自主訓練が始まってから少し経ち……
「ぐはっ!」
上鳴が床に叩き付けられて、模擬戦が終了する。
「上鳴の場合は雷を出せるのはいいけど、それを放電するしかないってのはコスパが悪いな。せめて、放電をしてただ雷を放つだけじゃなくて、その雷を身に纏うとか、そういう風には出来ないのか?」
「ウ……ウェーイ」
俺の問いに返ってきたのは、そんな返事だった。
俺との模擬戦で個性を使いすぎて、ウェイってしまったらしい。
「……そのウェイるのも何とかしないとな」
今でこそ、こうしてウェイっているのを見ても笑い話ですむ。
だが、それはまだ学生だからだ。
ねじれのようにインターンでどこかのプロヒーロー事務所で働いている時、いきなりウェイって使い物にならなくなったら……それも危機的な状況の中でそのような事になったりしたら、洒落にならない。
なので、ウェイる前に自分でどうにか対処出来るようにする必要があるのは間違いなかった。
……問題なのは、具体的にそれをどうやればいいのかといった事だが。
その辺については、個性によるものである以上は俺からはどうしようもない。
あ、でも個性の使いすぎ。つまりは、貯め込んだ電気を使いすぎることによってウェイるという事は、電池とかバッテリーとか、そういうのをヒーローコスチュームに付け足すとかすればいいのか?
電気を使ったら即座に補充するといった感じで。
「ウェ……ウェーイ」
まぁ、今の上鳴に何かを言っても駄目か。
ウェイった状態から元に戻ってから、改めて話せばいいだろう。
そんな風に思っていると……
「うわあああああっ!」
不意に聞こえてきた声に視線を向けると、そこでは緑谷が吹き飛んでいた。
もっとも、それは誰かによってやられてそうなった訳ではない。
それを示すように、緑谷の周囲には誰の姿もないのだから。
なら、何故そのような事になったのか……それは、言うまでもなく緑谷の個性による影響だ。
今もまだ、相変わらず緑谷は自分の個性を完全に制御は出来ないらしい。
それについては、緑谷が個性を使えるようになったのは最近だけに、仕方がないとは思う。
思いはするが、同時に今の状況のままでいいとも思わない。
この世界の原作の主人公だけに、何かあってもすぐに対処出来るようにしておいた方がいいのは間違いないのだから。
ましてや、この前のUSJの一件もある。
この前は俺が乱入する事で、シラタキと黒霧、脳無の対処が出来た。
だが、次もそうとは限らない訳で。
そう考えると、やっぱり俺がシラタキ達の相手をしたのは間違いだったのか?
とはいえ、あそこで俺が介入していなければ、相澤が今日みたよりもっと酷い怪我をしていた可能性もある訳で。
あの介入は、そういう意味で間違っていなかったと思う。
……緑谷の問題は、また別だけど。
いや、けどそうだな。
「緑谷、俺と模擬戦をやってみるか?」
吹き飛んだ状態から元の場所まで戻ってきた緑谷に、そう声を掛ける。
「え? でも、アクセル君と模擬戦って……僕、まだ個性の制御が出来ていないのに」
「かもしれないな。けど、1人でやっていても個性を使えるようになるのは難しいだろう?」
「それはそうだけど、だからって人に向けて個性を使うのは……何が起きるか分からないんだよ?」
それは、緑谷が自分の個性の強さについて理解しているからこその言葉なのは間違いない。
だが、同時に……俺に攻撃を命中させることが出来るというのを前提にした言葉でもある。
「あのな、緑谷。お前……何か勘違いしてないか?」
「え?」
「お前の個性が強力なのは分かる。分かるけど……だからって、それで俺に攻撃を命中させられると、本気で思っているのか?」
「それは……」
言葉に詰まる緑谷。
実際、緑谷の個性は非常に強力で、本気で使えば人を肉片にしてもおかしくはないだけの威力を持つ。
しかし、それは勿論当たればの話だ。
着替えの時に緑谷の身体を見た事があるが、その身体はかなり鍛えられている。
とはいえ、筋肉の付き方からして、子供の頃から長い時間を掛けて身体を鍛えてきたというよりは、最近……それが具体的にどのくらいの時間かは分からないが、恐らく1年以内、数ヶ月以上だろうと思うが、そのくらいの期間で付けた筋肉だ。
多分だが、個性が使えるようになって身体が個性に耐えられず、その耐えられるようにして身体を鍛えたといったものなのかもしれないな。
とにかく、身体についてはそれなりに鍛えられているのは間違いないものの、身体の動かし方は丸っきり素人だ。
格闘技の類を習っていたようには、到底思えない。
この辺が不思議なんだよな。
爆豪と緑谷のやり取りであったり、麗日や飯田との緑谷の会話を聞く限りだと、緑谷は小さい頃からヒーローに憧れていた。
それこそ、まだ個性が目覚めておらず、周囲から無個性だと思われていても、雄英のヒーロー科の受験を希望する程に。
だが……だというのに、緑谷は特に身体を鍛えたり、格闘技を習ったりといった事はしていなかったのだ。
このチグハグさはなんだ?
