「……ふぅ」
龍子は部屋の中にいる俺の姿を見ると、心の底から安堵した様子で息を吐く。
そんな龍子の様子を見れば、何となく状況は理解出来る。
ねじれ経由なのか、それとも雄英経由なのか、あるいは公安経由なのか。
ともあれ、A組がヴィランに襲われたといった連絡が入り、龍子は慌てて雄英にやって来たのだろう。
とはいえ、龍子も俺の強さは知っている筈だ。
それこそ龍子と優、ねじれの3人を相手にしても余裕で勝てるくらいの強さはある。
なら、ここまで心配するような事もないと思うんだが……まぁ、その辺については、龍子に思うところがあるのだろう。
「うちのアクセルがすいません。色々と話を聞いているという事でしたが……」
「もう大体話は聞き終わりましたので、後は帰って貰って構いません。もしかしたら、また何か聞くような事があるかもしれませんが、その時は改めて連絡しますので」
ミッドナイトが龍子に向かってそう言う。
実際、もう話については大体終わっていたので、その言葉は嘘ではない。
そんな訳で、俺は素直にそのまま帰ることにする。
刑事はもう少し聞きたい様子を見せていたが、それは恐らく今回の事件についてではなく、気配とかそっち系の話だろう。
……優に対する実験をもう少し進めれば、もしかしたら将来的には警察官に殺気を叩き付けてその手の感覚を理解させるといった事が出来るかもしれないな。
まぁ、本当にいつになるのかは分からないが。
「では、失礼します。……アクセル、行くわよ」
何だ? 龍子は何だか妙に急いでいるような。
何かそうしなければならない理由があったのか?
まぁ、龍子がそういう風にするのなら、それはそれで構わない。
特に逆らう必要性も感じないし、素直に龍子の行動に従うとしよう。
そうして俺はその場から離れ……雄英から出る。
ちなみに龍子は車で雄英まで来ていたので、今日は電車ではなく車で帰る事になる。
あ、そうなるともしかしたら……本当にもしかしたらだが、拳藤が俺を待っている可能性があるな。
スマホを取り出し、LINで今日は車で帰ると書いておく。
「スマホ、使いこなしているようね」
車を操縦しながら、龍子がそう言ってくる。
「まだ完全に使いこなしてるかと言われると、そうでもないけどな」
本当の意味で使いこなす者と比べると、俺が使いこなせているのは6割……贔屓目に見て7割といったところか。
そもそもこのスマホは最新型のスマホだ。
つまり、それだけ完全に使いこなすには技術が必要とななる。
いや、これを技術と言ってもいいのかどうかは微妙だが。
まぁ、他に言いようがないので、そういう表現でいいんだろうけど。
「でしょうね。私も自分のスマホを完全に使いこなしているとは言えないもの。……その割に、毎年新しいのが出てくるから」
この手の商品は、毎年のように新型を出すのが基本だ。
中には毎年どころか半年で新型を出したりもする。
それを考えると、長く使い続けるのではなく、次々と買い換えていくというのがいいんだろうが……データを移す手間とか、その他諸々の雑務を考えると面倒なのは間違いないんだよな。
実際、優からもそんな風な話を聞いた事があったし。
「それにしても、来るのが早かったな。というか、てっきり優が来ると思ってたけど」
龍子の事務所の支部的な感じが用意されるとか、もう既に出来たとか、そんな話を優から聞いていたので、それを思えばやはりここは近くにいる優がやって来るとばかり思っていた。
別にどうしても優に来て欲しかった訳ではないが、それでも龍子が来るというのは予想外だったのも事実。
そう思って龍子の顔を見ると……
「偶然近くいにたからというのもあるけど、優がその……ミッドナイトをライバル視してるのよ」
「は?」
龍子の口から出たのは、俺にとっても完全に予想外の言葉だった。
いやまぁ、その……それっぽいのは、以前にも優から感じていたけど。
それにネットとかでもそういう情報が書かれているのを見た事があるし。
ただ、直接優にその辺について聞いた事がある訳でもないので、龍子の口から出たその言葉には驚きの声を上げてしまう。
「ちなみに……本当にちなみにだけど、もし優が来たらどうなっていたと思う?」
