「うわ……切島の硬化って、中学校の時もかなり頑丈で破れる人がいなかったのに」
咳き込む切島を見ていると、三奈がそんな風に呟く声が聞こえてくる。
三奈と切島は同じ中学出身だ。
しかも雄英を受ける……記念受験的な意味ではなく、本気で受験をする者となれば、その人数はどうしても少なくなる。
そう考えれば、三奈と切島がお互いの個性について詳しく知っていてもおかしくはない。
「げほっ、ごほっ……あー……参ったな。まさか、正面から一撃を与えて、それで俺の硬化を抜けてくるとは思わなかった」
蹲っていた切島だったが、やがて地面に寝転がってそう言ってくる。
「雄英の生徒になってまだ数日だ。そのくらいで実力が伸びる筈もないし、これは無難なところだと思うけどな」
切島のプライドを思えば、ここで手加減をしたとか、そういう事は言わない方がいいだろう。
……もっとも、切島も俺が殴った時の感触であったり、その時の俺の様子から、とてもではないが俺が本気で殴ったとは思いもしないだろうが。
「くそう……悔しいけど、アクセルの言う通りだ。俺ももっと強くならないとな」
大きく息を吐きながら、切島は立ち上がる。
「さて、そんな訳で他に俺と模擬戦をやりたい奴は……」
その言葉に、しかし誰も立候補する者はいない。
あるいはここに爆豪や轟がいれば少し話は違ったかもしれないが……幸か不幸か、その2人はここにはいない。
そうなると、やっぱりここは模擬戦ではなくて個性を使って戦う為の訓練をするべきか。
「残念ながら模擬戦希望はいないから……緑谷だな」
「ええっ!? ちょっ、僕ぅっ!?」
まさかこのタイミングで自分の名前が出るとは思っていなかったのか、緑谷が叫ぶ。
ん? これは……ああ、なるほど。
「安心しろ。別に俺と模擬戦をやれと言ってるわけじゃない」
「ほっ」
心の底から安堵した声を上げる緑谷。
いや、別にそこまで安堵する必要はないと思うんだが。
そうも思ったが、緑谷にしてみれば今の俺との模擬戦というのは到底考えられない事なのだろう。
「アクセル君、ならデク君と何をするんや?」
緑谷の様子に何か思うところでもあったのか、麗日がそう聞いてくる。
緑谷と仲が良い麗日だけに、俺が緑谷を相手にどういう対応をするのか、少し心配というのもあるのだろう。
「個性を使いこなす為の訓練だな。緑谷の個性が圧倒的な威力を持つ増強系なのは間違いない。けど、その強力さ故に、身体がその個性に耐えられるまで個性を使う事は出来なかった。……あれ?」
「アクセル君?」
話している途中で、ふと違和感があった。
爆豪の様子を見る限りだと、緑谷は個性が発動していなかった……つまり、中学校までは無個性だった筈だ。
それ事態はそこまで驚くような事ではない。
10人に1人は無個性と考えれば、その人数は少ないものの、それでもやはり相応に無個性の者達がいるのは間違いないのだから。
そして、個性と無個性を見分けるのが足の小指の骨だった筈だ。
爆豪に無個性と言われ、実際にそうであったのを考えると、当然ながら緑谷も4歳の個性が発現する時に病院でその辺を調べてもらった筈だ。
それが念の為に調べたのか、それとも4歳になっても個性に目覚める様子がないのを疑問に思った両親が病院で調べたのか、それは分からない。
ともあれ、それから無個性として扱われてきた以上、緑谷の足の小指の骨は無個性のタイプだった筈。
それとも、個性に目覚めると小指の関節に影響するとか?
……もっとも、俺は緑谷がこの世界の原作の主人公だと思っている。
そうなると、あるいは何か普通では考えられないような事があっても不思議ではないか、か。
「いや、何でもない。ただ、俺が知ってる限りだと緑谷のように身体が耐えられるようになってから個性が使えるようになるってのは、知らなかったんでな」
そう言うと、緑谷の顔が見て分かる程に動揺する。
目が激しく動き、薄らと汗を滲ませ、唇を震わせるといったように。
おい、これ……本人に隠すつもりがあるのか?
