「がっ、ごふ……」
俺の一撃が腹に決まり、死柄木はその場に膝を突く。
脳みそ剥き出しのヴィラン……いや、脳無か。その脳無の外見は筋骨隆々だったので殺さない程度に力は入れたが、死柄木は見た感じ普通……いや、平均よりも若干細身といった感じか?
とにかくそんな感じなので、迂闊に力を入れると内臓破裂、もしくは腹を突き破って背骨を折るといったような事にもなりかねない。
そのような状況は俺もさすがに遠慮したいので、かなり手を抜いた……それでも下手をすれば内臓の一部が破裂してもおかしくはない程度の威力で殴った。
そして胃液を吐きながらその場に蹲る死柄木。
「もう1つついでに……スマッシュ!」
蹲った死柄木の身体……というか、顔が丁度いい場所にあったので、その顔に蹴りを……俗に言うサッカーボールキックを放つ。
「ぐべっ!」
蹲っていた状態で死柄木がその一撃を回避出来る筈もなく、見事に顎を蹴られた死柄木は空中を吹き飛ぶ。
……って、あれ? 妙だな。
今の一撃、俺は死柄木を殺しはしないが、それでも顎の骨を砕く程度の威力で蹴った。
だが、足に顎を砕いた感触もなければ、顎が外れた感触もない。
何だ? この死柄木って奴……もしかして、その細身とは裏腹に高い防御力を持っているのか?
そんな疑問を抱きながら……
「アクセル君、後ろ!」
不意に緑谷の声が響く。
どうやら緑谷もこの近くまで来ていたらしい。
だが、その言葉は俺には必要ない。
気配はしっかりと感じていたのだから。
とはいえ、緑谷も俺が後ろの気配に気が付いて、その上で行動に出していないとは思っていなかったのだから、仕方がない。
……一応、自主練の時に気配や殺気の察知とかそういうのについて話したりもしたんだが。
咄嗟の事態だし、その事を忘れていても仕方がない。
そんな風に思いつつ、背後から拳を振るってきた脳無の一撃を回避し、胴体に一撃を加える。
吹き飛ばされた状態からこうして一気に戻ってきて俺を攻撃したのは意趣返しか、それとも死柄木が俺の攻撃によってダメージを受けたのを見て助けようと思ったのか。
その辺りの理由は分からないが、仮にもプロヒーローである相澤を押さえ込むことが出来るだけの力を持つ脳無の、本気の一撃。
もしそれが俺以外の面々に当たれば……それも切島のような防御系個性を持っていない相手に当たれば、死んでいてもおかしくはないだろう、そんな威力の一撃。
脳無にしてみれば必死だったのかもしれないが、そのような一撃だからこそ大振りの一撃となる。
これで脳無が格闘技を習っていれば話は別だったかもしれないが、脳無の動きにはどこにも格闘技らしい動きはない。
それこそ喧嘩殺法と呼ぶのが相応しい、そんな拳の振るい方だ。
もっとも、そんな一撃であっても相手を殺せるような威力を持つのが、個性の存在するヒロアカ世界の怖いところだったりするのだが。
脳無の胴体をカウンターで殴り、脳無の威力すらこちらの一撃にプラスする。
その衝撃で吹き飛んでいく脳無だったが……やはり、手に違和感がある。
何だ?
いや、脳無が異形系であるのを考えれば、寧ろそういう身体構造でもおかしくはないのかもしれないが。
うちのクラスでも障子は異形系で、身体の構造そのものが人間とは違うのだから。
ともあれ、幾ら相手が頑丈だとはいえ、こうして吹っ飛ばせば戻ってくるまで多少なりとも時間が必要となる。
その間に死柄木を……
そう思ったのだが、死柄木の側に黒い霧が生み出されたのを見て、倒れている死柄木から一度距離を取る。
「死柄木弔……大丈夫ですか?」
「痛っ……黒霧か。ああ、何とかな。にしても、あのチートキャラは何なんだよ。オールマイトがいないのに、もう1人オールマイトがいるみたいじゃないか。ラスボスが2匹とか、どんなクソゲーだよ」
「申し訳ありません、死柄木弔。生徒の1人を逃がしてしまいました」
黒霧の言葉に、ヤオモモの事か? と思う。
だが、黒霧は俺達を強制的に転移させた後、あの場に、13号のいる場所に残っていた筈だ。
13号という、本人は戦闘向きではないが個性は極めて強力な個性を持つ13号だ。
黒霧もそんな13号をそのままにして、強制的に転移した俺達の様子を監視するのは……まぁ、不可能ではないとは言わないが、それでもかなり厳しいのは間違いない。
そうなると、逃げた生徒というのはあの場に残った生徒。
それも逃げるいう行動を考えると……一番高い可能性は、エンジンが個性の飯田か。
「ちっ、……まぁ、俺と脳無もあのチートキャラに好き勝手にやられているだから、黒霧を責められねえか。あーっ! くそっ! クソゲーか! チートキャラがいるって時点で間違ってるだろうが! 先生もこんなチートキャラがいるのが分かっていたら、教えてくれればいいのによぉっ!」
何だ? 癇癪を起こしたかのように、急に騒ぎ始めたけど。
いやまぁ、今のこの状況を思えば、死柄木にとっては最悪に近い状態だろうし、そうなる気持ちも分からないではない。
それに、気になる単語も出ていたな。
先生?
