ヴィランの集団は数人が耳郎の視線を向けられたことで怖じ気づいたものの、その多くは耳郎の視線を気にせず、ジリジリと前に出る。
耳郎に視線を向けられていないからというのもそうだが、それよりも自分の中にある欲望に身を焦がしているのだろう。
ヤオモモに向けられる、獣欲の視線。
……ヤオモモに比べると少ないが、葉隠にもその視線が向けられている。
いやまぁ……うん。無理もないか。
ヤオモモの方はともかく、葉隠は手袋とブーツだけが見えているのだから。
普通に考えれば、それこそ裸かもしれないと……そんな風に考えてもおかしくはないのだから。
勿論、手袋とブーツだけは見えるようにしていて、他のヒーローコスチュームは見えないようにしているだけという可能性も否定は出来ない。
だが、それでももしかしたら……と思うヴィランがいてもおかしくはない。
しかもその、ヴィランの予想そのものが、実は当たっているという……うん。
葉隠も痴女の如く全裸がデフォなのは何とかしようと、サポート科に行くって話をしていたものの、残念ながらそれは間に合わなかったらしい。
ともあれ、想像力が……あるいは妄想力が強い者の中にはヤオモモ同様葉隠に獣欲の視線を向けている者もいる。
あるいは、ヤオモモの人気度合いから自分に順番が回ってくるのが遅くなるので……という感じかもしれないが。
そんな女2人とは裏腹に、耳郎は……うん。まぁ、2人のように獣欲の視線を向ける者がいない訳ではないが、先程ヴィランの1人が言ったように特殊性癖……いや、貧乳好きの者が耳郎に獣欲を向けている面々なのだろう。
「ああん?」
女の勘か何かなのか、不機嫌そうな様子で俺に視線を向けてくる耳郎。
俺はそんな耳郎の方に決して視線を向けないようにしながら、じわじわとこちらを包囲するように行動するヴィランを見る。
……ちなみに女3人はそんな感じだったが、俺と上鳴に対しても自分の獲物だといった視線を向けている者達がいる。
もっとも、そちらは女に対する欲望の視線ではなく、殺意とかそういった方面の視線だったが。
個人的な、女達に向けるのと同種の視線を……つまり、そっち方面のヴィランがいないのは、俺や上鳴にとって幸運だったな。
未だにこちらに視線を向けている耳郎から必死に顔を背けつつ、口を開く。
「さて、じゃあ作戦だ。俺が敵に突っ込んで数を減らすから、ヤオモモ達は最初は防御に徹していて、倒せそうだと思ったら攻撃してくれ」
「ちょっ、おい、アクセル! それでいいのかよ?!」
作戦とも言えない作戦に、真っ先に叫んだのは上鳴だった。
とはいえ、ヴィランの包囲網が近付いている以上、悠長に細かな作戦を立てている余裕はない。
それに……上鳴達は知らないだろうが、これが俺がシャドウミラーとして戦う時の基本戦術でもある。
シャドウミラーという精鋭の中でも、突出した強さを持つ俺とニーズヘッグ。
そんな俺が単機で敵陣に突っ込み、正面から敵を撃破していく。
あるいはコーネリア率いる実働班が敵と正面から戦っている中、俺は単機で迂回して敵陣に奇襲を仕掛ける。
とにかく、俺は単機で動くのが基本だった。
自分で言うのも何だが、ニーズヘッグを操縦する俺は、それだけで1機ではなく1つの軍勢としての……あるいはそれ以上の戦力となる。
だからこそ、そうした使い方をした方が効率的なのは間違いない。
……客観的に見た場合、国を率いる立場の者が単機で敵陣に突撃するとか、バカかと、アホかと、そんな風に言われても仕方がないことではあるんだが。
ただ、俺の場合はその無茶を実現可能なだけの力がある。
とはいえ、まさか今のこの状況でそんな事を説明出来る筈もない。
「心配するな。1年の首席にして、A組最強というのは伊達じゃないって見せてやるよ。……上鳴、俺が敵に向かう以上、お前が前衛だ。ヤオモモ達を頼むぞ」
「お……おう! 分かった!」
「別にウチは上鳴に守って貰おうとは思ってないんだけど」
耳郎が不満そうに呟く。
さっきから何度も体型の件について触れられている耳郎にしてみれば、多分前に出るのなら自分が前に出たいと、そう思っているのだろう。
