ヤオモモの知り合いの、インフェクション通信とやらの社長か、お偉いさんとの会話は、結局向こうが何か急ぎの用件があるとかで軽い挨拶程度だけで終わった。
他に誰もいないとはいえ、廊下の中でそんな話をしているのをただ見ているだけというのも暇だったので、それは俺についても助かった。
……もっとも、向こうは俺に対して何か色々と含む視線を向けてきてはいたが。
一体何を言いたかったのかは、何となく予想出来るが。
つまり、ヤオモモのような純真無垢なお嬢様に近付く悪い虫とでも思われたのだろう。
これからやる祝勝会や打ち上げについても、考えようによっては俺が自分の部屋にヤオモモを連れ込むといったように思えるのだから、そんな風に考えるのはおかしな話ではない。
ただ、これはあくまでも俺がそう思っただけで実際にはどうなのか分からないのだが。
とにかくその件も終わって、俺の部屋に入る。
「うわ……凄……え? これ、アクセルが1人で使ってるの?」
三奈が部屋を見ながら、驚きつつそう言う。
実際こうして言葉に出しているのは三奈だけだったが、他の者達もそれなりに驚いているのは理解出来る。
「ああ、俺がここで暮らしている。……いや、俺だけじゃなくて……こいつもいたか」
言葉の途中で視線を向けたのは、こちらにやってくるロボット掃除機。
……別に床が汚れている訳でもないのにこうしてやってくるのを見ると、ロボット掃除機だけじゃなくてペットロボットも兼ねてるんじゃないかと思ってしまう。
「あ……」
他の面々も俺の視線を追うが、拳藤が微妙な様子で声を上げる。
うん、拳藤はロボット掃除機と優の関係を知ってるしな。
何しろお漏らしした後で優を着替えさせたのは拳藤だし。
……そう言えば、体育祭の件もあって龍子と優の殺気や気配を察知する修行が途中で止まっていたけど、体育祭も終わったし、そろそろ再開しないとな。
「一佳? どうしたの?」
取蔭が拳藤の様子が変なのに気が付いたのか、そう声を掛けるものの、拳藤もまさか優のお漏らしの件を話す訳にもいかず、言葉に詰まる。
「ほら、それよりさっさと打ち上げの準備をするぞ。買ってきた料理とかも冷えたのは温め直して、調理が必要なのは調理をして、他にも皿とかコップとか用意する必要があるからな」
拳藤を助ける為にも、そう声を掛ける。
ロボット掃除機も俺の存在を確認したのか、既にいなくなっていた。
そんな訳で、全員が部屋に上がったのだが……
「さすがにテーブルだと狭いし、椅子も足りないな。床にタオルか何かを敷いて、そこに料理を並べるか」
テーブルは一般的な奴で、6人くらいがせいぜいだ。
それに対して、俺、三奈、葉隠、ヤオモモ、耳郎、瀬呂、峰田、上鳴、拳藤、取蔭、塩崎の11人。
とてもではないが椅子とテーブルは使えない。
その為、床にタオルか何かを敷いて、その上に料理やお菓子、飲み物を並べ、それぞれが床に座ったり、椅子に座ったり、ソファに座ったりして食べる事にする。
幸い、優秀なロボット掃除機がいるので、多少こぼれた程度なら問題なく綺麗にしてくれる。
もっとも優の時の事を思えば、床を汚した相手をロボット掃除機は敵対視するようになるので、注意が必要だが。
そんな風に考えつつ、床の上に買ってきた料理やら何やらを広げていく。
ファーストフード店で購入した、ハンバーガーやポテト、ナゲットも軽く温めてから床に置いていく。
ちなみに冷えたハンバーガーを一番上手く温めるのは、レンジらしい。
個人的にはオーブントースターの方がしっかりと仕上がるような気がするのだが、どうやら違うらしい。
もっとも、レンジで温めるのが一番美味くなるというのは事実であっても、温める時間が足りなければハンバーガーは冷たいままだし、温めすぎるとハンバーガーの水分が抜けて不味くなってしまう。
この辺りはしっかりと経験とかそういうのが必要になってくる。
もしくは、10秒ずつ温めていくとか。
「はい、アクセル。アクセルはウーロン茶でよかったのよね?」
料理が並べられ、部屋の中にはジャンクだが食欲を刺激する香りが漂う。
その料理を見ていると、耳郎が購入してきたウーロン茶のペットボトルを渡してくる。
「悪いな」
そのペットボトルを受け取ろうとしたのだが……
「コップ」
「ん?」
「だから、コップ! 今日の打ち上げは優勝したアクセルが主役なんだから、ウーロン茶を注ぐくらいはウチがやるよ」
