「失礼しまーす」
そう言いながら職員室に入ると、そのまま相澤のいる場所に向かう。
すると相澤は何らかの書類を書いていたが、少し顔を上げると俺の姿を確認し……そのまま書類仕事に戻る。
って、なんでだよ。そこは普通に顔を上げて俺と会話をするんじゃないのか?
そう突っ込もうかと思ったが、こっちの方が効率的だと言われれば、俺としてはそうかとしか言えない。
なので、そのまま相澤の机の前に立ち……
「相澤先生、自主訓練の件はどうなりました?」
「……何人かに頼んであるから、ちょっと待ってろ」
「あー……その、出来ればミッドナイト先生でお願いしたいんですけど」
「ああ?」
予想外の事を聞いたといったように、相澤が顔を上げて俺の方を見てくる。
俺を見る相澤の目が、次第に呆れの色を濃くしていくのは……まぁ、無理もないだろう。
ミッドナイトがどういう存在なのかを思えば、俺がどういう目的でミッドナイトに来て欲しいと希望したのか、容易に想像出来るのだろうから。
……だからといって、俺もそのまま相澤に誤解させておく訳にはいかないのも事実。
「一応言っておくけど、俺がそういうのを期待した訳じゃないので。峰田と上鳴が、そっちの方が頑張れるって」
「……ああ、なるほど」
峰田と上鳴が極度の女好きコンビだというのは、既に相澤も理解しているのだろう。
すぐに納得した様子を見せ、少し考え……
「分かった。ちょっと待ってろ。ミッドナイト先生を呼んで来る」
そう言い、相澤が立ち上がる。
相澤の中でどういう風に考えが纏まったのか……知りたいような、知りたくないような。
そんな微妙な気持ちがある。
とはいえ、この状況で俺が何かを言うよりも、後は待っていた方がいい。
そんな訳で待っていると、やがて相澤が職員室の中でも少し離れた場所に向かう。
相澤の進む先には……ああ、あれがミッドナイトだな。
PCで調べた時に出てきたのとそっくりそのまま同じ外見の女がそこにいた。
そのミッドナイトは相澤と何かを話すと、少し考えた様子を見せ……やがて立ち上がると、俺のいる方に向かってやってくる。
……なるほど。動画とか画像で見た時に分かっていたが、成熟した女らしさを全面に押し出しているような感じの外見だな。
「君がアクセル君ね?」
「はい。ミッドナイト先生も忙しいとは思うけど、出来れば自主訓練に付き合ってくれると助かります。うちのクラスにはミッドナイト先生のファンがいますから」
「ふーん……ファン、ね」
俺の言葉を聞き、意味ありげに笑みを浮かべるミッドナイト。
ファンというよりは、もっと直接的な欲望の対象として見られていると、そう理解しているのだろう。
もっとも、ミッドナイトにしてみればそういう服装をしている以上、そのような視線を向けられるのは最初から分かっていた筈だ。
寧ろそういう視線を向けられるのが気持ちいい、あるいは優越感があるといったような感じなのだろう。
「まぁ、いいわ。自主訓練をこんなに早くから始めるなんて、青春の予感がするし」
青春?
