「じゃ、決勝を始めるわよ。いいわね?」
顔に……いや、身体中に汗をびっしょりと掻いている爆豪と、それに向き合う俺。
ミッドナイトはそんな俺達にそう声を掛けてくる。
俺と爆豪はそれぞれ頷き、それを見たミッドナイトは数歩下がる。
爆豪の汗を見てもミッドナイトが何も言わないということは、この汗は爆豪にとって特に何の問題もないと思っても間違いではないのだろう。
そうなると、一応警戒しておいた方がいいか?
「じゃあ、決勝戦……始め!」
ミッドナイトの宣言と共に、観客席から歓声が聞こえてくる。
だが、爆豪はそんな歓声など関係ないと言わんばかりに俺に向かって突っ込んで来た。
フェイントも何もなく、ただ真っ直ぐに。
そんな爆豪の様子に疑問を抱く。
爆豪も個性を使わない純粋な近接戦闘の技術で俺に勝てるとは思っていない筈だ。
この2週間で幾ら爆豪が訓練をしても、この手の技術というのは一足飛びに強くなる訳ではない。
……いやまぁ、緑谷のように原作主人公とかそういうの相手なら、あるいは主人公補正によってどうにかなるかもしれないが。
もっとも、その主人公補正のある緑谷ですら、結局轟に負けてしまったのだが。
そんな風に思いつつ、間合いを詰めてきた爆豪の様子を見る。
さすがに最後まで真っ正直に正面から来るとは思わないが……
BOMB、と。
爆豪が掌で爆発を起こすと、その速度が一気に加速する。
それは予想通りなので、特に驚くような事でもないのだが……けど、なんだ?
爆発が妙にスムーズというか、流れに乗っているというか、そんな感じだ。
もしかして、汗がびっしょりだったのは、その辺に何か関係があるのか?
爆豪は爆破によって強烈な加速をする。
だが……その向かう先は、俺ではない。
いや、正確には俺のいる場所から少し外れた場所。
それを見つつ、俺は拳を出す。
一撃の威力を込めた拳ではなく、ジャブ。
もっとも、俺の……混沌精霊の俺の放つジャブだ。
幾ら手を抜いているとはいえ、それでもヘビー級ボクサーの全力のストレート以上の威力を持つ。
爆豪もそんな一撃の威力の危険さを察したのか、再度掌で爆発を起こす。
ただし、それは前方に向けての爆発であり……同時に、俺に対する攻撃でもあった。
そんな爆豪の攻撃に拳を手元に戻し、しゃがみながら回し蹴りを放つ。
爆豪の足下を刈るかのような一撃だったが、爆豪は跳躍する事でその一撃を回避し、掌で爆発を起こし、それを推進力として回し蹴りを放ってくる。
どん、と。
爆豪のその足は俺の手にぶつかったものの、その手を吹き飛ばすようなことは出来なかった。
とはいえ、掌で受け止めた時の音を聞けば分かるように、今の一撃そのものはかなりの威力だったのは間違いない。
……だからといって、足を掴まれたのは爆豪にとっても失態だったが。
ヒーロー基礎学の模擬戦の時も、確か同じように足を掴まなかったか?
そんな風に思いつつ、爆豪の足を掴んだまま、舞台に叩き付け……ん?
感触が、違う。
本来ならかなり手加減をしているとはいえ、爆豪の身体が舞台に叩き付けられる音と感触があってもおかしくはないのだが、今のは違った。
「くそがぁっ!」
その叫びと共に、俺が掴んでいない方の足で蹴りを放つ爆豪。
その一撃を回避しながら、再び掴んでいた爆豪の足を手で振り上げ、舞台に叩き付け……なるほど、身体が舞台に叩き付けられる瞬間、掌から爆発を起こして衝撃を殺していたのか。
勿論、完全に衝撃を殺したといった訳ではないので、ダメージが皆無という訳ではないだろう。
だが、本来舞台に叩き付けられた時のダメージを考えれば、間違いなくそのダメージは小さい。
小さいが……
「俺に掴まれた時点で終わりだったな」
そう言い、三度、四度、五度、六度……といった具合にその爆豪の身体を舞台に叩き付ける。
爆豪はその度に爆破を使って衝撃を殺しているが、個性というのは何の対価もなく使い続けられる訳ではない。
いやまぁ、世の中にはそう言う個性を持っている者もいるかもしれないが、爆豪はどうやらそのタイプではなかったらしい。
このまま終わりか?
