「くそっ……」
ずるり、と。
黒霧のワープによって、死柄木は自分達のアジト……黒霧の酒場に転移してくる。
ただし、その顔色は決して良くはない。
……顔面に手がぶら下がっているので、その顔色をしっかりと認識する事は出来なかったが。
とはいえ、これでも警察に捕まった当初と比べるとそれなりにマシになったのだが。
何しろUSJでアクセルを相手にした結果、肋骨は折れて内臓も傷つき、顎の骨も骨折し、奥歯が何本が抜けそうになっていたのだから。
一言で表現するのなら、絶対安静の重体に近い状態だった。
だが……今の死柄木はそんな怪我の大部分が治っている。
その理由は、リカバリーガールにあった。
警察としては、このままでは死柄木からろくに事情聴取も出来ないとし、何より相澤が……イレイザーヘッドがいるので、話に聞いていた崩壊という個性も使えないと判断し、死なれないよう雄英を通してリカバリーガールに治療を頼んだ。
勿論、全快させるようなところまでは回復していない。
そもそもリカバリーガールの治癒能力は無条件に回復させる訳ではなく、対象の体力を消費して回復させるというものだ。
そういう意味では、死柄木の怪我を全快させるには元々体力が足りなかったというのもある。
これが日頃からしっかりと体力トレーニングの類をしていれば話は別だったかもしれないが、ヴィランの死柄木はそのような事をしない。
そんな訳で、取りあえず瀕死の重傷から回復はしたが、その分体力を使ってしまい、それによって今の死柄木は酷く気怠い状況にあった。
「くそ……身体中ボロボロだ……完敗だ。まさか、子供があそこまでやるとは思わなかった……畜生……オールマイト、平和の象徴までに届かなかった。話が違うぞ、先生」
床に倒れつつ、死柄木は悔しそうに……地の底から響くような、そんな声で言う。
今、この酒場には他に誰もいない。
死柄木をこの酒場まで転移させた黒霧も、何かやる事がある為、ここにはいなかった。
『違わないよ』
しかし、そんな死柄木の言葉に答える声があった。
酒場の中に置かれているTVから声は聞こえてくる。
もっとも死柄木は床に横たわっており、TVは酒場のカウンター席に置かれているので、お互いに相手の顔は見えないのだが。
それでも会話はしっかりと行われていた。
『ただ、見通しは甘かったね』
『うむ、雄英を侮りすぎたな。ヴィラン連合なんちゅうチープな団体名でよかったわい』
TVの先にいるのは死柄木に先生と呼ばれた人物だけではないらしく、別の人物の声も聞こえてくる。
『儂と先生の共同作品の脳無は? 回収しておらんのか?』
「……そんな暇はなかったよ。助けにきてくれたのは嬉しいけど、もうちょっと丁寧にしてくれると嬉しかったんだけどな」
死柄木が不満そうにもう一人の声に向けて言う。
護送車に乗って移動している時、突然ヴィランの集団に襲撃されたのだ。
普通ならヴィランでも、警察の護送車を襲うような事はしない。
それはつまり、その護送車の中身を知っていて……そこにいる人物、死柄木や黒霧を奪おうとして襲ってきたのだろう。
勿論、警察も警戒はしていた。
何しろ相手は雄英に攻め込むような組織なのだから。
有象無象の数合わせで連れてきたヴィラン達はともかく、ヴィラン連合という組織の中心人物……USJに来た者達の中では間違いなくトップで、しかも崩壊と転移という強力な個性の持ち主と、死柄木が対オールマイト用と言った脳無。
そんな3人の護送なのだから、警察も力を入れない訳がなかった。
だが、それでも護送車を襲ってきたヴィラン達は強力な個性を持っている者も多く、何とか死柄木と黒霧を解放する事に成功した。
そして脳無も死柄木の言葉で突然動き出し……護送車の護衛をしていたヒーロー達の相手をし、それでようやく死柄木と黒霧も何とか無事に護送車から助け出されたのだ。
『折角、オールマイト級のパワーを持たせたのに……残念じゃ』
そうモニタの向こう側で先生と呼ばれた者以外のもう1人が言うが……
「残念ながら、オールマイトにやられてしまいました」
ずず、と。
黒い霧が再び店内に広がり、そこから出て来た黒霧が、そう言う。
『なんじゃい、結局オールマイトが出て来たのか』
「ええ。最初はもしかしたら脳無を回収出来るかもしれないと様子を窺っていたのですが……どうやらそれは難しかったようです」
