決勝が始まるまでの間、控え室で待っていて欲しいというプレゼント・マイクの言葉に従って、俺は控え室で待機していた。
とはいえ、控え室では特に何かやるべき事がある訳でもなく……なので、軽く腹ごしらえも兼ねて空間倉庫から一口サイズのミニエクレアを取り出し、それを食べる。
ちなみにこのミニエクレアは、マンションの1階にあるスーパーで購入したものだ。
高品質な商品を多数置いているスーパーだけに、このエクレアも工場で作ったような奴ではなく、スーパーで雇っているパティシエが作ったものだ
わざわざスーパーでパティシエを雇うのか?
そうも思ったが、実際あのスーパーのスイーツコーナーは店の中でも上位の売り上げを叩き出していると、店員が他の客と話しているのを聞いた事がある。
そういう意味では、わざわざパティシエを雇うだけの価値はあるのだろう。
あるいは、そのパティシエが何かお菓子作りをする上で有用な個性を持っているとか。
……糖度判定の個性とか?
雄英とかでは使い物にならないが、パティシエとかならかなり有用な個性に思えるな。
他にも果物を育てている農家とかでも有用そうだ。
ともあれ……
「うん、美味い」
エクレアというのは、本来なら雷を意味する名前で、何でも一瞬でなくなるとか、あるいは中のクリームが零れないように一瞬で食べる為にそういう名前がついたとか何とか。
実際には色々と説があるので、俺の知ってるのが本当とは限らないけど。
ただ、クリームが零れないように食べるというのは理由なら、この一口サイズのエクレアは一口で食べられるので、クリームが零れるとかそういうのを気にしなくてもいい。
そんなエクレアを食べていると……
「ん?」
この控え室に向かってくる気配を感じる。
決勝が始まるまでは、まだそれなりに時間がある筈だが……そうなると、一体誰だ?
あるいは俺を応援する為に優や龍子がやって来たのかとも思ったが、気配が違う。
闘気にあふれたこの気配は……爆豪か?
それはそれで、一体何の為に爆豪がここに? と疑問に思ったが、爆豪の性格を考えれば、決勝前に闇討ちをしようとか、そういう事を考えるとは思えない。
爆豪はプロヒーローよりもヴィラン向けの性格をしているが、だからといって闇討ちをしたりとか、そういう事はしない。
寧ろ皆の前で正面から自分の実力で相手を叩きのめすのを好むタイプだしな。
なら、なんで爆豪が?
そう思っていると、不意にドアがどん、と外側から蹴り開けられる。
そして、部屋の中に入ってきた爆豪は中に俺がいるのを見ると、眉を顰める。
「ああ? 何でホスト野郎がここにいるんだ?」
「何でって、ここが俺の控え室だからだけど?」
そんな俺の言葉に、爆豪は数秒考え……
「ちっ、間違ったか」
「意外とお茶目なところがあるよな」
「うるせえぞ、ごらぁっ!」
俺の言葉にそう怒鳴る爆豪。
爆豪としては怒鳴って自分が控え室を間違えたのを誤魔化そうとしたのかもしれないが、薄らと頬が赤く染まっているのを見れば、自分でもミスをしたというのは理解しているのだろう。
そんな爆豪だったが、ふと我に返ると改めて俺を睨み付けてくる。
「おい、ヒモ野郎」
いい加減、ヒモかホストか、どっちかに統一して欲しいんだが。
いやまぁ、俺も好んでそういう風に呼ばれたいって訳じゃないから、普通にアクセルと名前で呼んでくれた方が嬉しい。
とはいえ、爆豪の事だ。
俺が何を言おうとも、それを素直に聞いたりはしないだろう。
「何だ?」
「今日こそ、俺はお前をぶっ殺す」
「穏やかじゃないな」
そう言いながらも、爆豪の言う殺すというのは倒すという事と同じで、本当の意味で相手を殺そうとしている訳ではないのは、俺も十分に理解していた。
「うるせえ。入学の首席から、個性把握テスト、ヒーロー基礎学の模擬戦……この体育祭でも最初の障害物競走や騎馬戦。他にも色々だ。俺はお前に負け続けてきた」
負けたと、そう口にする時、爆豪の表情が悔しげに歪む。
爆豪にしてみれば、俺に負けたというのは受け入れがたい事なのだろう。
緑谷から少し話を聞いた限りだと、爆豪は天才肌というのもあって子供の頃からずっと最強の存在として君臨してきたらしいし。
それが雄英に来てからは、上位にいるのは間違いないが、クラスのトップの座は俺に奪われている。