そう思ったのは、十回目に舞台に叩き付けようとした時だったが……
「うおおおおっ!」
爆豪が必死になって掌をこちらに伸ばしてくる。
「っと!」
爆豪が何をやろうとしたのかは、すぐに分かった。
つまり、自分の身体が舞台に叩き付けつつも、俺に反撃をしようとしたのだろう。
肉を切らせて骨を断つといった言葉があるが、この場合は骨を断たせて肉を切るといった感じか。
とはいえ、俺の手に掴まれた状態から掌から脱出するのが最優先だと爆豪は咄嗟に判断したのだろう。
握り締めた爆豪の足が、掌から逃げ出していく。
それに対して追撃してもいいが、決勝である事を考えると少しは爆豪にも見せ場があった方がいいだろう。
そう思い、俺は離れた場所に着地する爆豪の様子を見る。
「どうした? 俺に全力を出させるんじゃなかったか?」
「てめえっ! ぶっ殺す!」
挑発するすつもりではなく、純粋に俺は疑問を口にしただけだったのだが、爆豪にしてみれば完全に挑発だったらしい。
そう叫びながらも、爆豪は俺に突っ込んでくるような事はない。
苛立っていても、今の状況で一気に突っ込むとそれは自分にとって致命的だというのを理解しているのだろう。
「そっちが来ないのなら、こっちから行くぞ。……見失うなよ?」
そう言い、俺はゆっくりと爆豪に向かって歩いていく。
そんな俺の言葉をどこまで信じたのかは分からない。
ただ、それでも俺に向けて右手を向けてくる爆豪。
ゆっくりと歩き……次の瞬間、地面を蹴る。
瞬動を使った訳ではなく、普通に地面を蹴っての行動。
しかし、それでも爆豪は俺の姿を目では追っていなかった。
これで終わるか?
そう思ったが、次の瞬間……
BOMB!
爆発音が周囲に響く。
当然ながら、その爆発を起こしたのは爆豪だったが、その爆破の向かう先は俺……ではなく、舞台。
右手は俺に向けていた爆豪だったが、左手は下を、舞台に向けられていた。
つまり、今の爆破によって引き起こされたのは、舞台の破壊。
それによって土煙が周囲を覆う。
なるほど、これが狙いか。
煙幕……という表現はどうかと思うが、とにかく土煙で自分の姿を隠そうとしたのだろう。
咄嗟の判断にしては悪くない。
だが、生憎とこの程度で目眩ましにはならないし、何より俺には気配を察知出来る能力もある。
舞台の上にはミッドナイトもいるので、その気配と混同しないように気を付ける必要があるが、気配については覚えているのでその辺については問題ない。
そして、爆豪のいる方に向けて土煙の中を歩き出そうとし……ふと疑問を抱く。
爆豪程に才能のある者が、この状況で土煙の中にいる俺に攻撃してこないのは何故だ?
それはつまり、俺の事を待ち構えているからではないか?
そう判断し……丁度よく舞台には爆豪の爆破にとって破壊された石畳があるので、それを土煙の中から投擲する。
「ハウザーインパクト!」
どん、と。
爆豪が技名を叫ぶと同時に、投擲した石畳が吹き飛ばされ、破壊されたのが分かる。
それを察しながら、俺は投擲した石畳と反対側に出て、そのまま声のした方……爆豪のいる方に向かう。
そちらを見ると、爆豪は手を組み合わせ……あれはヒーロー基礎学で緑谷に使った技。それを放った直後だった。
しかし、その爆豪の顔にあるのは焦り。
爆豪の必殺技とも言うべきハウザーインパクトは、威力は高いものの連射出来るようなものではない。
だからこそ、爆豪は自分のミス……俺が囮として放った石畳を破壊したのを致命的なミスだと、判断したのだろう。
ハウザーインパクトを連続で使うのは難しいと判断し、組んでいた手を離し、俺に向かって右手を向けてくるものの……
「残念」
手首を蹴る。
瞬間、爆発はあらぬ方向に飛んでいく。
……あれ、観客席大丈夫か?