死柄木は、その言葉から黒霧の言っていた用事というのが護送車の襲撃現場を観察し、上手くいけば脳無を確保しようとしていたのだろうと納得する。
(先生はあの脳無を対オールマイト用って言っていた。けど、黒霧の話を聞く限りだと、それでもオールマイトには勝てなかった訳か)
それはつまり、もしUSJで脳無がオールマイトと戦っていても、勝てなかったという事を意味している。
「先生、あの脳無は本当に対オールマイト用だったのか? これで俺が見た限り2連敗なんだが。しかも片方は、オールマイトですらない、ただの学生に。……いや、あれをただの学生と言ってもいいのかどうかは微妙だけど」
『……へぇ』
死柄木のその言葉に、先生と呼ばれている相手の雰囲気が明らかに変わった。
本人が意識をしているのか、していないのか。
ただ、モニタ越しではあっても死柄木は……そして黒霧も、先生の雰囲気が変わったのは間違いなく理解出来た。
『死柄木、その生徒というのはどのような生徒だったのかな?』
「どんなって……外国人っぽい感じがしたよ。名前もアクセル? とかいう、日本風の名前じゃなかったし」
『なるほど。それで、そのアクセル君は一体どういう個性を持っていたのかな?』
「それは……」
『当ててみようか。強力な増強系の個性じゃないかい?』
死柄木が何かを言うよりも前に、先生はそう言ってくる。
そして実際、死柄木が言おうとしていたのもその通りだったので、死柄木は素直に先生の言葉に頷く。
「ああ、そうだよ。とんでもないパワーだった。それこそ1発で骨が折られたり、内臓を破裂させられたりするくらいには。俺を治療したリカバリーガールも驚いていたよ」
『ふむ、リカバリーガールか。回復系の個性は欲しいが、どうしても欲しいかと言われればそうではない。機会があったらといったところか』
先生はリカバリーガールについてはそこまで興味がないらしいと死柄木は納得する。
もっとも、死柄木も脳無について知っているので、先生の言葉には理解出来るところもあったが。
「それで、先生はあのアクセルって奴を知ってるのか?」
アクセルと、その名前を口にする死柄木には憎悪の色がある。
……死柄木にしてみれば、自分を好き放題に殴った相手だ。
しかも自分の個性を使う余裕すらなかった。
イレイザーヘッドがいたから個性を使えなかったという一面があったのも間違いはないが。
とにかく自分をボコボコにした相手だ。
それこそオールマイトがいて負けたのなら、死柄木もまだ納得出来ただろう。
だが、オールマイトが来るよりも前にアクセルによって自分達の作戦は完全に瓦解してしまった。
それを思えば、アクセルを恨むなという方が無理だろう。
『どうだろうね。何となく予想は出来るけど……僕には友達が多いんだ。その友達は当然ながら雄英にもいる。その友達から話を聞いてみるのもいいかもしれないね』
先生のその言葉に、床に寝転がっていた死柄木が不満そうに口を開く。
「雄英に伝手があるんなら、この前雄英に忍び込む必要はなかったんじゃねえか」
『それは違うよ、死柄木。何でも経験というのは大事だ。君の好きなゲームで例えるのなら、攻略情報を知っていて攻略するよりも、それを知らないで、自分で試行錯誤して攻略していく方がいいだろう?』
「……そう言われると、何も反論出来ないけど」
死柄木もゲームは楽しむ。
それだけに、今の先生の説明には納得出来るところがあった。
「けど、あんな奴が……それこそ、オールマイト級がもう1人いるとか、どんなチートだよ。オールマイトが弱まっているのかどうかも分からなかったし」
『それは残念だったね。けど……収穫はあっただろう?』
モニタから聞こえてくる先生の声は、決して死柄木を慰める為に言ってる訳ではない。
それは死柄木も十分に理解していたが、だからといってそれを素直に受け入れられるかと言えば、それは否だ。
「まぁ……あのアクセルって奴が、これからもこっちの邪魔をしてくるんなら、対処方法が必要だというのは分かったけど。でも、あんなチートを相手に、どうしろってんだよ」
アクセルの強さを実際に確認したが故に、死柄木は自分にアクセルを倒せるとは思えない。
……いや、イレイザーヘッドがいなければ個性を使えるし、そうなれば自分の個性ならアクセルを倒せるのではないかと、そのようにも思うのだが……
(出来る……か?)