まぁ、それが主人公らしいと言われれば、俺としてもそうかもしれないと返すしかないのだが。
「アクセル君?」
「ん? ああ、悪い。ちょっと考えていた。とにかく、幾ら個性を使っても、緑谷の攻撃が俺に命中すると思うのか? だとすれば、それこそ緑谷は現時点であの脳無とかいう奴よりも強いって事になる訳だが」
ヴィラン連合の、対オールマイト用の秘密兵器、脳無。
その脳無の攻撃は、俺に1発も命中する事はなかった。
緑谷が俺に攻撃を命中させられた場合、それはつまり緑谷は脳無よりも強い……あくまでも攻撃を命中させるという能力においてはだが、とにかくそんな感じな訳だ。
そう言うと、緑谷もある程度は納得したのだろう。
「うん、分かった。……じゃあやってみるけど、何かあったらすぐに止めてね?」
「任せろ。とにかく緑谷は、俺との戦いの中で個性を上手い具合に調整する方法を見つければいい。けど、そうだな。ペナルティの類が何もないと、緑谷も本気にならないか」
「え?」
まさか、そんな事を言われるとは思っていなかったらしい緑谷が、どこか間の抜けた声を上げる。
自分で言っておいてなんだが、この考えは悪くないように思えた。
そうなると、問題なのはどんなペナルティにするかだな。
自主訓練終了後にどこかに寄る時に何か奢って貰うとか?
いや、雄英的にそれはちょっと不味い気がする。
もっとも監督としてここにいるのはミッドナイトなので、それもまた青春だからOKとか言いそうな気がするが。
ともあれ、何か他のペナルティ、罰ゲームを……
「よし、しっぺだな。俺に1発も攻撃を命中する事が出来なかった場合、緑谷にしっぺをする」
「え? しっぺって、こう……人差し指と中指でやる奴?」
「それだな。まぁ、ペナルティとしてはそんなに悪くない内容だと思う」
「まぁ、それくらいならいいけど」
こうして緑谷は俺の提案を受け入れる。
よし、上手い具合にペナルティを認めさせることに成功したな。
「じゃあ、やるぞ。制限時間は……まぁ、最初だし、取りあえずは上鳴の時と同じく10分ってところか」
模擬戦の時間が10分と聞けば、短いと思う者もいるかもしれない。
だが、人間が本当の意味で全力で動くとなると、10分というのは果てしなく長い。
上鳴が個性を使いすぎてウェイったのとかを見れば、分かりやすいと思う。
あるいは、ボクシングなんかはその典型だろう。
プロボクシングであっても、1Rは3分という短さなのだから。
そんな中で10分の時間。
緑谷は一体どうなるか。
「じゃあ……始め!」
俺が自分で掛け声を口にするのもどうかと思うが、今の状況を考えると仕方がないだろう。
ともあれ、そうして模擬戦が始まり……
「やああああっ!」
緑谷は叫び声を上げながら俺に向かって突っ込んで来る。
……突っ込んで来るのだが、その動きは本当に素人そのものだ。
この前配られた雄英のカリキュラムを見る限りだと、ヒーロー科の授業に格闘技の類はない。
それはつまり、格闘技とかを習いたい場合は各自で習えという事なのか、それとも2年に上がったら格闘技の授業があるのか。
まぁ、個性がある今この時代、格闘技を習っていても個性がなかった時代のようなアドバンテージはない。
勿論、全くアドバンテージがない訳ではないが、それでも以前と比べると劣っているのは間違いないのだ。
だが……それでも、プロヒーローとして活動する上で格闘技は使えた方がいいのも事実。
そんな風に思いながら、緑谷の振るう拳を次から次に回避していく。
「ほらほら、どうした? ただ殴るんじゃなくて、個性を使うのを忘れるな。元々はその為の訓練だぞ」
「やあああああっ!」
俺の言葉に返事をする様子もなく、緑谷は必死になって俺に拳を振るってくる。
そちらに夢中になっており、もう俺の言葉は聞こえていないようにすら思えてきた。
……そこまで集中しながら、それでも個性を使えないというのはどうかと思うが。
緑谷の中には、それだけ個性に対する恐れがあるのだろう。
