『選手宣誓の時に言った、自分が最強で他の生徒達にとっての壁となる! その言葉を証明するかのように、今……アクセル・アルマーがスタジアムにトップで戻ってきたぁっ!』
スタジアムに入ると、プレゼント・マイクの声が聞こえてくる。
勿論、スタジアムの外からでもプレゼント・マイクの声は聞こえていたものの、それでもスタジアムの中に入ればしっかりと聞こえてきた。
わああああああああああああああああああああああああああ!
1位になってスタジアムに戻ってきた俺に、観客達の歓声が聞こえてきた。
どうやら障害物競走はあんな感じで十分に喜んで貰えたらしい。
そんな歓声を聞きつつ……そして龍子と優が俺に向かって嬉しそうに、そして満足そうに手を振っているのを見て、それに手を振り返す。
そうして俺がスタジアムに戻ってきてから少しして、次に戻ってきたのは……
「緑谷か」
少し意外であると同時に、納得もする。
常に俺の後ろを走っていた轟と爆豪は、A組で俺に次ぐ実力を持つ。
そういう意味では、2位が轟や爆豪じゃなくて緑谷だというのは驚きだった。
だが同時に、この世界の原作の主人公が緑谷であると考えれば、轟や爆豪を抜いて緑谷が来てもおかしくはない。
……多分これ、原作だと俺じゃなくて緑谷が1位だったんだろうな。
そんな風に思っていると、緑谷に続いて轟、爆豪の順番にやってくる。
爆豪がもの凄い悔しそうな表情を浮かべているのは、その性格から理解出来る。
だが……2位の緑谷がここまで悔しそうな表情を浮かべているのは、ちょっと意外だったな。
教室で相澤が体育祭の話をした時、緑谷はそれなりにやる気になっていた。
だが、あくまでもそれなりにであって、ここまで悔しそうな顔をしているというのは少し……いや、かなり驚きだ。
考えられる可能性としては、この2週間の間に何かあったという事だろう。
それが具体的に何なのかは、俺には分からないが。
ただ、この世界の原作の主人公である緑谷だけに、俺が知らない場所で何らかのイベントがあったとしてもおかしくはない。
俺もそれなりに緑谷と一緒にいるようにはしているんだが……例えば、体育祭が始まるまでの2週間の自主訓練に毎回のように緑谷を誘ってきたといった具合に。
そう思っていると……
「あー……うわぁ……」
緑谷以外にもう1人、自主訓練に誘い続けたというか、半ば強引に連れて行った峰田が、梅雨ちゃんの背中に乗ってスタジアムに戻ってやってきた。
見た感じだと、多分峰田の個性のモギモギで梅雨ちゃんの背中にくっついてきたんだろうが……峰田の顔は濡れており、そして何故かかなり嬉しそうな様子を見せている。
あれは一体何がどうなってそういう感じになったんだ?
そう思ったのだが、その答えはすぐに理解出来た。
スタジアムに戻ってきた梅雨ちゃんが、その長く伸びる舌で自分の背中に乗っている峰田の顔を叩いたのだ。
それに嬉しそうな表情を浮かべる峰田。
……まぁ、うん。峰田にしてみれば、梅雨ちゃんの舌で叩かれるというのは、つまり梅雨ちゃんの舌に舐められているのと同じようなものだろう。
キス……という訳ではないが、峰田にしてみれば梅雨ちゃんに舐められたのはそれだけ嬉しかったのだろう。
もっとも、峰田が嬉しいのと梅雨ちゃんがどう思っているのかは全く別だが。
俺が知る限り、梅雨ちゃんは決して怒りやすいタイプではない。
そのようなタイプではないのだが、それでも……いや、だからこそなのか、こうして峰田が梅雨ちゃんの背中にくっついて障害物競走をクリアしたのが面白くないと思ってもおかしくはない。
ちなみに何故かそんな梅雨ちゃんの側にヤオモモが移動し、頭を下げていた。
勿論その対象は峰田ではなく、梅雨ちゃんだ。
一体何がどうなってああなったのやらと思っていると、こちらもかなりの上位でスタジアムに戻ってきた三奈が、呼吸を整えながらこっちに近付いてくる。
「アクセル、凄いね。やっぱり1位だったんだ」
「選手宣誓であれだけ大きな事を言ったのに、それでいながら予選とはいえ、最初の競技で1位になれなかったら、それこそいい笑いものだろうしな」
そういう意味でも、最後尾付近からスタートし、最終的には1位でゴールするくらいのことは、やっておく必要があった。
「あははは、アクセルならそういうことをやってもおかしくはないかもしれないね。……それでもアクセルに負けたのは悔しいけど」
俺の実力を知っていても、それでも負けたのを悔しがる負けん気。
