「さて、今日の授業も終わったし、体育祭も近い。自主訓練をやるけど、参加する……うん?」
授業が終わり、放課後。
自主訓練をやるという事で参加者を募集しようかと思ったのだが、教室の外に大量の気配。
ヴィランか?
一瞬そうも思ったが、昨日の今日――正確には一昨日の今日――でそんな事はないだろうと思う。
そして実際、教室の外にいる大量の気配は……敵意に近い感情を抱いている者はいるが、言ってみればそれだけだ。
殺意とかそういうのではない。
それに、そのような負の感情を抱いている者はそれなりに多いようではあったが、それでもヴィランではないのは明らかだった。
なら、誰かと思うとちょうどそのタイミングで麗日が扉を開け……
「うおおおぉぉぉ……」
そんな声を上げる。
麗日の声に、一体何だ? とA組の生徒達がそちらに視線を向け……
「何事だぁっ!?」
麗日の驚きの声が発され、廊下を見ていた者達がそんな麗日の声に同意する。
麗日の言葉通り、何事かとそちらを見ると……うん、麗日が騒ぐのも納得出来るだけの光景がそこにはあった。
普通科、経営科、サポート科……そして恐らくは同じヒーロー科のB組の生徒も来ていると見るべきだろう。
昼休みに拳藤達から聞いた話によれば、B組の中には俺達を敵対視している連中がいると言う話だったし。
……ただ、詳しく事情を聞いてみれば、敵対視する理由は分からないでもなかったが。
ヴィラン連合に襲撃された事によって、A組はそれなりに多くのプロヒーロー達に興味を持たれた。
そうなると、インターンとかの時に『ああ、あのA組の』と相手にも思い出して貰える可能性があり、そういう点ではプロヒーローの勉強をする上でこっちが有利になったのは間違いのない事実でもある。
B組で俺達を敵視しているという、精神がアレな奴とやらは、その辺についてもしっかりと考えてはいたんだろう。
これはあくまでも俺の予想であって、実際にそれが正しいのかどうかは分からないが。
「出れねーじゃん。何しに来たんだよ」
「敵情視察だろ、雑魚」
峰田の呟きに、近くを通りかかった爆豪が即座にそう告げる。
いきなり雑魚と言われた峰田は涙目で緑谷を見ていたが、その緑谷は峰田にあれが爆豪のニュートラルだからと、慰めていた。
いや、本当に……俺から見たら、爆豪がヒーロー科にいるのは何かの間違いなのではないかと、そう思ってしまう。
それこそ、実はヴィラン連合のスパイだと言われても、俺は素直に納得してしまうだろう。
もっとも、もし本当にヴィラン連合のスパイであったとしたら、こうした態度を取るのは注目を集めるという意味でどうかと思うが。
よく映画とかそういうのではスパイが派手なアクションをしたりするが、実際のスパイというのはあくまでも目立たないで、他人から怪しまれないようにして情報収集をするものだ。
爆豪のように、あからさまにヴィランですといったような態度ではとてもではないがスパイとかは出来ないだろう。
「ヴィランの襲撃を耐え抜いた連中だもんな。体育祭の前に見ておきてえんだろ。……意味ねぇから、どけモブ共」
「知らない人を取りあえずモブと言うのは止めろ!」
爆豪の言葉を聞いた飯田がそう叫ぶが……うん、もう既に遅い。
爆豪にモブ呼ばわりされた者達の多くは、A組の生徒達を険悪な視線で見ている。
先程までは敵意を持っていなかった者達も、今となってはそこに敵意がある。
……モブって言ったのは爆豪で、爆豪にその敵意を向けるのならまだしも、それをA組の生徒に向けるのは止めて欲しいんだけどな。
「どんなもんかと見に来たけど、随分と偉そうだなぁ。ヒーロー科に在籍する奴は、皆こんな感じなのかい?」
「ああ?」
そう言いながら、1人の男が前にいる他の生徒達の間から姿を現す。
そんな男に対し、爆豪は不満そうに……不機嫌そうな様子で睨み付けるが、出て来た男はそんな爆豪を見ても1歩も退く様子はない。
……へぇ。
爆豪の態度に色々と問題があるのは間違いないが、同時に一種のチンピラ染みた迫力があるのも事実。
そんな爆豪を前にして、一切臆した様子がないのだから……うん、それなりに凄いと思う。
さてはこの男も原作キャラだな?
