学食に到着すると、激しく……そして熱く行われていたカレー論争も中断される。
カレーに入れる肉は、鶏肉、豚肉、牛肉がやはり3大巨頭となる。
他にもシーフードであったり、ちょっと珍しいところで羊肉といった意見もあった。
それ以外だと、ジャガイモを入れるか入れないか。
入れる場合は最初に入れて煮崩すか、あるいは茹でるなりレンジでチンするなりしておいて、最後に入れるか。
後は、カレーのトッピングとして福神漬けかラッキョウの甘酢漬けか。
もしくはゆで卵をトッピングするか、生卵を入れるか。
味変として、入れるのはとんかつソースか、中濃ソースが、醤油か。
辛さは甘口、中辛、辛口のどれか。
そんな風にカレーの会話をした結果……
「カツカレー大盛り、辛口、福神漬け多めで。サラダは……シーフードサラダで」
食券を買った上で、追加の注文をする。
耳郎と話していた時は蕎麦を食べるつもりだったのだが、カレーの話をしているうちに完全にカレーの口になってしまったのだ。
それは他の面々も同様で、全員がそれぞれカレーの食券を買って注文していた。
……ランチラッシュを含めて、厨房にいる者達が不思議そうな視線をこちらに向けていたのが気になったが。
とはいえ、一緒に食べに来た面々が全員同じ料理を注文するというのは、普通に考えておかしいしな。
うん? 最初からそれを食べるつもりで来たと考えれば、そこまでおかしくはなかったりするのか?
実際、カレーはカレーだけどトッピングや辛さ、サラダの種類といったように、それぞれに違いはあったし。
そうして注文した料理……カレーをそれぞれ持って、さてどの席に座ろうかと思ったところで……
「おーい、アクセル」
不意に声を掛けられる。
それも聞き覚えのある声に視線を向けると、そこには予想通り拳藤の姿があった。
ただ、そこにいたのは拳藤だけではなく、もう1人女がいて、興味深そうにこちらを見ている。
肩くらいまでのウェーブの掛かった黒髪が特徴的で、その顔立ちは基本的に整っており、拳藤のような美人よりは凜々しいといったものではなく、可愛いよりは美人といった表現が相応しい顔立ちの女。
「その人数だと、ちょっと席が足りないだろ? 私達の周辺は空いてるから、こっちに来ないか?」
その言葉に他の面子に視線を向けると、拳藤と知り合いの面々以外……耳郎と梅雨ちゃんも特に問題ないと頷いたので、そちらに向かう。
「うわ、何で全員カレー?」
席に近付くと、俺達が持っているお盆にあるのが全てカレーなのを見て取った拳藤が、驚いた様子でそう言う。
「あははは。実は教室から学食に来るまでの間に、カレー論争になってね。それで皆カレーを食べたくなったみたい」
「ふーん。まぁ、そういう事もあるかもしれないね。アクセルと瀬呂はやっぱり男だね。いや、それを言うならヤオモモもか」
俺はポークカレーにカツをトッピングした大盛り、瀬呂はチキンカレーにコロッケと目玉焼きをトッピング、ヤオモモはビーフカレーにステーキとゆで卵をトッピング。
見事にポークカレー、チキンカレー、ビーフカレーに分かれたな。
これで瀬呂がコロッケじゃなくて唐揚げをトッピングしていれば、全員トッピングまで揃っていたのに。
「その……私の個性の場合、カロリーを使って創造するので」
そう言った瞬間、その場にいた多くの女が……いや、俺達だけじゃなくて、周辺に座っていた見ず知らずの女達ですら、ヤオモモに羨望と嫉妬の視線を向ける。
……うん。まあ、分からないではない。
ヤオモモにしてみれば、午後には雄英で初めてのヒーロー基礎学があるので、もしヒーロー基礎学で個性を使うような時の事を考えてカロリーを摂取しておきたいのだろう。
だが、それはつまり個性を使えばカロリーを消費するという事で、食べても太らない――正確には個性を使えば太らない――という事を意味していた。
女にしてみれば、体型の維持というのは涙ぐましい努力をするものだ。
食べたいのに我慢し、運動し。
だというのに、ヤオモモは無制限にカロリーを摂取しても大丈夫なんだから、女ならそれを羨ましく思わない筈がない。
もっとも、それを言うのなら俺もまた体内に入った料理は即座に魔力として吸収されるので、こちらもまた当然のようにダイエットとか体型の維持とか考えなくてもいいんだが。
