飯田の声が響き、その声のした方に視線を向けると……学食の扉の上にある『EXIT』のマークの上で、妙な格好……それこそ非常口を示すかのようなポーズをしている飯田の姿を見つける。
「うわ……凄い非常口っぽい」
「ぷっ!」
俺と同じ感想を抱いた三奈が呟くと、それを聞いたヤオモモが噴き出す。
2人とも、俺の腕の中にいるってのを忘れないで欲しいんだが。
とはいえ、飯田の声で人の波の動きは大分緩やかになったので、先程までよりは大分余裕があるが。
「ただのマスコミです! 何もパニックになる必要はありません。大丈夫! ここは雄英! 最高峰の人間に相応しい行動を取りましょう!」
そんな飯田の声が周囲に響き、それによって学食の中に広がっていたパニックも鎮まる。
にしても……朝に引き続き、またマスゴミか。
それなりの人数を気絶させたんだが、あれだけだと足りなかったらしいな。
というか、相澤が朝のHRで言っていたんだが、雄英の学生証とかそういうのがないと、雄英の敷地内には入れないらいしんだが。
そうなると、今の騒動を起こしたマスゴミ達は一体どうやって雄英の敷地内に入ってきたんだ?
雄英の学生の誰かが、買収か何かをされて敷地内に呼び込んだとか? ……それが出来るのかどうかはともかくとして。
そんな風に考えている間にも混雑は大分収まり……
「アクセル君、大丈夫だった? ……うわぁ……」
「これ、峰田や上鳴が見たら、また騒動を起こすんじゃないか?」
ある程度自由に行動出来るようになったところで、葉隠と瀬呂がやって来てそんな風に言う。
うん? 何かおかしなところがあるか?
「アクセルさん……その、そろそろ放して貰ってもいいでしょうか?」
「うー……ちょっと、アクセル。いつまで抱きしめてる気よ」
俺の腕の中にいたヤオモモと三奈にそう言われ、そう言えばまだ2人を抱きしめたままだったのかと思い出す。
「悪い、もう大丈夫だな」
そう言って放すと、2人は素早く俺から距離を取る。
いや、そこまで露骨に距離を取らなくても。
そう思ったが、見た感じだと嫌悪感から距離を取ったって訳じゃないっぽい感じなんだよな。
ヤオモモはともかく、男慣れをしている……いや、こういう表現をするのはちょっと不味いか。とにかくそんな感じで男と気軽に触れ合う三奈の行動としては、ちょっと意外だった。
「とにかく、さっきの騒動はマスゴミの影響だったんだし、気にしなくてもいいって訳だな」
「おい、アクセル。マスゴミって……」
瀬呂に呆れたように言われ、自分でも気が付かないうちにマスコミではなくマスゴミと口にしたのに気が付く。
「ああ、悪い。つい」
「いや、ついって……まぁ、雄英の敷地内に入ってきて騒動を起こしたんだから、そう言われても仕方がないかもしれないけどよ」
瀬呂も実際に口にはしないが、先程のような騒動を起こした連中だけに、俺のマスゴミという表現に不満はないらしい。
「とにかく……もう食事って感じでもないしな。俺とヤオモモは大体食事が終わってたけど、三奈と葉隠と瀬呂はどうだ?」
「え? う、うん。私も……その、大体食事は終わっていたからいいけど」
「私はちょっと食べたりない気もするけど……この状況だと、学食で食べるのはちょっと無理そうだしね。教室に戻ればお菓子があるから、それで我慢するよ」
「俺はもう食べ終わっていたから、問題ない」
三奈、葉隠、瀬呂がそれぞれ答える。
ヤオモモは自分の食事量だけを俺に認識されていたのに、微妙な表情を浮かべる。
とはいえ、ヤオモモの場合は俺と同じくらいの食事量だったんだから、そちらに視線を向けるなという方が無理だろう。
……実際、俺達が食事をしている時にテーブルの近くを通っていた生徒達の何人かが、ヤオモモの前にある数々の料理を見て、ぎょっとした表情を浮かべていたりしたのを、俺は見ている。
ヤオモモは自分の外見にそこまで強い関心がないようだったが、その辺りは少し見直した方がいいような気がする。
「じゃあ、教室に戻るか。アクセルも……あー……」
「瀬呂?」
何故か言葉の途中で、瀬呂が言葉を濁す。
何かそれっぽいのがあったかと疑問を抱きつつ、瀬呂の視線が俺ではなく、俺から少し離れた場所にあるのを見て、その視線を追う。
すると……
「峰田か」
瀬呂の視線の先には峰田がいて、いつもの如く……いや、いつも以上に血の涙を流しながら俺を睨んでいた。
ちなみに峰田の側には上鳴や常闇、砂藤の姿もあった。
一体どういう組み合わせなんだろうな?
