「おやおや、またかい」
保健室に到着すると、三奈をお姫様抱っこしている俺を見て、リカバリーガールが呆れた様子で近付いてくる。
「そっちのベッドに寝せるんだよ」
リカバリーガールの指示に従い、三奈をベッドの上に寝かせる。
チラリと隣のベッドを見ると、そこには緑谷の姿があった。
気絶か眠っているのか、その辺は分からないが、俺の存在に気が付いた様子はない。
轟と戦って全力を出し、それでも負けたのだからこの状況は当然だろう。
「リカバリーガール、緑谷の様子は?」
「……今は、問題ないよ」
俺の問いに、苦い表情でそう言ってくるリカバリーガール。
……今は?
何か意味深な様子の言葉に疑問を持つが、リカバリーガールはどうやらそれ以上答えるつもりはないようだった。
「ふむふむ。特に怪我らしい怪我はしていないね。もうすぐ意識も戻るだろうし、意識が戻ったら、もう大丈夫だろうね」
緑谷の件についてはスルーし、三奈の様子を見ていたリカバリーガールはそう言ってくる。
まぁ、怪我らしい怪我がないのは、首の裏を手刀で叩いて気絶させただけなのだから、当然だろうが。
ちなみに、この手刀で首の後ろを叩いて気絶させるといった奴だが、漫画とかではよく見られる光景だが、実際にはそう簡単に出来る事ではない。
相応の威力を的確な角度で、狙った部位にピンポイントで当てる必要があった。
このどれかをミスれば、場合によってはそれによって致命傷となる可能性も否定は出来ないくらいに、危険な行為ではある。
もっとも、相応の技量があれば、一瞬で、それも無傷で相手を気絶させることが出来るので、かなり便利ではあるのだが。
「そうか、じゃあ俺はそろそろ……」
「お待ち」
応援席に戻る。
そう言おうとした俺の言葉を遮って、リカバリーガールがそう言ってくる。
「リカバリーガール?」
「女が……それも自分で気絶させた女が眠っているんだよ? せめて目が覚めるまで一緒にいた方がいいんじゃないかい?」
「いや、出来れば他の試合を見たいんですけど……」
「黙らっしゃい。恋人よりも大事な事が、今のお前にあるのかい!」
「あー……えっと……?」
リカバリーガールが断言する様子に、少し戸惑う。
えっと、リカバリーガールは今何て言った? 俺と三奈が恋人だと言ったのか?
「何か勘違いしてないですか? 別に俺と三奈はそういう関係じゃ……」
「お姫様抱っこで運んできたのにかい?」
「いや、そうした方が運びやすかったからそうしただけなんですが」
「……おや? もしかして、私の勘違いかい?」
「まぁ、端的に言えば」
「うーん、私の勘も外れたかね」
首を傾げるリカバリーガール。
そんなリカバリーガールの様子に呆れつつ三奈を見ると……その頬が赤く染まっていた。
それこそ、ピンクの皮膚をしている三奈であっても、赤くなっているのが分かるくらいには。
気絶している三奈がそんな風に頬を赤くするとは思えない。
だとすれば、これはやはり既に目が覚めており、今の俺とリカバリーガールの会話を聞いていたのだろう。
実際、俺も三奈の首の後ろを叩いた時にそこまで強く叩いた訳ではないので、そんなに長く気絶している訳ではないし。
俺とリカバリーガールが話している間に気が付いても、おかしくはなかった。
「……三奈」
「うううううー!」
三奈の名前を呼ぶと、既に意識が戻っていることに気が付いたのだろう。
そんな声を上げながら、布団に潜り込んで丸くなる。
「えっと……これはどうすれば?」
「知らないよ。痴話喧嘩に首を突っ込む程野暮じゃないしね。えーと、書類の整理が……」
リカバリーガールはわざとらしくそう言うと、机の方に戻る。
せめて緑谷をもう少し心配してやったらいいんじゃ?
そう思ったが、緑谷も今は寝ているし、何かしない方がいいのは間違いないだろう。
「……で、三奈。そろそろ出て来て欲しいんだけどな」
「うー!」
布団の中から呻き声が聞こえてくる。
いや、何だってそんな風になる?
もしかして俺に負けたのがショックだったとか?
とはいえ、こう言ってはなんだけど三奈も俺との実力差については十分に分かっていた筈だ。
であれば、負けたからといってこうして布団の中に引き籠もるとか、そういうのをするのは疑問だ。
となると、何かもっと他の理由とか?
