龍子と優にプチ入学祝いを開いて貰った翌日、俺はマンションの1階に下りると、既にこの時間からやっているスーパーで惣菜パンとかを適当に買っていく。
朝食という意味では昨日の夕食の残りがあったのでそれを温めて食べたのだが、ふとこのスーパーで売っている惣菜パンがどういうのか気になったんだが……
うん、さすがに高級スーパー。
売り場に出されているパンも、このスーパーにあるパン屋コーナーで作ったパンが置かれていた。
勿論普通のコンビニやスーパーに置いている惣菜パン……大手パンメーカーが作っているような奴とかもあるのだが、今日の目的はそっちじゃなくてこっちの本格的なパンだ。
どれも当然のように高めの値段設定だったが、その値段分に美味そうだとは思う。
特にサンドイッチの類が充実してるな。
……セコいコンビニとかだと、具材が多く入ってるように見せ掛ける為に、切れ目の前の方に具材を持ってくるといったような手法を使ったりする。
だが、このスーパーのパンコーナーでは、そういうセコい真似はしていない……と思う。
実際にまだ食べていないので、何とも言えないが。
とはいえ、このスーパーはマンションの住人や周辺の住人をターゲットにしている。
それだけに、パン屋がそういうセコい真似をすれば当然ながらすぐに情報は広がり、それによって最悪このスーパーにも被害が及ぶだろう。
だからこそ、スーパーとしてもパン屋にそんな事をさせるとは思えなかった。
いやまぁ、従業員が着服する為に……という可能性もないではなかったが。
ともあれパン屋で十分にパンを購入すると、そのまま店を出る。
スマホで時間を確認すると、約束の時間に少し遅れ気味だ。
少し足早に進むと……
「アクセル、おはよう」
「ああ、おはよう。何とか間に合ったな」
駅の前にいた拳藤が俺にそう声を掛けてくる。
相変わらずのサイドポニーが拳藤の活発さを現していた。
こうして拳藤と待ち合わせをしてるのは、昨日の夜に龍子と優が帰った後、拳藤からメッセージアプリのLINで連絡が来たのだ。
学校に行く時に一緒にいかないかと。
俺としては別にそれは構わなかったので、すぐに了承した。
この駅から学校まではそこまで時間が掛かる訳ではないが、それでもそれなりに時間はある。
その間、電車に乗っている時に話し相手がいるというのは、俺にとっても嬉しい。
拳藤にしても、話し相手がいるのは嬉しいのだろう。
もし1人で学校に通うのなら、それこそ電車の中ではスマホで動画でも見るくらいしかする事はないだろうし。
「出るのが遅かったのか? 昨日は早めに出たのに、今日は遅くなるってのはどうなんだ?」
「まぁ、昨日は実際に雄英までどのくらいの時間が掛かるか分からなかったしな。もしかしたら、予想外に時間が掛かったかもしれないし。……それに、今日も別に遅いって時間じゃないしな」
現在の時間は、午前8時少し前くらい。
学生の通学時間として考えれば、標準くらいの時間だと思われる。
勿論、中にはそれこそ片道1時間以上の時間を掛けて通学している生徒とかもいるんだろうけど。
というか、こうして1人暮らしをしていて思ったんだが、何で雄英程の有名校に学生寮がないんだろうな。
これは普通に疑問だった。
雄英は文字通りの意味で全国から生徒達が集まってくる。
であれば、俺や拳藤のように1人暮らしをする奴もかなりの数になるだろう。
なら、そういう生徒達の為の学生寮くらいは用意してもおかしくはないと思うんだが……もしかして、これもまたPlus Ultraだったりするのか?
