龍子達は素早く食事を終わらせると、ヒーローコスチュームに着替えて部屋を出ていった。
……俺を迎えに来た龍子は車にヒーローコスチュームがあるのが分からないでもなかったが、優とねじれは一体ヒーローコスチュームを一体どうしたんだ?
いや、優の場合は龍子と優の事務所の支部的なのがこっちにあるので、ヒーローコスチュームがあってもおかしくはないのかもしれないが。
ただ、ねじれは今はまだプロヒーローではなく、雄英の学生だ。
そうなると、俺達のように教室にヒーローコスチュームがあるんじゃないのか?
そうも思ったが、普通にヒーローコスチュームに着替えていたんだよな。
あるいは2年か3年になれば教室にヒーローコスチュームを置いておく必要はないのか、もしくはビッグ3という立場だからこそ、ヒーローコスチュームを持ち歩くのを許可されているのか。
その辺りは俺にも生憎と分からないが……ともあれ、そういうものだと、この場合は納得するしかないだろう。
ねじれがヒーローコスチュームを持っていないから、戦力が足りずにシラタキや黒霧を逃がしたとかなるかもしれないし。
もっとも、相澤が倒されて黒霧が自由になった時点で、既に逃げたシラタキと黒霧を確保するのは無理だと思うが。
影のゲートを使いまくっている俺が言うようなことでもないと思うが、転移というのはそれだけ圧倒的な……それこそ卑怯と言ってもいいような、そんな強力な個性なのだから。
それを使えば、龍子達が襲撃された現場に到着した時、既にそこに誰もいなくても仕方がない。
今の俺に出来るのは、それこそ龍子達が無事に戻ってくるのを待つ事だけだった。
『ごめんなさい、アクセル』
スマホから聞こえてくる龍子の言葉が、申し訳なさそうに言ってくる。
予想通り、龍子達が到着した時、既にそこにはもうシラタキと黒霧はいなかったらしい。
「転移系の個性持ちが自由になったんだから、いつまでもそこに残っていたりはしないだろ。寧ろそういう意味では、脳無を確保しただけで十分だよ」
『そう言っても、別に脳無とかいうのは私が確保した訳じゃないしね』
龍子の話によると、脳無は最初こそ暴れていたものの、最終的には何も反応しなくなったらしい。
残っていた……無事だった警官が話を聞こうとしても、何も返さない。
もしくは自分からは何の行動も起こしたりしない。
そんな脳無の様子を見ると、多分死柄木や黒霧が自分達が脱出する為に捨て駒にしたといった感じか。
とはいえ、脳無を捨て駒にするとなると……それはそれで厄介だな。
あっさりと倒した俺が言うのも何だが、脳無はかなりの強さを持っていた。
それは、相澤を押さえ込んでいたのを見れば明らかだろう。
……まぁ、相澤は脳無と戦う前に雑魚ヴィランの集団と戦っていたので、ある程度の消耗があったのは間違いないだろうけど。
とにかく、それでもこうしてあっさりと脳無を使い捨てに出来るのは、それはつまり、脳無級の戦力を他にも持っているから……そうは考えられないか?
だが……だとすると……
「ヴィラン連合、決して侮れない組織なのかもしれないな」
『アクセル?』
「ああ、いや。脳無を使い捨てにするだけの余裕があって、しかもシラタキと黒霧のような強個性持ちがいる。そう考えると、ヴィラン連合は俺が予想していたよりもかなり大きな、あるいは少数精鋭の組織なのかもしれないと思ってな」
『少数精鋭って……アクセルが今日戦った中には、雑魚も多くいたんでしょう?』
「数が必要な時は、どこかその辺にいるヴィランを連れてくればいいだけだ。組織の中核は少数でな」
数が必要な時はその辺の雑魚を連れてくる。
自分で考えておいてなんだが、厄介な……そしてヴィラン側にしてみれば便利極まりない組織だな。
もっとも、この場合は雑魚ヴィランをいつまで用意出来るのかという事だが。
今日のUSJを見る限りだと、集めようと思えば結構簡単に集まるっぽい感じはする。
だが、それでもいつまでもずっと雑魚ヴィランを集め続けるといった事は、さすがに難しいだろう。
勿論、黒霧の転移という個性があれば日本中どこでも……いや、日本だけではなく世界中どこでも移動出来るので、雑魚ヴィランを集めるのは難しくないかもしれないが。
……黒霧の転移って、本当に何も制限がないのか?
