「よし、これで全種目が終わったな。……じゃあ、パパッと結果発表だ」
持久走が終わり、生徒全員が集まると相澤が軽い様子で言ってくる。
記録最下位の者は除籍にすると言っていた割には、そんなのは全く気にしていないような、そんな様子だ。
というか……うん。ぶっちゃけ、もし本当に最下位の者が除籍になるのなら、恐らくその最有力候補は緑谷だ。
ソフトボール投げでかなりの記録を出したのは間違いないものの、言ってみればそれだけだ。
他の記録では緑谷の増強系の個性を発揮出来るような事はなかった。
俺もそうだったが、長座体前屈では増強系の個性はとてもではないが使い道がないし。
ただ、持久走で緑谷が特に個性を使っていなかった様子なのが、ちょっと疑問だった。
俺とヤオモモがデッドヒートを繰り広げている中で、何度か周回遅れにする時に見たんだが、その時の緑谷は普通に……個性も何も使わずに走っているだけだった。
何故持久走で個性を使わなかったのかは……うん、多分個性が使えるようになったばかりで、まだ使いこなせないんだろうな。
実際、ソフトボール投げでも指が結構なダメージを負っていたし。
持久走はソフトボール投げと違って、1度やって終わりではない。
4kmを走り続ける必要がある。
そうなると、もし個性を使ってソフトボール投げの時のように足を怪我したら、それこそ完走出来ずに棄権するということになりかねない。
ただでさえ、緑谷はソフトボール投げ以外ではろくな記録を出していないだけに、持久走の棄権は絶対に避けたかったのだろう。
ソフトボール投げの前にやった競技の幾つかには、緑谷の個性をピンポイントで使えそうなものもあったんだが……まぁ、その辺については俺がどうこう考えるよりも、緑谷に色々とあるのだろう。
「トータルの成績は、単純に各種目の記録を点数にして合計した数だ。口で説明するのも時間の無駄なので、一括で表示する」
そう言い、相澤は数秒溜めて……
「ちなみに除籍は嘘だ」
あっさりとそう言う。
『……え?』
相澤のその言葉に、生徒達は揃ってそんな声を出す。
当然だろう。生徒達にしてみれば、入学したその日にいきなり除籍になるかどうかといった瀬戸際だったのだから。
特に成績や身体能力、個性に自信のない者にしてみれば、何とか除籍されないようにと、必死になっていた筈だが……それが、実は除籍は嘘だと、そう言われたのだから、完全に意表を突かれてもおかしくはない。
……というか、俺が見た感じでは相澤は除籍というのを本気で言ってるように思えたんだが。
「君らの最大限を引き出す、合理的虚偽」
『はああああああああああああっ!?』
ドヤ顔というのはこういうのを言うんだろうと思える、そんな顔で宣言する相澤に、我に返った生徒達が驚きの声を上げる。
「あんなの嘘に決まってるじゃない。少し考えれば分かりますわ」
そんな中、ヤオモモだけは特に驚いた様子もなくそう口にしていた。
……俺は決してそうは思わないんだが、
とはいえ、それはあくまでも俺がそう感じたというだけであって、もしかしたら相澤は生徒達にその辺について悟らせない為に、意図してそういう態度を見せていた……といった可能性も否定は出来ない。
そんなヤオモモの言葉に相澤は何を言うでもなく一瞥すると、教室に行ってカリキュラムに関する書類があるので目を通すように言うと、去っていく。
今回の成績が書かれた紙をその場に残し、緑谷にはリカバリーガールに怪我を治して貰うように言って。
そうなると、当然ながら気になるのは自分の成績。
多くの者達が自分の成績を知りたいと集まり……
「まぁ、こんなものか」
俺の成績は、当然のように1位。
幾つかの種目では個性……というか、俺の能力を使うことが出来ずに1番にはなれなかったものの、それはつまり幾つかの種目では1位である事を示していた。
結果として俺は予定通り1位になる事が出来た訳だ。
他の生徒達の壁となることを期待されている以上、最初の順位が出る行事……イベントと言ってもいいかもしれないが、とにかくそこで1位を取れないというのは色々と問題だ。
「残念ですが、届かなかったようですね」
2位のヤオモモが言葉通り残念そうに言ってくる。
ヤオモモにしてみれば、当然ながら1位を取るのを狙っていたのだろう。
そして3位が……寡黙な性格で、俺もまだ会話をした事がない轟焦凍だったか?
