緑谷の個性について、まずはきちんと知る必要がある。
そんな訳で緑谷の個性について説明を聞いてみたのだが……
「その、僕も使えるようになったばかりだから、しっかりとは分からないんだ。ただ、個性が強力すぎて、1%とか、そのくらいで使っている感じだよ」
「……それはまた」
ソフトボール投げや昨日の戦闘訓練で使ったのが1%だとすると、ちょっと俺が予想していた以上に強力極まりない個性なのは間違いないらしい。
ただ問題なのは、その強力すぎる個性を緑谷が扱いかねているという事な訳で……
「個性の調整はどんな風にしてるんだ?」
「え? えっと。電子レンジで生卵を温めるような……」
「は?」
緑谷の口から出た表現に、俺は自分でも分かる程に間の抜けた声を発する。
当然だろう。
個性の調整の仕方なので、もっとこう……力を少しだけ込めるとか、あるいはどこに力を込めるとか、そういう風に言われると思っていたのだ。
だというのに、何故電子レンジに卵?
いや、そもそも話、電子レンジで生卵を温めようとすれば、爆発するというのは一般的に知られている話だ。……えっと、知られているよな?
このヒロアカ世界は個性が出てくるまでは普通の世界だったんだし、その辺りについても話は残っていてもおかしくはない。
もしかして、完全に忘れさられているなんて事はない……と思いたい。
ともあれ、極めて強力な増強系の個性の調整をするのに、電子レンジで卵というのは理解出来ない。
……ちなみに、本当にちなみにの話なんだが、小さな器の中に卵を割って入れて、生卵の周囲に水を注いで、黄身を爪楊枝か何かで数ヶ所刺してからレンジで40秒から50秒くらいチンすれば、温泉卵になる。
緑谷の言ってるのはこういう事……じゃないよな? さすがに。
「えっと……駄目だった?」
「駄目というか……えっと、ちょっと待ってくれ」
そもそもの話、俺は個性を持っていない。
個性という事になっているのは、個性ではなく混沌精霊としての俺の能力なのだ。
つまり、個性をどういう風に手加減をすればいいのかとか、そういうのはちょっと分からない。
いや、これが電子レンジで卵を温めるといったようなものじゃなくて、もっと具体的なのであれば、それなりにアドバイス出来た気がするんだが。
そんな訳で、誰か他の面子に聞こうとでも思ったのだが、他の面々はそれぞれ自主訓練に励んでいた。
俺が緑谷と話している間に自分達の訓練を始めたのか、それとも俺と緑谷の話を聞いて、これで自分に相談に来られても困ると思って俺に声を掛けられないように自分の訓練に集中してるのか。
その辺の理由は俺にも分からないが、とにかく今この状況をどうするべきかと考え……あ、ミッドナイトがいるじゃん。
視線の先で何故かうっとりした様子で生徒達の自主訓練を見ているミッドナイトの姿に気が付く。
ミッドナイトも教師なんだから、個性についてのアドバイスは出来てもおかしくない。
「ちょっと待っててくれ。俺にはちょっとアドバイスが難しいから、ミッドナイト先生を連れてくる」
「え? ちょ……アクセル君!?」
いきなり投げ出すとは思わなかったのか、緑谷が焦った様子で俺の名前を呼んでいる。
……いや、焦ったというか、ミッドナイトを連れてこられるの止めて欲しいのかもしれないな。
まだ雄英で学生を始めてから数日だが、その数日で緑谷が女に対する免疫がないのはすぐに分かった。
それでも麗日とはそれなりに話せるようになっているが……そちらについては、緑谷じゃなくて麗日が頑張った結果のような気がする。
もしそんな俺の予想が正しければ緑谷にとってミッドナイトは天敵に近いだろう。
成熟した女の身体を、タイツ越しとはいえ惜しげもなく見せ……その上で、ミッドナイトも恥ずかしがるのではなく、寧ろそれを当然と思っている節があるし。
女慣れしていない緑谷が、間近でミッドナイトを見たら、その時点で鼻血を噴き出して気絶してもおかしくはないと思う。
とはいえ、緑谷がそのままだとヒーローとして活動していく上で危ないのは間違いない。
ヴィランの中には女のヴィランもおり、その中には女の武器をこれでもかと使ってくるような相手もいる。