三奈のこの点はヒーロー科の生徒として、悪くないとは思う。
爆豪程の負けん気を持て……とまでは言わないが、それでもこうして負けん気を露わにする三奈は、将来性を感じさせる。
「次は頑張るんだな。……それで、ヤオモモと梅雨ちゃんと峰田は、何があってあんな風になってるのか知ってるか?」
「え? あー……うん。障害物競走がスタートした瞬間から、峰田は多くの人に狙われていたのよ。それこそヒーロー科以外の科の生徒からも」
「まぁ……うん。だろうな」
それについては、そこまで驚くようなことでもない。
峰田を使って、A組の前にやって来た生徒達を挑発したのは俺だ。
……とはいえ、あれが挑発なのは間違いなかったが、だからといって何の意味もなくやった訳じゃない。
「それで……向こうの方は?」
三奈との話が取りあえず落ち着いたところで、三奈にヤオモモ、梅雨ちゃん、峰田の件について改めて尋ねる。
三奈なら何がどうなってああなったのか知ってると思ったからなのだが……
「うん、えっと、あれはね。峰田が多くの人に狙われたから、最初ヤオモモに助けて貰おうとしたのよ」
「……まぁ、ヤオモモは何だかんだと人が良いというか、お人好しというか、そんな感じだから、峰田の状況を考えれば救いの手を差し伸べてもおかしくはないと思うけど」
「そうね。実際、それで峰田は助かったんだし。けど、それで味を占めた峰田は、モギモギを使ってヤオモモにくっつこうとしたの」
「あー……うん。峰田ならやりそうだな」
単純に助けて貰うといったことで味を占めたというのもあるが、それ以外にもヤオモモはA組の中でも……いや、スタジアムで見た限り、B組を含めたヒーロー科でトップクラスにその身体は優美な曲線を描いている。
端的に言えば、大人の女の身体と言ってもいいだろう。
それだけに、女好きの峰田の欲望を刺激するという意味では、これ以上ない程に効果的ではある。
峰田がヤオモモに狙いをつけたのは、恐らく……いや、ほぼ確実にその辺りも関係している筈だ。
「でしょう?」
俺の言葉にそう返してくる三奈の目は絶対零度とまではいかないものの、それに近い冷たさを持っていた。
無理もない。
三奈もヤオモモ程ではないが、高校生とは思えないスタイルを持っている。
また、ダンスを趣味にしているだけあって出るところは出ていても、全体的に引き締まった身体をしており、ヤオモモとは別の意味で魅力的な肢体を持っていた。
そうなると、当然ながら峰田から欲望の視線……もしくは欲情の視線を向けられる事も多くなり、それもあり、この2週間の間に何度もセクハラをされている。
……寧ろ、そんな状況でも一応は同級生として扱っているのだから、三奈は優しい方なのかもしれないな。
もっともセクハラをしてくる峰田の扱いは日々適当になっていってるが。
「でも、ほら。ヤオモモはアクセルの自主訓練に毎回参加して、鍛えてたでしょう?」
三奈の口から出たその言葉は、間違いない事実だった。
実際、ヤオモモは真面目な性格をしており、自分が強くなれる機会を見逃すようなことはしない。
俺が毎日のように行っていた自主訓練に、ヤオモモは毎日欠かさずに出ていたのだ。
ただ、それは別にヤオモモだけではない。
俺が半ば無理矢理連れていく緑谷や峰田は当然だが、瀬呂や三奈、耳郎、麗日、梅雨ちゃん、常闇は毎日参加していた。
障子や砂藤、上鳴、青山、切島といった面々も毎日ではないにしろ、大半が参加していた。
自主訓練に1度も顔を出さなかったのは、それこそ爆豪と轟の2人だけだ。
この2人も、別にサボっていた訳ではなく、1人で自主訓練をしていたのだろうとは思うが。
ともあれ、そうして自主訓練に参加していた面々の中でも、ヤオモモは元々の素質によるものか、模擬戦を通して身体の動かし方がかなり上達していった。
「つまり、峰田がモギモギでヤオモモにくっつこうとしたところを、回避されるか何かして、結局梅雨ちゃんの背中にくっついた訳か。……梅雨ちゃんにしてみれば、最悪だな」
「ええ、だからヤオモモもああして改めて謝ってるんだと思うわよ?」
そう言われると、あの光景も納得出来る。
ヤオモモにしてみれば、自分が攻撃を回避した為に梅雨ちゃんを巻き込んでしまったと、そのように思ってもおかしくはない。
梅雨ちゃん本人はそんなヤオモモの様子を気にしたりはしていないようだが。
……というか、峰田のモギモギは一度くっつくとそう簡単には外れないって話だったが、次の競技は大丈夫なのか?
