「自主訓練? 今日もやるのか。だが……俺は生憎と止められてな」
職員室で自主訓練をやりたいと申し出たものの、相澤はそう言ってくる。
無理もないか。
怪我もまだ完全に治っておらず、歩くのも微妙にふらついている感じだし。
担任の仕事では何とか頑張って教室までやって来たものの、これから行うのはあくまでも自主訓練だ。
相澤が担任として無理をする事は出来ないと、そのように判断したのだろう。
「俺も、その状態の相澤先生に無理をして欲しいとは思ってませんよ。相澤先生には出来るだけ早く完治して欲しいですし。……なので、ミッドナイト先生、お願い出来ますか?」
「あら、私?」
俺の言葉に、ミッドナイトは特に驚いた様子もなく聞いてくる。
ミッドナイトにしてみれば、前にも俺の自主訓練で自分が監督をしたので、またここで自分が指名されるとは思っていなかったのだろう。
まぁ、実際には前回の縁があるのも間違いないが、それと同じく……いや、それ以上に峰田をやる気にさせる為には、ミッドナイトがいた方がいいという思いから希望したのだが。
実際、ミッドナイトの名前を出したら峰田はもの凄くやる気になっていたし。
もしここでミッドナイトを連れていかなければ、峰田は帰る……まではいかないかもしれないが、間違いなくやる気は落ちる。
そうなれば自主訓練の効率はどうしても落ちる。
だからこそ、俺としては何としてもミッドナイトを連れていきたかったんだが……この様子を見ると、どうやらミッドナイトはそこまで忙しい訳ではないらしい。
あくまでもそんなにであって、暇という訳ではないのだろうが。
何しろ一昨日の一件がある。
雄英の中にヴィラン連合が転移してきて騒動を起こしたのだ。
雄英の教師にしてみれば、忙しくない筈がないだろう。
それでもこうして自主練に付き合ってくれるのだから、助かるよな。
「ええ、この前も見て貰ったし、何よりミッドナイト先生がいると男のやる気が段違いですから」
そう言うと、ミッドナイトは笑みを浮かべる。
……ただし、その笑みは呆れや軽蔑ではなく、何故か好意的な笑みだ。
それが少し意外だった。
普通なら自分目当てに……つまり、性欲の対象として生徒達に見られるというのは、あまり好ましいものではないだろう。
いやまぁ、ミッドナイトのように強烈に身体のラインを出すヒーローコスチュームを着ているのを見れば、とてもではないがそれを普通といったように言ったりは出来ないとは思うけど。
あるいはミッドナイトは他人から欲望の視線で見られる事に快感を覚えるタイプなのかもしれないな。
「青春ね」
いや、どうやら俺の予想は違ったらしい。
以前もそうだったが、ミッドナイトは青春を好む。
そんなミッドナイトから見ると、峰田を始めとした男達が自分に欲望の視線を向けてくるのは、青春なんだろう。
……いや、それ青春か?
そうも思うが、その辺については突っ込まない方がいいだろう。
せっかくミッドナイトがやる気になっているのだから。
それにミッドナイトは決して男から人気がある訳ではない。
いや、男からもの凄く人気があるのは間違いないが、女からも人気があるんだよな。
普通なら、男の視線を大人の女の色気で独り占めしているミッドナイトは、女にしてみれば決して好ましい相手ではない筈だ。
それこそ、色気を使って男に媚びを売っているとか、そんな風に言われてもおかしくはないのだから。
だが……B組は分からないが、A組においてミッドナイトは女からも間違いなく人気がある。
妙な性癖を持つ女が増えないといいけど。
そう思うも、露出度の多いヤオモモのヒーローコスチューム……いや、ヤオモモだけではない。麗日もボディラインが露骨に出るようなタイプのヒーローコスチュームだったし、三奈も胸元が大きく開いているヒーローコスチュームだ。
葉隠にいたっては……うん。
そう考えると、俺がここで性癖がどこうといった事は考えるまでもないだろう。
「とにかくそんな訳で、ミッドナイト先生、お願い出来ますか?」
尋ねる俺に、ミッドナイトは笑みを浮かべて分かったと頷くのだった。
「よしっ!」
ミッドナイトを連れていくと、峰田は拳を握り締めながらそう呟く。
本人にしてみれば、それは決して人に聞かせようと思っての言葉ではないだろう。