何でも、ヤオモモと一緒に推薦入試に合格した人物らしい。
そして4位が……
「ぐぎぎぎぎぎぎぎ……」
半ば殺気に近い怒気を発しながら、俺を睨み付けている爆豪。
うん、爆豪にしてみれば、どうやら自分がベスト3にも入れなかったのが悔しいらしい。
爆豪にしてみれば、それこそ自分が1位になると狙っていたのだろうし。
入試では俺に首席を奪われたので、ここで俺に勝って白黒はっきりつけようと、そのように思ってでもいたのだろう。
爆豪らしいと言えばらしい。
とはいえ、実際に爆豪の個性は非常に強力だ。
純粋に攻撃用としても強力だし、走る時に推進力として使っていたのを見ても分かるように、そっち方面でも十分に強い。
そんな個性を持っているのだから、爆豪が自信家になるのも分からないではない。
分からないではないが……受験においては俺に首席の座を奪われ、今日の個性を使った個性把握テストにおいても俺に……そして推薦組のヤオモモと轟に負けてしまった。
爆豪にしてみれば、それは決して許容出来る事ではないのだろう。
とはいえ、だからといって手加減をするつもりはない。
……そもそも、壁としての役目を十分に果たしているとも言えるし。
爆豪にとってこの状況はこれ以上ない程にストレスかもしれないが……うん。恨むのなら俺じゃなくて、俺にこんな依頼をしてきた公安を恨んでくれ。
そんな風に思っていると、三奈と葉隠が俺の方にやってくる。
「アクセル、凄いじゃない。1位よ1位!」
「さすが受験の首席だね!」
三奈と葉隠が俺を褒めてくる。
ちなみに三奈はギリギリ10位でベスト10に入り、葉隠は最下位の緑谷よりも2つ上の19位。
……まぁ、三奈はともかく葉隠の個性はあくまでも自分が透明になるというもので、個性を使った個性把握テストに使えるような個性じゃないしな。
それこそ爆豪のように個性を使って推進力にするとかそういうのも、葉隠の個性では出来ない。
勿論それは今はの話で、ヒーロー科で訓練を続ける事によってその個性を伸ばし……伸ばし……うーん、正直どうなんだろうな。
潜入とかそういうのは透明だからかなり向いているだろうし、ヴィランを倒すのにも透明なだけに基本的に奇襲出来るだろう。……全裸だけど。
ともあれ、この辺はあくまでも向いてるかどうかだ。
「ありがとな。それでいつまでもグランドでこうしているのもなんだし、そろそろ教室に戻るか」
「そうだね。汗も拭きたいし」
「汗っ!?」
少し離れた場所にいた峰田が、三奈の口にした汗という言葉に反応する。
……いやまぁ、今日会ったばかりの峰田だが、女好きなのは知っている。
だが、汗という言葉に反応するのはどうなんだ?
勿論、そういう性癖があるのは知っているし、俺もまたホワイトスターの夜での行為を思えば、峰田をそこまで非難出来ないとは思うが……ただ、それでも人前で性癖を叫ぶのはどうかと思う。
実際、三奈が峰田に向ける視線は呆れと冷たさが入り交じったような視線となっていたのだから。
「ほら、三奈ちゃん。行こう」
「ケロ、女の子は着替えるのに時間が掛かるんだから、急ぎましょう」
麗日と蛙吹がそう言い、三奈を引っ張って行く。
そんな面々を見送ると、俺達もまた先程着替えた更衣室に向かう。
「峰田、お前……女に興味があるのはいいけど、あそこまで露骨だと寧ろ引かれるぞ」
一応……本当に一応だが、峰田にそう注意する。
個人的には峰田はそこまで嫌いという訳ではない。
俺が三奈や葉隠と仲が良いからか、時折睨まれたりするが。
とはいえ、この年代の男なら女に興味を持つのはそうおかしな話ではない。
……ただ、峰田の場合は露骨にそれを表に出しているのが問題だった。
別に女をそういう目で見るなとは言わない。
実際、俺も既にこのヒロアカ世界に来てから半年近くが経過してるが、ホワイトスターで毎日行っていた夜の行為とは裏腹に、ヒロアカ世界に来てからそういう事はしていないので、そういう目で見てしまう事もあるが、露骨にはならないようにしているし、態度には可能な限り出さないようにしている。
もっとも、男のチラ見は女のガン見と言われるように、そういう視線を向けられている事に気が付いている可能性は十分にあるけど。