まぁ、その具体的な理由が分からないので、俺としてはどうする事も出来ないのだが
「あー……それで、どうする? 三奈はまだここにいるか? 俺はそろそろ応援席に戻ろうと思ってるんだけど」
「……戻る。ここで戻らないと、他の人達に心配掛けそうだし」
この辺の気遣いが、三奈らしいよな。
「そうか。じゃあ、そろそろ布団から出て来いよ」
そう言うと、三奈が布団からそっと顔を出す。
まだそのピンクの皮膚の頬は薄らと赤いが、ここで何かを言えばまた三奈は布団の中に戻りそうなので、何も言わずに手を伸ばす。
「ほら」
「……ん」
俺の手を取って、ベッドから下りる三奈。
いつも元気な三奈には珍しいくらいのしおらしさだな。
そんな三奈の様子に新鮮なものを感じつつ、保健室を出る。
いや、正確には保健室じゃなくて、スタジアムに用意された治療室なのか?
リカバリーガールがいるので、保健室と言ってもいいような気がするけど。
それにしても、リカバリーガールがここにいるとなると、2年や3年が怪我をした場合って、どうなるんだろうな。
わざわざ1年のいるこのスタジアムまで来るのか?
……まぁ、1年が怪我をしやすいと雄英側で判断したから、こういう感じなのかもしれないけど。
そうして俺と三奈は保健室を出て応援席に向かう。
手を繋いだままなのは……まぁ、三奈にもそうしたい時があるのだろう。
そんな風に思いながら歩いていると、前方に見覚えがあるが、初めて会う人物の姿があった。
見覚えがあるというのは、プロヒーローについて少し調べれば、すぐに顔が出てくる人物だったからだ。
正確には、オールマイトに次ぐNo.2ヒーローのエンデヴァー。
そのエンデヴァーが、腕組みをして通路の真ん中に立っていた。
そして、炎に包まれたその顔が見ているのは……俺。
「アクセル」
そんなエンデヴァーに何かを感じたのだろう。
三奈が不安そうに俺の名前を呼ぶ。
「どうやら、向こうは俺に用事があるらしい。そんな訳で、俺はちょっとエンデヴァーと話していく。三奈は先に応援席に戻っていてくれ」
「でも……いいの?」
「別に、そこまで心配するようなことじゃないだろ? ただ、プロヒーローが将来有望な生徒に話があるというだけで」
冗談っぽく言う。
とはいえ、実際その言葉は決して間違っている訳ではない。
エンデヴァーがNo.2のプロヒーローなのは間違いないが、No.1のオールマイトは事務所の類を持っていない。
それに対して、エンデヴァーの事務所にはかなりの数のプロヒーローがサイドキックとして所属している。
そう考えると、有望な学生には早く声を掛けておきたいと思っても不思議ではない。……不思議ではないが、多分違うんだろうなとは思う。
「あ、そうなんだ。……えっと、じゃあ私先に行くね」
そう言い、三奈は握っていた俺の手を放すと、俺を追い越し、エンデヴァーの横を通る時に軽く頭を下げていく。
エンデヴァーもそれに頷くことで答え、そして三奈が十分に離れて俺とエンデヴァーの2人になったところで、ようやくエンデヴァーが口を開く。
「君が、アクセル・アルマーか」
「ああ、そうだ」
「……焦凍から聞いている。何でも受験において首席で、それ以後の授業でも最高の成績を誇っているとか」
「まぁ、否定はしない」
俺の言葉遣いについては、特に何かを言ってくる様子はない。
……いや、というかエンデヴァーの様子を見る限りだと、根本的に俺に興味がないとった感じだな、これは。
だからこそ、今のような俺の言葉遣いについても特に気にしてはいないのだろう。
俺にしてみれば言葉遣いとかを気にしなくてもいいので、楽なのは間違いないが。
「だが……君のその快進撃もここまでだ。焦凍は1回戦で炎を使った。それによって、真の意味で最高傑作となったのだ」
自信満々にそう言うエンデヴァー。
だが……最高傑作か。
いやまぁ、少し耳にした程度だが、轟はこのエンデヴァーの息子だという話だが……それでも、自分の子供を最高傑作と言うのには不快感がある。
そう思うのは、養子とはいえ俺にはルリとラピスという2人の子供がいるからか。
「最高傑作か。……けど、最高傑作程度の実力で俺に勝てるかな?」
「ふんっ、増長するのもいいが、それでもやりすぎれば滑稽なだけだぞ」