小さい頃から望んでいただろう、強個性。
それも圧倒的なまでの。
だが、いざそれを使えるようになると、高校生になった……しかも、性質的な善良なだけに、余計に自分の個性を下手に人に使ってしまったらどうなるのか、想像してしまうのだろう。
俺との模擬戦でその辺りについての考えをどうにか出来ればいんだが。
緑谷の個性は強力な増強系ではあるが、だからといってそれを使うのは緑谷である以上、攻撃を命中させる過程については自分でどうにかする必要があった。
これが俺の反応を無視して攻撃を命中させられるような、そこまでの強個性なら、俺が反応する前に拳を命中させるといったようなことが出来てもおかしくはない。
ないのだが、幾ら緑谷の個性が強個性であっても、俺の身体能力を無視出来る程の強個性ではない。
……もっとも、もしそこまでの強個性なら、緑谷がこうして悩むよりも前に行動するといった性格になっていた可能性は十分にあるが。
「ほら、拳の振りが遅い。そもそも、拳の一撃に自分の反応が追いついていない」
そう言い、ふと気が付く。
なるほど、緑谷の俺に対する攻撃は、少しずつ……本当に少しずつではあるものの、素早くなっている。
これは緑谷が俺に向かって攻撃をしても当たらないと思い、拳を振るうのに躊躇がなくなってきたから……というのもあるが、それと同様、あるいはそれ以上に少しずつ、本当に少しずつだが、緑谷の個性が発動している感じといったところか。
もしこれで緑谷が自分の力だけで俺に攻撃を当てようとしているのなら、自分の一撃に反応が追いつかないといったような事はまずないだろうし。
……緑谷の身体能力というか、俗に言う運動神経は、そこまで高くはない。
その為、自分で一撃を放った上で自分の行動に反応出来ないなんて事は、まずないと思うし。
本人にその辺りの自覚があるかどうかまでは、ちょっと分からないが。
ただ、俺の目から見た限りだと、この考えはそこまで間違っていないように思える。
そんな風に思いつつ、手を出したいのを我慢して緑谷に好きにさせる。
少し疑問なのは、緑谷は何故かパンチしか使ってこない事だろう。
あくまでも常人……個性とか関係のない、この場合は無個性での話、もしくはこのヒロアカ世界以外の世界での話だが、足というのは腕の3倍から5倍の力を持っているという。
端的に言えば、パンチよりもキックの方が威力は高いのだ。
勿論これには色々と例外もあるので、中には足よりも腕の力が強い者もいたりするが。
ただ、一般的に見た場合は間違いなくそうなのだ。
だというのに、緑谷は拳だけを使い、蹴りを使う様子は一切ない。
勿論、蹴りは地面を踏み締めている足を使う訳で、失敗すればバランスを崩しやすく、それによってピンチになる可能性は十分にあり、リスクもある。
リスクもあるのだが、それでも意図的に隙を作っても全く緑谷が蹴りを使わないのは疑問だった。
あるいは……本当にあるいはの話だが、緑谷の増強系の個性は蹴りには効果がなくて、拳限定とか?
あー……何か普通にありそうだよな。
いや、今は欠点のある個性であっても、原作が進むとそういうのが改善されていくとか、そんな感じで。
これはあくまでも俺の予想なので、実際にどうなのかは分からない。
あくまでも今の緑谷を見ての予想なので、もしかしたら完全に的外れな予想をしている可能性もあるのだから。
そんな風に思いつつも、俺は緑谷の模擬戦の相手を続け……
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁ……」
全力で動き回った緑谷が体力の限界に来てギブアップする。
「どうした? もう限界か? こういう時こそ、Plus Ultraじゃないのか?」
「わ……分かってるよ。僕は……僕は……負ける訳にはいかないんだぁっ!」
そう叫びつつ、立ち上がる緑谷。
ミッドナイトが興奮した様子でこっちを見ているが、それについてスルーして、再び緑谷の相手をするのだった。