一瞬だけそう思ったものの、今はそれよりもやるべき事があった。
爆豪の爆破という個性は、掌を向けている方向にしか放つことが出来ない。
言ってみれば、それは拳銃のようなものだ。
攻撃する方向は、銃口代わりの掌の向きを見ていれば、それで分かる。
そんな訳で、俺は爆豪の掌を蹴ったのだ。
……これでもあくまでも掌の向く方向を変えるだけで、手首の骨を砕かないように注意はしての一撃だ。
ただ、それでも捻挫くらいはしているだろうが。
この戦いの中で、右手の爆発は使えない……訳ではないが、使うのはかなり難しいのは間違いない。
「くそがぁっ!」
「マジか!」
右手の手首を蹴られながらも、爆豪はそのまま右手の掌で爆発を起こす。
捻挫をしている右手でそのような事をすれば、当然ながら痛みが走るだろう。
しかし、それでも爆豪は痛みを耐えつつ爆破を起こし、左手の掌を俺に向かって向けてくる。
それで何を狙ってきるのかは、考えるまでもない。
だからこそ俺は驚きの声を上げたのだ。
咄嗟に舞台を蹴り、爆豪との距離を開ける。
次の瞬間、俺の身体のあった場所を爆発が飲み込んだ。
やっぱりな。
爆豪にしてみれば、今の一撃はまさしく一か八かといった感じの攻撃だったのだろう。
センスがあるのは認める。
だが……その動きそのものが、どうしても遅い。
いや、この場合は混沌精霊である俺の感覚が鋭すぎるだけか。
「逃げんじゃねえ、ヒモ野郎ぉっ!」
今の一撃を回避されたのが、余程悔しかったのだろう。
爆豪はヴィランそのものといった形相で俺を睨みつけ、叫ぶ。
本当にお前はプロヒーローを目指してるのかと突っ込みたくなる形相。
爆豪も黙っていれば顔立ちは整っているのだが、今の爆豪の様子を見ている限りだと、その顔立ちの良さはどこにいったのかと、そう思ってしまう。
「全国放送の場で、そういう風に言うのは止めて欲しいんだがな」
「ざっけんなごらぁっ!」
俺の言葉が余計に爆豪を刺激したのか、爆豪は両手に爆発を生み出すと真っ直ぐこちらに向かって突っ込んでくる。
ハウザーインパクトは、どれくらいかは分からないが相応の溜め時間が必要となる。
さっきは土煙を使ってこっちの目眩ましをして意表を突いたが、それを一度使ってしまえば、同じ手段は無理だ。
だからこそ、爆豪は再度ハウザーインパクトを使うのではなく、こうして近接戦闘を挑んできたのだろうが……
甘い。
爆豪は才能があるのは間違いない。
だが、その才能も誰にも負けない程の突出した才能という訳ではない。
ある種の天才ではあるかもしれないが、その天才の中でも格差はある。
そして爆豪の才能は、今の俺を自力でどうにか出来る程の才能ではなかった。
掌の爆発を使い、変則的な動きをしながら俺に向かって蹴りを放つ爆豪。
しかし、その蹴りの軌道を読むのではなく、見て回避する。
この辺が、爆豪と俺の力の差の一つだ。
純粋な身体能力や五感が、俺と爆豪との間では違いすぎる。
これでもっと爆豪が経験を積んでおり、俺が経験を積んでいなければ、俺が爆豪の動きを見てから判断出来ても、最終的にはどうしても回避出来ない状態に持っていくといったことも出来るだろうが……生憎の、それをやるには爆豪の経験が足りず、俺の経験は大きい。
結果として、爆豪の攻撃を見てから回避しても、爆豪にはそれに対処する手段がなく……
「はっ!」
「ぐおっ!」
爆豪の蹴りの隙を突くよう、パンチを放つ。
拳の一撃は容易に爆豪の胴体に埋まる。
それでも骨を折らないよう、命中させる場所には注意し、更には内臓も傷つけないよう注意しながらの一撃。
だが、注意したのはそれだけで、しかも爆豪は空中に浮かんでいる状態だった為にその場で堪える事も出来ず、吹き飛ぶ。
そのまま場外になれ。
そう思ったのだが……
「ぐおおおおおおっ!」
BOMB、と。
爆豪は咄嗟に場外に向けて掌を向け、爆発を起こす。
それによって爆豪の吹き飛ぶ速度は落ちると、舞台に……場外になるまで、もう少しといった場所で何とか踏み留まり……
「うおお……あ?」
場外にならず、その場で何とか耐えた爆豪だったが、顔を上げたその時、既にそこには俺の姿があった。
爆豪にしてみれば、何故そこに俺が? と全く理解出来ない状況だったのは間違いないだろう。
だが……俺を前にして、意表を突かれたとはいえ、一瞬気を抜いたのは致命的だった。
コン、と。
爆豪の顎を掠めるようにしてパンチを放つ。
「あ……?」
一体何をされたのか、爆豪は全く分からなかったのだろう。
ボクシングではそれなりに使われる、顎の先端を掠めるようにして放ち、てこの原理を利用して脳みそを揺らし、脳震盪を起こす技術。
あるいは格闘技が廃れたヒロアカ世界においては、既に使われることが少なくなった技術なのかもしれないが……ともあれ、脳震盪によって一瞬で気絶した爆豪はそのまま舞台に崩れ落ち、ましてや舞台の端だった事もあって、そのまま舞台から落ちるのだった。