「おはよう」
昇降口で拳藤と別行動となった俺は、いつものように挨拶をしながら教室に入る。
するとそこでは、既に結構な人数が登校していた。
「おはよう、アクセル。今日は遅いね」
俺の席の近くの三奈が、そう声を掛けてくる。
その三奈の周囲には、ヤオモモ、葉隠、耳郎、梅雨ちゃん、麗日といったようにA組女子が全員集合していた。
三奈はその性格から、A組女子の中でも中心人物的な感じだ。
本人にはその辺りの自覚はあまりないっぽいが。
「遅いか? 時間はいつもと変わらないと思うけど」
いつもと変わらないと言うものの、まだ高校生活が始まってからそんなに時間が経っていない。
そういう意味では、いつもの時間といった表現は相応しくないように思えないでもなかった。
「寧ろ俺からすれば、三奈達の方が早いと思うけどな」
「あんな事があった後なんだから、少しでも早く学校に来たいと思って当然じゃん」
耳郎のその言葉に、他の面々も同意するように頷いていた。
その様子を見る限り、女子全員は……いや、女子以外もそうなのだろう。
そう思い、爆豪に視線を向ける。
……もしかして、爆豪もそんな感じなのか?
そのように疑問に思っていると、俺の視線を感じたのか爆豪はこちらを見てくる。
いや、睨んでくるといった方が正しい。
「ああ? 何だこら、俺が早くに学校に来てるのが何か問題でもあるってのか、ヒモ野郎」
相変わらず口が悪いな。
とはいえ、爆豪がまだ折れていない事に安堵もする。
爆豪にしてみれば、俺は絶対に負けたくない相手だ。
受験の実技試験、個性把握テスト、ヒーロー基礎学での戦闘訓練、そして一昨日のヴィラン連合の件。
爆豪が俺に強力なライバル心を抱いているのは間違いないものの、そんな俺に対して爆豪は負け続けだ。
だというのに、まだ爆豪は折れていない。
寧ろその負けん気を思う存分に発揮し、俺に負けてたまるものかと睨み付けてくる理由すらあった。
そう思えば、爆豪の罵詈雑言も負けん気の表れだと思ってしまう。
……それは良く表現した場合で、悪く表現をすれば負け犬の遠吠えなのだが。
「ケロ、爆豪ちゃんも少しは落ちついた方がいいわ」
「……けっ!」
梅雨ちゃんに言われると、驚いた事に爆豪はそれ以上反論はせずに視線を逸らす。
これはちょっと意外だったな。
もっとも、梅雨ちゃんは不思議と包容力がある。
その包容力によって、爆豪をも大人しくさせることに成功したのかもしれないな。
「凄いですわね、蛙吹さん」
「梅雨ちゃんと呼んで」
「あ、はい。……そのまさか、爆豪さんをこうも簡単に大人しくさせるとは、思いませんでした」
「ケロ、爆豪ちゃんは話せば分かってくれる良い子よ」
そんな梅雨ちゃんの言葉が聞こえたのだろう。
飯田と話していた緑谷が、ぎょっとした表情でこちらに視線を向けてくる。
……無理もないか。緑谷は小さいころから爆豪との因縁がある。
というか、爆豪に苛められ続けてきたらしい。
それでもこうして真っ直ぐにヒーローを目指しているのは、さすが原作主人公といったところか。
そうして話していると、瀬呂が教室に入ってくる。
「よう、アクセル」
「少し遅かったな」
「あー……うん。ちょっと寝坊してな。いつも乗ってる電車から数本遅れたんだよ」
「いつもの電車に乗ってなかったから連絡したら、まだ寝てるんだもん」
俺と瀬呂の言葉に、葉隠がそう割り込んで来る。
入学初日の時に俺が拳藤と一緒に登校し、その時に瀬呂と三奈と葉隠が一緒に登校していた。
それ以来、特に止める理由もないという事で、この3人はいつも一緒に電車で来ているらしい。
だが、今日はいつもの時間の電車になっても瀬呂が乗ってこなかったので、葉隠が瀬呂に連絡をしたら、まだ寝ていたというオチらしい。
「寧ろ、それでよく間に合ったな」
「食パンを咥えて走るなんて漫画染みた事をしたのは初めてだけどな」
「……やったのか」
そうして走っている最中、人に……それも女にぶつかったら、いかにもこれから原作が始まりますって感じだな。
もっとも、この世界の原作の主人公はほぼ確定で緑谷だろうけど。
「ねぇ、瀬呂。女の子とぶつかったりしなかったの? そして、そこから恋に発展して、甘酸っぱい恋愛に……あ、もしかしたら今日転校生が来ないかな?」
恋愛話に余程餓えているのか、三奈が瀬呂とまだ見知らぬ誰かとの恋愛について想像……いや、妄想する。
うーん、三奈らしいと言えばらしいんだが。
だが……予想外な事に、そんな三奈の言葉を聞いた瀬呂は、少しだけ期待した表情を浮かべる。
「転校生? 来るのか?」
「えー、何で瀬呂が知らないのよ」