もし緑谷が女慣れしていないままにそのような相手と遭遇したら……うん。最悪、そのヴィランに殺されるといったようなことになってもおかしくはない。
いっそ、峰田や上鳴辺りからAVとかそういうのを借りて緑谷に見せるというのはありかもしれないな。
一応、名目的には18歳未満はそういうのの所持は禁止されているものの、それを入手する方法は幾らでもあるし、スマホを使えばその手の動画や画像も普通に見られる。
そういう意味では、18禁というのは今となってはそこまで効力はないんだろうな。
18禁ヒーローのミッドナイトを見て、そんな風に思ってしまう。
「あら、どうしたの? 緑谷君の訓練をしてるんじゃなかった?」
さすがにプロヒーローと言うべきか、俺がある程度の距離まで近付くと、すぐにミッドナイトは俺に気が付く。
……シャドウミラーの面々なら、気配でもっと早く気が付いていたんだろうが。
「その積もりだったんだけど、緑谷の個性を使うイメージが電子レンジで卵を温めるという奴だったので……」
「は?」
ミッドナイトが、先程俺が緑谷から話を聞いた時と同じ反応をする。
個性を使えても、やっぱりそういう反応をするんだな。
「緑谷の個性は強力すぎて身体が耐えられないから、個性を弱めて使ってるらしいんですけど、そのイメージが電子レンジで卵らしいです」
「……えっと……ちょっと待って。考えを整理するから」
そう言い、ミッドナイトは何かを考え始める。
そんなミッドナイトを見て、ふと優と……マウントレディと同じような目だけを覆うようなマスクを付けているのに、今更ながらに気が付く。
いや、優よりもミッドナイトの方がヒーロー歴は長い筈だし、そう考えると優がミッドナイトの真似をした感じなのか?
ライバル心を抱いているのは知っていたが。
「なるほど、どうやら少し話を聞いて……アクセル君?」
考えを纏めてたミッドナイトが、俺に向かってそう声を掛けてくる。
「あ、いや。何でもないです。ただ、ミッドナイト先生と俺の後見人の1人の優……マウントレディが、同じようなマスクを被ってるなと思って」
「……ああ、そう言えばリューキュウの他にマウントレディもアクセル君の後見人だったわね。まぁ、こういうマスクは珍しくないわ」
「でしょうね。俺のヒーローコスチュームも似たようなマスクがありますし。……とにかく、緑谷のいる場所に行きましょう」
そう言い、俺とミッドナイトは緑谷のいる場所まで戻ってきたのだが……
「えっと、あの、その……ミッドナイト先生、よろしくお願いします」
分かりやすい程に動揺した様子の緑谷。
緑谷にしてみれば、これだけ間近でミッドナイトを見る事になるとは思っていなかったのだろう。
……それでも峰田とかならこの近距離からミッドナイトの身体を凝視するのだろうが、緑谷は動揺からか、ミッドナイトの身体を見ないようにしている。
「あらあら、随分と初心な子ね。普通ならこのくらいの年なら女の身体に興味があって当然なのに。……まぁ、さすがにあそこまでガン見するのはちょっとどうかと思うけど」
話している途中で、ふとミッドナイトが視線を逸らす。
するとその先では、峰田がミッドナイトの身体を凝視していた。
それこそ、ミッドナイトの身体を完全に記憶しようとしているような感じで。
ミッドナイトが苦笑気味な表情だけですませているのは、こういう視線を向けられる事に慣れているからなのだろう。
雄英とはいえ、そこにいるのは思春期真っ盛りの者達なのだから、ミッドナイトを見て欲情するのはおかしな話ではない。
もっとも、それでも峰田級の人材はいないらしいのだが。
「まぁ、今はその事はいいわ。緑谷君に聞きたいんだけど、個性を使う時に電子レンジで卵を温めるイメージって聞いたけど、本当にそうなの?」
「え、あ、はい。そうです。そうしないと全力を出してしまいそうで……」
「それは分かるけど、何だか緑谷君の様子を見ていると個性を使う時は個性を使うぞ、使うぞ、使うぞといったようにしてるように思えるんだけど」
「それは……えっと……」
緑谷はミッドナイトが何を言いたいのか分からないといった様子で言葉に詰まる。
俺もまた、ミッドナイトが一体何を言いたいのか分からずに首を傾げる。
「……ちょっと。緑谷君はともかく、何で貴方まで私の言いたい事が分からないのよ?」