ただ、それをこの場で言えば面倒な事になりそうなので、言うつもりはなかったが。
「あら、皆さん。どうされました?」
何故自分に今のような視線が向けられているのか分からない様子のヤオモモ。
「ううん、何でもないよ。……ほら、早く座ろう。このまま立っていると他の人の迷惑になりそうだし」
三奈の言葉に、適当に椅子に座っていく。
何故か俺は拳藤の隣で、その反対側にはヤオモモがいる。
そんな席順を見て、拳藤の正面にいる黒髪の女は何か面白い光景でも見たかのように笑みを浮かべていた。
そうして笑っているのを見て気が付いたのだが、歯が妙にこう……鋭い? いや、ギザギザって表現の方が合ってるか? とにかくそんな感じだった。
恐らくこれも個性の影響か何かなのだろう。
「あ、私は拳藤と同じB組の取蔭切奈。よろしくね」
そう名乗ってきた女……取蔭に、こっちもそれぞれ自己紹介をする。
にしても、取蔭切奈か。
名称からして、恐らくトカゲ系の個性なんだろうけど。
見た感じ、異形系って感じじゃないしな。
いや、歯がギザギザなのはちょっと気になるが。
そうして昼食を食べ始める。
「そう言えば、拳藤達は午前中はやっぱり個性把握テストだったのか?」
「そうだよ。ただ、アクセル達みたいに成績が最下位だったら除籍とか、そういうのはなかったけどね」
「ねえねえ、拳藤から聞いたけど……本当にそんな事を言われたの?」
予想通りB組の今日の午前中は個性把握テストだったらしい。
にしても、除籍の件はなかったのか。
もしかしたら……本当にもしかしたらだが、雄英の教師なら雄英に合格したという事で浮かれている生徒達を引き締める為に、そういう風に言っても不思議じゃないと思ったんだが。
どうやら、除籍の件は相澤の独断だったらしい。
そんな俺達の会話に、取蔭がそう聞いてくる。
拳藤辺りから話を聞いていて気になってはいたのだろう。
「言われたのは本当ですわ。ただ、最終的には嘘と言いましたし、私も最初から嘘だと思ってはいましたけど」
ヤオモモが取蔭にそう返す。
実際、ヤオモモは個性把握テストが終わった時にもそう言っていたな。
そういう意味では、ヤオモモのこの言葉も決して間違っている訳ではないのだろう。
……とはいえ、まだ少ししか接してはいないものの、相澤の性格を考えると、案外本気で言ってるのではないかと思わないでもなかったが。
「あれが嘘で本当によかったよ」
安堵した様子でそう言うのは、葉隠。
まぁ、葉隠は最下位争いに加わっていたしな。
緑谷と峰田に勝ったので、もし相澤の言葉が事実だったとしても、除籍にはならずにすんだだろう。
だからといって、それで本当に問題がないかと言えば、それは勿論否だったのだが。
本人もそれを分かっているからこそ、こうして安堵した様子を見せているのだろう。
「あー……うん。個性を使ってもいい個性把握テストは、透には不利だよな」
拳藤が同情するように言う。
これが例えば、誰かに見つからないようにしながら既定の場所まで辿り着くとか、そういう種目であれば、透明が個性の葉隠にとって楽勝だろう。
……まぁ、その場合は全裸になる必要があるのだが。
幾ら見えないからって、本人が他人の前で全裸になるのを一切躊躇しないってのは、正直どうかと思わないでもないが。
これで完全に透明って訳じゃなくて、薄らと見える程度の透明なら、葉隠もそういう風に考えないようになったんだろうが。
ただ、小さい頃からそういう個性だったので、ずっと全裸になるのを特に何の問題もないと思っていった以上、それを直すのはそう簡単な事ではないだろうが。
「そうそう。次からはああいうのがないといいんだけどね」
「まぁ、雄英というのを考えると……Plus Ultra、だろ?」
「むぅ」
拳藤の言葉に葉隠が残念そうな様子で声を出す。
……それにしても、葉隠の透明という個性も不思議だよな。
昨日マックで食べている時もそうだったが、透明なのに口の中に入れた料理は見えなくなるんだから。
もっとも、口の中に入った料理が見えるという事になれば、それこそ峰田辺りが喜びそうだけど。
うん、そういう意味では葉隠の個性はこういう感じで良かったんだろうな。