「アクセルから話を聞いている中に、ミッドナイトがいなければ自然な感じで話は纏まったでしょうね」
「……実際はいた訳だけど」
「そうね。そうなると、多分お互いにマウントを取り合うとか、そういう事をしてたような気がするわ」
「うわぁ……」
見てみたいような、見たくないような、そんな光景。
「そういう意味でも、私が来たのは丁度よかったわね」
「そうだな。ミッドナイトがいたし」
「……さて、それでだけど、今日の話を聞かせて貰える? 車の中なら、盗聴とかそういう心配もいらないでしょうし」
「それなら俺の部屋で話そう。あっちも盗聴とかそういうのは心配ないだろうし」
そう言うと、龍子は運転をしながら一瞬だけ目をこちらに向けてくる。
「本当に大丈夫なの? もうアクセルがあのマンションで暮らし始めてそれなりに経ってるでしょ?」
「それはつまり、公安とかが盗聴器を仕掛けたとか、そういう心配か?」
「そうね。公安とは限らないけど、他にもヴィランとか」
「ヴィランが俺の部屋を盗聴とかして、どんな得があるんだ? いやまぁ、俺についての詳細とかを知っていれば、話は違ってくるけど」
俺が異世界から来た存在だと知れば、それこそヴィランにとっても俺の情報は非常に重要なものとなるだろう。
だが、それはあくまでも俺の秘密について知っていればの話だ。
この件を知っているのは限られている為、それこそ公安から情報が流れない限り、その辺について知るといったことは難しいだろう。
いやまぁ、公安の中にはそういう情報を流しているような者がいたりする可能性あるから、絶対に俺の情報がヴィランに流れないとは言い切れないのだが。
ただ、それでも俺の情報が知られているといった可能性は、まずないと思うというのが正直なところだ。
……たまにスライムとかを使って、部屋の中を探索したりしてるしな。
何しろ清掃サービスと契約してるので、第3者が日中部屋の中に入っていたりする訳だし。
高級マンションが契約している清掃サービスである以上、何らかの不埒な事……それこそ盗聴器とかカメラを仕掛けるとか、あるいは金目の物を盗むとか、そういう事はまずしないだろうけど……それでも、人には一瞬の気の迷いとか、そういうのがある。
そうである以上、念の為に定期的……いや、不定期にその辺りのチェックをした方がいいのは間違いなかった。
「それもそうね。それに……アクセルなら、もし何か仕掛けられても、あっさりと見つけてしまいそうだもの」
「それは否定しない」
「あのね……ちょっとくらいは否定してもいいと思うわよ?」
呆れの表情でそう言いながらも、龍子は車を運転しつつ笑みを浮かべるのだった。
「あれ? ねじれ?」
龍子の車でマンションに帰ってきたのだが、家の中に優がいるのはともかく、ねじれがいたのはちょっと予想外だった。
「あ、アクセル、おかえり。今日大変だったって聞いて、来たよ。嬉しい? 嬉しい?」
「……嬉しい」
ねじれの性格を考えると、ここで嬉しくないと言えば悲しませてしまうか、あるいは俺が嬉しいと言うまでひたすら聞いてくるような気がしたので、そう答えておく。
もっとも、峰田や上鳴がこの状況を知れば、それで嬉しがらないのは何事だと叫んでもおかしくはなかったが。
「おかえりなさい、アクセル。先輩も」
こちらはソファで横になりながらTVを見ながら優が軽く手を振ってくる。
……まるで自分の部屋のように寛いでるな。
そんな優の様子に若干思うところがない訳ではなかったが、今は取りあえず気にしないようにしておく。
「テーブルの上に食事の用意がされているし。1階のスーパーで買ってきたのだろう惣菜だろうけど」
「あのね、わざわざ声に出して言うのはどうかと思うんだけど?」
不満そうな様子で優が言ってくる。
実際、このマンションの1階にあるスーパーで売っている惣菜とかそういうのは、下手な店で食べるよりも美味かったりする。
ランチラッシュの作る料理には及ばないが。
なので、こうしてテーブルの上に用意されている料理も、どれも美味そうではある。……ちょっと冷めかけてるけど。
部屋の時計を見ると、午後6時くらい。
