「失礼しまーす」
そう言い、職員室の中に入る。
すると職員室でも昼休みではあったのだが……昼休みとは思えないくらい、何らかの作業をしている教師が多かった。
現代文の授業を担当しているセメントスなんか、弁当を食べながら何らかの書類を書いていた。
……弁当で汚れたりしないといいんだが。
そう思いながら、俺は相澤の席に向かう。
すると相澤は俺の存在に気が付くとすぐに座っていた椅子を立ち上がる。
「おいおい、イレイザー。今のお前はちょっと大変な状態なんだぜ?」
そう言いながら近くに座っていたプレゼント・マイクが慌てて相澤の肩を支える。
続けてミッドナイトも相澤の反対側を支える。
……もしミッドナイトのファンがこれを見たら、相澤に嫉妬するのは間違いないだろう光景。
なにしろ成熟した女の身体がしっかりと相澤の身体に押し付けられているのだから。
もっとも、相澤はそんなのは気にした様子もなく、表情を変えていない……いや、包帯で顔が隠れているからどんな表情をしているのかは分からないが、とにかくそんな雰囲気を出してはいない。
もしかしたら、大人だけに内心を表情に出していないだけかもしれないが。
「さて、アクセル。場所を移すぞ」
「相澤先生の状態を考えると、ここで話した方がいいような気がするんですけど」
相澤の様子からして、あまり動かさない方がいい。
そう思っての言葉だったのだが、相澤は首を横に振る。
「この件については、あまり人に知られたくない」
そう言い、歩き出す。
「ごめんね、アクセル。ちょっと付き合ってくれる? イレイザー、こうなったら人の話を聞かないから」
ミッドナイトにそう言われ、しかたがないので俺も相澤の後を追う。
ちなみに、相澤の後を追う前に机を見たら、入学式の日……いや、俺の場合は個性把握テストをした日と言った方が正しいか?
とにかく、その時に飲んでいたゼリー飲料と同じのが3個、飲み干された状態でテーブルの上にあった。
どうやら、あれが相澤の昼食だったらしい。
それでもゼリー飲料が3個というのは少し驚きだったが、怪我を治す為に少しでも多くの栄養を欲して、ゼリー飲料をいつもより多く飲んだのかもしれないな。
「アクセル、何をしている。早く来い」
そう言う相澤の言葉に、俺もすぐに後を追うのだった。
ここか。
相澤がやって来たのは、一昨日俺がミッドナイトとプレゼント・マイク、それと刑事の3人と話をした部屋だった。
……考えてみれば、一昨日と違うのは刑事の代わりに相澤が入れ替わっている感じだな。
「座ってくれ」
相澤に指示され、椅子に座る。
それに続くように相澤達もそれぞれ座る。
……さて、こうしてわざわざ職員室からこの部屋に移ったとなると、一体どんな話があるんだろうな。
昼休みも既にそれなりに時間が経っている。
そうなると、あまり長い時間を話する事は出来ないんだが。
「さて、わざわざアクセルを呼んだのは、一応話しておいた方がいいと思ってだ」
「話しておく? 一体何についてですか?」
「USJでアクセルが捕らえた、ヴィラン連合の中心人物と思しき相手の件だ」
「あー……ヴィラン連合に奪われたって話ですよね?」
「……知っていたのか?」
少しだけ驚きを露わにしながら尋ねる相澤。
どうやら俺はその件について知らないと思っていたらしい。
驚いているのは相澤だけではなく、ミッドナイトやプレゼント・マイクもまた驚きの表情を俺に向けていた。
「えっと、龍子……リューキュウやマウントレディが俺の後見人になってるのは知ってますよね? で、一昨日ここで話をしている時にリューキュウが迎えに来たのはミッドナイト先生やプレゼント・マイク先生も見ていたと思いますけど。で、家に帰った後で襲撃の件について連絡があって、その援軍として向かいましたし。……というか、相澤先生は現場でリューキュウ達に会わなかったんですか?」
「いや、会っていない。俺は見ての通りかなり怪我をしたからな。襲ってきたヴィラン達を撃退したら、すぐ病院に運ばれた」
「あー……うん。なるほど」
元々、相澤はUSJの戦いで脳無によって結構な重傷を負っていた。
それをリカバリーガールの個性で治して貰い、そのままシラタキや黒霧の護送に協力したのだ。
それでまた怪我をしたりしたら、病院に運ばれるのも当然か。
見た相手の個性を使えなくするという相澤の個性は、非常に希少な個性であり、強個性でもある。
だからこそ、シラタキや黒霧の護送に協力する事になったのだろうが……もし相澤と同じか、似た個性の持ち主がいたのなら、相澤が駆り出されずに病院でゆっくりと休んでいただろう。
そのような者がいないから、相澤が無理をして出る事になり……そして護送車の襲撃に巻き込まれた訳だ。
「とにかくそんな訳で、護送車に襲撃があった件については大雑把にはリューキュウから聞いています」
「……そうか。悪いな」
「別に相澤先生が謝るような事ではないのでは?」
実際、今回の襲撃の件については相澤は悪くないと素直に思う。
なら、誰が悪いかとなると……うーん、警察か?
