食堂での昼食が終わり、教室に戻る。
結局俺はカレーを2杯お代わりし、結果として豚、牛、鶏の全てのカレーを制覇した。
……いや、実際にはシーフードカレーや羊の肉、あるいはキーマカレーやスープカレー……それ以外にも様々なカレーがあるので、そういう意味では決してカレーを制覇したって訳じゃないけど。
「それにしても、本当に美味しかったね。これからのお昼が楽しみだよ」
そう言い、元気に両手を上下させる葉隠。
葉隠にしてみれば、それだけランチラッシュの作った料理は美味かったらしい。
にしても……クックヒーローって話だけど、そうなると個性は何なんだろうな。
「ああ、弁当を持ってくるかどうか少し迷ったけど、あれだけの味なら学食一択だな」
「え? アクセルって料理が出来るの!?」
耳郎が驚きの視線を俺に向けてくる。
「なんでそんなに意外そうなんだ? 一応、これでも多少は料理が出来るぞ? ……もっとも、持ってくるのは多分スーパーで買った弁当とかそういうのだけど」
「……そういうのって、健康に悪そうじゃない?」
「どうだろうな。一般的なスーパーやコンビニで売ってる弁当とかは、それだけだと栄養バランスが悪いから、サラダとかそういう副菜を追加で買うか、あるいはサプリなんかを使うって話は聞いた事があるけど……ただ、俺のマンションの1階にあるスーパーは高級志向のスーパーだからな。値段は高いけど、栄養バランスとかそういうのはある程度しっかりしてると思う」
そもそも、俺の場合は食べた料理はすぐに体内で魔力として吸収されるし、言ってみれば食事というのは趣味的なものだ。
……ちなみに混沌精霊である以上、毒の類もそれが魔力的な毒とかではない限り、全く問題なく食べられる。
つまり……例えば毒を持つ食材として有名なフグの毒の部分であっても、俺の場合は普通に食べられる訳だ。
もっともそれが安全なのは、あくまでも俺だけの場合だ。
例えばそういう部位を使った鍋料理を俺だけが食べるのなら問題はないが、俺が食べているのを見て美味そうだからと箸を伸ばしたりすれば……どうなるのかは、考えるまでもなく明らかだろう。
「へー、アクセルっていい所に住んでるんだね」
「それは否定しない。ただ、俺にも色々と事情があるんだよ」
まさか公安が家賃とかその他諸々の生活費を払っているといった件については言える筈もないので、こう誤魔化す。
幸い、他の面々も俺のそんな言葉に特に疑問を感じた様子もなく、素直に頷いていた。
もっとも、色々と事情があるというところで、三奈と葉隠が興味深そうにしていたが。
葉隠の場合は、手を動かす速度が上がったからそうなんだろうと思っただけだが。
そのように話しながら進み……やがて、A組の教室に戻ってくる。
扉を開けると、その瞬間……
「くたばれ男の敵ぃっ!」
ちょうどそのタイミングで教室の中から何かが飛んでくる。
かなりの速度ではあったが、半ば反射的に俺はそれを叩き落とす。
ベシリ、という音が周囲に響く。
思わず叩き落としてしまったのだが、大丈夫か?
そう思った瞬間、ビヨンといった擬音に相応しい音を立て、叩き落とされた何かが跳ね上がった。
……とはいえ、跳ね上がったのは真上になので、それで俺がどうこうといったような事はない。
そして跳ね上がった事によって、一体何が起きたのかを理解出来た。
どうやら、俺が教室に入ってきたのを見計らって峰田が俺に向かって飛んできたらしい。
個性把握テストの時の反復横跳びを見れば分かるように、峰田の個性はエロブドウと称される理由でもある、丸まった髪の毛だ。
それが……こう、トランポリン的というか、跳ね返るような特性を持つらしい。
峰田は俺に叩き落とされた時、咄嗟に個性を使って床にぶつからずに跳ね上がった……んだろう。
とはいえ、跳ね上がったのはあくまでも真上。
落ちてきた峰田を手で掴む。
「一体何のつもりだ?」
「うるせぇっ! この、男の敵め! 瀬呂と一緒に女とイチャイチャしやがって! しかも、他のクラスの女ともだぁ? 畜生……」
いつものように血涙を流す峰田。
あー……うん。この様子だと、どうやら俺が食堂で拳藤や取蔭と一緒に食事していたのを見ていたらしい。
いや、無理もないか。
峰田も恐らくは昼は学食だったんだろうし。
そうなると、当然ながら女達の中に俺と瀬呂だけがいるというのは目に入る。
あるいはこれで、三奈達とだけ……A組の女達とだけ食べていたのなら、峰田にとっても羨ましくは思うだろうが、我慢出来たかもしれない。
だが、そこに峰田にとって見知らぬ女がいたら……その結果が、今のこの状況だった。
とはいえ、その辺りについては怒られても困る。
取蔭は実際に今日初めて会った相手ではあったものの、拳藤とはそれこそ昨日から一緒のクラスになった峰田よりも早く……受験の時に既に会っており、受験が終わってからも直接は会ってなかったが、メッセージアプリのLINを使ってやり取りをしていた。
ましてや拳藤とは同じ駅を使っているので、一緒に通学する仲でもあるし。
というか、峰田もその辺については知らなかったか?