だが、嬉しさが我慢出来なかったらしい。
当然ながらその声は周囲にいる者達は勿論、俺の耳にも聞こえていた。
ミッドナイトは……特に表情を変えている様子がないので、峰田の今の言葉が聞こえているのかどうかは分からない。
とはいえ、ミッドナイトの性格からして、もし峰田の声が聞こえていても、青春だと言って受け入れそうだけど。
……何だか、ここまで青春が好きだと、それこそ年頃の男がミッドナイトに欲情して迫っても受け入れそうな気がする。
雄英の教師をやってるだけあって、さすがにそんな事はないと思うけど。
それに、いざとなればミッドナイトは個性を使って相手を眠らせられるのだから、そんな心配はいらないか。
「じゃあ、この前のように私は見ているから……危険そうなら止めるし、何かアドバイスが欲しかったら聞いてちょうだい」
『はーい』
ミッドナイトの言葉に、自主訓練に参加している生徒の多くが返事をする。
そんな生徒達を満足げに見たミッドナイトは、俺達から離れた場所に立つ。
少し離れた場所からなら、全体的に見ることが可能だと判断したのだろう。
「さて、そんな訳で訓練だが……」
「アクセル、私と模擬戦をやってくれない?」
俺が何かを言うよりも前に、三奈がそう言ってくる。
その目にはやる気が満ちており……
「アクセル君、私も模擬戦をやりたいんやけど」
そして予想外なことに、麗日からも模擬戦を申し込まれる。
正直なところ、三奈はともかく麗日から模擬戦を申し込まれるのは少し意外だった。
別に俺が麗日と仲が悪いとかそういう訳ではなく、麗日の性格を考えると好んで模擬戦をやりたがるとは思わなかったのだ。
何だか、麗日が妙にやる気だな。
そう言えば体育祭の話があってから、妙にやる気に見えたが……それでか?
何で体育祭でそこまでやる気を出しているのかまでは分からないが。
ただ、麗日の個性はA組全体を見ても間違いなく強個性と呼ぶに相応しい個性なのは間違いない。
何しろ触れただけで相手を無重力状態にする事が出来るのだから。
シャドウミラーの面々のように、虚空瞬動が使えたり、無重力下での行動に慣れているのならともかく、ヒロアカ世界のように宇宙開発が殆ど進んでいない世界では、無重力というのは大多数が経験した事はない筈だ。
そうなると、ヒロアカ世界において麗日の個性は圧倒的なアドバンテージを持つ事になる。
それこそ、爆豪や轟と戦っても勝ち目はあるだろうと思えるくらいには。
……ただし、それはあくまでも麗日が相手に触れる事が出来ればの話だ。
麗日の個性は爆豪や轟を相手に勝機のある個性ではあるが、それは絶対条件として相手に触れられたらというのがある。
つまり、触れられなければ麗日は全く怖くない。
そんな訳で……
「瀬呂、麗日との模擬戦を頼む」
「え? 俺か? いや、別にいいけどよ。何で俺なんだ?」
「瀬呂の個性がテープだからだよ」
瀬呂のテープという個性もまた、かなりの強個性だ。
ただ、それは入試の実技試験の時に見たように、崩れそうになる建物の崩壊をテープで防いだり、もしくはテープを使って移動するといったような補助的な使い方で最大限に効果が発揮される。
つまり、放ったテープをヴィランにぶつけても、ダメージらしいダメージはない。
しかし、今回はそれが良い具合に効果を発揮する。
「瀬呂がテープを使って麗日に攻撃する。それでテープが当たったら麗日の負け。テープの攻撃を回避しながら瀬呂に近付いて、触れる事が出来れば麗日の勝ち。分かりやすいだろう?」
「……私は触るだけでいいん?」
「ああ。麗日の場合は相手に触れる事さえ出来れば、基本的にその時点で勝ちだし。だから、麗日に必要なのは攻撃力よりも回避力だな」
そう言うと、麗日は納得した様子を見せる。
「瀬呂君、お願い出来る?」
「ああ、俺も狙った場所にテープを命中させるって訓練になるしな。構わねえよ」
そう言い、瀬呂は麗日と共に離れていく。
「ねぇねぇ、アクセル。麗日の事ばっかりじゃなくて、私とも模擬戦しようよ!」
麗日と瀬呂の話が一段落したところで、三奈がそう言ってくる。
「あー……分かったから、ちょっと待っててくれ。緑谷、お前はとにかく個性に慣れろ。個性の反動で怪我をするというのを、とにかくなくするんだ」