それを考えれば、爆豪にとって俺は目の上のたんこぶ以外の何者でもないだろう。
だからこそ、爆豪はこのトーナメントの決勝というこれ以上ない場所で俺に勝利し、自分こそが1年でも最強の存在と周囲に知らしめたいのだろう。
「だから、このトーナメントで俺に勝つか?」
「そうだ。だが、中途半端な……手加減をした奴を相手に勝っても、意味はねえ。……おい、アクセル。てめえ、まだ力を隠してるな?」
へぇ。
爆豪の言葉に、俺はそんな風に思う。
実際、爆豪の言ってる事は間違いではない。
寧ろ俺の混沌精霊としたの力は、大部分を使わずに今こうして雄英ヒーロー科の1年でもトップの地位にいる。
「さて、どうだろうな」
「……俺との試合では、力を隠すような事をしないで、本気で、全力で戦え」
「本気で言ってるのか?」
爆豪の様子を見て、思わずそう尋ねる。
そう尋ねつつ、今の一言で俺が力を隠しているというのを証明してしまった形だ。
「……当然だ」
「爆豪が一体何を思ってそういう事を言ってるのかは分からないが、そこまで言うのなら俺が隠しているとお前が思っている力を引き出さなければならないくらいに追い詰めてみたらどうだ?」
そう言っておく。
力を隠しているというのは、もう爆豪に知られてしまった。
とはいえ、爆豪の性格を思えば、もしそれを知っても言い触らしたりはしないと思うが。
「言いやがったな」
「ああ、言った。もし爆豪が俺の実力を発揮させるように出来れば、その時は俺も相応に対応しよう。……もっとも、爆豪にそれが出来るかどうかは微妙だなとは思うが」
「てめえ……」
俺の言葉を挑発と判断したのか、爆豪は睨み付けてくる。
爆豪にしてみれば、自分が下に見られていると思っているのだろう。
実際、それは決して間違いではない。
何しろ俺は、公安から依頼されて生徒達の壁となる為に雄英に入学したのだ。
であれば、俺という存在は生徒達の……爆豪の前に立ち塞がる必要がある。
壁として立ち塞がった俺を前に、爆豪がどのように対応するのかは、それこそ爆豪次第だが。
「何度も言うようだが、爆豪がもし俺の本当の力を見たいのなら、それを引き出す……引き出さないと俺が負けると思うところまで俺を追い詰める事だな」
「なら、そうさせて貰う。後で最初から全力を出していればよかったと後悔しても、知らねえからな」
そう言い、控え室から出ていく爆豪。
俺はそれを見送ると、まだ残っていた一口サイズのエクレアを口にする。
このエクレアについて突っ込まれるかと思ったが、特にそういう事はなかったな。もしかして、エクレアを売ってる屋台があったりするのか?
そう思いつつ、俺はエクレアを食べ……そして最後の1個を口に入れる。
それにしても俺の全力ね。
いやまぁ、爆豪にしてみれば俺の本気がどういうのか全く分かっていないんだろうから、そういう風に言ってきても仕方がないのかもしれないけど。
ただ、もし本当の意味で俺の全力を出すとすれば、ニーズヘッグが出て来たりするんだが。
そうなると、ニーズヘッグを使うと狭い舞台の上で爆豪が一体どう反応出来るのか。
そう考えればちょっと面白そうではあるが……うん、止めておこう。
あるいは俺の正体を知らせた後なら、その時はその時で本気の力を見せるといった事をしても構わないんだが。
ともあれ……まずは爆豪と戦ってみてからだな。
爆豪の戦ってきた相手は、どれも最終競技のトーナメントに残るだけあって決して一筋縄でいくような相手でないのは明らかだった。
だが同時に、爆豪のような才能ある者を相手にして互角に近い接戦に持ち込めるような者がいなかったのも事実。
だからこそ爆豪は、他の者達よりも1試合多くても不満を口にはしなかったし、なんなら連続で自分の試合をやるといったような事までしていた。
そういう意味では、爆豪がこれまで本当の実力を発揮した訳ではないのも明らかだろう。
元々爆豪は才能のある人物だった。
その爆豪がさっき俺に言ってきたように、今まで何度も俺に負け、それを悔しく思わない訳がない。
だからこそ、この日の為に……それこそ、この体育祭で俺に完膚なきまでに勝利し、今までの屈辱を晴らす為に、訓練を重ねてきたのは間違いないのだ。
