「あはは、負けちゃった」
葉隠がそう言いながら応援席に戻ってくる。
上鳴と葉隠の試合は、予想通り葉隠の負けで終わった。
まぁ、葉隠が全裸になれない以上、それは仕方がないとは思う。
全裸になる事が出来れば完全に透明になって葉隠にも勝機はあったのだが、全国放映されているTVである以上、そういうのは出来ないしな。
とはいえ、全裸になって完全に透明になったからといって葉隠が絶対に勝てるって訳でもないんだが。
上鳴の放つ雷は、言ってみれば範囲攻撃だ。
そうである以上、葉隠が透明であっても……いや、全裸で透明なだけに余計に雷に当たった時の被害は大きくなる。
そういう意味では、ヤオモモが上鳴と戦う事になったら相性的に非常に有利だったように、葉隠と上鳴の戦いは相性が悪かったのだろう。
葉隠もそれが分かっているから、そこまでショックを受けていない……いや、本人は表に出していないつもりだが、言葉の端々から上鳴に負けたのを悔しく思っているのは分かる。
とはいえ、それについて指摘する者は誰もいなかったが。
「じゃあ、負けた私達の代わりにアクセル君に頑張って貰わないとね」
「ちょっと透。アクセルの次の相手は私なんだけど?」
葉隠の言葉に、三奈がそう突っ込む。
そうなんだよな。次から2回戦で、戦うのは以下の組み合わせとなる。
緑谷VS轟。
俺……アクセルVS三奈。
常闇VS飯田
切島VS爆豪。
上鳴はトーナメントに参加している者達の人数上、2回戦はなしで直接3回戦となる。
……とはいえ、上鳴の3回戦の相手は爆豪か切島なんだよな。
切島はその個性の関係上、上鳴は相性が悪い。
爆豪は相性とかそういうのはないが、単純に本人が強いので、上鳴が勝てる可能性は低い。
そういう意味では、上鳴は難しい相手な訳だ。
……とはいえ、それを言うのなら俺もだが。
俺の次の相手は三奈だ。
三奈には悪いが、三奈との戦いで俺が負けるといったとことはまずない。
そして三奈との戦いで勝利すれば、次に戦うのはこれから戦う緑谷と轟のどちらかとなる。
この世界の原作の主人公で、自主訓練にも積極的……というか、半ば強制的に参加させていた影響もあって、以前と比べるとかなり成長している。
不安なのは、USJで俺がシラタキと黒霧、脳無を倒すといった事で、緑谷の実戦経験が足りなくなってしまっているので、この辺がどう出るかだな。
轟は自主訓練に参加していなかったので何とも言えないが、爆豪と共にクラスNo.2の実力者だ。
強力な氷の個性を操るのは、瀬呂との戦いの時に一瞬にして巨大な氷を生み出して瀬呂を氷漬けにしたり、ヒーロー基礎学の模擬戦でビルそのものを一瞬にして氷漬けにしたのを見れば、誰にでも理解出来るだろう。
原作主人公の緑谷と強力な氷の個性を使う轟。
これはどっちが勝ってもおかしくはない。
……原作ではどうなったんだろうな。
「三奈ちゃん……貴方の事は忘れないから、草葉の陰で見守っていてね」
「私死ぬの!?」
葉隠の言葉に、三奈が思わずといった様子で叫ぶ。
「あははは。……冗談だよ、冗談。三奈ちゃん、頑張ってね」
「そうですわ。私達は負けてしまいましたが、芦戸さんはまだ勝ち進んでいます。出来る限りのところまで勝ち進んで下さい」
そんな3人の会話が、俺を間にしだされる。
これ……俺はどういう風に反応すればいいんだ?
