耳郎の攻撃を回避して、無事騎馬に戻る。
そうして周囲を見ると……他の騎馬に包囲されているのは先程までと同じだったが、こちらに向かってすぐに攻め寄せるといった様子ではない。
ただ、それでも俺達を包囲したままなのは間違いなかったが。
「どうしたんだ?」
「あのな、アクセルがあそこまで襲ってきた相手を蹂躙していったんだぞ? アクセルのハチマキを奪うといったことは諦めてなくても、それでも俺達を観察して、正面から挑むんじゃなくて、俺達がどこか他の相手とぶつかったら、その隙を突いてハチマキを狙おうとしてるんだろ」
瀬呂の言葉に、なるほどと頷く。
騎馬戦が始まってから今まで、ずっと俺は相手を蹂躙してきた。
A組の準最強である爆豪のハチマキも、あっさりと奪ったしな。
……ちなみにその爆豪、先程までは俺をヒーロー科の生徒とは思えない様子で睨んでいたのだが、今は何故かB組の生徒の騎馬に向かって突っ込んでいた。
一体何があったんだ?
爆豪の様子を見る限り、まさにブチ切れているといった様子に見えるし。
とはいえ、爆豪が俺ではなくて他の連中に向かってくれるのは助かるのも事実。
まだかなり未熟なところがあるとはいえ、それでもA組の中ではトップクラスの実力を持っているのは間違いない。
あるいは自分のハチマキを俺に奪われたので、俺からハチマキを奪い返すのは、難しいと判断し、俺以外の者からハチマキを奪う事にしたのか?
あのブチ切れている爆豪の様子を見る限り、その可能性は微妙なように思えないでもなかったが。
ともあれ、A組の中でも厄介な爆豪が他の相手に……それもB組の男に向かってくれたのは、俺としては助かる。
そうなると、次に厄介なのは……
「ちょっ、これ……地面が凍ってる!?」
三奈の声が周囲に響く。
よく見れば、俺達を含む多くの騎馬が氷によって足下を地面ごと凍らされていた。
これが一体誰がやったのか……それは考えるまでもなく、明らかだった。
そして俺の視線の先に存在するのは、当然のように轟。
騎馬には、飯田と上鳴、そして……最初は俺と組もうとやって来たものの、既に瀬呂、三奈、葉隠の3人が来ていたので、即座に離れていったヤオモモ。
「おい、アクセル。どうする!?」
そう聞いてくる瀬呂に、俺も少し困る。
これで俺が騎馬なら、この程度の氷を破壊することは難しくない。
だが今の俺は騎馬ではなく騎手だ。
そして騎手が地面に落ちると、その時点で失格となる。
……地面が氷で覆われているのだから、このまま下りても、それは地面ではなく氷に下りるといった事になる訳だが、ミッドナイトがそれを認めるかどうかは微妙だろう。
凍っていても、地面は地面と言われれば、俺としては手の出しようがない。
だからこそ、今の俺に氷をどうにかする事は出来ない。
いや、正確にはまだ見せていない俺の力を発揮すれば……それこそ、白炎を使うなり炎獣を放つなりすれば、この程度の氷はどうとでもなる。
どうとでもなるのだが、だからといってそれをこの場で使おうとは思わない。
何しろ、この体育祭の様子は全国に中継されているのだから。
ヴィラン連合も恐らく……いや、ほぼ間違いなくこの放送を見ているだろう。
勿論それは、ヴィラン連合が雄英の体育祭を楽しむ為ではない。
次に俺達を襲った時、容易に殺せるようにする為だ。
もっとも俺の場合は、それ以外にも雄英に教師達に自分の個性……という扱いになっている能力を見せない為なのだが。
「仕方がないから、俺は……って、不味い!?」
今までと同じように着地する場所として、このまま待機をしてくれと言おうと思ったところで、轟のチームの上鳴が個性を使おうとしているのを見る。
上鳴の個性は、指向性を持った雷を放つといったようなものではなく、周辺に雷を放つといった個性だ。
普通ならあの騎馬を組んだ状態で個性を使えば、当然ながら騎馬を組んでいる他の者達にも被害が出る。
だが、そこに創造の個性を持つヤオモモがいたら、どうなるか。
ゴムなりなんなりの、雷を通さない絶縁体の類を作れば、上鳴が個性を使っても轟達の騎馬だけは無事だ。
かといって、退避しようにも轟の氷によって動けなくされている訳で……
「ちっ、仕方ないか。……瀬呂、三奈、葉隠。しっかりと俺の身体に掴まれ。強い衝撃があっても、決して離すなよ!」