午後からUSJに行って、そこでヴィラン連合との戦いがあって、それが終われば後始末とかそういうので、そしてミッドナイト、プレゼント・マイク、刑事に話をし……で、車で雄英から帰ってきたとなると、大体このくらいの時間になってもおかしくはないのか。
時間的にもちょっと早いと思うが、そろそろ夕食にしてもいいかもしれないな。
「じゃあ、夕食を食べながら色々と事情を話すか。……あ、ねじれには言っておく必要があると思うけど、今回の件については他の誰かに喋ったりするのは禁止という扱いになってるから、そのつもりでな」
この辺については、俺だけじゃなくてA組の生徒全員が解散する前に言われている。
雄英にしてみれば、敷地内にヴィランの……それもヴィラン連合なんて組織の襲撃があったというのは、恥でしかない。
もっとも、転移の個性を持つ黒霧が、向こうにいる以上は対処しようがないと思うけど。
あるいは個性由来の技術で、転移系を封じるといった効果を持つ素材とか、そういうのはあったら対処は可能かもしれないが、俺が知る限りでは特にそのようなものはない。
なので、今回の襲撃は黒霧が向こうにいた以上、どうやっても防ぐ事は不可能だったのだ。
「えー」
「ねじれ」
「はーい」
最初は俺の言葉に不満そうな様子を見せたねじれだったが、龍子に言われると即座に態度を変える。
うん、この2人の関係性が理解出来るよな。
そんな訳で、早速夕食を食べながら話をしようとするのだが……
「痛っ! ちょっ、何なのよこのロボット掃除機! いつも私に突撃してくるんだけど!?」
優の足にロボット掃除機がぶつかったらしい。
それも一度だけではく、何度もぶつかり続けている。
「うわぁ……」
目の前の光景にそんな声を出す。
このロボット掃除機はグレード的には最高級の奴だ。
公安の金で購入したので、その辺りについては特に躊躇しなかった。
そんな最高級のグレードのロボット掃除機だけに、多分搭載されたAIとかも普通よりも高性能な奴で、そのAIが優を敵と……もしくは床を散らかす相手として認識してるのかもしれないな。
「ぷくくっ!」
「ちょっと、ねじれ!?」
ねじれが面白そうに笑い声を上げると、それを聞き咎めた優が不満そうに叫ぶ。
……そうしている間も、ロボット掃除機は優の足にぶつかり続けていたが。
「アクセル、何とかしてよ。というか、あんたこのロボット掃除機にどういう教育をしてるのよ。もしかして、私が敵だとかそんな風に教え込んでるんじゃないわよね?」
「あのな、無茶を言うな無茶を。そもそもこのロボット掃除機を買った時は、優も一緒だっただろ。なら、この掃除機にそういう機能がない事は優も知ってる筈だろうに」
「それはそうだけど……じゃあ、なんでこうしてしつこく私に攻撃してくるのよ」
そう言う優だったが、今はそこまで痛がってるようには見えない。
最初は予想外の不意打ちだったので痛いと口にしたのだろうが、来ると分かって入れば、そこまで痛みはないのだろう。
「日頃の行いとか? 以前に優が来た時もかなり床を散らかして、それを掃除ロボットが綺麗にしていたし。性能の高いAIを搭載してるから、掃除ロボット的には優は要注意人物として認識されてるのかもしれないな」
「それは……」
何か反論しようとした優だったが、自分が床を散らかしたのを理解しているからだろう。
結局反論の様子は見せない。
……あるいは、散らかしたと言われて思い浮かべたのが、お菓子の破片とかそういうのではなく、殺気を叩き付けられて漏らしたのを思い出したからかもしれないが。
「ちょっと、アクセル。何か妙な事を考えていない?」
薄らと頬を赤くしながら聞いてくる……いや、追及してくる優の言葉に真顔で首を横に振る。
「いやいや、そんな事はない」
「ふーん。……まぁ、いいけど。あの時の事については口にするのは勿論、思い出すのも禁止だからね」
そう言う優だったが、そのように言われれば、それこそ思い出してしまうような気がする。
「え? 何? 何があったの? 気になる」
案の定、優のその言葉にねじれが反応する。
そんなねじれの様子に、優はしまったといった表情を浮かべるが……この件については、自分で口に出したのが原因だ。
そうである以上、俺としても何とも言えない。
ねじれが優にしつこく聞くのを見ながらそんな風に思うのだった。