これが上鳴や峰田だけなら、そういう目的の面々なんだろうとは思うが。
あるいは、特に何か理由があってという訳ではなく、単純に成り行きというか、何となくでといった感じか?
「どうする?」
「いや、どうするって言われても……そもそも、峰田の視線は明らかに俺に向けられているが、何で俺だけなんだ? 女とくっついていたという理由なら、俺だけじゃなくて瀬呂もだろ?」
俺が人の波に流されないよう、ヤオモモと三奈を抱き寄せたのは事実だ。
だが、それを言うのなら瀬呂だって葉隠をテープで引き寄せてその身体に密着していた筈だ。
であれば、俺だけがこうして妬まれるのは納得出来ない。
「それは……私が透明だからじゃない? 遠くから見た場合、私の場合は制服とかしか見えないし」
俺の言葉を聞いた葉隠がそう言う。
瀬呂のフォローをするといったつもりではなく、単純に自分の思った事を口にしている感じだな。
けど、なるほど。透明の葉隠の場合、どうしてもヤオモモや三奈と違って目立ちにくい。
そういう意味では、ああいう風にパニックになった時の危険性は他の者達よりも葉隠の方が上なのかもしれないな。
そう考えれば、俺がヤオモモと三奈を助け、瀬呂が一番危険な葉隠を確保するというのは、最善の手段だったのかもしれない。
計算してそうした訳ではなく、半ば偶然でそのような形になったのだが。
「えっと……それで、アクセルさん。あちらの方々はどうしますの?」
ヤオモモが話を戻すようにそう言ってくる。
そう言えば、峰田の件が問題だったな。
とはいえ、どうするかと言われても……
「あそこにいる他の面々に任せるしかないだろ。特に砂藤は常識人だし」
そう言い、血涙を流してこちらを睨み付けている峰田の側で困った様子を見せている砂藤に視線を向ける。
すると砂藤は、自分に視線を向けられた事で俺が何を言いたいのか理解したのだろう。
嘘だろ!? といった表情を浮かべてこちらに視線を返してくる。
だが、俺がその視線に頷くと、砂藤は完全に納得した様子を見せた訳ではなかったが、それでも峰田に声を掛ける。
すると常闇や上鳴も砂藤と一緒に峰田に声を掛ける。
……常闇とはまだ何度か話した事しかないが、厨二病的な嗜好を持ってはいるが、基本的に常識人なのは間違いない。
寧ろ、峰田の同類の上鳴がこうもあっさりと峰田を抑える側に回るとは思ってもいなかった。
「うん、取りあえずあの連中に任せておけばいいだろ。……そう言えば、今更、本当に今更の話だが、今日は拳藤と食堂で会わなかったな」
峰田の嫉妬の視線を見て、そう言えば昨日学食で拳藤や取蔭と一緒に食事をしていたのを見た峰田が、今日と同じように嫉妬していたなと思い、そう気が付く。
「あ、LINで聞いたけど、今日はB組の人達と一緒に弁当を持ってきて食べるんだって」
俺の言葉を聞いた三奈がそう言ってくる。
弁当か。
1人暮らしをした時に、一番削りやすいのは食費だ。
ただ、自炊をすれば食費が抑えられると思っている者も多いが……それは間違いだ。
いや、実際にはそれは間違いという訳ではない。
ただし、それはそれなりに料理が出来るとか、買い物上手だとか、そういう者達に限っての話だ。
料理も特にした事はなく、買い物も今までスーパーで食材とかを買っていなかったような者の場合、自炊をしても高い食材を買って、しかもそれで料理を失敗したり、あるいは余らせて腐らせてしまったりと、無駄にしてしまう、
それでは自炊であっても、節約にはならない。
……ただ、そういうのを含めても、ぶっちゃけ雄英の学食は安くて美味くて量も多いと、下手に自炊をするよりも、学食で食べた方が節約になると思うんだが。
勿論、学食で注文する料理にもよる。
具体的には、俺みたいに多数の料理を注文したりしていれば、全く節約にはならないだろう。
だが、普通に定食とかそういうのを頼めば、間違いなく学食は安くて美味い。
そういう意味で、もし拳藤が節約の為に弁当を持ってきたのなら、余程の事がない限り節約にはならないと思う。