「そうなると、今日のヒーロー基礎学でも何かあるかもしれないな」
瀬呂のこの言葉が、何らかのフラグだったような気がしないでもない。
とはいえ、昨日個性把握テストが終わってから教室に戻った時に用意されていたプリントを見た時、ヒーロー基礎学の教師はオールマイトってあったしな。
まさかの、No.1ヒーローの授業がいきなりだ。
動画サイトとかを見れば、そこにオールマイトの活躍は幾らでも広がっている。
そして俺から見ても、オールマイトはかなりの強さの持ち主だった。
具体的にどれだけの強さを持つのかは、実際に戦ってみないと何とも言えないが。
ただ、それだけにこの世界のトップを間近で見られるというのは、俺にとって悪い事ではない。
実際にはオールマイトはあくまでも日本のトップであって、この世界のトップという訳ではない。
だが、この世界の原作の舞台がこの日本である以上、恐らく……いや、間違いなく日本におけるトップは世界でもトップ、あるいはトップクラスであるのは間違いない。
本人的には既にかなりの年齢というのを考えると、それでもまだNo.1の座にいるのは素直に凄いと思うが。
「ちょっと、瀬呂。フラグを立てるのは止めてよね」
俺と同じくフラグを……と思ったらしい三奈が、瀬呂に注意する。
瀬呂もまた、自分の言葉がいかにもフラグといった様子だったのに気が付いたらしく、素直に謝る。
「ごめん。けど……よくフラグとか言うけど、実際にそのフラグが効果を発揮する事って、滅多にないよな?」
「いや、普通にあるぞ」
間髪入れず……という訳ではなく、カツカレーのカツの衣のサクッとした食感を楽しみ、それを飲み込んでからそう言う。
「えー……まぁ、よくそういう風に言われるのは分かるけどさ。実際には違うだろ?」
俺の言葉に納得出来ないらしい瀬呂。
その言葉に、この場にいる何人かは同意するように頷いていた。
まぁ、それは仕方がないか。
よく言われるフラグだが、実際に普通に生活している限りでは特に何かがあるといった訳ではない。
ただ、俺の場合……俺のような生活をしている場合、それこそフラグというのは非常に大きな意味を持つ。
これは実際に今まで自分の経験からの言葉なので、決して大袈裟なものでも、間違っているものでもなかった。
もっとも、ここでそういうのを言う訳にはいかない。
俺が異世界から来た存在というのは、今のところ秘密にしておかなければならない事なのだから。
それを実際に言えるようになるのは……そうだな、やっぱり公安から土地を提供され、そこにゲートを設置してホワイトスターと行き来出来るようになったらの話か?
ともあれ、今ではない。
……そして今ではないから、フラグというのが言われる程に効果を発揮するかという瀬呂の意見を否定するのは難しい。
俺がここで何かを言っても、多分それが信じられるかどうかとなると、難しいところだ。
「ヴィランとかが多いんだから、フラグとかそういうのをここで考えてもおかしくはないと思うけどな」
なので、取りあえずそんな風に言っておく。
そんな俺の言葉に、完全には納得している様子はなかったが、それでもフラグについては、もしかしたら本当にあるのかも? と思ってはいるらしい。
「それより、今はこのカレーを楽しみましょう。……本当に美味しいですわね。我が家のシェフも料理は上手ですが、それ以上に美味しいですわ」
我が家のシェフという言葉が普通に出てくる辺り、ヤオモモの家はそれだけの金持ちなんだろうな。
……なら、いっそヤオモモの家にゲートを設置する土地を用意して貰うのもいいかもしれないな。
ふとそう思ったが、公安がすぐに駄目出しをするだろうと思い直す。
そもそも土地を用意するというだけなら、公安ならどうとでも出来る。
それが今の状況でまだ出来ていない理由は、やはり公安が俺をどこまで信じていいのか分かっていないからだろう。
あるいは俺を通して見た異世界という存在について、日本として、あるいはヒロアカ世界としてどのようにすればいいのか、迷っているという見方もあるのだろうが。
「そうだね。こうしてヤオモモ達がカレーを食べているのを見ていると、本当に美味しそうに見えて、私も食べたくなってくるね」
ヤオモモの食べているカレーを見て、拳藤がそう言うのだった。