そう考えると、このトーナメントの決勝で俺と遭遇するというのは爆豪にとってこれ以上ない舞台な訳だ。
……まぁ、俺が実力を隠していて、今まで本気を出していなかったというのに、どうやって気が付いたのかはちょっと疑問だが。
多分、それこそ爆豪の才能によるものといった感じなんだとは思うが。
「ともあれ、俺に本気を出させたいのなら、爆豪には相応の資格を見せて貰わないとな」
個人的には、出来れば俺の実力は今のところあまり公開したくはない。
その最大の理由は、やはりこの体育祭が全国放送だからだろう。
今までの経験からして、ゲートを使ってランダムで行く世界というのは、戦いがある。
MSのような人型機動兵器を使っての戦いであったり、もしくはネギま世界やペルソナ世界のような生身での戦いであったり。
そういう意味では、このヒロアカ世界においても間違いなく戦いは存在する筈だ。
……まぁ、プロヒーローとヴィランという存在を思えば、戦いがあるのは間違いないが。
ともあれ、緑谷がこの世界の主人公である以上、原作において緑谷が戦うべき相手も、体育祭の放送を見ている可能性は十分にある。
この世界の主人公はあくまでも緑谷であると考えれば、俺が実力を隠す必要はないのかもしれないが……既に緑谷には、つまり原作にはがっつりと関わっている訳で、何かあればそれに俺が巻き込まれるのも間違ってはいないだろう。
だからこそ、何かあった時の為に……万が一の為に、俺としては出来れば全国放映されている中で実力を発揮したくはない。
それならトーナメントで優勝するのかといった突っ込みについては、正直微妙であったりはするのだが。
そんな風に考えながらゆっくりしていると、再びこちらに近付いてくる気配を察知する。
もしかして、また爆豪じゃないだろうな?
そう思ったが、爆豪ならさっき来たし、またこの控え室に来るといった事はないだろう。
なら……と思って時間を確認すると、予想通りの時間だった。
既に俺がこの控え室に来てから30分以上経っている。
どうやら考えに夢中になって、いつの間にかそれなりに時間が経過していたらしい。
コンコンと、控え室の扉がノックされる。
扉が開き、姿を現したのは体育祭の運営委員をしているのだろう人物。
「アクセル選手、決勝戦の時間ですが問題はないですか?」
「ああ、問題ない。じゃあ、行くか」
この部屋で特に何かやるべきことがある訳でもないので、運営委員にそう言うと座っていた椅子から立ち上がるのだった。
『いよいよ決勝! この体育祭も最後の競技となったぜ! その決勝に挑むのはぁ……もう言うまでもないだろうが、予選から最終競技までトップでクリアし、トーナメントにおいても多くの者達を倒してきた、1年にしては強すぎね? アクセル・アルマーだああぁぁあぁぁっ!』
プレゼント・マイクのアナウンスに合わせるように、俺は舞台に姿を現す。
観客達からの歓声に、手を挙げる。
そして視線の先……龍子と優が俺に向かって応援しているのを見て、笑みを浮かべる。
そんな俺の笑みに気が付いたのだろう。
龍子と優も、それぞれに笑みを浮かべて俺を見ていた。
そんなやり取りをしつつ、舞台に上がる。
『続いては、アクセルに対抗出来るか。普段からアクセルに強い対抗心を持つ……爆豪勝己!』
うわ、爆豪の説明が……いや、爆豪は今まで何試合もして来たんだから、その度にプレゼント・マイクに紹介されていた訳で、そう考えるとプレゼント・マイクのネタが尽きたのかもしれないな。
そんな風に思っていると、アナウンスに合わせて爆豪がやって来たのだが……
「うん?」
爆豪の姿を見て、思わずそんな声が口から出る。
当然だろう。何しろ爆豪の額には……いや、額に限らず汗がびっしょりなのだから。
えっと、これは一体?
もしかして、俺と戦うよりも前に誰かと戦ってきたのか?
そう思ったが、爆豪は全身から汗を掻いてはいるものの、体力的に疲れている様子は全くない。
「爆豪、お前……大丈夫か? 変な病気とか、そういうのじゃないよな?」
個性が存在するヒロアカ世界だけに、何らかの未知の病気があってもおかしくはない、
そう思って聞いたのだが、爆豪は獰猛な笑みを浮かべ……そして、闘志に満ちた目で俺を睨み付けるのだった。