いや、ヒーローの卵としての受難ならともかく、これは違うだろう。
「ほら、とにかく行くよ。向こうの駅で三奈達が待ってるんだ。電車に乗り遅れたら、文句を言われるんだからね」
そう言い、俺は拳藤に引っ張られるようにして駅に入っていく。
俺や拳藤と同じ雄英の生徒と思しき者達が、何人か驚きの表情をこちらに向けていた。
俺と拳藤、一体どういう風に見えてるんだろうな。
そんな風に思いつつ、無事電車に乗り込む。
ただ、ここは静岡……それも雄英のある駅に直通の駅だ。
当然ながらかなり栄えていて、電車も数分に1本とまではいかないが、10分に1本はある。
……これが田舎とかなら、1時間に1本。それも時間によってはなかったりするんだよな。
もっとも、もっと凄い田舎だと、半日に1本とかだったりするらしいが。
そういう田舎だと、早めに授業が終わった時とか、早退した時とかどうするんだろうな。
あるいは両親が迎えに来るのか、それとも教師が送っていくのか。
その辺りが少し気になったものの、今はその辺について考えたりする必要はないな。
「分かってるって。……にしても、やっぱり昨日に比べると大分混んでるな」
「そりゃそうだろ。昨日は私達新入生だけが……いや、もしかしたら上級生も何人か何らかの理由で学校に来ていたかもしれないけど、とにかく殆どの学生は休みだったんだ。それが今日は普通に2年と3年も学校があるんだから、混むのは当然だろ」
拳藤にそう言われると、俺としてもなるほどとしか言い返せない。
実際、それによって今日の電車が混んでいるのは間違いないのだから。
具体的には、こうして電車に乗り込んでみると、昨日は普通に座席に座る事が出来たものの、今日は既に座席が完全に埋まっている。
立っている乗客もそれなりにいて、身動きが出来ない程ではないが、自由に動き回れるような余裕がない。
寿司詰め1歩……いや、3歩? 5歩? 手前といったところか?
もっとも、最近の寿司はシャリが小さかったりして、寿司詰めといった表現は相応しくないって何かで見た記憶があるが。
「今日から授業か。相澤が担任となると、一体どういう授業をさせられるのか、少し気になるな」
「ご愁傷様だな」
「こういう事なら、A組じゃなくてB組でも良かったと思う。……拳藤もいるしな」
「ばっ! い、いきなり何を言ってるんだよ。しかも朝っぱらから!」
何故か照れ、小声で叫ぶといった器用な事をする拳藤。
今の話のどこに照れる要素があった?
そう疑問に思ったものの、拳藤にしてみればそういう何かがあったのだろう。
それが具体的に何なのかは、俺にも分からなかったが。
「別に拳藤を怒らせるつもりじゃなかったんだが」
「……あのなぁ、アクセルの事を多少なりとも知ってる私だからいいけど、もし何も知らない奴がいたら、妙な勘違いをしてしまうぞ?」
妙な勘違い?
具体的にその勘違いの内容について聞きたかったのだが、俺がそれを聞いても拳藤が答える事はなかった。
「おはよう、一佳、アクセル」
駅の前には既に三奈と葉隠の姿があった。
三奈の言葉に合わせるように、葉隠も手を振っている。
透明な葉隠だが、手袋をしてるのでその手の動きをしっかりと確認出来るのは悪い事じゃない。
「おはよう、三奈、透。……瀬呂はどうしたんだい?」
「寝坊みたいで、まだ来てないよ」
「私だってもっと寝ていたかったのに」
拳藤の問いに、三奈と葉隠がそう返す。
女の身支度は時間が掛かるし、そういう意味ではこうして待ち合わせをしていても、男と女では起きる時間にかなりの差があったりする。
本当に最低限で朝食も抜くか、途中で何かを買って食べるかといったようなことなら、それこそ起きてから10分……いや。場合によっては5分くらいですぐに家を出るといった事も出来るだろう。
勿論そうなると、身嗜みは本当に最低限なので色々と問題があるのは間違いなかったが。
「雄英の側のマンションとかを借りられればよかったんだけどな」
「そうだけど、どこも空いてなかったか、予算を大幅にオーバーだったんだもん」
両手を上下に振りながら、葉隠が言う。
まぁ、その気持ちも分かる。
実際に俺も雄英の側のマンションを借りようかと、当時は思っていた。
だが龍子と一緒に行った不動産屋では、既に空きが殆どなく、あるいはあっても家賃が高い割にはマンションの設備とかがこっちの要望に合わなかった。
まぁ、その気持ちは分からないでもない。