いやまぁ、どういう風に対応するにしても、俺が三奈に負けるつもりはないけどな。
「選手宣誓の一件もあるし、俺は負けるつもりはない。それが、例え三奈が相手でもな」
全ての生徒の壁となると、そう俺は宣言したのだ。
であれば、三奈が……俺の仲の良い三奈が相手であっても、手を抜いて負けるといった事をするつもりはない。
「うん、分かってる。私も……アクセルに勝てるとは思えないけど、それでも精一杯頑張ってみるよ」
三奈が真剣な表情で俺を見て、そう言ってくる。
「ああ、受けて立つよ」
「……じゃあ、そろそろ控え室に行こうか。はい」
そう言い、手を出してくる三奈。
「俺は別にここでもいいんだけどな」
1回戦の時もそうだったが、この応援席から舞台のある場所まで飛び降りるのは、俺にとっては難しいことではない。
そう口にしたものの、それで三奈は首を横に振る。
「そうかもしれないけど、それでも万が一があるでしょ。私との試合の前に、アクセルが怪我をしたら本気で戦えないじゃない」
いや、俺がここから飛び降りる程度で怪我をする筈がないんだが。
そう言いたかったものの、俺が口を開く前に三奈は俺の手を引っ張って強引に連れていく。
まさかこの状況で三奈の手を振り払うようなことも出来ず、そのまま引っ張られていく。
ちなみに舞台では既に轟と緑谷が向かい合っていた。
原作の主人公とクラスNo.2の片割れの試合……ちょっと見てみたかったんだけどな。
この試合の勝った方と俺は戦う訳だし。
「それにしても、アクセルって……マウントレディと知り合いだったんだね」
三奈が俺の手を引き、通路を歩きながらそう聞いてくる。
そう言えば、その件については殆ど聞かれなかったな。
まぁ、峰田の一件があって……後は、チアガールのコスプレの件もあって、皆がその件については今は忘れているんだろうが。
ただ、忘れているのはあくまでも今はの話で、体育祭が終わってまた学校が始まれば、その時に体育祭の時の事が話題になり、俺とマウントレディ……後はあの時一緒にいた拳藤とかの件が出てもおかしくはない。
「そうだな。色々とあるんだよ、これでも」
「色々? うーん……まぁ、アクセルのことだと思えば、何となく分からないでもないけど」
いや、それはどっちなんだ?
そう突っ込もうとしたところで、分かれ道に到着する。
試合会場に行く前に待機する為の控え室が、それぞれにある場所。
「じゃあ、私はこっちだから。……アクセル、負けないからね」
そう言うと、三奈は俺をその場に残して自分の控え室に向かう。
うーん……いかにも三奈らしいと言えばらしい行動だな。
そう思いつつ、三奈がいなくなった以上はこの場にいても意味はないので、俺も自分の控え室に向かう。
……どうせなら、控え室にはTVとか用意してくれればよかったんだけどな。
そうなれば、直接ではないにしろ緑谷と轟の試合を見る事が出来たのに。
控え室に入り、椅子に座ってそんな風に思う。
控え室って本当に控え室で、暇潰しをするような何かはないんだよな。
そんな訳で、俺は空間倉庫の中から本を取り出し、読み始める。
これはどこの世界で買った本だったか忘れたが、料理漫画だな。
ただ……うーん、いまいち。
料理漫画に警察ものをクロスさせたというのは新しい。
自分の義理の父親と店を燃やしたのを誰かの陰謀によって主人公と少年が容疑者となり、事件の手掛かりを見つける為に色々な場所に行き、そこで料理をしながら事件の謎に迫るってストーリーなんだが……微妙。
うーん、料理の描写もどこかで見たようなのが多いし……ぶっちゃけ外れだな。
パタンと途中で読むのを止めて本を閉じる。
すると、それと同時に部屋に近付いてくる気配を感じ、漫画を空間倉庫に収納する。
そして数秒……コンコンと、扉がノックされた。
「入っていいぞ」
「アクセルさん、前の試合が終わったので、準備をお願いします」
体育祭の運営委員の腕章を腕に嵌めた男が、そう言ってくる。
経営科の生徒か?
「分かった。……それで、俺の前の試合ではどっちが勝った?」
緑谷と轟。
どっちが勝ってもおかしくはないと思いながら、男に尋ねる。
「轟さんが勝ちました」
「そうか」
男の答えは、意外なようでもあり、納得出来るようでもある。
とはいえ、それでもやはり原作主人公がほぼ確定している緑谷が2回戦で負けるというのはちょっと意外だったな。
原作の流れを考えれば、優勝……もしくは準優勝くらいはしてもおかしくないと思ったんだが。
あるいは、実際に原作ではそうなったが、この世界では俺が介入した影響によって緑谷がシラタキや黒霧、脳無との実戦経験の機会を奪った結果、轟に負けてしまったのかもしれないな。
一応。その件のフォローの為に自主訓練では緑谷を集中的に鍛えたりしていたんだが。
どうやら、足りなかったらしい。
そんな訳で、俺の次の相手は轟になった訳だ。……その前に、三奈との戦いがあるけど。
座っていた椅子から立ち上がり、男の案内に従ってスタジアムの舞台に向かう。
案内役の男が一緒に来たのは途中までで、何らかの仕事があるのかすぐに男はその場から立ち去った。
『さて、2回戦第2試合は、ここまでパーフェクトでやって来た、アクセル・アルマーVSそれって酸を使った動き? の芦戸三奈だぁっ!』
プレゼント・マイクの煽るような声を聞きながら舞台に進む。
向こう側からは三奈が姿を現しており、プレゼント・マイクの言葉に微妙な表情をしていた。
本人にその気があったのかどうかは分からないが、酸の使った動きか? と言われると微妙な感じの動きを見せているのは事実だ。
ともあれ、そうして俺と三奈は舞台に上がり、少しの距離を取って向かい合う。
「さて、もう2回目の試合だし、ルールについては説明しなくてもいいわね?」
ミッドナイトが鞭を手にそう聞いてくる。
……間近でミッドナイトを見られるってだけで、峰田辺りなら嫉妬してきそうだな。
そう思いながらミッドナイトの言葉に頷く。
三奈もまた、俺と同様に頷いていた。
「じゃあ、2人共頑張ってちょうだい。……試合、開始!」
あれ? 今回はプレゼント・マイクじゃなくてミッドナイトが試合開始を告げるのか?
