最終種目に進む5チームが決まると、1時間の昼休みとなる。
「アクセル、学食行こうぜ!」
「あれ、上鳴。もうウェイってる状態から復活したのか?」
「……何とかな」
不服そうな様子なのは、上鳴にとってもウェイってる光景というのは決して好んで人に見せたい訳ではないからだろう。
とはいえ、ウェイってるのは間違いないので何とも言えない様子ではあったが。
「ああ、分かった。……あれ? 緑谷と轟。爆豪はどこにいった? まさか、あの3人だけ別の場所で食事をするとかはないと思うけど」
「ん? ああ、そう言えばいつの間にかいないな。まぁ、別に絶対一緒に食事をしないといけないって訳でもないし……うん? 何かざわついているな」
学食に向かう途中、何故かざわめいているのを感じる。
一体何があったのかと、そちらに視線を向けると……
「あ、いたいた。アクセル!」
声のした方に視線を向けると……
「げ」
そこには優……いや、ヒーローコスチュームを着ているのでマウントレディと表現すべきだろうが、そのマウントレディが俺に向かって手を振っている。
一瞬スルーしようかとも思ったが、俺の名前を呼んでいるのを見れば、それも出来ない。
それに……俺に向かって振られているのとは逆の手で拳藤を掴まえているのを見れば、尚更だろう。
その拳藤は、俺に助けを求める視線を向けていた。
「えっと……おい、アクセル? あれってマウントレディだよな? 何でアクセルを呼んでるんだ?」
隣の上鳴が、そう俺に聞いてくる。
ただ、その声は平坦で、抑揚がない。
いつものウェイっている上鳴とは大違いだ。
峰田は……その背の小ささからここからは見えないが、現在どういう状況なのかは、考えるまでもなく明らかだ。
「あー……うん。悪い、説明をしてる時間はない。マウントレディが呼んでるから、俺はちょっと行ってくる」
「昼食は?」
「……学食には行けたら行く」
「おい、それって絶対来ない奴じゃねえか!」
抑揚のない声から一転、怒鳴ってくる上鳴。
ただ、そんな上鳴の言葉はスルーしてマウントレディのいる方に向かう。
ここで上鳴に事情を説明してしまうと、その間ずっとマウントレディはあそこにいる事になり、どうしても目立ってしまう。
そうなると、拳藤もまた恥ずかしさでどうにかなってしまうだろう。
……そもそも、なんで拳藤があそこにいるんだろうな?
それは拳藤にとって、あまりにも哀れだった。
「悪いな。他の連中には上手く言っておいてくれ……って、その必要はないか」
俺と上鳴はA組の面々が移動している中でも最後尾で話をしていたのだが、マウントレディがやって来て多くの生徒達がざわめいているのに気が付けば、当然ながらA組の他の面々も何があったのかとこちを気にするだろう。
その結果、現在俺はA組の生徒達の面々……この場にいない、緑谷、爆豪、轟の3人以外の大半の者達の視線を集めていた。
そして今の俺と上鳴の会話も、多くの者に聞かれていた訳で……三奈は不満そうな視線を、そして峰田はいつもの如く血涙を流して俺を睨み付けていた。
他にも羨ましそうな、疑問の、何と言ったらいいのか分からない微妙な、そんな様々な視線が俺に向けられている。
ちなみに葉隠は例によって例の如く透明なのでどんな視線を向けているのかは分からないが、両手を大きく上下に振っているのを見れば……うん。取りあえず気にしないでおこう。
昼休みが終わって皆の場所に戻ったら、一体何があったといったように事情聴取がされそうだけど、その件については未来の俺に任せよう。
……ちなみに、A組がここにいるという事は、当然ながらB組も近くにいる訳で、いきなりのマウントレディの登場にどうしたらいいのか分からないといった様子だった。
これが例えば、ヴィランによって拳藤が連れ去られたとか、そういうのであればB組の面々も取り返そうとするだろうが、プロヒーローのマウントレディだしな。