ともあれ、高校生の男である以上はA組の他の男達も女にそういう思いを抱いたり、そういう視線を向けたりといった事は珍しくないだろう。
だが、峰田の不味いところは、それを一切隠す様子がないという事だ。
「心配してくれるのは嬉しいが、オイラは自分に嘘を吐きたくないんだ」
何だか格好いい事を言ってるように思えるが、それはつまり自分の欲望を隠すことなく、オープンにし続けるって意味なんだが。
切島が漢だ! とか言ってるが、峰田の言葉の意味をしっかりと理解してから言った方がいいぞ。
「言っておくけど、そうしてがっついている男というのは、当然ながら女に嫌われる。つまり、峰田が今の態度を改めないのなら、恋人が出来るのはまず無理なんだが……その辺りについて、知った上で今のようなことを言ったんだよな?」
「ぐっ……オイラは自分の言葉は曲げない! こんなオイラでも、好きになってくれる女がいないとも限らないだろ!」
「いやまぁ、それは否定しない」
先程峰田が三奈の汗という言葉に反応したように、男の中には色々な性癖を持っている者がいる。
そうなると、当然ながら同じように女にも色々な性癖を持っている者がいるだろうし、その中には峰田のような相手を好むといった女がいてもおかしくはない。
ただ、問題なのは見た感じそういう性癖を持った女がA組にいないという事だろう。
拳藤のいるB組、あるいは普通科やサポート科、経営科、そして2年や3年……になら、あるいは、もしかしたら、万が一にも、億が一にもいる可能性はあるが。
「だろう。なら、オイラは自分の行動を曲げるつもりはない!」
「そこまで言うのなら、好きにしたらいい。あくまでも俺がしたのは忠告だしな」
俺の忠告を聞いて、それでも峰田が態度を変えないのなら、それはそれで構わないだろう。
ただ……俺が公安から受けた依頼。
他の生徒達の前に、壁として立ち塞がるというのをやった結果、峰田のような性格のプロヒーローが誕生したとか、そういう風に思われると……うん。それはそれで危険というか、出来れば避けたいというか、そんな感じだ。
「おい、ヒモ野郎。下らねえ事を言ってんじゃねえ。次は覚えておけよ」
俺と峰田の会話を聞いていたのか、少し離れた場所を歩いていた爆豪が、そう声を掛けてくる。
というか、爆豪が以前俺を呼んだ時はホスト野郎とか言ってなかったか?
……いやまぁ、龍子の事務所で居候をしていて、特に働くでもなかったのを考えると、ヒモ野郎と言われても反論は出来ないが。
まさか、爆豪もその辺について知っているから、今のような事を言ったとか……そういうのはないよな?
とはいえ、俺に対する呼び方はともかく、その内容自体は生徒達の壁となる俺としては悪いものではない。
「そうか、俺はいつでも挑戦を受けるから、勝てると思ったら挑んでこい。……もっとも、そう簡単に負けてやるつもりはないけどな」
「覚えてやがれ、このクソヒモが!」
俺の言葉に何かを感じたのか、爆豪はそう吐き捨てると足早に去っていく。
「……あれでヒーロー科って大丈夫なのか?」
いつの間にか隣にいた瀬呂が、立ち去った爆豪を見てそんな風に呟く。
うん、実際爆豪の性格は明らかにヒーロー向きじゃないよな。
チンピラというか……寧ろ、ヴィラン寄りだ。
それでもこうしてヒーロー科にいるんだから、ヒーローを目指しているのは間違いないんだろうけど。
ただ、もし爆豪がこのままヒーローになっても、その態度でマイナス方面が大きいのは間違いない。
「恐らく、相澤もその辺は考えてるだろ。高校生活を通してなんとか矯正しようとしてる筈だ」
「相澤って……先生を呼び捨てにするなよ」
「一応、相澤の前では態度を取り繕おうと思ってはいる」
「……爆豪もそうだけど、アクセルもヒーロー向きって感じには思えないよな」
「そうか?」
意外に鋭いな、瀬呂。
実際、俺はヒーロー科にいて、しかも首席ではあるものの、卒業してもヒーローになろうとは思っていない。
……そもそもの話、俺はこう見えてシャドウミラーを率いる立場だ。
ヒーローをやってるような余裕は……
あ、でもそうだな。ゲートを設置する前に雄英を卒業したら、あるいは。
そんな風に思いながら、瀬呂と共に更衣室に向かうのだった。