体育祭当日、俺の姿は1年A組の控え室にあった。
……いや、俺だけじゃなくてA組の生徒は全員がここにいる。
あの協調性のない爆豪までもが大人しく控え室にいるのは……まぁ、爆豪もこういう事は守るのだろう。
「皆、準備は出来てるか!? もうすぐ入場だ!」
張り切った様子で飯田が声を掛ける。
本来ならこういうのって、副委員長の飯田じゃなくて学級委員長のヤオモモが声を掛けるのが普通だと思うんだが。
まぁ、ヤオモモと比べて飯田は仕切りたがりだし、ヤオモモにしてみればその辺りについては飯田に任せているのだろう。
とはいえ、控え室にいる面々も飯田の言葉に特に何か反応をするでもなく、それぞれ適当に散らばって話したりしていたが。
「ヒーローコスチューム着たかったなぁ」
「公平を期す為に、ヒーローコスチュームは使用不可なんだよ」
そんな風に話している会話が聞こえてくる。
「ヒーローコスチュームか。アクセルのヒーローコスチュームを見た他の人の反応を見てみたかったんだけどな」
「あー、分かる。上鳴の言うように、それは見てみたい」
俺の側にいた上鳴と瀬呂の会話に、どう反応したものか悩む。
俺のヒーローコスチュームは、明らかにヴィランっぽいしな。
いや、正確にはヴィランっぽいんじゃなくて、大魔王っぽいというのが正しい。
そんなのが雄英の中で普通に活躍してると、間違いなく目立つ。
……立場上、目立つのは避けた方がいいんだが、雄英の中での行動なら問題はないだろう。
「プロヒーローが、ヴィランが侵入してるとか言ってアクセルを捕らえようとするんじゃねえの? そうなったらオイラは嬉しいけど」
「……もしそうなったら、峰田を盾……もとい、人質にしてやる」
「おい、今アクセル何て言った!? オイラを肉の盾にするとか言ったぞ!?」
いや、そこまでは言ってないんだが。
そう思うが、そんな中で何故か少し離れた場所にいた常闇が、俺を尊敬の視線で見ていた。
……いや、何でだ?
常闇が厨二病なのは知っているが、今の峰田を人質にするって話の内容の、どこに尊敬の視線を向けてくる理由がある?
あるいは峰田を肉の盾とするのが常闇的にツボだったのか。
騒いでいる峰田の相手をしていると、轟が少し離れた場所にいる緑谷に近付き、声を掛ける。
「緑谷」
「え? 轟君、何?」
「客観的に見て、俺の実力はお前よりも上だと思う」
「へ!? う、うん」
突然マウントを取る轟に、緑谷は困った様子でそう返事をする。
控え室の中にいた他の面々も、そんな轟と緑谷を見ている。
轟はA組の同級生ではあるが、良くも悪くも孤高を保っていた。
孤高を保つという意味では爆豪とかもそうだが、それでも爆豪の場合は面倒見のいい切島が何かと爆豪に声を掛けているのを見る。
だが、轟の場合は基本的に誰とも仲良くしたりはしない。
クラスメイトを無視しているという訳ではないが、必要事項とかを話すくらいしかクラスメイトとは話していないのだ。
そんな轟が自分から緑谷に話し掛け、その上でマウントを取るというのは……うん、やっぱり緑谷は原作主人公なだけはあるな。
「お前、オールマイトに目を掛けられてるよな」
「っ!?」
突然の轟の言葉に、息を呑む緑谷。
そんな緑谷の様子を見れば、轟の言葉が事実なのは間違いなかった。
けど……この様子を見る限りだと、轟もまたオールマイトに対して何か思うところがあるのだろう。
だからといって、それについて俺がどうこう言ったりするつもりはなかったが。
「別にそこを詮索するつもりはねえが……お前には勝つぞ」
ざわり、と。
控え室の中が轟の声を聞いて驚く。
「おお、クラスの準最強が、宣戦布告かよ!?」
上鳴が興味深そうに言うと、その言葉が聞こえていたのかのように轟の視線が上鳴に……いや、上鳴の側にいる俺に向けられる。
「アクセル、お前もだ。個性把握テストの時や戦闘訓練ではお前に負けたが……」
そこで一度言葉を切った轟は、爆豪に視線を向ける。
その爆豪は、轟と視線が合うと思いきり睨み付けていた。
……まぁ、戦闘訓練の時は轟と爆豪は組んで俺と戦ったが、結局一撃も入れる事が出来ずに負けたしな。
多分、その時の事を思い出したのだろう。
「ただ、だからっていつまでもお前に負けたままって訳にはいかねえ。だから……緑谷だけじゃなくて、お前にも勝つ」
