ボグッ、ゴキッ、グシャ……そんな音を立てて、ヴィランが次々に倒れていく。
音こそかなりぶっそうだったが、俺の振るう拳による一撃は十分に手加減をされており、ヴィランの骨を折るくらいはしているが、内臓を破壊するといったような事まではしていない。
それによって、噴水の前に現れたヴィランは次々と……半数近くが既に戦闘不能となっていた。
「アクセル! 戻ってこい!」
このまま一気に全滅させよう。
そのように思っていたところで、不意に相澤の声が聞こえてくる。
現れたのはヴィランである以上、このままここで俺が一気に全てのヴィランを戦闘不能にした方がいいのでは?
そうも思ったのだが、今の俺はシャドウミラーのアクセル・アルマーではなく、雄英の生徒のアクセル・アルマーだ。
そうなると、ここで戻らないと面倒な事になる可能性もある。
「っと!」
首が伸びて鋭い牙を俺に突き立てようとしたヴィランの一撃を回避し、コメカミに手加減をした一撃を叩き付ける。
その瞬間、脳を直接揺らされたヴィランは一瞬にして白目を剥き、気絶する。
顎の先端を擦るような一撃を放ち、それによって脳を揺らして脳震盪を起こし、気絶させるといった攻撃方法は有名だが、一定以上のパンチ力があった場合、顎の先端を狙わなくても、コメカミを直接殴るといった方法でも十分に相手の脳を揺らすことが可能だった。
勿論、こちらは一定のパンチ力という上限があるのに対し、顎の先端は当てる場所さえ間違わなければ、最低限の威力で十分に威力を発揮するという利点もあるが。
そうして首を伸ばしたヴィランを気絶させると、そのまま後方にトン、トン、トンと軽く跳躍しながら下がっていく。
そんな俺に向け、手を伸ばして何かをしようとしたヴィランがいたが……
「止めろ! 今は態勢を立て直すのが先だ! またあいつがきたらどうするつもりだ!?」
髪を逆立てている筋骨隆々のヴィラン……恐らくは増強系の個性を持っているのだろうヴィランが、追撃をしようとした仲間を制止する声が聞こえてくる。
意外だな。雄英に乗り込んでくるなんて馬鹿な事をしてるんだから、成り行きに任せて感情のままに動くのだろうとばかり思っていたんだが。
だというのに、この状況で仲間を止めるような冷静さを持っているヴィランがいたのはちょっと意外だった。
もっとも、そのようなヴィランは当然ながら数は多くなく、他のヴィランは好き放題に暴れた俺を殺意の籠もった視線で睨み付けていたが。
そんな視線を感じつつ、俺はトン、と相澤の隣に着地する。
「アクセル……危険な事はするな」
「すいませんね。けど、ヴィランがこうして雄英に現れるというのは予想外でしょう? なら、向こうの意表を突くような行動をする必要があるのは間違いないと思いますが」
「それでもだ。お前は生徒で俺は教師だ。今は俺の言う事を聞け」
「そうです。僕達は教師なのですから、生徒を守る義務があります」
相澤以外に13号も俺に向かってそう言ってくる。
教師としての責任感が強いのは、普通なら美点なんだろうが……今のこの状況においては、ちょっとどうかと思わないでもない。
そんな風に思っていると、身体が黒い霧? もや? そんなので身体を構成されているヴィランが口を開く。
「13号に……イレイザーヘッドでしたか。先日いただいた教師側のカリキュラムでは、オールマイトがここにいる筈なのですが」
「やはり先日のはクソ共の仕業だったか」
黒い霧のヴィランの言葉に、相澤が呟く。
……それが何を意味しているのか、俺もすぐに理解した。
この前のマスゴミの一件だろう。
雄英バリアと呼ばれる、強固な防衛能力を持つ正門。
だが、その正門が溶けて……いや、腐食? もしくは壊れる? とにかく使い物にならなくなっていたのだ。
自主練が終わった時に見たその光景は、俺に疑問を抱かせるには十分だった。
マスゴミの中に門を破壊するだけの個性の持ち主がいたのかと。
……もしそのような強力な個性を持っているのなら、それこそマスゴミではなくプロヒーローとして活動してもおかしくはない。
もっとも、マスゴミという名称通り知る権利を免罪符に、何をしてもいいと思っているのがマスゴミだ。