「うん、分かった。頑張ってみるよ」
「で、峰田は……モギモギをより効率的に使えるように考えるとか、あるいはモギモギを出す……というか、頭が取れる量を増やすとか、そんな感じの訓練だな」
「ちょっ、おい、アクセル!? オイラだけ何だか適当じゃないか!?」
峰田が納得出来ないといった様子で叫んでくる。
いやまぁ、峰田のその気持ちも分からないではないんだが……
「峰田のモギモギはかなり特殊な個性だしな。他には、それこそ麗日と同じように敵の攻撃を回避する能力を磨くとか、そういう感じで……」
そこまで言い、俺は三奈に視線を向ける。
「え? 何?」
まさかここで自分が見られるとは思わなかったのか、三奈は少し戸惑った様子を見せる。
「いや、三奈の模擬戦の相手は俺じゃなくて峰田でもいいかと思ってな」
「えー……アクセルが私の相手をしてよ」
三奈は納得出来ないといった様子で俺に向かってそう言ってくる。
三奈にしてみれば、俺と模擬戦をやろうと思っていたのだから、そんな中で突然俺じゃなくて峰田と模擬戦をやれと言われたのは不満だったのだろう。
「そうしたいところだけど、峰田は本気で鍛えないと体育祭で命がないからな」
「オイラをそこまで追い込んだのは誰だよ!」
「……もの凄いマッチポンプを見たような」
俺と峰田の会話を聞いた緑谷がボソリと呟くのが聞こえたが、それについては聞かなかった事にする。
というか、緑谷はまず自分の個性を使いこなせるようになるのに集中しろ。
「とはいえ、その辺については日頃の行いが影響してるんだろ? ……正直なところ、雄英に入学してからまだそんなに経ってないのに、既に他の学科にまで峰田がちょっかいを出していたのが驚きだよ」
「オイラは、モテる為にヒーロー科に合格したんだ!」
自分の主張を叫ぶ峰田。
いやまぁ、その気持ちは分からないでもないけど。
実際、競争率300倍のヒーロー科に合格したという事は、エリートと評してもいいのは間違いないのだから。
……にしても、エリートねぇ……
いや、考えればエリートなのは分かるが、峰田を見てエリートとは、到底思えないのも事実。
峰田はA組は同じくヒーロー科に合格した者達なので、モテないと思ったのだろう。
なので、他の科に行ってモテようとしたといったところか?
その結果については、A組の前に集まってきた生徒達の言葉を聞けば、考えるまでもなかったけど。
「せめて、他の学科に女を求めて行っていなければ、まだ何とかフォローも出来たのかもしれないけど」
「おい、アクセル。声に出てるぞ!」
「出てるというか、聞かせたんだけどな」
そう言うと、峰田は恨めしげな視線をこちらに向けてくる。
峰田にしてみれば、俺の言葉に色々と思うところはあるのだろう。
もっとも、本人が言うように決して自分の行動に後悔はしていない様子だったが。
「とにかく、峰田はしっかりと鍛えないと体育祭で酷い目に遭うのは間違いない」
「誰のせいだと……」
「けど同時に、体育祭でヒーロー科に合格したという実力を見せつければ、峰田を狙っていた連中も見直すだろうし、場合によっては峰田を男として意識する可能性も十分にある」
「おっしゃ、やるぞ芦戸! お前の攻撃はオイラが全て回避してやる!」
うん、女にモテるとかそういうのを入れると、すぐにやる気になってくれるのは俺にとっても嬉しい限りだ。
便利な限り……と言ってもいいかもしれないな。
「むぅ」
峰田の口から出た、全ての攻撃を回避してやるといった言葉。
それを聞いた三奈は、不満そうな声を出す。
三奈にしてみれば、自分の個性である酸をそう簡単に回避されるとは思っていなかったのだろう。
実際、酸……つまり液体の攻撃というのは、相手にしてみれば回避するのはそう簡単な話ではない。
液体だけに大きく広がるので、非常に回避しにくくなるのは当然の話だった。
とはいえ、峰田の個性であるモギモギは、峰田の機動力を上げたり、あるいは盾として使うことも出来たりする。
それを考えれば、峰田に攻撃を当てるというのはそう簡単な事ではない訳で。
どっちもやる気になったので、助かる。
早速模擬戦……というか、三奈が一方的に攻撃し、峰田はそれを徹底的に回避するといった様子を見ながら、俺は他にもアドバイスを求めて来る連中の相手をするのだった。