「三奈ちゃん、それは無茶や……」
瀬呂の言葉に三奈が不満そうに言い、麗日がそう突っ込む。
実際、麗日が言うように入学して数日で転校生が来るというのが、そもそもおかしい。
それなら寧ろ、何らかの理由で登校するのが遅くなった生徒がいるといった方が、まだ納得出来るだろう。
もっとも、もしそういう生徒がいるとしても、それはB組だろうと思うが。
「それにしても、誰が来ると思う?」
瀬呂の言葉に、最初何を言ってるのかと疑問を抱くもすぐに瀬呂が何を言いたいのか理解する。
「相澤の怪我の具合によっては……オールマイトだろうな」
別にオールマイトは副担任といった訳ではない。
訳ではないが、それでも緑谷がいるA組という事で関わる機会は多いような気がする。
「じゃあ、私はミッドナイト先生だと思いますわ」
「えー、私はプレゼント・マイク先生がいいな」
「なら、ここは意表を突いてランチラッシュとか?」
耳郎は本気で言った訳ではなく、あくまでも冗談でランチラッシュの名前を出したのだろう。
……とはいえ、ランチラッシュは雄英においてかなりの好感度を持つ人物だったりする。
ヒーロー科の生徒だけではなく、他の生徒達にとってもそうだが、安くて美味い料理を大盛りで食べさせてくれる人物だ。
おまけにメニューにない料理であっても、少し高くなるし時間も普通の注文よりも掛かるが、それでも作ってくれるのだ。
ヒーロー科の生徒である前に10代の食べ盛りにとって、ランチラッシュに感謝こそすれ、恨んだりとかそういうのはまずない。
あ、いや、違うな。
中には嫌いな食べ物を抜いてと言ったら、寧ろ増量されてニンジンを大量に食べる羽目になった生徒もいるとか何とか、聞いた覚えがある。
それが事実なのか、それともあくまでも作り話なのかは俺にも分からないが。
「ねぇ、アクセル君」
「ん? おわっ!」
不意に声を掛けられたのでそちらを振り向くと、そこにはいつの間にか近付いて来た緑谷の姿があった。
「な、なんだ? どうしたんだ?」
「うん、実は一昨日の一件……いや、戦闘訓練の時とか、その前にもちょっと聞きたかったんだけど、パンチを使う時にスマッシュって掛け声を使ったりしてるよね? もしかして、アクセル君もオールマイトのファンなの?」
そう言う緑谷の面は、爛々と輝いている。
……そんな緑谷の様子に軽く引いていると、ふと俺に向けられる視線が……それも結構強い視線を向けられているのに気が付く。
その視線を辿ると、そこにいたのは爆豪。
だが、俺と視線が合った爆豪は即座に視線を逸らす。
あれ? これ、もしかして……緑谷の言葉に反応しての行動か?
つまり、爆豪もまたオールマイトのファンだとか?
いや、けど……爆豪だぞ?
寧ろオールマイトを尊敬するよりも、オールマイトを倒すべき敵として見ていると言われた方が、まだ納得出来る。
そもそも爆豪は、成績がいいのは間違いないし、戦闘訓練の時の動きを見ても才能を感じさせるものの……普段の言動を見れば、とてもではないがプロヒーローを志望しているようには思えない。
寧ろヴィラン向けの性格をしてるのではないかと、そう思えるくらいだ。
……実は爆豪がヴィラン連合と繋がっていると言われても、俺は驚かない。
とはいえ、爆豪は緑谷の友達……いや、友達じゃないな。ライバル? うん、そうだな。ライバル的な存在なのは間違いない。
そう考えると、やはり爆豪がヴィラン連合と繋がるがあるというのは、まずないと思ってもいい。
メタ的な考えではあるが。
「ねぇ、アクセル君。どうなの?」
ぐいぐいと来るな、緑谷。
今まで俺と話していた者達が、そんな緑谷の様子に俺と同じか、あるいはそれ以上に引いているのを横目で見る。
けど、麗日は他の面々よりも引いてないな。
……まぁ、麗日は普段から緑谷や飯田と一緒に行動する事が多いから、そんな緑谷の行動に慣れているのかもしれないが。
そんな風に思いながら、俺は返事を待っている緑谷に向かって口を開く。
「どうと言われてもな。ファンって程じゃないぞ。ただ、オールマイトは現在のNo.1ヒーローだし、それに増強系……いや、正確な個性は不明って扱いだったか? とにかく、参考になると思えたから、少し参考にしているといった感じだけど」
「あ、そうなんだ」
俺の言葉を聞いた緑谷が、見て分かるほどにがっかりした様子を見せる。
どうやら緑谷にしてみれば、俺は重度のオールマイトのファンだと、そのように思っていたのだろう。
なのに俺がそれを否定したので、どうやらそれが残念に思ったらしい。
とはいえ、考えてみれば無理もないのか?