そう疑問に思ったが、今のこの状況を考えると、それはそれでありかもしれないと思う。
「行っくよぉっ!」
その言葉と共に三奈はスケート場で移動しているかのように、滑りながら俺の周囲を回る。
この動きは普通に歩いたり走ったりするのと違う、滑るという動きだけに、慣れていないと違和感があるだろう。
普通歩いたり走ったりする場合、どうしても多少なりとも身体が上下する。
だが、三奈の滑るという行為はそのような事をしなくても物体を滑って移動が出来るのだ。
そんな動きから、三奈は酸を飛ばしてくる。
「っと」
とはいえ、動きながらの酸による攻撃というのはそう簡単に命中するものではない。
それに三奈が放つ酸も、当然ながら試合という事で、触れてもヒリヒリする程度の酸でしかない。
……三奈が本気になれば、それこそ人を溶かすくらいの酸も使えるのだろうが、本人の性格からそれを人に使うような事はない。
とはいえ、それでも普通なら酸に触れたくないとは思うだろう。
特に実戦を想定してのものであれば、余計に。
そんな訳で、酸の一撃を回避して前に出る。
塩崎との戦いの時は1回戦という事もあって見せ場を作った方がいいだろうと考えたが、現在の三奈との戦いは既に2回戦だ。
であれば、見せ場とかそういうのは考えなくてもいいだろう。
それに、三奈も本気でやって欲しいと言っていたしな。
そんな訳で、酸の攻撃を回避しながら瞬動で前に出る。
今の俺の能力なら、瞬動を使わなくても目にも止まらぬ速度で動く事が出来るのだが、それでも瞬動を使ったのは、三奈の気持ちを思っての事だ。
「っ!?」
一瞬にして自分の前に現れた俺に向け、三奈は咄嗟に酸を放つ。
その酸を回避すべく斜め前に跳び、虚空瞬動を使って三角跳びの要領で三奈の後ろに回り込み、首に手刀を放つ。
トン、と。
その一撃で三奈は意識を失って倒れそうになったところを、抱き留める。
何しろ舞台は……特に三奈のいる場所は大量に酸が撒かれているしな。
三奈自身は酸に触れても個性の関係で問題ないだろうが、三奈の体操服は別だ。
そんな訳で、気絶した三奈を抱き留め……
「アクセルぅぅぅぅぅっっっっっっっ!」
……何だか応援席の方から峰田の怨嗟の声が聞こえてきた気がするが、これはきっと気のせいだろう。うん、そうに違いない。
そんな訳で、俺は峰田の声はスルーしてミッドナイトに視線を向ける。
「ミッドナイト先生」
「え? ええ、そうね。……勝者、アクセル!」
何故か俺と三奈を見ながらうっとりとしていたミッドナイトだったが、俺の言葉で我に返ると、そう宣言する。
「じゃあ、彼女を保健室まで運んでね」
「……え? 俺が?」
ミッドナイトがさも当然といった様子でそう言ってくるので、思わず聞き返す。
だが、ミッドナイトはそんな俺の言葉に不思議そうな表情を向けてくる。
「貴方以外に誰がいるの?」
「……分かりました」
ミッドナイトがそう言うのなら、取りあえず従っておいた方がいいだろう。
そう判断し、俺は気絶した三奈を横抱き……いわゆる、お姫様抱っこをして、その場を立ち去る。
「ああああああああああああああああくくくくくくくくくくくくくくせええええええええええええええええええええるうううぅぅ!」
……またもや峰田の怨嗟の声が聞こえてきたが、俺はそれを聞こえない振りをして保健室に向かうのだった。