「……うん?」
駅を出て少ししたところで拳藤と別れ、拳藤に言ったようにマンションの一階にあるスーパーで弁当や惣菜、それとパック寿司といった諸々を5千円分程購入する。
1食の料金としてはちょっと高すぎるものの、その辺りは高級スーパーなので仕方がなかった。
というか、寿司が高かったんだよな。
何しろ、このスーパーの寿司は寿司マシーンの類で酢飯を握るのではなく、職人が握った寿司だ。
また、ネタも生の本マグロとか普通に使われている訳で……そう考えれば、寿司の値段にも納得は出来る。
ともあれ、スーパーで買い物をすませて部屋の前にやってきて扉に手を掛けたのだが……既に鍵が開いていたのだ。
このマンションは高級マンションだけあって、セキュリティの類もかなりしっかりとしている。
具体的には指紋とかそういうのを登録し、扉に触れると一瞬にしてスキャンされ、それで登録者本人……つまり俺だと判明すれば、鍵が開く仕組みだ。
ちなみにオートロックにもなってるので、出掛ける時にわざわざ鍵を掛けたりとかする必要もない。
何気に手間だから、助かるんだよな。
というか、混沌精霊の俺でも普通に指紋が登録出来たというのが、まず驚きだったが。
いや、勿論混沌精霊になってから技術班で……特にレモンやマリューによってしっかりと身体を調べられており、その中で混沌精霊であっても指紋があるというのははっきりとしていた。
だが、それでも登録出来ないかも……と思っていたんだが、無事に登録出来たんだよな。
ちなみに個性の関係で指紋の登録が出来ない者もいるので、そういう時の為に声紋……つまり声や、網膜……眼球の登録というのもある。
それらが駄目な時は、最終的にカードキーであったり、それでも駄目なら普通の鍵を選ぶ事も出来るらしい。
俺は一番楽な指紋で登録したが。
ともあれ、そうして登録をしておいたにも関わらず、扉の鍵が開いていたのだ。
敵か?
一瞬そうも思ったが、そもそもこの世界で俺の存在はまだ殆ど知られていない。
知ってるのは、それこそ龍子、優、ねじれの3人と公安の面々くらいだ。
だとすれば、公安が部屋に何かを仕掛けに来たとか?
一応、この部屋に引っ越してきてからスライムを使って盗聴器や監視カメラといった物がないかどうかは、しっかりと確認している。
なのでそういう心配はないと安心していたのだが……ここで仕掛けに来たのかもしれない。
そう思って扉をゆっくりと、音を立てないように開け……
「あ」
その瞬間、食欲を刺激するような料理の香りが漂ってきた事で、取りあえず公安が侵入したというのは否定された。
そうなると、残るのは……
「あら、おかえりなさい」
不意に龍子が顔を出すと、俺に向かってそう言ってくる。
やっぱり。
公安が否定された以上、残っているのは龍子達だけだ。
そういう意味では、この結果は当然のものだったのだろう。
「何でいるんだ?」
「ふふっ、ちょっとしたサプライズよ。入学祝い……はもうやったけど、実際に今日が入学初日で、新入生代表の挨拶をしたんでしょう? そのお祝いよ」
「ちょっと先輩、アクセルが帰ってきたのなら、早く連れてきて下さいよー」
部屋の奥、リビングの方から優の声が聞こえてくる。
「優もいるのか」
「ええ。……本当はねじれも来る予定だったんだけど、友達との約束があって、そっちに向かったわ」
「まぁ、そういう事もあるだろ」
ねじれは龍子の事務所にインターンとして来ている……つまり、ヒーロー見習いとして活動しているが、それでもまだ学生だ。
友達との間で何か約束があっても、ある意味で当然の事だろう。
龍子と共にリビングに向かうと、そこにはテーブルに料理を並べている優の姿がある。
どうやら、それで忙しくて龍子を、そして帰ってきたのなら俺も使おうと呼んだらしい。
実際、テーブルの上には恐らく1階のスーパーで買ってきたのだろうオードブルセットがある。
盆や正月のように親戚とかが集まる時に注文したりする奴だな。
それ以外にも買ってきたり、作ったのだろう惣菜が所狭しと並んでいた。
これは……うーん。
いや、勿論これは嬉しい。
嬉しいのだが、こうなると俺が買ってきた弁当や寿司、惣菜の類は今日は食べる事が出来ないな。
もっとも、今日買ってきたのは空間倉庫に入れておけば、いつでも食べられる。