実際の能力はともかく、客観的に見た場合、俺の能力は極めて強力な増強系だ。
それこそ、俺の戦闘スタイルを見た緑谷が、俺をオールマイトと似ていると思ってもおかしくはない。
……実際にはそれは同じように見えて、思い切り違うのだが。
それ以外にも、性格的な意味で俺とオールマイトでは大きく違うし。
オールマイトはあくまでもプロヒーローとして……つまり、相手を殺さずに無力化するのを優先する。
それに対し、俺は今はヒーロー科の生徒、それも首席という立場もあって、一昨日の一件のような騒動があってもヴィランを殺したりはしないものの、そこまで余裕がある状態ではなく、そして手っ取り早く相手を処理する必要がある場合、殺すという手段を躊躇ったりはしない。
根本的に、俺はプロヒーローには向いていないのだ。
元々の根底にあるのが、軍人……それも特殊部隊だしな。
しかも、後々にはその特殊部隊は世界を相手に戦ったりもしたし。
うん、本当に今更だけど、俺にプロヒーローって全く向いてないよな。
「じゃあ、アクセル君はどんなヒーローが好きなの?」
「え? うーん……どんなヒーローと言われても……」
そもそも、俺がこのヒロアカ世界に来てから関わったヒーローそのものが決して多くはない。
勿論、龍子の事務所にいる時や、スマホを使うようになってからはスマホでも色々と調べたりしたが、それはあくまでも映像とかで見た感じだ。
……もっとも、プロヒーローの数を思えば、基本的には直接接するよりも、ネットの記事とかニュースとかそういうので知ってファンになるって方が多いのかもしれないが。
とはいえ、そうだな。それでもやっぱりどんなヒーローが好きかと言われると……
「龍……リューキュウとかマウントレディだな」
世話になっているというのもあるし、何だかんだと付き合いが長い……長い? まぁ、半年くらいならそれなりに付き合いは長いのだろう2人のヒーローの名前を挙げる。
あるいはねじれも入れてもよかったのかもしれないが、ねじれはまだプロヒーローじゃなくて雄英の生徒だしな。
もっとも、聞いた話によると卒業後はリューキュウの事務所にサイドキックとして就職が決まっているらしいが。
「ふーん」
「そうなんだ」
「まぁ」
俺の言葉に緑谷が何か反応するよりも前に、三奈、葉隠、ヤオモモがそれぞれ言ってくる。
……ヤオモモは素直にそうなのかと納得した様子だったが、三奈は見て分かる程に俺にジト目を向けており、葉隠は透明なので分からないものの、その言葉にはどこかジットリとした色があった。
えっと……あれ? 何かミスったか?
「アクセル、あれ」
戸惑っていると、耳郎が耳から伸びているイヤホンを使ってとある方向を示す。
その視線を追うと……そこでは峰田が俺を見ていた。
ただし、いつもなら血涙を流しながら嫉妬してるのだが、今は違う。
それこそ俺に対し、同志にでも向けるような視線を向けていた。
「えっと……何がどうなってああなった?」
いや、俺は個人的に峰田は嫌いでもはない。
外見はちょっと特殊で、女好きなのを隠そうともしないが、潔いくらいにそれを隠そうとしていないのも、凄いと思う。……それが理由で女好きなのにクラスの女子達には好意を抱かれていないのはどうかと思うが。
また、その個性もかなり地味ではあるが、ヴィランを殺すのではなく捕らえるという意味ではかなり大きな意味を持つ。
そんな諸々について考えると、峰田も男の目から見れば悪い奴ではないのだが……だからといって、あんな風に同志を見るような目で見られるというのは、少し不思議だった。
「女のプロヒーローを、それも美人なプロヒーローの名前を口にしたんだから、当然だろ」
呆れたように、瀬呂がそう言うのだった。