強力な個性を持っていても、プロヒーローになるよりもマスゴミとして活動するのを好む者がいてもおかしくはなかったが。
考えてみれば、そういうマスゴミって半ばヴィランだよな。
頭の片隅でそんな風に考えつつ、この連中が雄英の正門を破壊したのだと理解する。
しかもあの黒い霧のヴィランの言葉が事実なら、職員室に忍び込んでカリキュラムを奪ったという事だろう。
つまりマスゴミは、あの黒い霧のヴィランが行動する為に利用されたという事になる。
「マスゴミが」
思わずそう呟いてしまったのは、マスゴミがいなければこういう面倒な事になっていなかったからだろう。
……もっとも、主人公なのだろう緑谷がいるというのを考えると、恐らく……いや、間違いなくこれは原作でもあった事件なのだろうが。
「ぐっ、ごほ……くそ……オールマイトがいないってのに、何だこれ……クソゲーかよ」
黒い霧のヴィランの側で蹲っていた手の男が、腹を押さえながら起き上がる。
……骨の数本は折れてる筈なんだけどな。
あるいはそういう個性なのか。
「折角これだけ大勢連れてきたっての……ごほっ、ごほっ、まさかオールマイトと遭遇するよりも前に、こんなダメージを受けるとは思わなかった、けど……もう油断はしねえ。後はオールマイトを呼ぶだけだが、お前達を殺せば、オールマイトは来るかな?」
腹を押さえつつも、手の男はこちらを見ながらそう言ってくる。
憎悪に濁ったその目は、今の言葉がハッタリでも何でもなく、本当に俺を……というか、A組の生徒を殺そうしているのは間違いなかった。
「出来ると思うのか? お前程度の相手が」
本来なら、この場は相澤や13号、あるいはこの世界の主人公である緑谷に任せた方がいいのかもしれない。
だが……この手の男は危険だ。
それこそ、俺を殺せるのかもしれないと思うくらいには凶悪な個性を持っているように思える。
俺を殺せる、か。
もしかしたら、雄英の正門を破壊したのはこの手の男なのかもしれないな。
ただ、この男が雄英の正門の前にいたら、マスゴミによって撮られていてもおかしくはないと思うんだが。
マスゴミは知る権利を盾にすれば自分達は何をやってもいいと思っているし、自分達に危害を加える者がいるとは思っていない。
……実際にはそれはあくまでもマスゴミの勝手な思い込みなのだが。
実際、俺の殺気によって何人ものマスゴミが気絶したし。
とにかくそんな訳で、この手の男が雄英の正門を破壊したかどうかは微妙なところ……いや、幾ら何でも変装くらいはするか。
「……へぇ。出来るか、だって? それを俺に聞くのかよ」
そう言い、手の男は自分の両手を……指を見せつけるように動かす。
どうやらこの手の男は、その両手に絶対的な自信を持っているらしい。
先程念動力が危険を知らせた事から考えても、この男の両手には強力な個性があるのだろう。
それが具体的に何なのかは分からないが、だからこそここは俺が前に出る必要があった。
「ヴィランだぁっ!? 馬鹿だろ! この雄英に入り込んでくるなんて、アホすぎるぞ!」
切島の叫ぶ声が聞こえる。
……実際、普通に考えれば切島の言葉は間違っていない。
1年とはいえ、ヒーローとなるべく雄英に合格した生徒。
また、他にもプロヒーロー見習いとでも言うべき上級生もいるし、何より雄英の教師は全員がプロヒーローなのだ。
ましてや、教師の中にはNo.1ヒーローのオールマイトもいる。
その辺りを考えれば、切島の言うようにこのヴィラン達の行動はアホ……自殺行為に他ならない。
だが同時に、この連中はそれを分かった上でやって来たのも事実。
マスゴミのせいで、オールマイトが雄英にいるというのは日本中に……場合によっては、世界にすら知られているのだから。
それでもこうしてやって来たという事は、オールマイトがいても何とかなるだけの目算があっての事なのだろう。
そんな風に思っている間にも、ヤオモモが13号に侵入者用のセンサーについて聞いたり、それがあっても動かなかったのをヴィランの中にそういう個性を持っているからだと轟が判断したり、相澤が13号に生徒を連れて避難するように指示したりしていた。
「……アクセル、何を部外者といった顔をしている? 避難をするのはお前もだ」
手の男の隙を突き、一気に攻めようと考えていた俺に相澤がそう言ってくる。