しかも、拳藤と顔見知りというのも、2人の会話を聞けば分かっただろうし。
そんな訳で、俺はA組だけではなくB組からも一体何がどうなっているのかといった視線を向けられつつ、マウントレディと拳藤の方に近付く。
「アクセル、ほら急いで。昼食に行くわよ。待たせたら、先輩が買ってきてくれた料理が冷めちゃうから」
マウントレディの言う先輩というのが誰なのかは、考えるまでもない。
龍子……リューキュウだろう。
何しろリューキュウとマウントレディは、現在チームアップを行っている。
俺という存在について知っているので、公安からの依頼もあって半ば自然とそうなったらしい。
とはいえ、俺がこの世界に来た時にドラゴンとなったリューキュウと巨大化したマウントレディが模擬戦をやっていたのを見れば分かるように、元々この2人はそれなりに親交があったらしいので、そういう意味ではチームアップをするのはおかしな話ではないのだろう。
そんなマウントレディに引っ張られ……マウントレディが俺の手を握ったのを見た何人かから殺気に近い視線を向けられたが、とにかくその場を移動する。
峰田や上鳴はともかく、それ以外の他の面々……他の科の生徒達からもそういう視線を向けられるって事は、それだけマウントレディの人気があるという事だろう。
実際、マウントレディはその外見からヒーロービルボードチャートでも上位に入るのは確実と言われているんだから、おかしくはないか。
それに高校生の男というのは、年上の美人なお姉さんに弱いというのは、半ば本能のようなものだ。
……まぁ、中にはそれが違う方向に向く奴もいるから、絶対じゃないけど。
「うう、アクセル……」
マウントレディに大人しく手を引かれていると、俺と反対側で手を引かれている拳藤がそんな風に言ってくる。
「目立ったのは仕方がないけど、それはそれ。今はまず、昼食を楽しみにしておかないか?」
「……でも、昼休みが終わって戻ったら、もの凄い事になりそうなんだけど」
「だろうな。俺もそれは否定しない」
俺にしてみれば、マウントレディはこの世界にきてからずっと付き合いのある人物で、普段のだらしなさとかも知っている。
拳藤にしてみれば、漏らしたマウントレディの後始末すらしているのだ。
そういう意味で俺や拳藤にとっては、尊敬……と呼ぶにはちょっとどうかと思うマウントレディだったが、他の面々にしてみればそれなりに名前の知られたプロヒーローだ。
そんなプロヒーローと一緒に一体何をしてきたのかと、そんな風に多くの者に聞かれてもおかしくはない。
ましてや、拳藤の場合は同じ女という事でどういう関係なのかとか、そういう意味での興味は向けられないかもしれないが、男の俺の場合はそちら方面でも色々と聞かれてもおかしくはなかった。
……せめてもの救いは、俺と拳藤が以前から知り合いで、学校に登校する時も毎日一緒に登校しているのが知られているので、そちら方面では特に突っ込んだ質問は受けないだろうといったところか。
そんな事を考えながら引っ張って行かれた俺は、校舎にある教室の1つに到着する。
普段はあまり使われていない教室らしく、若干湿った空気があるように思える。
そんな教室の中には既にリューキュウの姿があった。
マウントレディと同じく、こちらもヒーローコスチュームを身に纏っており、これぞリューキュウといった様子の外見となっている。
「あら、遅かったわね。まぁ、こんなに人がいると仕方がないかもしれないけど。……屋台で色々と買ってきたから、食べましょう」
そう言うリューキュウは、教室にあった机を幾つか並べて簡単なテーブルを作っていた。
そこにはたこ焼き、焼きそば、お好み焼きといった屋台定番の料理から、サンドイッチだったり、野菜サラダだったり……そして驚いた事に、ピザまであった。
ピザって、これ……屋台で石窯を用意したのか?