見た感じだと、全く隠そうとしているようには思えないんだけど。
まぁ……うん。それだけ緑谷が正直な人間だと思っておけば。
それに今の緑谷の様子を見る限りだと、やはり個性については何らかの秘密があるのだろう。
それが気にならないと言えば嘘になる。
だが、それをまさか今ここで聞く訳にはいかないしな。
もし緑谷にその辺について聞くとすれば、それこそ場合によっては俺が異世界から来た存在だと知らせてからとか、そんな感じになりそうな予感がする。
緑谷の重大な秘密を俺が知る以上、緑谷にも当然ながら俺の重要な秘密を話した方がいいだろうし。
「とにかく、そんな訳で個性を使えるようになったのは大きいが、緑谷以外は子供の時から個性を使えていた以上、その差はどうしても大きい」
「……そうだね。僕もそう思うよ」
こちらについては緑谷も俺の言葉に特に異論はないのか、素直にそう答える。
もっとも、子供の時から個性を使えたからといって常に個性を使い続けていたとか、そういうのではないだろう。
個性の種類によっては、両親が個性を使わせなかったとか、そういうのもあるだろうし。
「だから、緑谷の場合はまずその個性を……増強系の極みみたいなその力を使いこなせるようになる必要がある。相澤先生も言ってたけど、個性を使う度に怪我をするというのは、ヒーローとして……いや、ヒーロー科の者としてどうかと思うし」
「う、それは……」
俺は別にヒーローに憧れている訳ではない。
雄英のヒーロー科に来たのだって、公安からの依頼があってこそのものだ。
だが……だからこそ、それなりに客観的にヒーローという存在を見る事が出来るのも事実。
例えば、ヒーローに助けられた時、そのヒーローが手足を折っていたり、あるいはグシャグシャになっていたりするのを見れば、助けた者はどう思うか。
助かったという意味では安堵するのかもしれないが、自分を助けたヒーローが重傷を負っているとなれば、後ろめたい思いもあるだろう。
個性把握テストの時、相澤が緑谷に言いたかったのも、その辺だろう。
「そうね。アクセル君の言葉は間違っていないわ。プロヒーローとして活動すると、助けた相手がどう思うのか……それについても考える必要があるのは間違いないわ」
俺と緑谷の話を聞いていたミッドナイトが、そう声を掛けてくる。
色物……という表現が正しいのかどうか微妙だが、そんなミッドナイトであっても、俺の言葉には賛成するらしい。
これで本人に色物ヒーローだとか言ったら、間違いなく怒られるだろうから言わないけど。
「分かりました。……でも、その……個性をコントロールするのが、なかなか難しくて」
困った様子で、俺とミッドナイトに言う緑谷。
まぁ、0Pを破壊するだけの威力を持つ個性だ。
目覚めたばかりで、そう簡単にコントロールするのは簡単な事ではないだろう。
だからこそ、少しでも時間を掛けて力を使いこなす訓練をするべきだった。
「そのコントロールをどうにかする為に、この自主訓練があるんだろ」
そもそもこの自主訓練は、緑谷が個性を使いこなす為に考えたもの……というのは、少し大袈裟か。
緑谷の為というのが大きいのは間違いないものの、公安からの依頼である壁として生徒達の前に立ち塞がるといった事をする為に自主訓練をやっている点があるのも、間違いはないのだから。
「それは嬉しいけど……でも、アクセル君。なんで僕にそこまでしてくれるの?」
それは緑谷にしてみれば当然の疑問だったらしい。
無理もないか。
中学時代までは無個性という事でどういう扱いを受けてきたのかは、爆豪の緑谷に対する態度を見ていれば明らかだ。
そんな中で、こうして……自分の為にこうしてくれる俺の態度を疑問に思うのは、そうおかしな事ではない。
とはいえ、まさかこの世界の原作の主人公……もしくはその可能性が高いからとか、そんな風には言えないしな。
もしくは、公安について話してもいいのなら、それはそれで説明になるけど、それも今はまだ無理だしな。
「緑谷も知ってると思うし、自分で言うのもなんだが、俺は現在A組において最強だ」
そんな俺の言葉を聞いた何人かが微妙な反応を見せるものの、異論を唱える事はない。
実際、不満はあるものの、実績を見ればそれに反対出来ないのだろう。
それは緑谷も変わらず……いや、それどころか、一切の抵抗もないままに頷く。