「え? ちょ……アクセル君、一体何をするつもりなの!?」
騒ぐ葉隠だったが、それでも俺の言葉に従ってしっかりと身体を密着させ、掴む。
三奈と瀬呂もそれは同様で、それを確認したところで虚空瞬動を使って真上に跳ぶ。
虚空瞬動は、別に膂力が上がったりといったような効果を持つ訳ではない。
だが、素の状態でも高い脚力を持つ俺が、魔力によって空中を蹴った場合……人の3人程度、ぶら下げたままで普通に移動が可能だった。
元々瀬呂は男としても細身で、三奈と葉隠は女だけに、体重は軽い。
……ここで重いとか言ったら、一体何をされるのか分からないので、とてもではないがそんな事は言えなかったが。
とにかく、虚空瞬動を使った俺は騎馬となる3人をぶら下げたまま空中に跳び……そしてほぼ同時に、上鳴の放った雷が轟達の騎馬を中心にして周囲に広がる。
「ふぅ、ギリギリだったな」
「って、おい、アクセル。マジか!?」
「きゃーっ! きゃーっ! きゃーっ!」
「あははは、凄い凄い!」
浮遊感から、自分がいるのが空中であると知った瀬呂、三奈、葉隠がそれぞれに悲鳴とも歓声ともつかない声を上げる。
その中でも瀬呂が比較的冷静なのは、テープの個性を使って空中を移動したりといった事が出来るからだろう。
そんな瀬呂とは違い、空を跳ぶ……飛ぶではなく跳ぶ経験をしたことがない三奈の口からは、悲鳴が上がっている。
……そんな三奈と同じように空を跳ぶ経験のない葉隠は、何故か嬉しそうに喜んでいたが。
三奈と葉隠については、個人としての違いだろう。
「とにかく、上鳴の攻撃はこれで無効化した。……とはいえ、毎回上鳴の攻撃を回避するとなると、俺がずっと一緒にいないといけないし、どうしたものだろうな」
「芦戸の酸で、どうにか出来ないか?」
「え? うーん……難しいと思う」
空中を落下しながら、そんな会話をする。
先程までは三奈もキャーキャー悲鳴とも歓声ともつかない声を上げていたのだが、既にすっかりと慣れた様子を見せていた。
さすが三奈だな。
ともあれ、瀬呂の言葉に対し、三奈はそんなのは出来ないと首を横に振る。
酸じゃなくて水を出せるのなら、不純物のない、いわゆる純水なら雷を通さないので何とかなるんだが、生憎と三奈の個性は酸であって、水ではない。
そして純水ではない以上、雷は通してしまう。
「なら、葉隠は?」
「透明の私がどうしろっていうの?」
「……だよな。俺のテープでも当然無理だし」
そう言う瀬呂の言葉に、ふと気が付く。
「瀬呂のテープを上手く使えば、避雷針的な感じでどうにかなるんじゃないのか?」
「は? えっと……無理無理無理。無理だって!」
俺のアイディアに一瞬考えた瀬呂だったが、即座に首を横に振って自分ではどうしようもないと主張する。
それが本当に無理なのか、それとも実際にやろうと想えば出来るけど、今までその件については全く考えていなかったので反射的にそのように言ったのか。
その辺りは俺にも分からなかったが、瀬呂が無理だと言う以上はどうにも出来ない
落下を続け、大分地面が近付いて来てもいるし。
まぁ、どうしても時間を稼ぎたいのなら、また俺が3人をぶら下げたまま虚空瞬動を使えばいいだけだが。
『おおおおおお、何だあれは!? アクセルが虚空瞬動というのを使って自由に空中を移動出来るのは見ていれば分かったが、まさか騎馬の3人を引き連れたままでも同じ事が出来るのか!?』
『いや、違うな。あれは……俺が知ってる限りだと、虚空瞬動というのはあくまでも自分が空中を蹴って移動出来るだけだ。騎馬の3人をぶら下げているのは、単純にアクセルの腕力によるものだろう。アクセルの個性は増強系だしな』
プレゼント・マイクと相澤の会話が耳に入ってくる。
そこで聞こえてきた相澤の予想は正しい。
俺が使ったのは、あくまでも普通の虚空瞬動なのだから。
ただ、もし相澤の言葉で間違っているところがあるとすれば、それは俺の個性が増強系だというものだろう。
俺の正体が雄英には知られていない以上、増強系の個性だと思っても仕方がないが。
『そして、轟チームは冷静だ! アクセルチームが空中に逃げたとみるや否や、狙いを周囲にいた他のチームに変えている!』