「こういうの見ると、少し幻滅しちゃうな」
そう言う男には一種の独特な雰囲気があり、不思議な事にその男の言葉を遮るような者はいない。
あるいはそれで気分でも良くなったのか、あるいは最初から言おうと思っていたのか、男は言葉を続ける。
「普通科や他の科って、ヒーロー科に落ちたから入ったって奴が結構多いって話、知ってた? 体育祭のリザルトによっちゃ、ヒーロー科編入も検討してくれるんだって。その逆もまたあって、体育祭の結果次第だとあんた達……いや、A組だけじゃなくてB組の生徒もヒーロー科から追い出されるらしいよ?」
その男の言葉に、聞いていた者達がざわめく。
A組の生徒は、男の言葉が正しかったら自分が……と思ったのだろう。
もっとも俺の場合は首席なのでその辺の心配はしなくてもいいのだが。
また、B組の生徒と思しき者達も何かを感じたのか黙って男の言葉を聞いていた。
……ちなみに、他にも集まってきた他の生徒達の中にはヒーロー科の編入については知らなかったらしく、希望の表情を浮かべている者もいる。
「敵情視察? 少なくても俺は調子のってっと足下をごっそり掬っちゃうぞっつー、宣戦布告に来たつもり」
堂々とそう宣言をする男。
なるほど、宣戦布告か。
それにしても、調子に乗ってるか。
……俺に向けられた言葉だとすれば、それなりに合っていたりするのか?
「おうおうおう、俺はB組のもんだけどよぅ、ヴィランと戦ったっつうから話聞こうと思ってたんだがよぅ! エラく調子づいちゃってんなオイ!」
宣戦布告をした男が黙り込むと、そのタイミングを待っていたかのように1人の男が叫びながら前に出て来る。
……どうやら、この男はB組の生徒らしい。
当然ながら初めて見る奴な訳で……あ。
こちらを睨み付けてくる男の背後に、いつの間にか拳藤の姿があった。
その男は後ろにいる拳藤の様子に気が付いていないのか、こちらを睨み付ける行為を止めるつもりはないらしく……
「あ」
一体、その声は誰が口にしたのか。
後ろの方から聞こえてきたので、A組の誰かの声なのは間違いないのだが……
「B組の恥を晒すんじゃないよ」
「ぐべっ!」
拳藤が個性を使わず、男の頭に拳を振るう。
ゴッ、という何とも痛そうな音が周囲に響き、実際殴られた男は頭を抱えながら痛みに耐えている。
「悪いね、アクセル。うちの馬鹿が迷惑を掛けて」
「あー……うん。あまり気にしなくてもいい。こっちの馬鹿が煽ったってのもあるしな」
「ああ? おい、ヒモ野郎。それは俺の事を言ってるのか?」
俺の言葉に爆豪がこちらを睨みながら言ってくるが……
「アクセル、お前ぇっ!」
そんな爆豪の言葉など知った事かと言わんばかりに峰田が俺に食って掛かってきた。
俺の言葉に対する不満を言おうとした爆豪だったが、珍しく1歩退く。
……いや、珍しくというか、峰田の出す迫力に気圧されたといった感じか。
普段は爆豪を恐れている峰田だが、今はそんな爆豪の様子を全く気にせず……それこそ、今にも俺に突撃しそうな勢いだ。
何で急にここまで怒ってるんだ?