「そうか? じゃあ、はい」
用意したコップは、俺のもそうだが全員のがいわゆるタンブラーという奴だ。
この保温効果がもの凄く、買った時についてきた説明書によれば、真夏であっても中に入っている氷は半日程は溶けないでそのままらしい。
紅茶のような暖かい……熱い? 飲み物も、氷程ではないが長持ちするらしい。
当然ながら普通のコップと比べると高価だが、支払うのは公安だしな。
そのタンブラーに耳郎の注ぐウーロン茶が満たされていく。
カチン、と氷がウーロン茶の中で踊る感触を楽しみつつ、他の面々もスポーツドリンや炭酸飲料をそれぞれのコップ……タンブラーに注ぐ。
「じゃあ、アクセル。挨拶をお願い」
「は? 俺がか?」
いきなりの三奈の言葉に驚くが、俺の言葉を聞いた面々は当然といった様子でこちらに視線を向けてくる。
「あのね、ここはアクセルの部屋で、優勝したアクセルのお祝いなんだよ? なら、アクセルの挨拶があるのも当然でしょ」
三奈の言葉を聞けば、それはそうなのか? と思わないでもない。
とはいえ、そういうのは苦手なんだが……まぁ、別にこの件で長話をする必要もないし、適当に言えばいいか。
「分かった。じゃあ……体育祭も俺が優勝したという事を祝ってくれるのを感謝する。また来年の体育祭でも優勝出来るように頑張るから、今日は疲れを癒やし英気を養ってくれ。乾杯!」
『乾杯!』
俺の合図でそれぞれがコップを掲げ、近くにいる相手とコップをぶつける。
そうして最初の1杯を飲み干すと、早速料理に手を伸ばす。
俺が最初に手を伸ばしたのは、冷凍のピザだ。
……冷凍のピザであっても、十分に美味いんだよな。
勿論、専門店のピザには及ばないが。
最新機器のオーブントースターの性能もあってか、外側はサクッと、中のチーズはトロリとして、魚貝類やベーコンがいい感じで味の複雑さを生み出してくれる。
「美味いな」
「あ、そのピザ美味いよな。俺も何回か食べたことがある。……ただ、ちょっと値段がなぁ……」
上鳴は俺の食べているピザを見て、そう言ってくる。
このマンションの1階にあるスーパー程ではないが、このピザは冷凍のピザの中でもそれなりに高級品だ。
今日は、俺が体育祭で優勝した祝いの席という事で、このピザも買う事にしたらしい。
ちなみに当然ながら割り勘なので……うん、金を下ろしておいてよかった。
俺は基本的にクレジットカードで買い物をしているので、現金はある程度しか持ち歩いていない。
ただ、ヒロアカ世界であってもカードを使えないような店は何気にあったりするので、それなりに現金は必要となるのだ。
「高校生が気軽に買うって訳にはいかないよな」
「だよなぁ。……あ、こっちのポテトサラダは結構いけるぞ」
そうして最初は料理についての話をしていたのだが、話は次第に今日の体育祭についてのものになっていく。
「障害物競走、まさか入試の時の巨大ロボが出てくるとは思わなかったよな」
「あの巨大なロボと、皆さん入試の実技試験で戦ったのですね」
瀬呂の言葉に、推薦入試で巨大ロボとは今日初めて戦ったヤオモモが驚いた様子でそう言う。
「そうそう、アクセルが壊したんだよな」
「瀬呂、言っておくが0Pの巨大ロボを破壊したのは俺だけじゃなくて、緑谷もだろ?」
「でも、緑谷はかなりの重傷だったんだろ? なのにアクセルは無傷だったし」
「そう言えば、あの件で私達は知り合ったんだよね」
拳藤の言葉に、俺の視線は葉隠に向けられる。
葉隠が壊れた建物に閉じ込められて動けなかったのを助ける為に、俺と拳藤、瀬呂が協力したんだよな。
「結局私だけ別のクラスになったけど」
「でも、そのお陰で一佳は私達と友達になったんだよね?」
「そのような意味では、私も嬉しく思っています」
取蔭と塩崎がそれぞれ拳藤がB組になったのを嬉しそうに言う。
B組には、ある意味で爆豪レベルのアレな奴……物間がいるが、その物間を抑えているのが拳藤だ。
もし拳藤もA組に来ていたら、物間は一体どうなっていたのか……少し気になる。
「もし拳藤がA組にいたら、物間係は塩崎だったのかもしれないな」
「……私が、ですか? それはちょっと荷が重いかと」
そう言う塩崎だったが、俺が知ってる限りのB組のメンバーだと、塩崎がその茨の髪を使って物間が暴走したら鎮圧するといったような光景が思い浮かぶ。
そう言うと、塩崎は少し困った様子を見せつつも……あれ? 何だかちょっと嬉しがってないか?