プレゼント・マイクの言葉に地上を見ると、なるほど轟の騎馬が他の騎馬に近付いてはハチマキを奪っているのが見えた。
轟の個性によって足を凍らせられ、その上で上鳴の個性によって感電させられたのだ。
そうなると、ハチマキを奪うといった事は難しいだろう。
この辺の冷静さは、轟らしいよな。
轟にしてみれば、俺達を狙っていたのは間違いない。
特に轟は、体育祭が始まる前に控え室で俺に向かって宣戦布告をしてきた程には、俺に対抗心を抱いている。
それでも俺が届かない場所まで移動してしまった以上、まずはハチマキを集めてポイント稼ぎをしようと考えたのは、おかしくはない。
轟の氷や、ヤオモモの大砲といったように遠距離攻撃の手段はあるにも関わらず、だ。
この辺の冷静さは勝算すべきところだろう。
「アクセル、どうするの?」
プレゼント・マイクの放送を聞いた三奈がそう聞いてくる。
1000万……正確には三奈達の分のポイントも含まれているので、それ以上の数値なのだが。
とにかく俺の持つハチマキが奪われない限り、1位の座は変わらない。
そういう意味では、このまま騎馬戦が終わるまで虚空瞬動を使って空中にいてもいいんだが、それだと観客や視聴者といった見ている方も面白くないだろう。
何よりも、俺は選手宣誓で自分こそが最強であり、他の生徒達に対する壁になると宣言したのだ。
そんな宣言をした者が、戦わずに上空を逃げ回っているのはどうかと想う。
……それに、爆豪のように空にいる俺の場所まで来られる奴がいないとも限らないしな。
とにかくそんな訳で、俺はどうするべきかを口にする。
「地上に降りる。幸い、上鳴はさっきの一撃でかなりの力を使ったみたいだし、連続してさっきの規模の個性を使えるとは思えない」
上空から見る限りだと、上鳴はウェイってまではいないが、それでも若干そこに足を踏み入れてるように見える。
あの様子だと、先程の規模の攻撃は勿論、それより規模の小さな攻撃であっても難しいだろう。
ウェイってしまえば、上鳴は全く使い物にならなくなる。
いや、見て面白い存在なので、ムードメーカーであったり、緊張を解すといった効果はあるのかもしれないが。
「でも、上鳴君はともかく、轟君はどうするの? 上鳴君と違って、まだ結構余裕があるように思えるよ?」
葉隠の問いに轟を見ると、実際にその言葉通りに元気で、淡々といった様子で他の騎手からハチマキを奪っている。
「悪いけど、そっちについては我慢してくれとしか言えないな。……少し冷たいかもしれないけど」
俺としては、そう言うしかなかった。
氷に足を覆われても、見た感じでは動けなくなるだけで、即座に凍傷とかそういう感じにはならないっぽいし。
であれば、我慢出来ない事もないだろう。
そして何より、俺が騎馬から離れれば騎馬に対する露骨な攻撃は禁止というルールから、俺を攻撃するしかない。
そういう意味では、このまま空にいるよりも安全なのは間違いない。
「うー……女の子に冷たいのは避けた方がいいんだけど、アクセル君がそう言うのなら……」
葉隠が不承不承といった様子でそう言う。
もっとも、葉隠は本気を出すと全裸になるので、寒さには強いと思うんだが。
「じゃあ、下りるぞ」
そう言い、地面に向かって落下していく。
今まで、実は何度か虚空瞬動を使って空中を蹴って空にいたんだが……今はこうして地上に向かって落下していく。
「きゃあああああっ!」
三奈の悲鳴が周囲に響く。
……その悲鳴が近付いてきた事によって、地上では俺達が空中から下りてきたのに多くの者が気が付いているだろう。
それならそれで構わないが。
俺が騎馬から離れていれば、三奈達が攻撃されるようなことはないのだから。
……ふと思ったが、騎馬に大きな攻撃をするのは禁止だという事だが、騎馬の方は相手に攻撃出来る訳で、そういう場合はどうなっているんだろうな。
騎馬から攻撃されたら反撃してもいいのか、それともそれでも攻撃は禁止なのか。
雄英の性質を考えると、多分前者だろうな。
そんな風に思いつつ、俺は最後に速度を殺す意味で虚空瞬動を使って空中を蹴り、ふわりといった感じで騎馬が地面に着地する。
『おおっと、アクセルの騎馬が地上に戻ったぞ!? その実力をまた見る事が出来るのか!?』
プレゼント・マイクの声が、スタジアムの中に響き渡るのだった。