「いいか。私がいいと言うまでは絶対に入ってくるなよ」
「分かった」
拳藤に言われ、俺は寝室に入る。
リビングに続く扉は、当然のようにしっかりと閉まっている。
これから優を着替えさせるのだから、当然か。
というか、俺が拳藤を呼んだ最大の理由は、優の下着と服だったんだが。
そちらについては拳藤も買ってきたので、別に拳藤が気絶している優を着替えさせる必要があるとは思えない。
優が気が付いたら、自分で着替えさせた方がいいと思うんだが。
優にしても、自分が気絶しているうちに服はともかく、下着までをも着替えさせられるというのは……うん、微妙にアダルティでインモラル的な……
そんな風に思ってしまうのは、ホワイトスターでの熱い夜……爛れた夜に慣れすぎているせいか。
もし俺がそんな事を考えていると知ったら、拳藤は一体どう思うのやら。
男の部屋に入るのが初めてだという事で照れているというか、頬を赤くしていた拳藤だ。
初心であるのは間違いなく、そんな拳藤だからこそ俺がそんな事を考えていると知れば手を巨大化させて殴り掛かってきてもおかしくはない。
そうなると、俺が何を考えているのかを気が付かれないようにしておこう。
ベッドに寝転がりながらそんな事を考えていると……
コンコンと、寝室の扉がノックされる。
『アクセル、ちょっといい?』
「うん? どうした?」
ベッドから起き上がると、扉に近付いて開く。
そして扉を開くと、そこには真剣な表情をした拳藤の姿があった。
「何かあったのか?」
拳藤がやったのは、優の着替えだけだ、
なら、別にこんな風に真面目な表情になるというのは疑問なんだが……まぁ、その辺については、正直なところ何となく予想は出来るんだが。
「あの人……マウントレディだよね」
ああ、やっぱりか。
元々マウントレディのヒーローコスチュームは完全に顔を隠している訳でもないし、私服ではあるが髪型もとくに変えている訳ではない。
であれば、拳藤は自分が着替えさせたのがマウントレディだと理解してもおかしくはなかった。
これで優が……いや、マウントレディがもっとマイナーなヒーローなら、拳藤も気が付かなかったかもしれないが。
だが、マウントレディはヒーロービルボードチャートでも龍子……リューキュウ程ではないにしろ、相応に高い順位となるのは確実視されており、かなり注目されているヒーローだ。
であれば、拳藤がマウントレディについてそれなりに詳しくてもおかしくはない。
それに……優は目立ちたがりで、それこそTVとかそういうのに映るのが好きだから、メディア露出も相応に多いしな。
「あー……うん。そうだな、マウントレディだ」
さすがにこの状況で隠し通せるとは思っていなかったので、素直にそう答える。
拳藤をこの家に呼ぶという判断をした時から、優については話す必要があると思っていたのだから。
「何でマウントレディがアクセルの家にいるの? しかも、アクセルから聞いた話が本当なら、アクセルがマウントレディを気絶させたんだよね? ……首席とはいえ、まだ雄英の生徒でしかないアクセルが」
ああ、なるほど。拳藤にしてみればそっちの方が気になるのは当然か。
とはいえ……まさか、俺が優だけではなく龍子やねじれと3人一緒に戦っても勝利出来るだけの力を持っているというのは、言わない方がいいしな。
「あー……まぁ、その。ほら、あれだ。マウントレディはヒーローの中でも高い人気を持っているし、次のヒーロービルボードチャートでも上位に入るって言われているけど、それはルックス優先での事だからな。実力が全くない……とは言わないが、プロヒーローの中でも実力はそこまで高くない」
幾ら何でも、プロヒーローの中でも実力が全くないとか、そういう風には言えないしな。
それに、仮にも試験に合格してプロヒーローとして活動している以上、最低限の実力は保証されているのは間違いない……間違いない……うーん、どうなんだ?