「おいおい、準最強が緑谷だけじゃなくて、正真正銘の最強のアクセルにも宣戦布告かよ。一体どうなっちまうんだ?」
上鳴が小さく呟く声が聞こえてくるが、俺はそれをスルーし、轟にどう返事をするのか迷い……ふと丁度いい事に思い当たる。
「そうか。俺に挑戦をしてくるのなら、受けよう。ただ……俺が普通にそう言っても、あまり説得力はないだろう。これから始まる体育祭の1年の選手宣誓は俺だ」
「え? マジ?」
上鳴が意外といった様子で俺に視線を向けてくる。
いや、上鳴だけではなく、教室にいた他の何人かも上鳴と同じような視線を俺に向けていた。
「ああ、マジだ。俺が受験の時に首席で合格したから、多分それでだろうな」
また、成績という点でも……まぁ、生活態度についてはともかく、客観的に成績だけを見れば、俺は間違いなく成績優秀者だ。
首席だけじゃなくて、純粋に成績だけで選手宣誓をする相手を選んでも、その時は俺になっていただろう。
いやまぁ、B組の生徒の成績がどうなるのかは分からないけど。
「そんな訳で、俺の選手宣誓を聞いてくれれば、轟の俺に対する宣戦布告に対する答えになるだろうな」
「……分かった。アクセルについてはそれでいい。緑谷はどうだ?」
「おいおい、急に喧嘩腰でどうした? 体育祭が始まる直前に止めろって」
緑谷の返事を待つ轟に対し、切島がそう声を掛ける。
半ば爆豪係といった扱いになっている切島だけに、控え室の中でギスギスした雰囲気になるのは避けたいのだろう。
だが、そんな切島に対し、轟は緑谷を見たまま、切島に視線を向けずに口を開く。
「仲良しごっこじゃねえんだ。別にいいだろ」
そんな轟の様子に、少しだけ疑問を抱く。
準最強といったように、轟は――爆豪もだが――A組の中で俺に次ぐ強さを持つ。
それは、戦闘訓練の時に爆豪と轟が組んで俺と戦っても、結局俺に一撃も与えられずに負けた事からも明らかだ。
つまり、本来なら轟が対抗心を露わにするのは緑谷ではなく、俺に向けられるのが普通じゃないか?
それとも、轟がそこまでして緑谷に執着する理由が何かあるのか?
轟の言動に疑問を抱いていると、緑谷が口を開く。
「轟君が何を思って僕に勝つって言ってるのかは分からないけど……そりゃ、僕よりも君の方が上だよ。僕の実力なんて大半の人には敵わないと思う」
「緑谷も、そういうネガティブな事は言わない方が……」
「でも!」
切島が何とか場を改めさせようとして言うが、それを言い切るよりも前に緑谷が強く言う。
「皆……他の科の人もトップを狙ってるんだ。僕だって……遅れを取る訳にはいかないんだ」
そこまで言うと、緑谷は決意を込めた視線で、それこそ主人公らしい視線を轟に向け、言葉を続ける。
「僕も本気で獲りにいく」
「……おお」
緑谷の言葉に、轟は満足したように言う。
そんなやり取りを見ていた爆豪が不愉快そうに舌打ちをしたのを、俺の耳は聞き取る。
うん、まぁ……無理もないか
轟が自分よりも格上と認めた俺に宣戦布告するのは、爆豪にとっても納得出来る事だろう。
だが、轟は俺だけではなく緑谷にも宣戦布告をした。
その理由は、恐らく轟が言ったようにオールマイトに目を掛けられてるというものなのだろうが、爆豪にしてみれば自分と同じ位置にいる筈の轟から、スルーされてしまった形だ。
ただでさえプライドの高い爆豪にしてみれば、とてもではないが許容出来ないのだろう。
とはいえ、それで何かを言う様子はなかったが。
……ここで自分が何かを言えば、自分の相手をしないのかといったように思えて、負け犬の遠吠えの如く思われると判断したのだろう。
実際、その判断はそう間違っていないとは思うが。
そうして、控え室の雰囲気がどこか緊張感を含んだものになったところに……コンコンと、控え室がノックされる音が響く。
そして扉が開くと、
「えっと。A組の皆さん、そろそろ入場を……ひぃっ!? 何、この雰囲気!?」
顔を出した女……体育祭の実行委員とかそういう人物なのだろうが、控え室の中に広がる緊張した雰囲気に、思わずといった様子で悲鳴のような声を上げる。
「あ、気にしないで下さいな。うちではよくある事なので」
ヤオモモが驚きの声を上げた女にそう言う。
その言葉に、体育祭の実行委員なのだろう女はマジで!? といった視線をヤオモモに向けていた。