寿司は鮮度が命だが、空間倉庫の中なら鮮度が落ちるという事もないしな。
……もっとも、幾ら職人が握っているとはいえ、パックの中に入っている寿司だ。
そうなると、売り場で俺が手に取った時点でそれなりに時間が経っており、握りたての寿司とは到底言えない。
もっとも、本当に握りたての寿司を食べたいのなら、スーパーでパック寿司を購入しなくても、回転しない寿司屋に行けばいいだけだが。
俺の食費については公安持ちなので、値段については気にしなくてもいいし。
寿司屋に行った金額で数百万円とかそういう値段になれば、さすがに公安からそれはちょっと待ってくれと連絡があってもおかしくはない。
……そういう値段の寿司屋があるかどうかは分からないが。
ただ、政治家とか社長とかそういう者達が行くような寿司屋であれば、そういう値段の店があってもおかしくはないが。
「ほら、しっかりとしなさい。アクセルが帰ってきたから、早速食べるわよ」
「はーい」
惣菜とかも、部屋にある電子レンジとかオーブンとかを使って温めたらしい。
料理の多くが熱々で美味そうだった。
「アクセルも着替えてきなさい」
「へーい」
龍子に促され、俺は部屋に向かって荷物を置くと制服を抜いて部屋着に着替えると、リビングに戻る。
俺が部屋にいた時間はそんなに長い訳ではなかったのだが、その短い時間でテーブルの上の料理はしっかりと整えられていた。
凄いな。
そう思いながら、俺は自分の椅子に座る。
渡されたコップには、例によって例の如くウーロン茶が注がれていた。
「じゃあ、食べましょうか。……アクセルの新入生代表と、初めての通学に……乾杯!」
『乾杯』
龍子の言葉に合わせ、俺と優もコップを掲げて軽くぶつける。
そうしてウーロン茶を飲むと……
「ふぅ、美味い。……とはいえ、龍子が言ったのは正確ではなかったりするんだけどな」
「え? どういう事?」
「今日が初めての通学というのは間違いないが、入学式には参加しなかったから、新入生代表の挨拶はなかったんだよ」
「なんで? まさか、初日からサボったの?」
「そんな訳ないだろ。いや、別にどうしても俺が通学しないといけないという訳ではないんだが。担任が入学式に参加する必要はないから、個性把握テストをやるって言ってな」
「うわぁ……それはまた、凄いわね」
呆れの色が強い様子で、優が言う。
まぁ、拳藤からの話を聞く限りだと、B組は普通に入学式に出たらしいしな。
そう考えれば、やっぱり相澤の考えは特別だったのだろう。
「イレイザーヘッドって知ってるか?」
「知らない」
「ちょっと、優。貴方もプロヒーローなら少しくらいヒーローとしての勉強くらいはしなさいよね。……まぁ、イレイザーヘッドはメディアに露出するのを嫌ってるから、知る機会は少ないかもしれないけど」
緑谷もそんな感じの事を言っていたな。
そういう意味では、メディアの露出を優先させる優にとっては、イレイザーヘッドというヒーローは知る機会がなかったのだろう。
ましてや、今はヒーロー飽和社会と呼ばれる事もあるくらい、プロヒーローの数は多い。
そうなると、自分がプロヒーローだからといって、他のプロヒーローを完全に把握するというのは不可能なのだろう。
……緑谷辺りは、普通にその辺全てを把握してそうな気がするが。
「ほら、メディアに出ないなら、私が知ってるのはおかしいでしょ」
「おかしいって、貴方ね……うん? ちょっと待って。イレイザーヘッド? イレイザーヘッドの個性って……」
優の言葉に呆れていた龍子だったが、話している途中でイレイザーヘッド……相澤の個性を思い浮かべたのか、俺に視線を向けてくる。
そんな龍子に向け、俺は頷く。
「ああ、抹消。見た相手の個性を消す個性だ」
「え? それって……げ! アクセル的には最悪じゃない!?」
俺の言葉に優がそう叫ぶ。
そうなんだよな。俺に抹消を使われる事がなかったから、今日は問題なかった。
だが、何らかの拍子で相澤が俺に抹消の個性を使えば、そして抹消によって個性が消えたというのを相澤が分かるのなら、俺がこの世界においては無個性という人種であると知られてしまう。
無個性……無個性か。