もっとも、節約とかそういうの関係なく、仲良くなった友人同士で自分の料理を食べさせたり、食べさせて貰ったりと、そういうことをするのなら、話は別だが。
それにヒーローは炊き出しとかもやる機会があるので、料理上手とまではいかなくても、ある程度の料理の腕は必要となる。
それを磨くために弁当を作ってくるとか、そういう感じかもしれないが。
「ともあれ、拳藤達が今日は教室で食べているのはラッキーだったな。後は、耳郎や梅雨ちゃんとかも」
「そうね。あの騒動に巻き込まれていたりと思うと……」
三奈の言葉に、その場にいた全員が頷く。
「あ、そう言えば飯田がいたってことは、緑谷達は……もういないな」
先程の非常口のマークっぽい格好で叫んでいた飯田の事を思いだして周囲を見るが、既に緑谷達の姿はない。
どうやら、もう学食を出ていってしまったらしい。
どうせ緑谷が学食にいるのなら、今のうちに学級委員長の件について決めてしまえばいいんじゃないかと思ったんだが。
……まぁ、ああいう騒動があった以上、出来るだけ早く教室に戻りたいというのは、俺にも納得が出来ない訳ではない。
「どうしましたの?」
「いや、何でもない。もう緑谷達も教室に戻ったみたいだし、俺達も戻らないか? いつまでもここにいるのはどうかと思うし。……峰田の件もあるから」
砂藤とかによって連れ去られた峰田だったが、あの様子を見るといつここに戻ってきてもおかしくはない。
「でもよ、このまま教室に戻れば……それこそ峰田がいるんじゃないか?」
「ぐっ……それは……」
瀬呂の言葉に、言われてみればなるほどと思わないでもない。
とはいえ、だからといっていつまでも学食にいても意味がないのは間違いないしな。
「ほら、いつまでも考えていても仕方がないでしょ。教室に戻ろうよ」
葉隠のその言葉に、俺は仕方がないかと頷くのだった。
「がるるるるるる」
予想通り、教室に戻るとそこには既に峰田の姿があり、そして俺を見るや否や唸り声を上げる。
峰田らしくない行動ではあったが、それだけ学食で峰田が見た光景……俺がヤオモモと三奈を抱き寄せるのが我慢出来なかったのだろう。
間違いなくA組トップの女らしい身体をしているヤオモモに、ヤオモモには劣るがA組でもヤオモモに次ぐ女らしい身体付きの三奈。
そんな2人を抱き寄せ、制服越しとはいえ俺の身体でその豊かな双丘が押し潰されていたのを思えば、峰田にとって血の涙を流すなという方が無理だろう。
……だから、瀬呂はどうしたんだって話もあるのだが。
ただ、幸いな事に俺達が教室に戻ってきてからそう時間が経たないうちに午後の授業が始まったので、峰田も取りあえずは落ち着くのだった。
そして、午後の授業が終わって放課後のHR。
相澤が面倒そうに口を開く。
「さて、じゃあ話し合って決まった結果を教えて貰おうか。どっちが学級委員長をするんだ?」
その言葉に、ヤオモモが少し困った様子で緑谷を見る。
午後の授業の間の休み時間に、ヤオモモは緑谷と何かを話していたっぽかったんだが、どうやらその話し合いでもどっちが学級委員長をやるのかというのは決まっていなかったらしい。
けど、相澤を相手にそれは悪手だと思うんだが。
実際、2人が黙っている、相澤の顔が不機嫌そうになっていく。
「おい?」
「えっと、その……僕は八百万さんが学級委員長でいいと思います。その上で、副委員長については僕じゃなくて、飯田君がいいと思います」
「え?」
緑谷の言葉に、飯田は意表を突かれた声を上げる。
どうやら飯田にとって、この展開は予想外だったらしい。
「あんな風に格好良く人を纏められるんだ。僕は飯田君が副委員長をやるのが正しいと思うよ」
「そう言えば、飯田は非常口のマークみたいになってたな」
「でも、あれで学食が落ち着いたのは事実だろ」
上鳴の言葉に、切島がそう言う。
どうやら切島も昼休みに学食にいたらしい。
まぁ、雄英に来て学食で昼食を食べないのは勿体ないし。
そういう意味では切島が学食にいたのも当然だろう。
「いいから早く決めろ。時間が勿体ない」
ゼリー飲料を飲みながら言う相澤の言葉に、飯田は元気よく立ち上がるのだった。