「マジか?」
「……マジだ」
俺の言葉遣いに一瞬眉を顰めた相澤だったが、それでも今はその件で注意するようなこともなく、そう返してくる。
「いや、けど……自分で言うのもなんだけど、現在この場で最大戦力は俺だぞ」
もし13号の個性が本当の意味でブラックホールなのだとしたら、その個性はかなりの戦力となるだろう。
だが、先程の小言というか、演説というか……その時の話からも、13号は決して戦闘向きではない。
いや、個性は十分に戦闘向きなのだが、本人の性格が戦闘には向いていない。
実際、13号のファンだという麗日の言葉を聞く限り、プロヒーローとしての活動はヴィラン退治ではなく、災害救助とかそっち方面で行動しているらしいし。
それに何より、13号が作ったというこのUSJがその証明でもあるだろう。
勿論プロヒーローとして活動している以上、一定の戦闘力はあると思っていい筈だ。
しかし性格的に戦闘に向いているかどうかというのが、この場合は重要だった。
「自信を持つのは構わないし、実際にお前がA組最強というのは間違いないだろう。だが……それでもお前は生徒で、俺は教師だ。なら、こういう場合は教師が前に出るべきだろう」
間違っている。
そう言うのは容易いが、俺を見る相澤の目には真剣な色がある。
つまりこの言葉は、相澤にとっての信念とでも言うべきものなのだろう。
それは分かる。分かるのだが……だからといって、その信念を優先して有効な手札を使わないというのは、どう考えてマイナスでしかなかった。
あるいは、現在の俺の姿が10代半ばだからこそ相澤も俺に頼るような事はしないのかもしれない。
なら、いっそ20代の姿になるか?
そうも思ったが、そんな俺が何かを言うよりも前に、相澤が口を開く。
「さっきの動きを見れば、お前の言葉がハッタリでも何でもない、真実だというのは理解出来る。だが……だからこそ、今は生徒達の避難に協力して欲しい」
それは相澤の本音ではあるのだろうが、同時に俺をこの場から離す為の方便という一面があるのも間違いなかった。
とはいえ、戦闘が決して得意ではない13号だけが戦力というのは……なるほど、相澤にとって不安なのも理解出来る。
なら、やはり俺は13号と避難すべきなのか?
戦力がここにいるだけなら、相澤の言葉を無視して俺がこの場にいる全員を倒してしまえば、それでいい。
だが……轟が言っていたように学校全体、そこまでいかずともUSJ全体にヴィランが来ていると考えた場合、13号と生徒達だけで避難するのは危険だ。
いっそ、俺が影のゲートを使って転移して、USJの様子を全て見てくるか?
そうも思わないではなかったが、俺の個性――という事になっている――力をここで見せるのもどうかと思う。
何しろ、この戦いは恐らく原作にあったイベント。
そうなると、ヴィランを率いる立場にいるあの手の男は、恐らく……いや、ほぼ間違いなく緑谷のライバルとなる存在だろう。
そんな人物の前で、転移能力とかそういうのを使うのは、それはそれで不味い。
噴水の前に連中が出て来た事を考えると、あの黒い霧の個性の持ち主が転移系の個性の持ち主なのは間違いない。
自分と同じ……いや、色々と違う部分はあるが、とにかく同じような転移系の能力を持っていると知られるのは痛い。
そう考えると、やっぱりここは大人しく相澤の言葉に従って避難しておいた方がいいのか?
「先生、アクセル君の言う通りです。イレイザーヘッドの戦闘スタイルは、個性を消してからの捕縛。あの人数を相手にするのなら、アクセル君の協力があった方が……」
どうするべきか迷っていると、緑谷がそう相澤に声を掛ける。
緑谷の性格を考えると、それこそこの場は自分が……と言うのかと思ったんだが、まさかここで俺に話を振ってくるというのは予想外だった。
とはいえ、まだ個性を自由に使いこなせている訳ではない緑谷がこの場に残ると言っても、それこそ足手纏いになるだけだと思うんだが。
「一芸だけじゃヒーローは務まらん。……13号、生徒達は任せた。アクセルも十分に戦力となるから、いざという時は頼れ」
そう言うや否や、相澤は俺達のいる場所……階段の上から、ヴィランのいる噴水の場所に向かっていくのだった。