「うん、そうだね。アクセル君の個性はもの凄い増強だけど、それだけじゃなくて戦闘センスそのものが高い。特に昨日のかっちゃんと轟君との模擬戦では、その能力を思う存分発揮していたし。ただ、アクセル君の個性が増強系というだけではちょっと疑問にあるところも間違いない。寧ろ増強系はおまけで、あの勘というか、どういう風に動けばいいのかを分かっているところがアクセル君の優れているところで、それは個性ではなく技術……麗日さんから聞いた話によると、昨日の放課後にそういう技術があるって話を……」
「うおっ、何だいきなり」
一体何かのスイッチが入ったかの如く、ブツブツブツブツと話し続ける緑谷。
そんな予想外の一面に、俺は思わずといった様子で数歩後退る。
……緑谷にこういう一面があったというのは、驚きだな。
あ、俺だけじゃなくて、さっきまで緑谷の心配をしていた麗日も距離を取っている。
もっとも、いきなりの態度の変化はともかく、言ってる内容そのものはそう間違っている訳ではない。
「え? あ、ごめん。僕、集中するとつい……」
「あー……うん。まぁ、気にするな。で、話を続けていいか?」
そう聞くと、緑谷が素直に頷いたので俺は話を続ける。
「クラス最強の俺だが、そんな俺から見て、緑谷の個性というのはかなり強力だ。それは昨日の戦闘訓練を見れば分かるし、もしくは受験の時の実技試験で俺以外に唯一0Pを倒したのが緑谷だと聞けば、それがどれだけ強力な個性かは分かるだろ」
俺の言葉に、話を聞いていた何人もが緑谷に驚きの視線を向ける。
緑谷の性格を考えれば、自分が0Pを倒したとか、そういうのを人に言ったりはしないだろう。
あるいは緑谷と同じ場所にいたらしい飯田や麗日辺りが何らかの拍子でその件について言ってる可能性は否定出来なかったが。
ただ、驚いている生徒達の様子を見る限りでは、緑谷が0Pを破壊したのを知らなかった者達は多いのだろう。
「え? 何でそれ、アクセル君が知ってるの?」
こちらは全く俺が知っているとは思わなかったらしい緑谷が、驚きの表情でそう聞いてくる。
「俺達の実技試験が終わった時、リカバリーガールがやって来てそう聞いたんだよ」
その時も、緑谷は結構な重傷を負っていたとリカバリーガールは言っていた。
「そんな訳で、緑谷がその個性を十分に使いこなせるようになれば……あくまでも俺の予想だが、恐らく爆豪や轟よりも強くなる」
「うわぁ……それを爆豪が聞いたら、間違いなく爆発するぜ。個性抜きで」
上鳴の呟きが聞こえてくるが、実際それは間違っていないと思う。
特に爆豪は、緑谷を明らかに自分よりも下に見ている。
そんな緑谷が自分よりも強くなると言われれば……うん。どういう風になるのかは、考えるまでもないだろう。
轟はどうだろうな。
爆豪程に負けず嫌いって感じではないみたいだったが、それでも自分の強さには相応の自信があったように思えるし。
「爆豪がどう思おうと、これはあくまでも俺がそういう風に感じたってだけだしな。けど……飯田、麗日。お前達の目から見て、どう思う? 俺の言葉は間違ってると思うか?」
「……いや、そうは思わない。緑谷君の実力については、これまで何度も自分の目でしっかりと見てきたからな。これがもし人伝に聞いたといったような事であれば、そう簡単に信じたりは出来なかったかもしれないが」
「そうやね。あの0Pを吹き飛ばして、個性把握テストのソフトボール投げ、そして昨日の戦闘訓練。それを見れば、私もアクセル君の意見に賛成や」
実際に自分の目で見た2人が言うと、説得力あるな。
それに昨日の戦闘訓練でも、個性を使った緑谷が天井を壊す光景を映像モニタで見ていたし。
……最初の方は、爆豪と互角に戦ったのも見ている。
もっとも、すぐにその戦いは爆豪有利になっていったが。
だが、個性を存分に使いこなしている爆豪と、個性が発現したばかりの緑谷というのを考えると、やはり緑谷の潜在能力が高いのは間違いない。
「そんな訳で、まずは緑谷の個性を鍛える……以前に、ある程度自由に使えるようにする。緑谷も、1度個性を使うごとに怪我をするのは嫌だろう?」
ぶんぶんと、何度も激しく頷く緑谷。
個性把握テストのソフトボール投げで、怪我をする部位を手から指1本にする事は出来たが、それだって怪我は怪我で痛いのは間違いない。
それを避けたいと思うのは、人としては当然の事だった。