俺が無個性、つまり個性という名の特殊能力がないというのをホワイトスターにいる面々。そしてシャドウミラーに所属する面々が知ったらどう思うだろうな。
笑うか、呆れるか、あるいは怒るか、はたまたそれ以外の何かか。
ともあれ、相澤が俺にとっての弱点となるのは間違いのない事実だった。
「よりによって、イレイザーヘッドが担任なんて……アクセルって運が悪いのね」
「まぁ、それは否定しない」
龍子の言葉に頷いておく。
実際、俺が他の世界に転移した時は、騒動に巻き込まれる事が多い。
このヒロアカ世界においては、龍子と優の模擬戦の場に転移したのも影響してか、最初はドラゴンに変身した龍子が巨人となっている優を襲っていると考えて、龍子を攻撃しようとしたし。
……つくづく、攻撃しなくてよかったと、安堵する日々だ。
もしあそこで龍子を攻撃していたら、恐らく……いや、間違いなく俺はヴィランとして行動する事になっていただろうし。
ただ、他の世界に転移したばかりの時の事を思えば、このヒロアカ世界における最初の騒動はそこまで酷いものでなかったのは事実。
あくまでも他の世界と比較しての事だが。
マクロス世界なんて、騒動的な方向性は違うが……うん。
もしこのヒロアカ世界においてもマクロス世界と同じような感じになっていたりしたら、龍子と優、後はねじれはどう思っていた事やら。
……意外とねじれは好奇心が強いので、何、何、それ何? とか聞いてきそうだが。
ともあれ、このヒロアカ世界にやって来た時の騒動は、特に気にしなくてもいいような程度なのは間違いない訳だ。
その時点で、俺の悪運が一体どういうものなのか……トラブルを自然と引き寄せるような感じであるというのがどれだけのものなのかは分かりやすいだろう。
「じゃあ、アクセルの件が公になったらどうするのよ?」
「公安に任せるよ。そもそも俺が雄英にいるのは、公安からの依頼があってこその話だし」
実際に公安はヒーローの最上位組織だ。
そうである以上、いざとなったら公安の力で問題を解決するような事は不可能ではない……と思う。
もっとも、それをやると当然ながら相澤を含めた雄英教師陣には俺の存在がどういうものかといったように疑われる事になるし、そうなれば色々とやりにくくなるのは間違いない。
そうである以上、俺としてはやはり相澤に抹消の個性を使われないのが最善なんだと思う。
もしくは、相澤を……いや、雄英の教師陣をこっちに引き入れるといのもありだ。
もっとも雄英の教師は能力が高く……その分、自分というものを持っている。
そうなると、俺という存在を認めることが出来ない者も恐らく出てくるだろう。
そうならないようにするには、やはり俺の事が知られないのが最善ではある。
「公安に、ね。……ねぇ、アクセル。ここまで公安に関わっておきながらこういう風に言うのはなんだけど、公安という組織をあまり信じない方がいいわよ? 以前も言ったと思うけど、公安には悪い噂も多いもの」
「あ、それは私も知ってます。何でも、公安の言う事を聞かないヒーローを裏で消してたとか、そういうのですよね? ただ……うーん、正直それが本当かどうか、微妙なところだと思うんですけどね」
公安についての話になると、優がそう話に割り込んでくる。
本人にその気はないのだろうが、優は公安に気を許しているというか、以前最初に公安に行くといった時と比べると、公安に対する警戒度が明らかに下がってるんだよな。
それは目良や委員長を知ってそう思ったのか、あるいは俺の後見人という立場になる事で公安から協力金という名の報酬を貰っているからか。
どちらにしろ、公安にしてみれば優はチョロい相手だと思ってもおかしくはない。
「貴方ねぇ……いえまぁ、私の心配しすぎという可能性も決して否定は出来ないから、何とも言えないけど」
そうして会話をしながら、食事を楽しむ。
俺にしてみれば、この世界の公安というのが頼れるかどうか、信じてもいいかどうかというのは、正直なところ分からない。
ただまぁ……うん。もし何かあっても、俺の場合はどうとでも対処出来るという自信があるので、今のところは信じているといった感じだな。
向こうが裏切らないのなら協力関係を続けるが、向こうが裏切ったらこっちも相応の対処をする。
そういうつもりでいるので、俺から何かをするようなつもりはなかった。