俺の影のゲートの場合は、影がある場所、影が繋がっていない場所には転移出来ない。
つまり、地上にいる俺が月に転移したり、宇宙空間に転移したりは出来ない訳だ。
だが、黒霧の転移は……どうなんだろうな。
勿論、俺の転移は魔法によるもので、黒霧の転移は個性によるものといったように違いはある。
転移という結果は同じであっても、その過程は大きく違うのだから。
『もしそういう組織形態だと、厄介ね』
「だろうな」
組織というのは、人数が多くなって組織の規模が大きくなれば、どうしてもそれだけ目立ってしまう。
だが、中心となるメンバーは少人数で、数が必要な時は雑魚ヴィランを使うとなれば、自然と小規模な組織だけにフットワークも軽く、見つかりにくくなる。
それでいながら、中核メンバーは高い戦闘力を持つという……龍子が言うように、もし本当に俺の予想通りだとすれば、本当に厄介な事になると思う。
「とにかく、無駄足だったにせよ、相澤の無事を確認出来たのは大きい。ありがとな」
『……え、ええ』
うん? 何だか龍子の反応が妙だな。
「どうした? 何かあったのか?」
『ううん。ただ、ちょっと……まさか、アクセルにこうも素直にお礼を言われるとは思っていなかったから』
「俺を何だと思ってるんだ?」
というか、クリスマスプレゼントを貰った時とか、普通に感謝の言葉を口にした気がするんだが。
それとも、今とあの時ではちょっと様子が違うとか、そんな感じか?
まぁ、色々と理由はあれども、俺に感謝の言葉を言われて龍子が嬉しく思っているのなら、それはそれで構わないけど。
「それで、これからどうするんだ?」
『今日はこっちに泊まるわ。……今からアクセルの部屋に戻るとなると、それなりに時間が掛かりそうだし』
「分かった。……車のこともあるから、明日にでも取りに来てくれ」
雄英まで俺を迎えに来た時に乗っていた車。
俗に言うスポーツカータイプの車は、龍子にとっては大事な車の筈だ。
俺はそこまで車に詳しい訳ではないが、それでもあの手のタイプの車は相応に高いというのは知っている。
いやまぁ、中には外見だけは立派でも中身が伴っていない……だからこそ安いといったのもあるのは知っているが。
ただ、龍子の性格を考えると、買うのなら本物を買うだろうというのは容易に理解出来る。
……あるいは、龍子が騙されて偽物を買わされるとかそういうのもあるかもしれないが。
その辺については、俺がここでどうこう言っても意味はないしな。
龍子の車を見る目が本物であると、そう思っておこう。
『ええ、明日には一度アクセルの部屋に寄るから』
「ああ、それでいい」
優やねじれがそうであるように、龍子もまた俺の部屋に入れる人物として登録されている。
もっとも、龍子が来るのはあくまでもマンションに置いてある車を取りにだ。
わざわざ俺の部屋に来るといった事はまずないと思う。
とにかく龍子が俺の部屋に来るかどうかは、そこまで気にするような事ではないが。
『じゃあ、この辺で。アクセルも明日は学校で忙しいとは思うけど、頑張ってね』
「ああ。そっちも大変だと思うけど、今日はゆっくりとしろよ」
その言葉と共に通話が切れる。
「さて……後はどうするかな」
取りあえずTVを見ると、そこでは幾つかのニュースの中で今日の雄英の襲撃について触れられていた。
それもちょっとしたニュースでなく、かなり大きな時間を使って……中には、放送時間を延長してまで雄英襲撃のニュースをやっている。
あの事件を経験した俺達には、事件について何も言うなと言われていたんだが。
一体どこから情報が漏れたのやら。
普通に考えれば、警察からだろうけど。
あれだけ大量にヴィランが捕まったのだから、それを完全に隠すというのは不可能だったし。
それにもしかしたらだが、以前のようにマスゴミが校門前に集まっていて、それで警察の車両がヴィラン達を運び出すのを見て、そこから情報を入手したといった可能性も十分にあった。
もっとも、それが正しい方法での情報収集なのかどうかは、微妙なところだが。
そんな風に思いつつ、LINを使って拳藤や三奈、葉隠、ヤオモモ、瀬呂といった馴染みの面々とやり取りをするのだった。
ちなみに、瀬呂から明日は臨時休校だと聞かされたんだが……うん。
俺、それについては何も知らされていなかったんだが?