護送車の中にはヴィラン連合という組織の中核メンバーがいたのだから、それを取り返しに来るヴィランがいるというのは、警察なら予想してもおかしくはないだろう。
だというのに、ろくに護衛の戦力を用意しなかった警察が、この場合は悪い。
警察はプロヒーローからヴィランを受け取るだけの存在といったように言われているものの、拳銃のような武器は持っているし、プロヒーローにはなれなかったが、それでもヒーロー科出身の者も相応に多い。
であれば、そのような者達を集めて護送車を護衛する戦力を用意するくらいの事は普通に出来た筈だった。
だが、それをしない。……あるいはしても、護送車を守れるくらいの十分な戦力ではなかった訳で。
もしかしたら、警察も護送車が襲われるといったようなことは考えていなかったのかもしれないが。
「それでも、現場にいて守れなかったのは事実だ。……そして、死柄木弔と黒霧だったか。あの2人がヴィランに奪還された以上、アクセルが狙われる可能性がある」
なるほど、だから俺を呼び出してまでわざわざこの件について話した訳か。
「俺を狙うのなら、その時は相応の対処をするだけですけど……一緒にいる連中が巻き込まれるのはちょっと」
俺を狙ってくるのであれば、どうとでも対処は出来る。
だが、それが出来るのはあくまでも俺個人の強さによるものだ。
もし俺と一緒にいる事が多い、瀬呂、三奈、ヤオモモ、葉隠……後は、クラスは違うが登校は一緒にする拳藤とかが狙われたらどうなるか。
「心配するな……とは言えんが、雄英の教師やプロヒーロー、そして警察が雄英の周辺で見回りを行う」
そう言う相澤の言葉に一応頷いておく。
雄英の周辺を見回りするのは、分からないでもない。
だが、その場合安全なのは雄英の周辺だけで、それ以外の場所……もっと言えば、生徒の家やアパートマンションといった場所については安全ではないという事を意味していた。
シラタキ達は、雄英のカリキュラムを入手していたのだから、そう考えると生徒達の住所とかそういうデータを入手している可能性は十分にある訳で。
そちらをピンポイントで狙ってきたら、どうなるのか。
あ、でもそうだな。この場合狙われる可能性が一番高いのは俺なのか。
シラタキ達にしてみれば、俺は可能な限り排除したいだろうし。
他の面々を狙うよりも前に、直接俺を狙ってくる可能性は十分にあった。
とはいえ、だからといって俺の住んでいるマンションの周辺を重点的に警備してくれとは言えない。……いや、言わない。
ぶっちゃけ、俺を直接狙ってくるのなら、こちらとしては大歓迎だし。
これで既にゲートが開いていれば、捕らえて個性の研究が出来たんだけどな。
シラタキの崩壊と、黒霧の転移。
どちらも個性として見れば極めて強力な個性なのは間違いなく、それを研究する事によって、誰でも同じような……あるいは劣化版であっても、使えるのなら、それは個人的に嬉しい。
どのみち、ヴィランを捕らえて実験材料にするのは、ゲートを設置してホワイトスターと自由に行き来出来るようになってからの話だろうけど。
「話は分かりました。……俺はともかく、他の生徒達の件を思えば今の状況は決して好ましいとは思えませんけど」
そう言うと、相澤は包帯を顔にも巻いているので分からないものの、ミッドナイトとプレゼント・マイクは申し訳なさそうな表情を浮かべる。
なるほど、この様子を見る限りでは俺が考えるようなことは既に考えていたといったところか。
教師が有能なのは間違いない。
だが、有能だからといって全てに手が回る訳ではないのも事実。
そうなると、その辺をどうするのかという事になる訳だが……まぁ、今ここで俺が聞いたりする必要はないか。
というか、もしここで俺がその件について聞いても、相澤達は機密だという事で話さないように思う。