「そう言われても」
ミッドナイトの呆れの視線に、正直なところ何を言いたいのか本気で分からない。
あるいはこれは、個性を使っている者にしてみれば当然の感覚なのかもしれないが……俺の能力はあくまでも混沌精霊としての能力で、個性じゃないしな。
とはいえ、そのような事を言える筈もなかったが。
「最近まで個性を使えなかったという緑谷君はともかく、アクセル君は普通に個性を使えるのに何でこの感覚が分からないのかしら? もしかして、個性事故のせいで?」
「どうなんでしょうね」
「……個性事故?」
ミッドナイトの言葉を適当に誤魔化すと、それを聞いた緑谷が俺に視線を向けてくる。
ああ、そう言えば緑谷は俺が個性事故で色々とあったという件――表向きの理由だが――については知らなかったんだったか。
「まぁ、そんな感じだと思って貰えれば。えっと、瀬呂は……今はちょっと難しいか」
個性を使う感覚について瀬呂に聞こうかと思ったのだが、その瀬呂は砂藤と模擬戦を行っている。
なら、他の人物は……あ、ヤオモモは今は忙しそうじゃないな。
ということで、ヤオモモを呼ぶ。
「アクセルさん、何かありましたの?」
「ああ、ちょっと個性に対するアドバイスが欲しくてな」
「まぁ!」
俺の言葉にプリプリと嬉しそうな様子を見せるヤオモモ。
以前もそうだったが、ヤオモモって頼られることに弱いよな。
……この美貌と肢体に家が金持ちで頼られることに弱い。
何だか将来的に駄目男に引っ掛かるような未来が透けて見えるんだが。
まぁ、うん。ヤオモモも金持ちの娘という事で人を見る目はある……ある……あって欲しいけど、どうだろうな。
うん、それについては今のところ考えないよにしておくか。
「それで、個性についてアドバイスという事ですが、どのような事をききたいのですか?」
やる気満々といった様子のヤオモモの言葉に、ミッドナイトに視線を向ける。
「八百万さんも知っての通り、緑谷君は個性が発現したばかりというのもあって、個性を使う事に慣れていないわ。話を聞いた限り、電子レンジの件はともかくとして、個性を使うぞ、使うぞ、使うぞといったように思ってるみたいなのよ」
「まぁ……」
ミッドナイトの言葉に、ヤオモモは驚きの表情を浮かべる。
このヤオモモの様子を見ると、どうやらミッドナイトの言ってる内容は間違っていないらしいな。
「緑谷さん、個性というのはそこまで意識して使うようなものではありませんわ」
そう言い、ヤオモモが手を前に出すと、次の瞬間……何だ? 人形? 創造で生み出す。
その人形の下には小さな人形があり……ああ、マトリョーシカだったか。
「今。私がこの人形を作る際には……そうですね。個性を使うといった認識はありましたが、その程度はこうして……」
マトリョーシカを乗せている掌を、横に動かすヤオモモ。
「手を動かすといったような認識ですわ。勿論、創造する物によっては違いますけど。このマトリョーシカは、私が個性を使えるようになって最初に創造した物なので思い出深いですし、何度も作っているので殆ど無意識でも作れますけど、他の物はもう少し集中する必要がありますわね」
「あー、なるほど。何となくヤオモモの言いたい事がわかった」
ヤオモモの言葉を聞いて俺が思い浮かべたのは、格ゲーだ。
格ゲーでもパンチやキックといった通常攻撃は出来るが、技の類を使うとなるとコマンドを入力する必要がある。
個性というのはそういうものなのではないかと。
……もっとも、これはあくまでも個性を持たない俺がこのヒロアカ世界における個性をイメージしたものだ。
実際にそれが正しいのかどうかといったことは分からない。
「なるほど! 僕は、確かに個性を使う時、使う、使う、使うといったように集中していた。それが間違いだったんだ」
俺と同じく緑谷も今のヤオモモの説明で何かを掴んだのか、ブツブツと呟き続けていた。
その考えに没頭して呟く癖、直した方がいいと思うんだが。
俺は勿論、ミッドナイトやヤオモモも微妙に引いてるし。
こういうのを見ると、やっぱり主人公には思えないんだよな。
とはいえ、それでも今の時点では緑谷が一番主人公の可能性があるのは間違いなかったし。
そんな風に思いながら、俺は暫く緑谷の様子を眺めるのだった。