もっとも、もし本当にそのようなことをしたら、その時は自分の強さではどうしようもないと理解しているので、実際にそうしたいと口にする事はなかったが。
「アクセルさん、お気を付けて」
「頑張ってね、アクセル君!」
ヤオモモと葉隠からは応援の言葉を貰い、俺は前に出る。
「おいおい、本気で1人で俺達に向かってくるつもりかよ?」
作戦会議……という程に大袈裟なものではなかったが、こっちの話し合いは声を潜めたりしていた訳ではないので、ヴィラン達にも普通に聞こえていたらしい。
それでも話し合いを邪魔してこなかったのは、数という点で圧倒的に有利な自分達の状況からだろう。
……実際、その判断は決して間違ってるとは言えないのも事実。
これがヒーロー科の3年とかなら、ねじれを見れば分かるようにインターンで半ばプロヒーローとして活躍している者も多いので、これだけの人数を相手にしても個性によっては対処出来るだろう。
だが……ここにいるのはヒーロー科とはいえ、1年。
数ヶ月前はまだ中学生だった者達なのだから。
そういう意味では、ヴィラン達の考えは間違っていない。
ただ、予定外だったのは、そこに俺がいた事だろう。
異世界から来て、公安から生徒達の壁になるように依頼された俺が。
「ああ、勿論そのつもりだ。……そもそも、お前達こそ本気でその人数で俺の相手を出来るつもりか?」
挑発のつもりでそう口にしたのだが……
「ぶはぁっ! こいつ、本気で言ってるのか!? この人数を相手にして、1人でどうにか出来るとか……」
「おいおい、その辺にしておいてやれよ。これだけの人数を相手にして、怯えているのを必死に隠してるんだからな」
「女の前で格好を付けるのも大変だな。……あ、そうだ。いい事を思いついた。どうせなら、このガキは殺さないんで手足をへし折って、この男の前であの女達を犯そうぜ」
ガハハハ、ゲヘヘヘ、ワハハハ。
そんな風に笑う連中。
彼我の実力差も察することが出来ない愚図どものそんな態度に苛立ちを覚える。
どうするか。
そう考え……取りあえず殺さなければそれでいいだろうと判断し、地面を蹴り、包囲するように動く中でも、先頭にいる人物……俺の手足をへし折って、俺の前でヤオモモ達を犯そうと口にした男の懐に一瞬にして潜り込む。
別に瞬動を使った訳でもなく、ただ普通に地面を蹴っただけではあったのだが……それでもヴィラン達にとっては完全に予想外の動きだったらしい。
「へ?」
目の前にいる男が、そんな声を漏らし……
ボグッ、と。
俺の拳があっさりと男の胴体にめり込む。
この連中の不運なところは、黒霧によって直接ここに転移させられて、俺達がやってくるのを待っていた事だろう。
噴水の前で起きた俺とヴィラン達との戦いを見ていれば、ここまで余裕を持つような事は出来ない筈だったが。
「死ね」
その言葉と共に男は地面に崩れ落ちる。
死ねという言葉はヒーロー科の生徒としてちょっと過激だったかもしれないな。
そんな風に思いつつ、俺は崩れ落ちるヴィランを一瞥し……
「てめえっ!」
腕を岩に変えたヴィランが、こちらに向かって拳を振るってくる。
その一撃は、命中すれば威力は高いだろう。
……あくまでも命中すればの話だが。
このヴィランは両手を岩にするという個性によって、これまでは特に何も考えずに暴力で何とでも出来ると思っていたのだろう。
だが……その動きそのものは決して素早くはない。
これで格闘技とかでもやっていれば、あるいはもう少し鋭い一撃を放てたかもしれないが、このヴィランは特に格闘技を習ってもいないらしく、あくまでも拳の振るい方は我流だ。
喧嘩殺法と言ってもいい。
そんな一撃が俺に当たる筈もない。
あっさりと岩の拳の一撃を回避し……
「がっ!」
ボギリ、と。
カウンターの一撃が命中し、男の肋骨が折れる感触が手に伝わってくる。
男にとって不運だったのは、あくまでも岩とする事が出来るのは両腕だけで、身体は生身のままだった事だろう。
男の個性によるものである以上、男にどうこう出来る訳ではないのは間違いなかったが。
個性というのは、成長させることが出来る。
もしこの男がヴィランにならずにヒーロー科に入っていれば、もっとしっかりと個性が鍛えられ、両腕だけではなく上半身を、あるいは身体全体を岩で覆うといったことが出来たかもしれないが。