……ああ、もし知っていても、その相手と一緒に食事をするのは駄目なのか。
後は、やっぱり追加で取蔭が一緒にいたのも。
峰田の女の好みは分からない。
ただ、好みらしい好みはないのではないかと、そう予想はしているが。
実際のところ、どうなっているのかは俺にも分からない。
あくまでもこれまでの峰田の言動を見た俺の予想だ。
そんな峰田から見て、取蔭というは非常に魅力的に映ったのだろう。
だが、だからといって……
「俺が最初に教室に入ってきたからよかったものの、もし俺以外の……いや、俺と瀬呂以外の連中が入ってきたら、どうするつもりだったんだ? 女達に当たったら」
「侮るない! オイラのモギモギは、アクセルに叩き落とされた時に即座に使ったのを見れば分かるように、咄嗟に使う事も出来る。それに……アクセルが先頭を進んでいたのをきちんとこの目で見て、それで襲ったんだよ! 女達にぶつかっても……ぶつかっても……うへへ」
「サイテー」
三奈が峰田のだらしのない笑顔を見て、そう言う。
うん。まぁ……実際、三奈というか女の立場になってみれば、そういう風に思ってもおかしくはない。
具体的には、峰田が先程俺に向かって飛んできたコースは、もし三奈だったら胸に直撃するコースだった。
他の女達も……まぁ、背の高さに大なり小なりあるけど、胸の辺りに当たっていただろう。
あ、でも梅雨ちゃんは小柄だから、上を通りすぎたか……もしくは、顔面に当たっていたかも?
……胸にぶつかるのもどうかと思うが、顔面は顔面で厳しいとは思うけど。
「まぁ、話は分かった。俺を……いや、俺と瀬呂を狙ったのなら、その辺は良しとしておこう。次からは俺じゃなくて瀬呂に狙いを付けて欲しいけどな」
「ちょっ、おい、アクセル!?」
俺の言葉に、瀬呂が不満そうに言う。
無理もないか。瀬呂の個性のテープだと、あの状況では前もって準備をしていない限り、どうしようもないし。
つまり、瀬呂が最初に教室に入っていた場合、飛んできた峰田をどうにかするのは無理だった訳だ。
いや、あるいはその攻撃を回避するといった行動なら、咄嗟に出来たかもしれないが……そうなると、瀬呂の後ろにいた誰かが峰田の餌食になっていた可能性がある。
そうならないようにするには、瀬呂がどうにかする必要がある訳だが……うん、まさにこれが無茶ぶりって奴だな。
「君達! いつまでも遊んでいないで、自分の席につきたまえ! そろそろ昼休みが終わるぞ!」
飯田がそう声を掛けてくる。
そうして声を掛けるのなら、峰田が馬鹿をやろうとしていたのを止めて欲しかったんだが。
そう思ったが、飯田も峰田が何をやろうとしていたのかは分からなかったんだろう。
……普通、自分の個性を使ってまで教室に入ってきた相手に突っ込むというか、体当たりをするとは思えないしな。
飯田の個性はエンジンで速度系だが、個性把握テストの時を見れば、加速するのに相応の時間というか距離が必要なのは間違いなかったし。
飯田が瞬動を習得したらかなり便利なんだろうが……ただ、瞬動を使うには魔力や気が必要だしな。
魔力や気を習得するまでに、一体どのくらいの時間が掛かるのかも俺には分からない。
これがホワイトスターなら、魔法球を使ってある程度はどうにか出来たりするのだが。
もっとも、それが不可能なのは今更の話か。
そもそもゲートを設置してホワイトスターと自由に行き来出来るようになったとしても、魔法球はシャドウミラーにとって最重要機密の1つだ。
シャドウミラーに所属している者ならまだしも、そうでない場合は魔法球を使わせるといった事はまず出来ない。
「そうだな、悪い。じゃあ、席に座るか」
「えー……」
飯田の言葉に素直に頷く俺に、三奈が不満そうな様子を見せる。
このまま峰田が何もお仕置きされずにいるのが、面白くないのだろう。
