにそうなるのなら仕方がないが、全力を出さないで走りながらそうなるのは、俺としては避けたい。だから……じゃあな」
スクーターに乗ったヤオモモにまだ驚いている飯田にそう言い残すと、俺は走る速度を上げる。
「ぬっ、君には負けないと言った筈だ!」
そう言い、飯田もまた速度を上げる。
へぇ、この速度にもついてこられるのか。
そうしてトップを独走……いや、俺と飯田だけなので独走といった表現は正しくないかもしれないが、とにかくそうして走る俺達に、背後からヤオモモのスクーターが追いついてくる。
……今更、本当に今更の話なんだが、スクーターって確か16歳で免許を取れるんだよな?
一応俺達も高1という事なので、ヤオモモの誕生日が4月1日とかだったりした場合、もう免許を取ってるといった可能性もあるのかもしれないが……あ、いや。スクーターの免許が16歳というのは、一般的な常識での話か。
このヒロアカ世界においては、個性の存在がある。
それを思えば、スクーターの免許が中学生で取れるようになっていたり、あるいは個性で作った物だから免許がいらないといったようなことになっても、おかしくはないのだろう。
ともあれ、そのスクーターに乗っているヤオモモが大分距離を縮めてきた事もあり、俺は走る速度を上げていく。
「飯田、俺はもっと前に行く。……無理をするなよ」
「ぐっ……速度で負ける訳にはいかないのだ!」
そう返し、飯田も走る速度を上げる。
へぇ……瞬動とかそういうのを使わず、普通に走ってるだけとはいえ……それでもこの状態の俺に何とかついてくることが出来るというのは、素直に凄いな。
とはいえ、だからといって飯田の速度に付き合っているとヤオモモに追いつかれそうなので、もう飯田については気にしない事にする。
「限界が来る前に速度を落とせよ」
それだけを言って。
そして更に走る速度を上げる。
「くそがあああああああぁっ!」
何だか爆豪の叫びが聞こえてきたが……うん。まぁ、首席を狙っていたらしい爆豪にしてみれば、持久走で俺に追いつけないのが腹立たしいのだろう。
実際、爆豪もトップグループを走っていた俺や飯田には追いついていなかったが、その後ろのグループにはいたのだ。
50m走の時と同じく、両手で爆発を起こし、それを推進力にして。
とはいえ、それを4km走る間ずっと続けられるかとなると……正直なところ、微妙だとは思う。
だからといって、それが爆豪の個性である以上はどうしようもないが。
サポートアイテムを使えば、その辺を解決出来るかもしれないが、今はヒーローコスチュームを着てないしな。
ちなみにヒーローコスチュームについては、雄英のヒーロー科の場合は被服控除という事で、無料で作って貰える。
入学する際の書類で希望を書いたのを提出する形となる。
とはいえ……うん。まぁ、俺の場合はぶっちゃけヒーローコスチュームがあってもなくても、そう変わらない。
人によっては使う道具を収納しやすくしたりとかもするんだが、俺の場合は空間倉庫があるからそういうのはいらないし。
なので、コスチュームについては見映え重視、それも俺はヒーローって柄じゃないので、大魔王的な感じで頼んでおいた。
……もしかしたら雄英に却下されるかもしれないと思ったんだが、公安との関係を考慮されたのか、それとも雄英的に問題はなかったのか、とにかく俺の要望が突き返される事はなかった。
それでも具体的にどういうのが出来たのかは分からないので、近いうちにそれを見られるのを楽しみにしていた。
ともあれ、そんな訳で俺はグランドを走り続け……
「何故ですの!?」
ヤオモモの驚き、信じられないといった声が聞こえてくる。
当然だろう。スクーターに乗って走っているのに、未だに俺に追いつく事が出来ないのだから。
ヤオモモにしてみれば、この持久走はスクーターを作った時点で自分の勝利を確信していた筈だが……普通に地面を走っている俺に追いつけない。
そんな声を聞きながらも走り続け……結果として、持久走は1位が俺、2位がヤオモモ、3位が飯田になるのだった。