つまり、死柄木や黒霧の所属するヴィラン連合とかいう組織には、裏に誰かいるのか?
それとも死柄木と黒霧はヴィラン連合の幹部であっても、率いる立場じゃないのか。
その辺は俺にちょっと分からないが……死柄木をちょっと突けば教えては……くれないだろうな。
「あのチートキャラがいて、しかも何十人ものプロが来るんだから、さすがに敵わねえ。となると……ゲームオーバーだな。あーあ、今回はゲームオーバーか。……帰ろっか」
数秒前までの激昂した様子から一転し、あっさりとそう言う死柄木。
そんな死柄木の態度の変化に驚きながらも、俺は声を掛ける。
「あのな、ここまでやっておいて素直に帰らせると思うのか? 俺をチートキャラだ何だと言ったのはお前だろう? そんな俺が、お前を逃がすと思うか?」
登場の仕方や、念動力に反応する危険さ。両手に持つ絶対的な自信。
それらを考えれば、死柄木や黒霧は原作においても出てくるのだろう敵なのは恐らく間違いない。
この世界の原作の主人公だろう緑谷が少し離れた場所でこっちを見ているのも、俺の予想を裏付ける要因となる。
「……脳無」
死柄木がそう口にした瞬間、再び脳無が俺に向かって突っ込んでくる。
さっき吹き飛ばしたってのに、元気だな。
それとも、やっぱり拳を放った時の感触が影響してるのか?
「直撃」
小さく、少し離れた場所にいる死柄木や黒霧達に聞こえないよう、精神コマンドの直撃を使う。
そんな俺の呟きに反応した訳ではないのだろうが、脳無は拳を振るう。
「甘いんだよ」
先程も大振りの一撃が回避されているのに、脳無はその辺りについて何も考えていないのか?
それとも、自分の防御力に絶対の自信を持っているのか。
……何となく後者なような気がするな。
実際、俺の攻撃で2度も吹き飛ばされながら、特に怪我らしい怪我もない。
つまりこの脳無は、それだけの何かを備えているのだろう。
「あのチートは脳無に任せておけばいいとして……平和の象徴としての矜持を少しでもへし折って帰ろう。……ちっ!」
緑谷達の方に視線を向けた死柄木だったが、その瞬間に死柄木の身体に捕縛布が巻き付いたのを見て舌打ちをする。
俺が脳無の大振りの一撃を回避しながらカウンターを放とうとしていた間に、相澤も多少なりとも復活していたらしい。
とはいえ、相澤は見るからにボコボコだ。
それこそ立ち上がるのがやっとといった感じで。
……それでも個性を発動するのは見ればいいだけだから何とでもなるが、捕縛布を放ったのは素直に凄いと思う。
正直なところ、今まで相澤は除籍の件とか……表現は悪いが薄汚れた外見から、あまり信用出来る相手とは思っていなかった。
勿論、雄英の教師になっているのを考えれば、教師としての務めはしっかりと果たす積もりはあるんだろうが。
それでも見た目や言動から、しっかりと信頼出来る相手だとは思えなかったのも事実。
だが、今この状態で……体力も殆ど残っていないだろうに、こうして何らかの行動を起こそうとする死柄木を止めた。
言葉だけではなく、態度で生徒を守ると示したのだ。
そんな相澤の態度に感心しつつ……
「お前は、いい加減……うるさいっ!」
脳無が連続で拳を振るってくるのに対し、面倒臭いと思いながらカウンターの一撃を放つ。
これまでと同じ、胴体に向けて放つ一撃。
ただ……拳の感覚は先程までと明らかに違う。
拳が皮を砕き、肉を砕き、骨を砕く。
そのまま胴体を貫き……やべっ!