死柄木は、決して自信家という訳ではない。
だが、それでも自分の個性が殺傷能力という意味では極めて強力だというのも理解している。
それこそ言葉には出さないし、実行するつもりも全くないが、先生を相手にしても自分の個性なら……あくまでも触れることが出来る場所まで近づければの話だが、先生ですら殺せる自信が死柄木にはあった。
だというのに……そう、だというのに。
アクセルを相手に、勝てる自信が一切湧いてこない。
数発殴られ、蹴られただけで身体をボロボロにされ、それこそリカバリーガールがいなければ死んでいたかもしれない重傷を負った。
……あるいはそれだけなら、痛みを感じながらも次こそはと思ったかもしれない。
だが……死柄木の、小さいころから今まで裏の世界で生きてきた勘が、そして何より本人にその自覚は一切ないものの、その身体に流れる祖母の血が教えてくれる。
アクセルは決して本気を出していない.と。
それも全力の半分……いや、それどころか全力の1割出しているのかどうかといった程度だと。
そのようにアクセルの強さを本能的に理解してしまう。
アクセルのことを考えるだけで、身体が震える。
死柄木の本能が、アクセルとの格の差を知らせてくるのだ。
だが……
(やる)
両手を握り締め、自分の中にある恐れを、トラウマを飲み干し、噛み砕き、磨り潰し、そう決意する。
そう決意をする死柄木の様子を、先生は笑みを浮かべながら見る。
……カウンターに置かれているモニタからは床に寝転がっている死柄木を見る事は出来ない筈なのだが、それでも先生はどのようにしてか、死柄木の状態を確認していた。
(それにしても、オールマイトが何故雄英にと思ったけど……なるほど、私が言うのもなんだが、彼も年だ。後継者にOFAを譲った……そういう事かな? けど、まさか外国人を後継者にするとはね)
酒場にあるモニタの向こう側、とある場所で車椅子に座りながら、死柄木に先生と呼ばれた人物は、頭の中で情報を整理する。
……この時、先生の頭の中ではオールマイト級のパワーを持つというアクセルこそが、OFAの、オールマイトの持つ力の、そして自分の弟の後継者なのだろうと、そう思っていた。
その考えは完全に的外れであり、実際には別の人物にOFAが継承されているとは、思いもよらなかったらしい。
あるいは、相澤が脳無に押さえつけられていた時にアクセルではなく緑谷が助けに入っていれば、死柄木も緑谷についてしっかりと記憶しただろう。
だが、緑谷が何か行動を起こすよりも前にアクセルが行動を起こした事もあり、死柄木の中で緑谷というのは雄英に入るくらいには有能ではあるものの、結局はその程度で特に気にする相手ではないという認識になっている。
……また、これは死柄木がまだ先生に言ってはいなかったが、アクセルが攻撃をする時に『スマッシュ』と言ってるのもあり、それが余計にアクセルとオールマイトに何か関係があるように思わせる要因となる。
『さて、死柄木弔。今回の行動は失敗だったが、先程も言ったように君は経験を得た。君にはそのように思えないかもしれないけど、これは非常に大きな意味がある事だよ』
「けど……じゃあ、どうすればいんだよ」
『精鋭を集めよう。今回のように有象無象の雑魚も使いようによっては役に立つだろうけど、それでも君のこれからの事を思えば、雑魚よりも精鋭の方が必要になる。……そして精鋭というのは集めようと思ってすぐに集められるものではない。じっくりと時間を掛けて集めていく必要がある』
「時間を掛けて……」
『そうだ。我々は自由に動けない。だからこそ、君のような象徴的な存在が……シンボルが必要なんだ、死柄木弔! 次こそ君という恐怖を世に知らしめろ!』
酒場の中に先生の声が響き渡り、それを聞いた死柄木は自分の中にあるアクセルに対する恐怖を押し殺すかのように手を……己の象徴ともいうべき手を握り締めるのだった。