一体何でそういう言葉が出て来たのか最初は分からなかったが……相澤が青春といった言葉を聞いても特に驚いている様子もないので、恐らくこれがミッドナイトにとっては普通の事なのだろう。
そんな様子に、色々と突っ込みたいところがない訳ではなかったが……こちらの希望通り、ミッドナイトが一緒に来てくれるのならこっちとしては不満はないし。
「って事だ。じゃあ、ミッドナイト先生、よろしく頼みます」
「ええ、任せておいて。……さて、じゃあアクセル君だったわよね? 行きましょうか」
ミッドナイトに促され、俺は職員室を出る。
相澤はミッドナイトに頼むと、既に用件は終わったと自分の机に戻っていた。
書類仕事がそれだけ忙しいのだろう。
「それじゃあ、私は先に行って準備をしてるから、アクセル君は他の生徒達を呼んできてちょうだい。私のファンだという子達も忘れずにね」
「ええ、そうします」
そう言い、俺は教室に戻ろうとしたのだが……
「それにしても、あの年齢なら女に興味はある筈なのに、視線にそういう色がない。噂を聞く限りだと、女子とも仲が良いって話だけど……え? もしかして私は興味の範囲外とか? 別にそういう対象に見られたいって訳じゃないけど、それはそれでちょっと面白くないわね」
ミッドナイトのそんな呟きが聞こえてくる。
ミッドナイトにしてみれば、別に俺に聞かせようと思っての呟きではない。
混沌精霊として、俺の五感が通常とは比べものにならないくらい鋭いので、聞こえてきたのだ。
ミッドナイトにしてみれば、まさか今の呟きが俺に聞こえていたとは思ってもいなかっただろう。
けど……別にそこまで隠している訳じゃないんだが。
俺にしてみれば、それなりにミッドナイトの肢体は眼福だったし。
身体のラインが浮き出るタイツを着ているだけあって、ミッドナイトの身体は自慢するだけのものはある。
そんな中で俺にそういう視線を向けられなかったのが、少しショックだったらしい。
別にそういうつもりじゃなかったんだけど。
そう思うものの、まさかここで俺がそういう風に言えば、それは寧ろミッドナイトのプライドを傷つけるだろうから、黙っておいた方がいいだろう。
なので、聞こえてきたミッドナイトの呟きには何も反応しないで教室に戻るのだった。
「アクセル、どうだった!?」
A組の教室に戻ってくると、真っ先に峰田がそう聞いてくる。
それだけ峰田にとってミッドナイトと会えるというのは大きな意味を持っているらしい。
教室に残っていた面々の視線が、峰田に向けられる。
……女子からの視線は呆れの色が強かったが。
男子の方は、峰田の言葉によく言ったといったような視線を向けている者がそれなりにいる。
上鳴は勿論だが、瀬呂もその中の一部だというのは……まぁ、別にいいけど。
「おい、アクセル! オイラの質問に答えてくれよ! どうなったんだ!?」
「悪い。峰田の希望通り今日の自主訓練にはミッドナイト先生に見て貰える事になった。使えるグランドの場所は聞いてるから、すぐに着替えて行くぞ」
そう言うと、教室に残っていた面々は俺の言葉に素直に頷くのだった。
「来たようね!」
グランドに到着すると、そこにはミッドナイトが待っていた。
……ただし、何故か鞭を手にして。
もっとも、それは武器としての鞭……いわゆる長い鞭ではなく、乗馬とかで使う鞭だったが。
そのような鞭だが、ミッドナイトの格好が格好なだけに一種異様な迫力があった。
それにあの様子だと、かなり使い慣れてそうだし。
「ミッドナイトだ! 本物だよ、本物! オイラ、感激だ!」
そう言い、ミッドナイトに突っ込んでいく峰田だったが……
「ギャンッ!」
ミッドナイトの前までいっても止まることなく、それこそ突っ込んでいった峰田はミッドナイトが持っていた馬上鞭で叩き落とされる。
とはいえ、さすがにミッドナイトと言うべきか、地面に叩きおとしはしても、峰田にそこまで痛みは与えていないらしい。
「君が峰田君ね? ……女に興味があるのはいい事だけど、私は弱い男は嫌いなの。私に相手にして欲しいのなら、しっかりと強くなってみせなさい」
そう言いながら、しゃがみ込み、地面に倒れた峰田の頬を撫でる。
うわぁ……これは、見て分かるように、あからさまな、そして文字通りの意味で飴と鞭だな。
本来なら、教師が馬上鞭で生徒を叩くというのは体罰と言われてもおかしくはない。
とはいえ、ここは普通の高校ではなくヒーロー科……それも雄英のヒーロー科だ。
そう考えれば、馬上鞭で叩かれるくらいは、問題にもならないだろう。
……実際、峰田の様子を見る限りでは痛みを感じているようには思えないし。
「オイラ……頑張ります!」
痛みを感じるどころか、寧ろやる気満々といった様子で叫んですらいた。
馬上鞭を完全に使いこなせているからこそ、あそこまで峰田は元気なんだろうな。
あるいは、強くなればミッドナイトが相手をしてくれると思ったからかもしれないが。
とはいえ、その相手をするというのがどういう意味での相手をするのかは、全く不明なのだが。
多分、峰田は男として相手をする……つまり、自分の初めての人になる的な意味での相手をするという風に認識してそうだけど。
……それは期待しすぎだと思うし、そもそもそういう事をしたらさすがにミッドナイトでも教師として問題になるような気がするんだが。
ミッドナイトはともかく、峰田がその件についてどこまで自覚があって妄想しているのかは分からなかったが。
「じゃあ、後は自由にやってちょうだい。私は危険な事をするようなら止めるけど、それ以外は見ているから」
笑みを浮かべてそう告げるミッドナイトの様子からは、青春がどうとか騒いでいた人物のようには到底思えない。
この辺は雄英の教師らしく上手く隠している……いや、少し話してみた感じでは、ミッドナイトがそういうのを隠すような性格には思えない。
それこそ寧ろそういうのを一切隠すことなく、素直に自分の欲望を口にしていると思ってもおかしくはない。
となると、これはミッドナイトにとって自然な対応なのか?