ネットとかで調べてみたところ、プロヒーローの中には実際にはそこまで実力が高くない奴……それこそ、学生のねじれの方が強さは上だろうと思うような奴もいるけど。
勿論、ヒーローというのは別に戦闘力が全てという訳ではない。
戦闘以外にも何か別の高い能力や特技があったりする。
ただ、それでもやっぱりいざという時の事を考えると最低限の戦闘力はあった方がいいと思うんだが。
それに優の場合も巨大化によって戦闘力を売りにしてるのは間違いないし。
「それは……まぁ、マウントレディは巨大化してこそだから、アクセルの言葉も分からないではないけど……じゃあ、アクセルとマウントレディはどういう関係なの?」
「それだけを聞けば、恋人に嫉妬しているように思えるな」
「ちょっ、あのね! いきなり何を言うのよ!」
怒りか羞恥か、その辺りの理由は俺には分からなかったが、とにかく顔を赤くして不満を口にする拳藤。
そんな拳藤の様子を見るともう少しからかってみたいと思わないでもなかったが、そういう風にすると巨大化した拳で突っ込まれそうだったので止めておく。
「ああ、悪い。別にからかうつもりがあった訳じゃ……いやまぁ、なかったと言えば嘘になるんだけど」
「……アクセル?」
俺の言葉に、少し――それでも倍くらい――手を大きくする拳藤。
っと、不味いな。
「えっと、俺とマウントレディの関係だったな。……簡単に言えば、俺の後見人ってところだ」
「……後見人?」
「ああ。拳藤に言ったかどうかはちょっと覚えてないけど、俺は個性事故に遭ってな。その影響で知り合いが誰もいない。そうなると後見人とかが必要になる。……いや、絶対に必要かと言われるとそうでもないんだが、いた方がいいのは間違いない」
個性事故というのはそれなりに珍しいが、あくまでもそれなりだ。
それに規模的にもちょっとしたものから、一般人にはどうしようもないような規模のものがあったりもする。
そんな諸々を考えると、俺の場合は最大級の個性事故という扱いになるのだろう。
……もっとも、当然ながら実際には個性事故ではなくて俺がゲートを使ってこの世界に転移してきたのを、個性事故という事にしているというのが正直なところなのだが。
とはいえ、その件について俺がどうこう言ったりするつもりはない。
手を組む公安がそう決めたのなら、それが最善の選択肢……と思っておいた方がいいし。
「そんな訳で、優は……マウントレディは俺の後見人の1人な訳だ」
ここまで来たのなら、下手に隠すよりも大っぴらにして色々と協力して貰った方がいい。
俺が異世界の存在だとか、公安から依頼を受けて雄英に入学したとか、そういうのは言えないけど。
いや、公安の依頼を受けてってのは、今は無理でも後でなら言ってもいいのかもしれないな。
「1人? まだ他にも後見人がいるの?」
「龍子……いや、リューキュウと言った方が分かりやすいか」
「えっ!? リューキュウ!?」
おう? 何だ? リューキュウの名前を出したら、拳藤が思い切り驚いた様子を見せたんだが。
「ああ、リューキュウだ。ドラゴンに変身する」
「うわ、本当にリューキュウだ……いいなぁ」
「もしかして、ファンなのか?」
「ファンというよりは、尊敬しているって言った方がいいだろうな」
「……なるほど。今日の感謝の気持ちも込めて、今度機会があったら龍子に紹介しようか? ああ、龍子っていうのはリューキュウの本名だ。何だかんだと付き合いは長い……長い……長い? まぁ、うん。それなりに付き合いはあるから、名前で呼んでいるんだけど」
俺がこの世界に転移してきたのが10月くらいだったから、まだ半年くらいしか経っていない訳だ。
ただ、龍子の事務所で寝泊まりしていた事もあって、俺が龍子と一緒にいる時間は結構長かった。
それを思えば、付き合いは長い……いや、この場合は付き合いが深いと言った方がいいのか?