普通に考えれば、こういう緊張した雰囲気のクラスって普通は好ましくないよな。
実際、ヤオモモが言うのは少し大袈裟で、教室にここまで緊張した雰囲気は滅多にないし。
それはつまり、滅多にでなければあるという事を意味してるのだが、合理的虚偽とやらで入学したその日に除籍させようとする担任が率いているのを思えば、分かりやすいだろう。
「えっと、A組の入場なので、よろしくお願いします」
「分かりましたわ。…………さて、皆さん。いつまでもじゃれ合ってないで、そろそろ行きますわよ。体育祭の本番はこれからですわ。緑谷さんが言ったように、優勝を狙っているのは誰でも同じ。そうである以上、皆がライバルなのは間違いありませんもの」
そう言うヤオモモの言葉に、控え室の中は纏まった様子を見せる。
先程までの緊張した雰囲気は一瞬にしてどこかに吹き飛んでしまった形だ。
うーん、さすがヤオモモ。
飯田も副委員長としてそれなりに有能なところを見せてはいるが、ヤオモモもまたこうして委員長として立派なところを見せてくれる。
こうして、俺達はヤオモモに率いられるような形で控え室を出ると、1年の開会式が行われる場所に向かう。
『どうせてめーら、あれだろ、こいつらだろ!? ヴィランの襲撃を受けたにも関わらず、鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星! ヒーロー科、1年……A組だろおおぉぉおっ!!』
プレゼントマイクの、煽るような言葉が周囲に響き、それに乗るようにして俺達は開会式の行われる会場に入っていく。
そして俺達が入場すると同時に、会場にいる観客席の面々が歓声を上げる。
一応、USJの一件は箝口令とかが敷かれていた筈だったが、情報が普通に漏れたんだよな。
だからこそ、プレゼント・マイクも堂々と人前でこんな風に言ってるのだろう。
隠し事をしなくてもよくなったので、そういう意味では俺も楽だけど。
「わあああ……人が凄い……」
観客の大きさ驚きの声を上げる緑谷。
ただ、ヒーローオタクの緑谷だけに、当然ながら毎年TV中継されている体育祭は見ていただろう。
だというのに、こうして緊張した様子を見せるのは……まぁ、TVで見ていたのと、実際に自分が雄英の生徒として体育祭に参加するのは違うといったところか。
「ねぇ、ちょっとアクセル君。何だかその……他のクラスの私達を見る目がちょっと厳しくない?」
俺達A組に続いて他のクラスも入場してくるのだが、それを見ていた葉隠がそう聞いてくる。
言われてみれば……入場してくる他のクラスの生徒達がA組の生徒に向ける視線はかなり厳しい。
一体何故? そう思わないでもなかったが、すぐに納得する。
「前にA組に宣戦布告をしにきた生徒達の事を思えば、俺達A組だけが目立っていて、それで羨ましいんだろうな」
実際、プレゼント・マイクも俺達A組を目立つように言っていたし。
それを思えば、他のクラスがこの体育祭の主人公はA組で、それ以外の生徒達は……こう言っては何だが、端役のように、爆豪曰くモブのように思えてしまっても仕方がない。
「オイラ……もう駄目……胃が……胃が……」
聞こえてきた声に視線を向けると、そこでは峰田が胃のある辺りを押さえながらそんな風に呟いていた。
あー……うん。葉隠が言うように、俺達に向けられる視線は厳しい。
それは間違いないが、峰田に向けられる視線はそれ以上に厳しかった。
その原因は、葉隠とも話していたようにA組に宣戦布告やら様子見やらしに来た連中の一件だろう。
あの時、俺は他の学科の連中に峰田を見せつけ、ヒーロー科が不合格になって他の学科に行った連中は、雄英の教師に峰田以下だと判断されたと、お前達よりも峰田の方が優秀だと、将来性があるといったような事を口にした。
それは正直なところ、間違っているとは思わない。
実際、雄英の教師がそのように判断したからこそ峰田はヒーロー科に合格し、他の連中は不合格になったのだから。
それでも……峰田は既に入学から短い時間で他の学科の女にもちょっかいを出しており、その情報が広まっているので、他の学科の連中にしてみれば峰田以下というのは我慢出来ず、それによって峰田は多くの1年の生徒達に狙われる立場となったらしい。
うん、まぁ……頑張れ。
そう思いながら、俺はそっと峰田から視線を逸らすのだった。