まぁ、雄英だというのを考えれば、そのくらいは普通に出来そうだけど。
それにピザはその気になれば、フライパンでも作れるらしいから、もしかしたらそっちの方法で作ったのかもしれないな。
ともあれ、空腹の俺達は即座に料理を食べる。
……ここに拳藤がいなければ、空間倉庫に入っている料理とかを出してもいいんだけどな。
そんな風に思いつつ、お好み焼きを食べるが……
「うーん……いまいちだな」
お好み焼きを食べた俺の感想はそれだった。
「あら、そう? ……なるほど」
リューキュウも俺の言葉を聞いてお好み焼きを一口食べてみるが、美味いとは言えない。
勿論、このお好み焼きも決して不味い訳ではないし、食べられない程でもない。
お好み焼きとしてきちんと成立してるのは間違いないのだが……どんなに好意的に見ても、せいぜいが並、普通、標準。
そんな感じだ。
とはいえ、具体的にどこが悪いのかと言われれば、すぐに答えたりは出来ないが。
別に特別焦げていたりはしていないし、生焼けという訳でもない。
でも、出汁がいまいちではあるな。
それと、具材はそれなりに色々な海鮮が入っているが、タコがちょっと火を通しすぎた為か、固くて口に残る。
100点満点中、50点? 40点? そんなところか。
個人的には鰹節が少なかったのがちょっと気になるな。
「あ、でもこっちのたこ焼きは美味しいわよ? 中に入っているタコも結構大きいし」
マウントレディのその言葉にたこ焼きを口に運ぶと……なるほど、美味い。
外側はカリッとしており、中はトロッと。
マウントレディが言うようにタコが大きい。
ただ……こっちも、出汁がいまいちのように思えるな。
焼きそばと、他にもオム焼きそばがあったりするので、それを食べる。
「それにしても、拳藤一佳だったかしら? 予選落ちは残念だったわね」
「あ、はい。リューキュウに名前を覚えて貰っていて嬉しいです。……実力が足りなかった以上、仕方がないですね」
あっさりとそう言う拳藤。
とはいえ、拳藤の性格を考えれば拳藤も決して悔しくない訳ではないだろう。
ただ、今はそれを表情にださないようにしているだけといったところだと思う。
リューキュウはそんな拳藤の様子を見て、小さく頷く。
「そうね。今日駄目だったからといって、それで全てが終わる訳じゃないわ」
「え、でも先輩。最終種目に残らないと、他のプロヒーローにアピールする場はないんじゃないですか?」
「マウントレディ、貴方ね……」
マウントレディの言葉に、リューキュウが呆れた様子でそう言う。
無理もないか。
リューキュウとしては、拳藤を励まそうとしてたのに、マウントレディがそれを否定するような事を口にしたのだから。
あれ? これってもしかしてお漏らしの一件で着替えさせられたのを根に持っているとか?
そう思ったが、お漏らしをさせた原因である俺を恨むのならまだしも、その後始末をした拳藤を恨むなんて事はないか。
となると、今の言葉は素で言ったのだろう。
「最終戦に残れなかったのは残念ですけど、騎馬戦でそれなりにいいところは見せられたと思うので」
「そうね。見ていたけど、指揮能力も高かったし、貴方の個性も単純なだけに強力だと思うわ」
リューキュウの言葉に拳藤が嬉しそうにする。
実際、手が大きくなるというのはかなり単純な個性だが、だからこそ強力なのは間違いない。
普通に殴るだけじゃなくて、盾代わりにしたりとかも出来るだろうし。……個性であっても手は手なんだから、盾代わりにしてヴィランの攻撃を受ければ痛いだろうけど。
「あ……ありがとうございます!」
リューキュウの言葉に、拳藤は嬉しそうに感謝の言葉を口にする。
この様子からすると、拳藤はリューキュウに憧れているといったところか?
「何だか、私の時と随分と対応が違うような気がするんだけど?」
マウントレディが不服そうに言うが、お漏らしの後始末をした相手と、尊敬している相手では対応が違ってもおかしくはないと思う。
もっとも、それを言えばマウントレディがブチ切れる可能性が高いので、それを口にするつもりはなかったが。
女として……それも大人の女、それだけではなくプロヒーローとして上を目指しているマウントレディにしてみれば、お漏らしの件はそれこそ墓まで持っていくべき秘密だろう。
トップシークレット中のトップシークレット。もしくはトップシークレットの秘密といったところか。
頭痛が痛い並に間違った使い方だが、ニュアンス的には何となく理解出来たりする。
まぁ、お漏らしの件については俺にもそれなりに……うん、ある程度は責任があるので、それについては何も言おうとは思わないが。
「あんなに大勢いる前で拳藤を掴んで、その上で俺を引っ張って行ったんだ。間違いなく目立つ、それも悪目立ちしただろうしな。俺もだけど、拳藤も昼休みが終わったら一体何がどうなったと、クラスメイトに聞かれるのは間違いないんだ。そういう状況にしたんだから、態度の違いくらいは大目に見たらどうだ?」
そんな俺の言葉に、マウントレディは不満そうにしながらもリンゴ飴を口に運ぶのだった。