「あの物間って奴を抑えるんなら、塩崎や拳藤より、耳郎の方がいいとオイラは思うんだけどな」
「ちょっ、なんでウチ!?」
まさか自分の名前が出るとは思わなかったか、耳郎は慌てた様子で峰田に向かって言う。
だが、峰田の提案に俺と上鳴は素直に頷いてしまう。
「だよな。耳郎なら……いや、耳郎さんなら物間だろうが何だろうか、どうとでも出来るだろ。アクセルもそう思うよな?」
「あの覇気を思い出すと、上鳴の意見は否定出来ないな。ヤオモモと葉隠はどう思う?」
「……否定は出来ませんわね」
「だよね。私もヤオモモの意見に賛成」
耳郎ではなく、耳郎さんを知っている俺、上鳴、ヤオモモ、葉隠は峰田の意見を否定出来なかった。
耳郎さん。それは、USJで黒霧によって強制的に転移させられた先にいたヴィランが、体型の事で耳郎を侮辱した時に生まれた存在だ。
耳郎の発する闘気……や、覇気とでも呼ぶべきものは、耳郎が視線を向けただけでヴィランを……その辺の雑魚ヴィランとはいえ、仮にも雄英を攻めてきたヴィランを射竦めるだけのものがあった。
あの時の耳郎さんなら、それこそB組の物間が相手でも容易に対処出来るだろう。
「でもさ、もし耳郎がうちのクラスに来るって事は、A組から耳郎がいなくなるって事だよ?」
「はい、解散。この話はこれで終わり。耳郎は俺達の耳郎なんだから、B組にはやらないって事で」
「ばっ、馬鹿ぁっ! 俺の耳郎なんて、いきなり何言ってんのよ!」
「うおっ!」
取蔭の話を半ば無理矢理に中断すると、耳郎が顔を赤くしてイヤホンを飛ばしてくる。
それを何とか回避しつつ、耳郎が勘違い……聞き間違い? している事に気が付く。
俺達の耳郎と言ったんだが、どうやら耳郎には俺の耳郎と聞こえてしまったらしい。
あれ? 俺はきちんと俺達の耳郎って言ったよな?
そんな風に思いつつも、耳郎のイヤホンの攻撃を回避しつつ……むんずと、近くにいた峰田の身体を掴む。
「ちょっ、おい、アクセル!?」
「奥義、峰田バリア!」
「あがががががががが!」
峰田の身体にイヤホンが突き刺さり、衝撃が峰田を通して……
「っと!」
峰田の身体を通して衝撃が俺まで来るよりも前に、峰田を離す。
するとイヤホンが突き刺さったままだというのに、何故か峰田の身体は床に落ちず、空中に留まったままその口からは悲鳴を上げていた。
だが、耳郎も俺が峰田から手を離したことに気が付いたのだろう。
峰田に突き刺さっていたイヤホンのうち、1本をこっちに向けて飛ばしてきて……
「ばっ、ちょっ、アクセル、嘘だろ!?」
「奥義その2、上鳴バリア!」
「あばばばばばば!」
峰田の近くにいて、何となく流れから次は自分だろうと思っていた上鳴が逃げようとしたのを阻止し、その身体を盾にする。
イヤホンが突き刺さった上鳴の口から出た悲鳴が峰田のものよりも小さく、そして短かったのは、峰田の身体に突き刺さったイヤホンは2本だったのに対し、上鳴の身体に突き刺さったイヤホンは1本だったからだろう。
「その辺にしておけ」
拳藤が右手を巨大化させ、団扇のように扇ぐ。
するとその風によって峰田と上鳴の身体に突き刺さっていたイヤホンが抜ける。
……ただ、床に置かれていた料理のうち、もう空になった奴が吹き飛んだが。
そちらについては、即座にロボット掃除機が移動して掃除していたので問題はない。
「あ……ごめん。つい」
「いいよ。それに私の話題からだしね。……まぁ、正直なところ、入学して私だけB組だったのはショックだったけど、今はB組でもそれなりに楽しくやってるから、あまり心配はいらないよ。それに……今日の体育祭のように、アクセルに挑めるというのも面白かったしね」
そう言い、笑みをこちらに向けてくる拳藤。
その笑みは今の言葉が本心からのものであるというのを示しており、そんな拳藤の態度もあってか、耳郎も落ち着くのだった。