脇腹を貫いた俺は、予想外の威力……というか、脳無の脆さに驚きながら手を抜く。
手にはベッタリと脳無の血や肉が付着しており、眉を顰める。
殺してはいけないと思ってはいたのだが、直撃の効果が少し強すぎた。
……いや、より正確には脳無が自分の防御力に自信を持っていた為か、俺の一撃を一切回避したり、あるいは防いだりといった事をしなかったのが予想外だった。
脳無が俺の使う精神コマンドについて知っていれば、あるいはもう少し違う反応をしたかもしれないが……生憎と、脳無はその辺りの事情については全く詳しくない。
カリキュラムを職員室から盗んだのなら、A組の生徒の個性について知っていてもおかしくはないのだが。
ああ、でも俺の個性は混沌精霊となっているだけに、もし何も知らずに見ても、全く理解出来ないだろうけど。
それこそ雄英の教師達が知っている混沌精霊は、極めて強力な増強系というものだけだろうし。
そんな訳で、もし死柄木達が職員室から俺の個性の情報を奪ったとしても、まさか精神コマンドなんてものを知る事は出来なかった訳だ。
脳無をどうするか。
そう思ったが、やってしまったものは仕方がない。
取りあえずリカバリーガールが来るまで生きていれば何とかなる。
そう思い、脳無の巨体を蹴飛ばして吹き飛ばす。
右手を振るい、脳無の血と肉片を地面に吹き飛ばす。
死柄木は相澤が対処してるので、俺は黒霧の方の対処を……うん?
「っと!」
地面に倒れた脳無が、上半身を起こしながら俺に向かって拳を横薙ぎに振るってくる。
その事に驚きながらも距離を取り、脳無を見る。
脇腹を貫通するような一撃だったんだから、とてもではないが起き上がれるダメージではないと思うんだが。
そんな風に思ったものの、俺の視線の先では脳無が何の問題もなさそうに起き上がっていた。
それで驚いたのは、脇腹の傷がみるみる回復……というか、再生? していく光景だった。
「……どうなっている?」
個性というのは、基本的に1人1つだ。
轟のように2種類使える場合もあるが、それはかなり珍しい。
だが、脳無は……俺の直撃で無効化された、何らかの防御系個性。それに今の再生。
この2つは共存出来る個性なのか?
……まぁ、個性ではないけど幾つもの能力を使える俺がそう言っても、寧ろふざけるなと叫ばれたりしそうだが。
「そいつは対オールマイト用の切り札だ! ちょっとやそっとの怪我ならすぐに治せるし、衝撃吸収の個性を持っているんだ。いけ、脳無。そのチートキャラをBANしてやれ!」
捕縛布によって動けないというのに元気な死柄木が叫ぶ。
死柄木にしてみれば、自分の目論見が外れまくったのが今の状況だ。
せめて脳無を……対オールマイト用の脳無を使って、せめて俺を殺そうというのだろう。
俺の記憶に間違いがないのなら、BANというのはネット系のゲームでアカウントを停止させる……つまり、その世界から追放するという、まさに死を意味する言葉だった筈だ。
脳無にそのBANという単語の意味が分かるのかどうかはともかく、死柄木の命令に従って俺に拳を振るってくる。
大振りの一撃。
そんな一撃は、シャドウミラーのメンバーであれば戦闘要員の実働班に所属していない者であっても、容易に回避出来るだろう。
もっとも、シャドウミラーを普通と認識するのは、それそのものが間違いだろうが。
そんな風に思いつつ、脳無の一撃を回避しながらどうするべきか悩む。
精神コマンドの直撃を使えば、衝撃吸収の方は無効化出来る。
だが、再生能力の方は対処するのが難しい。
殺す訳にはいかないし。
かといって、生半可な攻撃ではすぐに再生してしまう。
だとすれば、いっそ手足を引き千切ったり、破壊したりを続ける……まぁ、何らかの耐性があるのは間違いなかったが、それでもヒーロー科の生徒として不味いだろうし、後で相澤に何か言われたり、原作主人公の緑谷にトラウマを刻む訳にはいかない。
よく見れば、緑谷の他にも梅雨ちゃんや峰田が一緒にいるし。
何より……相澤が死柄木を、そして俺が脳無をとなると、黒霧が自由に動けてしまう。
今は捕縛布で捕らえられている死柄木を心配してなのか、特に何らかの行動に出る様子はなかったが……それでもいつでも動けるのは間違いないのだ。
この状況で俺が何が出来るのか、どのように行動するのが最善なのかを考え……半ば運次第だが、行動を決める。
「鬼眼」
鬼眼を発動するのだった。