そう疑問に思ったのは俺だけではなかったらしく、A組の前にいる面々……先程宣戦布告をした男や、拳藤に頭を殴られた男、そして殴った拳藤も含めてキョトンとした様子で……あ、いや、違うな。
エロ葡萄とか何かそんな呟きが聞こえてくる。
あー、うん。峰田の普段の言動を見れば分かるが、女に対して強い興味を持っている。
そうなると、当然ながら峰田にとってはA組以外の女もその興味の対象……もっと言えば、性欲の対象になる訳で、多分俺の知らないところで他の科の女達にもちょっかいを出していたんだろう。
それでも特に相澤が問題にしていなかったのを考えると、そこまで深刻なちょっかいとかそういうのじゃなかったという事なんだろうが。
「おいっ、聞いているのかアクセル!」
「あー、何だ?」
半ば現実逃避をしていたのだが、峰田の怒声で我に返る。
そんな俺に対し、峰田は先程B組の男を殴りつけた拳藤を指さす。
「あの美人は一体誰だよ!」
「誰って……ヒーロー科B組の拳藤一佳だな。というか、峰田は拳藤を知らなかったか?」
入学式の……いや、個性把握テストをやった日、俺は拳藤と一緒に登校した。
その時にまだ当時名前は知らなかったが、峰田が血の涙を流して俺を睨んでいたのを覚えている。
また、学校が始まってから食堂で拳藤と一緒に食事をした時も峰田は血の涙を流して睨み付けていた気がする。
そんな諸々について考えれば、峰田が拳藤について知っていてもおかしくはないと思うんだが。
「違う! てめえ……うちのクラスの女子でハーレムを作るだけじゃ飽き足らず、他のクラスにも恋人を作るとか、羨ましすぎるんだよぉっ! しかも、あんな姐御系サイドポニー系美少女を!」
だぁっと、これまで見て来た中で一番派手に血の涙を流す峰田。
「えっと……その、別に私とアクセルは付き合ってるとか、そういう訳じゃないんだけど……」
皆の前で堂々と俺の恋人だと言われたのは、拳藤にとっても恥ずかしかったらしい。
まぁ、拳藤は美人だが、男と付き合ったりとかはした事がないっぽい感じなので、そういう意味では仕方がないのかもしれないな。
「はぁ」
俺はいきなり爆発した峰田に呆れつつ、大きく息を吐き……がしっと峰田を捕まえる。
「ちょっ、おい、アクセル、オイラを離せよ!」
何か騒いでいる峰田の後頭部を――少しだけモギモギが大丈夫か? と思ったが、頭部についたままなら触れても問題はないらしい――掴み、A組の前にいる者達に見せつける。
え? と、一体俺が何をしたいのか、分からない様子の集まって来た生徒達に向け、口を開く。
「こいつは峰田実。……で、雄英の評価的には、お前達……そっちのB組は除くが、それ以外の者達よりも明確に格上の存在だ」
ざわり、と。
俺の言葉に、集まっていた者達はざわめく。
「ちょっ、おい、アクセル!? いきなり一体何を……」
俺の言葉にいきなり何を言うのかと、峰田が焦る。
必死になって後頭部を掴んでいる俺の手から逃げようとするが、峰田の身体能力はお世辞にも高いとは言えない。
それは個性把握テストの時、反復横跳びでクラストップの数値を出しながら、それでも緑谷と最下位争いをしていたり、あるいは透明という個性の為に個性把握テストにおいては一切個性を使わず、素の身体能力で挑んだ葉隠に負けた程度の身体能力しかない峰田だ。
金属すらも指で千切り取る事が出来る俺の握力に抵抗出来る筈もない。
「さっきそこの奴も言っていたが……」
そこで俺は峰田を掴んでいる手を先程宣戦布告してきた男に向ける。
「うっ!」
まさかここで自分に話が向けられるとは思っていなかったのか、男は俺の言葉に思わずといった様子で数歩後退る。
「ヒーロー科を受験して、落ちた者達が他の科にいるって話だったな。……まぁ、中にはヒーロー科を受けず、最初から普通科や経営科、サポート科とかを受けた奴もいるし、それを思えば絶対にそうだとは言えないだろうけど」
「……そうかもしれないな」
俺の言葉に宣戦布告をした男は渋々といった様子で答える。
実際、もしこれでこの男がそんな事はないと言えば、他のクラスにいる者達は全員がヒーロー科に落ちた連中という事になるのだから、まさかそんな風には言えないだろう。
「納得して貰ったようで何よりだ。とはいえ、今話題にしているのはそういう連中じゃなくて、お前のように入試で落ちた連中の事だ。……そしてこの峰田は、性格が色々とアレなのは今の俺に対する言動を見たり、あるいはさっき少し聞こえてきたけど、他の学科でも話題になっている事からも明らかだ。それでも競争率300倍という雄英の試験に合格した。俺が何を言いたいのか分かるな?」
そこまで言うと、宣戦布告をしてきた男は苦い表情で黙り込む。
……いや、そうして苦い表情で黙り込んでいる男はまだいい方で、それ以外の他の面々は男女問わず峰田に厳しい視線を向けている。
まぁ、無理もない。
峰田についての噂を聞く限り、入学してからまだそんなに経っていないのに既に他の学科とかも色々とやらかしているのは間違いないらしいし。
女にすれば自分を欲望の視線で見てくるような奴よりも格下だと言われるのは、我慢出来ないだろう。
男にしてみれば、峰田のように極度の女好きよりも自分達の評価が下だというのは、到底許容出来ないだろう。
「けど、受験において学科試験と実技試験で峰田はきちんと結果を出し、その上で雄英の教師達は峰田をヒーロー科に合格させた。それはつまり、雄英の教師から見た場合、お前達は峰田以下の存在となると自覚した方がいい」
後頭部を掴んだ峰田を前に出しながら、俺はそう言うのだった。