どうやらその話をしたのは俺がミッドナイトやプレゼント・マイク、刑事と話をしている時だったらしい。
そしてミッドナイト達は、俺がもうその話を知ってると思って、話をしなかったと
……もしこれを瀬呂から聞いてなければ、俺は明日普通に学校に行っていたんだが。
「おはよう、アクセル」
臨時休校となった翌日、いつものように俺は駅で待っていた拳藤と合流し、電車に乗る。
気のせいか、今日の電車はいつもより混んでいるような。
いや、多少の誤差はあれども、こういうのは基本的に人数はそう違いはない。
何らかのイベントがあったりした時とかなら、また話は別だろうが。
「それにしても、話を聞いた時は本気で心配したよ」
「心配掛けて悪いな」
「……アクセルとはなかなか連絡がつかないし」
LINでも言われたのだが、三奈からヴィランの襲撃について聞かされた拳藤はこっちをかなり心配したらしい。
だが、その時俺は学校でミッドナイトやプレゼント・マイク、刑事に事情聴取――という程に大袈裟なものではないが――をされていたので、連絡が出来ず。
結局、龍子の車の中でようやくLINでの返信が出来るようになった形だ。
「悪いな。こっちもこっちで忙しかったんだよ」
「それは分かってるし、詳しい話についても聞いてはいけないのは知ってるけど……それでもやっぱり、友達がヴィランに襲われたとなれば、それを心配するなという方が無理だろう?」
「分かってる。……ただ、1度起きた事は2度、3度と起こる可能性もある。今回は俺達が襲われたが、今度はB組が襲われる可能性もあるから、気を付けろよ」
「……さすがに雄英でも、厳重に警戒はするんじゃないか?」
「だと、いいんだけどな」
問題なのは、警戒をしても黒霧の転移については対処のしようがない事だ。
それこそどうしても対処をするのなら、一定以上の重量が掛かったら侵入者があったと知らせるようなシステムを手当たり次第に地面に設置するとかだけと、雄英の敷地の広さを考えると、もし本気でそのようなシステムを完璧な状態で導入するとなると、一体幾らくらい掛かるのか分からない。
それこそどこからそんな金を用意するのかといった問題が出てくるだろう。
もっとも、そうなったらそうなったで、もしかしたら公安が金を出してくれる可能性もあったが。
自分で言うのもなんだが、俺は日本にとって……いや、この世界にとってVIPだ。
それもただのVIPではなく、超のつくVIPと言ってもいい。
そう考えれば、俺の安全に繋がるのなら、それくらいの出費は受け入れられる可能性は高かった。
……もっとも、そういう事をするのなら、それこそ俺が一体どういう存在なのかを、雄英の校長や教師達に広める必要があるだろうが。
公安の性格を考えると、俺から要望するなり、あるいはもうどうしようもない程に隠しておけなくなったりした時ならまだしも、今のこの状況でそのような事をやれという方が無理だとは思うが。
「取りあえず昨日の今日……いや、昨日は臨時休校だったから、一昨日の今日か? とにかくそんな感じだから、B組が今日授業をやる際にも気を付けろよ」
「……分かってる。うちにも喧嘩っ早い奴がいるから、もしヴィランに襲われたりしたら、即座に襲い掛かりそうな気がするしね。そういう時は、学級委員長として私が止める必要があるだろうね」
拳藤なら、止めようと思えばすぐに止められるとは思う。
B組での拳藤がどういう感じなのかまでは分からないが、取蔭とのやり取りを見ていれば、大体は理解出来るのだから。
そうなると、もしヴィランがやって来ても爆豪や切島のように暴走したりはしないだろうと思う。
まぁ、拳藤曰くB組にもアレな奴がいるらしいから、そう考えると絶対に安心という訳でもないとは思うが。
「拳藤には頑張って貰わないといけないな。……俺が言うようなことじゃないかもしれないけど」
別に俺はB組の担任でも何でもない、A組の生徒でしかない。
だからこそ、それを思えば今のような事は寧ろB組を馬鹿にしているようにすら思えるのだろうが……まぁ、拳藤はそんな風に捻くれた様子で受け取ってはいないので、多分大丈夫ではあるのだろう。