とはいえ、さっきの突撃も言ってみればじゃれ合いに近いものだし。
「三奈の気持ちも分かるけど、実際そろそろ……ほら」
俺の言葉の途中で、キーンコーンカーンコーンというお馴染みのチャイム音が聞こえてくる。
それを聞くと、三奈もこれ以上不満を言う事も出来ないと思ったのだろう。
素直に自分の席につく。
他の面々も座り、俺も手に持っていた峰田を適当に放り投げる。
「ちょっ、おい、アクセル。幾らなんでも放り投げる事はないだろ!?」
そう叫びつつ、それでも峰田は器用に空中で身体を動かし、足から床に着地した。
この辺り、峰田も外見通りって訳じゃなくて競争率300倍の受験を勝ち抜いてきた実力の持ち主ではあるんだよな。
普段の言動がそれを完全に無意味なものにしてるけど。
「あのな、これで許したのを嬉しく思えよ。もし俺がこれで許さないのなら……どうなるか、知りたいか?」
笑みを浮かべてそう尋ねると、峰田はブルブルと首を横に振る。
別にそこまで酷い何かをするつもりじゃなかったんだが。
峰田の場合は自分の言動や行動について思うところがあるから、一体何をされるのかと、心配そうにしてるのだろう。
「なら、問題ないな」
「……漢だな」
切島がそんな風に呟くのを聞く。
言いたい事は分からないでもない。分からないでもないが……けど、今の俺の行動を見て、漢だなというのは、正直なところどうなんだ?
いや、勿論貶されるよりは褒められた方がいいとは思うが。
ともあれ、こうして俺達はトラブルを無事……無事? まぁ、多分無事に解決すると、自分の席に座る。
そして席に座ってから数分もしないうちに……
「わーたーしーが……普通にドアから来た!」
扉が開き、オールマイトが姿を現す。
それを見た瞬間、ふと違和感があった。
何と言うか……思ったよりも迫力を感じない?
映像とかで見たオールマイトの様子からすると、もっと……そう、圧倒的なまでの迫力を感じてもおかしくはなかったんだが。
だというのに、今は全く違う。
これは一体どういう事だ?
単純に、俺が映像を見てオールマイトに期待しすぎただけか?
そんな疑問を抱く俺以外は、銀時代のコスチュームだとか、画風が違うとか……いやまぁ、うん。銀時代ってのは分からないが、画風が違うというのは分からないでもない。
こうして改めて間近でオールマイトを見ると、誰かが言ってたが、まさに画風が違うって奴だ。
これは個性の問題でそうなったのか?
実際、異形系という程ではないが、個性の関係で微妙に人とは違う特徴を持ってる奴というのはいる。
それこそ、昼休みに会った取蔭とかもそんな感じだろう。
オールマイトも、あるいはそういう感じなのかもしれない。
そんな風に思っている間に上機嫌なオールマイトは教壇まで移動すると、教室を見回し……うん? 何だ? 一瞬、本当に一瞬だけだが、俺を見る視線が少し強かったような?
気のせいか?
オールマイトは教室中を……正確にはそこにいる生徒達を見回し、口を開く。
「ヒーロー基礎学。それは、ヒーローの素地を作る為、様々な訓練を行う科目だ。このヒーロー科最大の特徴と言ってもいい。実際、このヒーロー基礎学の単位は全ての授業の中で一番多いぞ」
オールマイトの言葉については、俺も知っていた。
ねじれからその辺については聞いていたのが功を奏したな。
実際、プロヒーローを育てる為のヒーロー科において、このヒーロー基礎学というのは非常に大きな意味を持つ。
ましてや、この雄英はヒロアカ世界の日本における、最高のヒーロー科を持つ高校。
そうなると、このヒーロー基礎学というのがどれだけ大きな意味を持つのかは考えるまでもない。
「早速だが、今日はこれ!」
そう言い、オールマイトが見せたカードには……BATTLEの文字。
「戦闘訓練!」
それが間違いではないかのように、オールマイトがそう言うのだった。