「こいつ、やるぞ!」
2人があっさりと倒されたのを見て、他のヴィラン達の表情がこちらを侮っているものから真剣なものとなる。
あるいは、切迫したものか。
まさか、この状況で自分達がここまで一方的にやられるような事になるとは思わなかったのだろう。
とはいえ……もう遅い。
それぞれが必死になって俺を倒そうと……殺そうと攻撃をしてくるヴィラン達だったが、その攻撃が俺に命中するような事はなかった。
逆に、こちらに攻撃をしてくる者達が反撃の一撃によって骨の数本が折られるようなダメージを受けるので、次第に俺に対する攻撃を躊躇するようになる。
よし。大体この辺りまでは俺の予想通りの展開だな。
この連中はヴィラン……ようは特殊能力を持った犯罪者と考えればいい。
それが分かっていれば、俺が対処するのは難しくなかった。
それこそペルソナ世界のタルタロスやマヨナカテレビの中の方が、こっちを殺そうとしてくるシャドウがいて、厄介だっただろう。
勿論、この連中も俺を殺すのに躊躇はしていない。
ただ、それは自分達の攻撃で俺が死んでも構わないと思っているのであって、容赦なく俺を殺そうとしている訳ではない。
この差は、小さいようで大きい。
「おらぁっ!」
指先が針となったヴィランの一撃を回避しながら、顎の先端を掠めるように殴る。
噴水でやった時のようにコメカミ……側頭部を殴るといった方法もない訳ではなかったが、今はこの一撃の方がいいと判断したのだ。
すると、指を針に出来る男は電池が切れた人形のように、カクンと地面に倒れる。
「ちぃっ! 駄目だ! こいつは無理に攻撃をするな! 他の連中を人質に取れ!」
俺との戦いで気絶した者、あるいは手足の骨を折られて動けなくなった者は既に10人を越えている。
それによって、俺を強敵であると……それこそ正面から戦って勝てるとは思わなかったのだろう。
もっとも、判断するのが遅いとは思うが。
いや、ヴィランの立場になってみれば、それはそれでしょうがないのか?
20代の外見ならともかく、今の10代半ばの外見の俺は外見だけを見る限りでは決して強そうには見えない。
なら、数で押せばどうにかなると思ってもおかしくはなかった。
……だからといって、俺がそんな相手の考えを気にする必要はないのだが。
また1人、蹴りを放って相手の右膝を砕きながら、ヤオモモ達の方に視線を向ける。
先程、どのヴィランからは分からないが指示を出した事により、ヤオモモ達の方に数人のヴィランが向かっているのが見えた。
そして俺の周囲にいるヴィラン達は、積極的に俺に攻撃をするのではなく、様子見……時間を稼ごうとし始める。
なるほど、俺に勝つのは不可能だと考え、ヤオモモ達を抑えて俺に対する人質にでもしようと考えたのだろう。
その判断は間違っていない。
俺に勝てないのなら、戦う以外の方法で俺を無力化しようと考えるのは当然だろう。
ましてや、俺は仮にもヒーロー科の学生である以上、同級生が人質に取られたら抵抗を止めると思ってもおかしくはない。
おかしくはないが……この連中は、良くも悪くもこの世界の人間という事だな。
例え俺がヒーロー科の生徒であっても、人質がいるからといって行動を止める筈もない。
それこそ俺にとってはこの状況でなら寧ろ積極的に攻撃をしようと考えるだろう。
何しろ俺という最大戦力が動きを止めた場合、それはつまりこちらの負けが確定してしまうのだから。
だからこそ、俺としてはこの場で人質を取られても素直にその言葉に従うつもりはない。
「上鳴! お前達が人質になっても、俺は抵抗を止めるつもりはないからな! 人質になって俺の足手纏いになるなよ!」
俺を囲んでいるヴィラン達の外側、恐らくは残りのヴィランと戦っているのだろう上鳴に向かって叫ぶ。
それを聞いた、俺を囲んでいるヴィラン達がマジかといった視線を向ける。
「ハッタリだ!」
ヴィランの1人が叫ぶが、叫んだ本人ですらその言葉が真実だとは思えていない様子だ。
色々と思うところがない訳でもないが……ここは上鳴の頑張りに期待しよう。
そんな俺の考えに反応するかのように、俺を囲むヴィランの輪の外で激しい雷が見えるのだった。