「……そう言えば、ちょっと試してみたいことがあったんだけど、協力してくれないか?」
「うん?」
いきなり話題を変えた俺に、エンデヴァーが不思議そう……いや、不審そうに視線を向けてくる。
「あんたは、炎系の個性の中では最強……まぁ、あくまで日本での話だが、とにかく最強なんだよな?」
「……それがどうした?」
「いや、俺もちょっと炎には興味があってな。轟と戦う前に、ちょっとあんたの炎を見せてくれないか?」
「何?」
「それとも、最高傑作の轟は、前もってこうして父親の炎を見る程度で俺に勝てないような奴なのか?」
挑発気味に言う。
エンデヴァーの性格をそこまで完全に理解している訳ではないが、最高傑作と称する轟に対し、自信を持っているのは間違いない。
であれば、その最高傑作を貶すような事を口にすれば……
「ふんっ! ……これでいいのか?」
掌の上に炎を生み出す。
なるほど……なるほど。これが日本のNo.2ヒーローの、日本最強の炎系個性の持ち主か。
俺がエンデヴァーに挑発染みた言葉を口にしたのは、息子の轟を最高傑作といった扱いをするのが不愉快だったからというのもあるが、同時にエンデヴァーの炎で試してみたい事があったという理由もある。
このヒロアカ世界にやってきて驚いた事の1つに、本来なら魔力や気を使わない攻撃では俺にダメージを与えられない筈なのに、何故か個性でなら俺にダメージを与えられるというのがある。
もっとも、心操の一件でもそうだったが、俺に通用する個性と通用しない個性がある。
あるいは単純に練度の問題なのかもしれないが。
ともあれ、そんな訳で個性は俺にダメージを与える事が出来る訳だ。
で、俺の種族は混沌精霊。
ネギま世界での闇の魔法によって、多種多様な精霊を吸収し、その果てとして混沌精霊という種族になったのだが、一口に混沌精霊と言っても、その割合は不均等だ。
元々俺はネギま世界に初めて行った時……SEED世界のセイラン家の陰謀によるものだったが、とにかく俺はその時のゴタゴタで炎、影、召喚魔法を使えるようになった。
そして、その中でも特に炎との相性がよく、実際にネギ世界では炎系の魔法を好んで使っていた。
つまり、混沌精霊という種族名ではあるが、その混沌の中の割合は炎がかなり大きい。
それは白炎を使ったり、あるいは炎獣を使ったりするのを見れば明らかだろう。
さて、問題。
では、エンデヴァーという日本において最強の炎系個性を持つ人物の個性である炎は、混沌精霊である俺にダメージを与えられるのか。
それを確認するように、素早く……エンデヴァーが反応出来ない速度で手を伸ばす。
「なっ!? ばっ!」
俺の突然の行動に、反応出来なかったエンデヴァー。
No.2プロヒーローとしてそれはいいのか? と思わないでもなかったが、別に今は仕事中という訳でもないし、まさか俺が自分の出した炎にいきなり手を伸ばすとも思っていなかったのだろう。
だが、理解出来ないといった様子だったエンデヴァーは、すぐに炎を消して俺の手を掴む。
「いきなり何をする! まずは、リカバリーガール……に……」
怒声が通路に響き、俺をリカバリーガールのいる保健室に連れていこうとしたエンデヴァーだったが、その言葉は途中で止まった。
それは、俺の手が一切の火傷をしていなかったからだろう。
「馬鹿な……これは……」
「どうやら、エンデヴァーの炎でも俺に火傷を負わせる事は出来ないようだな」
エンデヴァーから手を放し、改めて自分の手でも確認する。
するとそこには、予想通り小さな火傷の痕跡すら存在しなかった。
「さて、見て貰った通り、俺は炎に対して絶対的な耐性を持つ。……で、轟が炎を使えるようになったから、俺に勝てるだったか? その目論見もこれで消えた訳だ。そうなると、後は氷で俺と戦うしかない訳だが……さて、どうなるだろうな」
「……貴様、一体何者だ?」
腹の底から発したような声で、俺を見てくるエンデヴァー。
こう言ってはなんだが、さっきまでは俺を通して轟を見ていたのが、今になってようやく俺をこうして直接見るようになったといった感じだな。
「さて、何者なんだろうな」
そんなエンデヴァーにそう言って誤魔化し、俺は応援席に向かうのだった。