そんな疑問を抱いていると、切島が俺に向かって声を掛けてくる。
「それで、アクセル。自主訓練をやるって話だったけど、何をやるんだよ?」
「自主訓練なんだから、それぞれが自分のやりたい事をやればいいんじゃないか? ちなみに、俺と模擬戦をやりたいってのを希望する奴がいたら、それは受けるぞ。自慢じゃないが、もし模擬戦で俺に勝つことが出来た場合、それはA組の中でもトップの実力の持ち主って事になると思うから、クラスNo.1の座が欲しい奴は挑んでこい」
挑発的にそう言いはしたものの、多分すぐに俺に模擬戦を挑んでくるような奴はいないだろうなと思える。
何しろ昨日のヒーロー基礎学の授業で行った戦闘訓練において、俺は間違いなくA組の中でトップクラスの実力を持つだろう爆豪と轟の2人を相手に、一方的に勝利したのだから。
それこそ怪我どころか、掠り傷すら受けない、圧倒的な勝利を。
そんな俺に向けて模擬戦を挑んでくる奴は……
「おう、じゃあ丁度いい。少し相手をしてくれ」
いた。
俺の前に立つ切島が、そう言ってくる。
それが冗談でも何でもないのは、俺を見る切島の目を見れば明らかだ。
「一応……本当に一応聞くけど、本気なんだよな?」
「ああ、そうだ。ただ……模擬戦っていうか、俺が個性を使って硬化するから、それを破れないかどうかを試してみてくれ。俺の個性は地味だが防御力には自信がある。幾らクラストップのアクセルだからって、そう簡単に防御を破れるとは限らないぜ?」
「へぇ、自信満々だな」
切島の言葉にそう返すも、実際昨日の戦闘訓練の時の様子を思えば、その自信も当然かと思う。
切島の硬化という個性は、切島本人が言ってるように地味な個性だ。
爆豪の爆破だったり、轟の氷。あるいはヤオモモの創造や三奈の酸といった個性に比べれば、明らか地味だろう。
だが……地味だからといって、それが弱い訳ではない。
俺が見たところ、切島の個性で特に優れているのは硬化を使ったまま行動出来るという事だ。
つまり、強力な防具を装備したまま自由に……いや、自由にかどうかは分からないが、とにかくある程度は動けるという事を意味していた。
そういう意味では、切島が俺に自分の防御を抜けるかどうか試したいと思うのは、分からないでもない。
「分かった。じゃあ、まずはそれから試してみるか」
自主訓練の場を設けたものの、全員が一体どうすればいいのかとうのは、俺にもちょっと分からない。
そんな訳で、まずは切島の案を試してみることにする。
俺の言葉を聞いた切島は、少し離れてから個性を発動する。
すると見て分かる程に切島の身体が硬化した。
とはいえ、トレーニング用に体操服に着替えているので、硬化をしたと分かるのは、あくまでも顔の部分だけだが。
「準備はいいな。行くぞ。……まずは小手調べだ」
切島の硬化という個性が、具体的にどのくらいの強さがあるのか分からない。
その為、まずはそれを把握する為に、力を抜いて……軽く一撃を放つ。
ボグッ、と。
そんな音を立てて切島の身体が殴られ……
「ぐ……げほっ、ま、待った……」
「あれ?」
予想外の事に、手加減をした俺の一撃でも普通に切島の硬化の個性による防御を貫いてしまったらしい。
えー……と思ったが、考えてみれば当然か。
雄英に入ったという事で才能があるのは間違いないのだろう。
だが、それでも数ヶ月前まではただの中学生だったのだ。
そう考えれば、手を抜いた俺の一撃であっても容易にその防御を貫くのはそうおかしな事ではないだろう。
これから雄英で鍛えて、切島もヒーローとして成長していくのだから。
オールマイトも、有精卵達と言っていたしな。
そういう意味では、これは当然の事だった。