であれば、ここで無理に話を聞く必要はない。
「とにかく、アクセルはヴィラン連合に襲撃されないように気を付けろ。もし襲撃された時は、すぐに連絡をしろ。可能な限り素早く対処する」
雄英にはオールマイトがいる事を思えば、相澤のその言葉は決して大袈裟なものではないのだろう。
隣の県どころか、静岡から沖縄や北海道にまで即座に駆けつけると言われるオールマイトだ。
……転移系の個性を持っている訳ではないんだから、それは誇張表現ではないのかと思ってしまうが……どうなんだろうな。
ただ、正直なところ俺が見たオールマイトは、何というかこう……そう、弱っているように思える点があるのは事実。
オールマイトの年齢を考えれば、それはそれでおかしな事ではないのかもしれないが。
とはいえ、それでも今もまだオールマイトは普通にヒーローとして活動している訳で、それを思えば、俺の考えすぎかもしれないと思わないではないが。
「助かります。……ちなみに、もし俺がヴィランに襲われて、近くにプロヒーローがおらず、そして雄英に連絡をしても間に合わない場合は、自分で戦ったりしてもいいんですよね?」
そう聞くと、相澤を含めた教師達は黙り込む。
無理もないか。
基本的に、公の場において無断で個性を使うのは禁止されている。
実際にはそれなりに見逃されたりもしているのだが……ヴィラン連合のようなヴィランに襲撃された場合、個性を使わないで対処しろと言われれば難しい。
まぁ、実際には俺の混沌精霊としての能力は個性ではない。
つまり、このヒロアカ世界においては混沌精霊としての力を使っても、全く何の問題もなかったりする。
……もっとも、そうなればそうなったで、個性ではないのなら一体なんだと言われてもおかしくはないのだが。
そうなると、最終的には俺が異世界から来た存在だというのが知られる可能性も十分にあった。
だからこそ、混沌精霊について表向きは個性であるという事にしてあるのだから。
「出来るだけ避けろ。だが、何かあった場合は独自に対処をしてもいい」
「おい、イレイザー、本気か?」
プレゼント・マイクが、相澤の言葉に思わずといった様子でそう言う。
だが、相澤はそんなプレゼント・マイクの言葉に特に抵抗もなく頷く。
「ああ、本気だ。……既に会議の時に言ったと思うが、俺だけではヴィラン連合を相手にした場合、負けていただろう。それでも無事に勝って相手を捕縛出来たのは、アクセルの力があっての事だ。まぁ、実際にはもう少し粘っていればオールマイトが来てくれたんだけどな」
ボソリと小さく呟く声に、俺はだろうなと内心で同意する。
恐らく……本当に恐らくの話だが、USJでの一件は原作だと最終的にはオールマイトが来てヴィラン連合を倒して終わったのだろう。
あるいは相澤からそう離れていない場所に緑谷がいた事から考えると、オールマイトが来るまでの時間稼ぎには緑谷が頑張っていた可能性はある。
それに、そう時間が掛からずに爆豪や轟といったA組でも優秀な連中も来たし。
俺の介入によって、原作の展開が狂ってしまった形になるのだろう。
そうなると、やっぱりシラタキや黒霧は原作における緑谷のライバル、もしくは宿敵な関係になるのか。
この前も少し思ったが、これは緑谷が戦闘経験を積む機会を奪ってしまった事になりそうだな。
そんな風に思いつつ、俺は緑谷を自主訓練に誘って少しでも俺が実験経験の機会を横取りしてしまった分の補填をしようと考える。
もっとも、緑谷にしてみればこの世界が原作どうとかそんな風には思えない訳で、一体何故そこまで俺が自主訓練に誘ってくるのか、分からないとは思うが。
ただ、緑谷の性格からその辺りについてはそこまで気にしないだろうけど。
そんな風に考えつつ、俺は昼休みが終わるまで相澤達と話を続けるのだった。