雄英の教師は全員がプロヒーローで、生徒達も日本におけるトップのヒーロー科の生徒で、下手なプロヒーローより腕の立つ者も多い。
そんな場所では、当然ながらヴィランは活発に活動出来なくなる。
つまり、治安がもの凄く良い一帯となり、だからこそ雄英の周辺に建っているアパートやマンションの家賃は高くなる。
地価の向上による悪影響って奴だな。
いやまぁ、地価の向上が悪影響ばかりという訳ではないのだが。
ただ、葉隠が言うように学生が雄英の側のマンションやアパートを借りるのがかなり難しいのは間違いない。
特に生徒達は、部屋を借りる為に雄英の近くに来ても、こっちにいられる時間はそう長くはない。
……ヤオモモのように、家から車で送って貰えるのなら、住む場所について気にしなくてもいいんだろうが。
いや、ヤオモモの家なら雄英の側のマンションを借りたりも出来るだろうけど。
「とにかく、もう少し待って瀬呂が来ないなら、先に行こう。遅刻する訳にはいかないからな」
拳藤の言葉に誰も反対の意見は口にしない。
当然ながら、俺も口にはしない。
何しろ、担任は相澤だしな。
もし何の理由もなく遅刻をしたりしたら、一体どうなる事やら。
それこそ生徒達にとっては最悪の未来しかないだろう。
だからこそ、ここでギリギリまで瀬呂を待つといった選択肢は俺にはなかった。
「分かった。俺はそれでいい」
「え? ちょ……うーん……まぁ、アクセル君がそう言うのなら……」
「相澤先生、怖いもんね」
葉隠と三奈もそれぞれ俺と同じく拳藤の言葉に賛成する。
そうして話をしながら瀬呂を待つのだが……
視線……
うん、まぁ、分かってはいた。
拳藤という姐御系美人。
三奈という元気系美人。
葉隠は……うん。まぁ、透明であるが故に、どういう顔つきなのかと想像するのが楽しい女。
そんな3人と一緒にいるのが男の俺なのだ。
そのような様子を見れば、男からは嫉妬の視線、女からは興味深い視線を向けられるのはそうおかしな事ではなかった。
中にはA組の生徒もいて、そちらの場合は軽く手を振ってきたりして挨拶をするので、俺もまた手を振り返したりする。
三奈や葉隠も同様に。
また、そんな俺達とは違って拳藤が手を振ってる時もある。
多分B組の生徒なのだろう。
そうして少し時間を潰してると……
「悪い、遅れた!」
「……こういう時って、今来たところって言えばいいのか?」
「言って貰えると嬉しいけど、言うのはアクセルじゃなくて他の人……せめて女にして欲しい」
「だろうな」
瀬呂の言葉にそう返す。
もし俺が瀬呂と同じ立場であっても、男に今のような言葉を言われたいとは思わない。
「あんたらね……まぁ、いいや。ほら、いつまでもここにいてもしょうがないし、学校に行くよ」
「姐御……」
「誰が姐御だ、誰が」
瀬呂が思わずといった様子で呟いた言葉に、拳藤は呆れたように言い返す。
こうして皆を引っ張る様子からして、姐御と呼ばれているのだが……それがどうやら本人には自覚がないらしい。
まぁ、ただ少し世話焼きなだけなら、別に姐御とは呼ばれない。
あくまでも拳藤の性格というか、雰囲気があってこそ姐御呼ばわりされるのだ。
「誰って……ねぇ?」
「おい、三奈」
意味ありげな様子を見せる三奈に、拳藤が不満そうな様子を見せる。
拳藤は自分がそういう風に思われてるって自覚がない……訳ではないんだろうが、それでも自分では認めたくないといったところか?
「拳藤と三奈もその辺にしておけ。とにかく学校に向かうぞ。何だかんだとこうして話していると、それだけで時間がなくなりそうだし」
そう俺が言うと、姐御呼ばわりを止めさせる事が出来なかった拳藤が、不満そうに……三奈は微妙に助かったといった様子で俺の言葉に頷く。
拳藤が不満そうにしつつも、素直に俺の言葉に反論しなかったのは、実際にここでこうして話している間にも時間が流れ、そろそろ余裕がなくなってきたからだろう。
今ならまだ歩いて行ってもある程度の余裕がある時間だが、これ以上ここで話を続けていると、それこそ走らないと間に合わなくなるし、それ以上に時間が経過すれば遅刻となる。
拳藤も、2日目からいきなり遅刻をするというのは好ましくはないのだろう。
そんな訳で、拳藤はこうして素直に俺の要望を聞いて学校に向かって歩き始める。
実際、駅から学校に向かう生徒も俺達がここに来た時と比べると大分少なくなってきたしな。
そう考えれば、やはり少し急いだ方がいいのは間違いないだろう。
こうして、俺達は話をしながら雄英に向かうのだった。