もっとも、龍子を相手に付き合いが深いとか言えば、人によっては妙な方向に誤解する奴もいると思うから、言わないけど。
「本当か!?」
龍子に紹介するという言葉に、嬉しそうな様子の拳藤。
優を相手にしての態度と、全く違うな。
いや、優は気絶しているから、そういう意味ではまだ拳藤と話をしたりはしてないけど。
「機会があったらだけどな。龍子の事務所は結構遠いし、俺も今は雄英に通っていて龍子の事務所に行く機会はあまりないし」
影のゲートを使えばあっという間に……それこそ一瞬で龍子の事務所まで移動出来るんだが、それについてはまだ秘密にしてるしな。
「ああ、それでいい。……まさか、あのリューキュウと親しい奴がいるとは思わなかった」
あのとか言われても、俺にしてみれば普通の……いやまぁ、美人で有能を普通と評するのはどうかと思うが、とにかく普通の相手だ。
この世界に来た時から付き合いがあるので、その辺も大きく影響してるのかもしれないな。
人と比べるのはどうかと思うが、観光名所……それも絶景として名高い観光名所であっても、そこで暮らしている者達にしてみれば、あって当然であり、それを珍しがって観光客が来るというのはピンと来ない者もいるという。
そんな感じで、俺にとって龍子というのはそこにいて当然といった存在なのだ。
「ならまぁ、そういう……」
「きゃああああっ!? ちょっ、これ何!? 何で私着替えてるの!? っていうか、アクセルはどこに行ったのよ!?」
俺の言葉の途中で、そんな叫び声が聞こえてくる。
それが一体誰の叫び声なのかは、考えるまでもないだろう。
どうやら優が気絶から気が付いたらしい。
「あー……まぁ、色々と話したい事はあるだろうけど、まずは優を落ち着けないとな」
「あはは。そうだな、それがいい。あの様子だと、すぐにでもこっちに突っ込んで来かねないし」
俺の言葉に拳藤は同意するようにそう言う。
うん、拳藤にとっても優がいきなり起きて叫ぶとは思っていなかったのかもしれないな。
あるいは、同じ女として優が叫ぶ気持ちは分かるとか?
そんな風に思いながら、俺は拳藤と共にリビングに向かう。
するとそこでは、ソファの上に座って何がどうなっているのか分からないといった様子だった優が、俺を見つけるや否や立ち上がろうとし……
「きゃあっ!」
何故か急に腰砕けになり、可愛い……優の口から出たとは思えない悲鳴を上げながら、ソファに座り込む。
「可愛い悲鳴だな」
「っ!? ちょっと、アクセル。一体何がどうなってるのよ!? 私に何をしたの!?」
腰砕けになっているにも関わらず、優は俺を見ると威嚇するように叫んでくる。
いやまぁ、無理もないけど。
何しろ気絶して目が覚めたら、勝手に着替えさせられていたのだから。
俺の力を知っている分だけ、余計に俺が優を気絶させて何をした……ナニをしたと、そういう風に思ってもおかしくはない。
実際、優は顔立ちが整っており、身体付きも女らしい。
色気という意味では龍子に負けるが、それでも十分美人、美女と呼ぶのに相応しい外見をしている。
だからこそ、優もそういう件については気にしてしまうのだろう。
あるいは、今まで何度か男に騙されたりした経験があるのかもししれないな。
がるるるる、という表現が相応しい様子で俺を睨み付けてくる優。
そんな優を落ち着かせるように声を掛ける。
「落ち着け。それで、気絶する前の事はどこまで覚えてる?」
「……えっと、確か殺気とか気配を感じられるようになる手っ取り早い方法があるって事だったわよね。それで……床に座って……気が付いたらソファに寝ていたわ」
「なるほど」
どうやら、本気ではないにしろ俺の殺気を浴びたことによって、意識がシャットダウンしてしまったのだろう。
実際、優はいきなり気絶したしな。
「何よ。アクセルだけが分かった様子を見せてないで、一体何があったのかとっとと説明しなさいよね」
「あー……これは正直なところ、聞けば優もショックを、それも結構なショックを受けるかもしれない。それでも何があったのか聞きたいのか? ソースをやるから、その辺については聞かない方がいいと思うんだが」
「ソースどこよ、ソース! ……じゃなくて、いつまでもそのネタを引っ張らないでくれる?」
意外と余裕があるな。
素直にそう思う。
気絶から気が付いたばかりだというのに、気絶する前に話していたソースネタに、こうもあっさりと乗ってくるとは思わなかった。
あるいは俺とのやり取りで自分が犯された訳ではないと、そう判断したのかもしれないな。
「悪いな。それで、俺が殺気を発したら、優は即座に気絶した。それで……あー、やっぱり言わないと駄目か?」
「駄目に決まってるでしょ。何がどうなって私は着替えてるのよ」
優がそこまで言うのなら、俺としても話さない訳にはいかないので、仕方なく口を開く。
「漏らした」
そう、端的に告げるのだった。