「峰田の方は嬉しそうなままだけどな」
「……そうね」
再び冷たい視線になる三奈。
実際、峰田にしてみれば梅雨ちゃんと密着し続けていたのは、それだけ嬉しかったのだろう。
梅雨ちゃんとヤオモモに色々と小言を言われているようだったが、全く堪えた様子はない。
今更ながらに思うんだが、峰田って本当にヒーロー科にいてもいいのか?
能力的な意味では将来性という意味でも問題ないのは分かっているものの、性格的な意味で考えると……うん。
やっぱり、この件については相澤に任せた方がよさそうだな。
相澤なら、峰田の性格を矯正出来る可能性が……可能性が……こういうの何て言うんだったか。
微レ存だな。
まさにそんな感じで、可能性はある。
「アクセル!」
三奈と話していると、不意にそんな風に声を掛けられる。
声のした方に視線を向けると、そこには拳藤の姿があった。
「拳藤もゴールしてたんだな。……まぁ、当然か」
拳藤もヒーロー科の生徒である以上、上位の順位でゴールしてもおかしくはない。
「ははっ、1位のアクセルにそう言って貰えると嬉しいな。……障害物競走のベスト3はA組で独占か」
拳藤がそう言うと、少し離れた場所で切島と何かを話していた爆豪が、こちらを……拳藤を睨んでくる。
拳藤はまだその視線には気が付いた様子はなかったが。
爆豪は障害物競走が4位だったので、ベスト3がどうこうといった話をしていれば、それに対して色々と思うところがあってもおかしくはない。
ただでさえ爆豪は負けず嫌いなのに、ライバル視している俺や轟はともかく、格下と思っていた緑谷にまで負けたのだから、それで普通に振る舞えという方が無理だった。
「障害物競走は予選だって話だし、そこでトップになっても……俺の場合は、選手宣誓の件があったから、少し張り切ったけど」
「あー……うん。選手宣誓ね。何だかB組の人から聞いた話によると、アクセルの件でネットでは大分盛り上がってるみたいだよ」
「だろうな」
この世界では普通にネットが使われている。
俗に言う掲示板の類も普通にあるし、そうなるとこの体育祭について話題になっていてもおかしくはない。
雄英の体育祭は、オリンピックに取って代わった行事らしいしな。
そんな訳で、恐らく今頃ネットではこの体育祭でかなり盛り上がっていることは容易に想像出来た。
とはいえ、恐らく1番盛り上がっているのは3年の体育祭だろう。
俺達1年は、その次くらいか?
2年は去年も見たし、来年も見る機会があるという心理が働く。
また、それだけではなく今年の1年はA組のようにヴィラン連合に襲撃されつつ、誰も死ぬ事なく、それどころかヴィラン連合のほぼ全員を捕らえたという意味でも、世間の注目を集めるには十分だろう。
……ちなみに、シラタキと黒霧を逃がした件については、警察が世間から思い切り叩かれている。
その日のうちにシラタキ達を移送するとか、移送するにしても護衛をもっと増やすべきだったとか、護衛の質も上げるという意味で。
このヒロアカ世界において、警察というのは少し見くびられている。
何しろ大半の犯罪者……ヴィランはプロヒーローが捕らえ、警察はプロヒーローが捕らえたヴィランを受け取るだけなのだから。
そう考えると警察が一段低く見られるのも分からないではない。
あるいは、シラタキ達を移送しようとしたのは、ヴィラン連合についての情報を少しでも多く聞き出そうとした為に、尋問の為の設備がある場所まで運ぼうとして、ああいう結果になったのかもしれないな。
これについてはあくまでも俺の予想であって、実際にどうなのかは分からないが。
ともあれ、そんな訳でA組は注目されているのは多分間違いないのだろう。
そう思いながら、俺は拳藤や三奈と話を続けるのだった。