「んん……ん……?」
ふと、目が覚める。
寝室にある時計を確認すると、午前8時ちょっと前。
それを見て納得し……
「遅刻っ!?」
慌てて起き上がるが、寝惚けていた頭の中ですぐに思い出す。
そういえば、昨日体育祭だったから、今日と明日は休みだったなと。
だが……あれ? うーん……何か……
何かを忘れているような?
そんな風に思いながら、まだしっかりとしない頭で周囲を見るが、当然ながらそこには誰の姿もない。
……今までこういう時は、誰かと一緒に寝ていたりするんだが。
レモンを始めとした恋人達の肌の暖かさと柔らかさを懐かしく思いながら、ぼーっとしていると、部屋の外に何人かの気配を感じる。
えっと、あれ?
龍子か優が来たのか?
そう思ったが、すぐに納得する。
ああ、そう言えば昨日結局遅くまで体育祭の打ち上げをやったので、瀬呂、峰田、上鳴、常闇の男連中は俺の部屋に泊まったんだったな。
ちなみに女連中は俺と同じ駅を使っている……つまり、俺の住んでいるマンションからそう離れていない拳藤の家に泊まった筈だ。
……何だかヤオモモがもの凄く嬉しそうだったのを思い出す。
箱入り娘と言ってもいいヤオモモだけに、多分友達の家でお泊まりイベントとかそういうのは初めての経験だったんだろう。
そんな風に思いながら寝室から出ると……
「おう、おはようアクセル」
リビングにいた瀬呂が俺を見て、そう声を掛けてくるのに驚く。
いや、ただ声を掛けてきた程度なら、俺もそこまで驚くような事はない。
だが、台所に立って料理を作っている瀬呂なんて光景を見たのだから、それに驚くなという方が無理だろう。
「……普通、こういう時って男じゃなくて女が料理を作ってくれるんじゃないのか? いやまぁ、女達は拳藤の部屋に泊まったのは知ってるから、しょうがないけど」
「分かってるなら、大人しく料理が出来るのを待ってろよ」
「というか、瀬呂……料理出来たんだな」
「へっへっへ。意外性の男、瀬呂と呼んでくれ」
またそれか。
そう思ったが、実際に瀬呂がこうして料理を出来るというのは、俺にとっても驚きだった。
そういう意味では、意外性の男瀬呂というのはそんなに間違っていないような気がする。
「他の連中は……まだ寝てるのか」
「ああ、俺は少し前に起きたしな。……それで暇潰しにこうして料理を作っている訳だ。もっとも、作ってるのは簡単な奴だし、他にあるのは昨日の残りだけど」
昨日買ってきた打上げ用の料理は、当然ながら全部食べきる事は出来なかった。
……ちなみにお菓子とかそういうのも食べきる事は出来なかったのだが、お菓子については拳藤達が持っていった。
別にいいけどな。
そうして瀬呂と話してると、やがて峰田達も起きてくる。
「……今更だけど、何でアクセルだけがベッドで眠ってオイラ達は雑魚寝だったんだよ」
「俺には男と一緒にベッドで寝る趣味はないからな」
そう言いつつ、布団くらいは出してもよかったのでは? と思う。
ただ、優と一緒にこの部屋の家具やら何やらを買いに行った時、予備の布団も買ったが、2組だけだった。
そして昨日俺の部屋に泊まったのは、峰田、瀬呂、上鳴、常闇の4人。
2組の布団に対して4人となると……あ、でも峰田の小ささを思えば、意外にどうにかなったか?
まぁ、今更の話だけど。
「まぁ、それは分かる」
真剣な表情で峰田が俺の言葉に頷き、それに上鳴も同意するように頷いていた。
常闇は微妙に困った様子を見せていたが。
「だろう? それにリビングはエアコンのおかげで快適だった筈だし」
まだ夏前……というか春なので、日中はともかく夜や朝は普通に肌寒かったりする。
しかし、リビングはエアコンによって二十度ちょっとに保たれており、寒かったり暑かったりといった事はなく、快適だった筈だ。
まぁ、それでもやっぱり寝るのはベッドとか布団とか、そういうのがよかったと思う者も多いだろうが。
「それはそうだけどよ……」
「ほら、朝食が出来たぞ。簡単なものだから、それで足りないようなら昨夜の残りを食べてくれ。まだ結構残ってるし」
そう告げる瀬呂の言葉に、俺達は椅子に座る。
昨日の打ち上げでは人数が多すぎたが、女達がいなくなってこの人数になれば、普通に椅子やテーブルを使う事も出来る。
そんな俺達の前に用意されたのは……
「嘘だろ、純和風の朝食だと……?」
炊きたてご飯に、豆腐とワカメの味噌汁、だし巻き卵、漬物、鮭の塩焼き。
上鳴が驚いたように、ザ・和食といった感じだ。
あるいはこれに目玉焼きとかでもいいんだけど。
ただ、個人的に目玉焼きも和食ってイメージがあるけど、人によっては洋食扱いもいる……というか、そっちの方が多いか。
これがオムレツなら、洋食だと断言出来るんだが。
納豆がないのは……まぁ、そもそも冷蔵庫に納豆は入っていなかったしな。
この朝食に使った食材も、冷蔵庫に入っていた奴を使ったんだろうし。
一応、何かあった時の為に、冷蔵庫にはある程度食材を入れてある。
1人暮らしとはいえ、空間倉庫に入っている食材や料理だけを食べていると、冷蔵庫に何も入っておらず、本当にここで暮らしてるのか? と思うような者もいるだろうし。
そんな訳で、カモフラージュ目的ではあるが、用意しておいた食材が役に立った訳だ。
「へっへっへ。意外性の男、瀬呂と呼んでくれ」
さっき俺に言ったのと同じ言葉を口にする瀬呂。
上鳴は……いや、峰田や常闇も瀬呂に驚きの視線を向けている。
「ほら、驚いてないで食おうぜ。その後は……どうする? もう帰るか? まぁ、俺の家にいても特に何かやるような事はないけど」
それこそ、高校生らしくレンタル屋に行って何か借りてくるか、あるいはゲームをやるか、もしくはどこかに遊びに行くかといったような事が思い浮かぶ。
「いや、オイラはこれを食べたら帰るよ。雑魚寝をしたせい……いや、単純に昨日の体育祭で動きすぎたせいか、まだちょっと疲れてるし」
峰田がそう言うと、他の面々もそれに同意するので、食事を終えたら解散という事になる。
まぁ、昨日の体育祭では皆が必死に動いたし、それが終わってからは俺の部屋で打ち上げだ。
疲れが取れないというのは、分からないでもなかった。
実際、今日と明日が休みなのは、体育祭での疲れを癒やすという意味もあってのものなのだろうし。
「うん、美味いな。この味噌汁って出汁はどうしたんだ? 何かそういうのあったか?」
豆腐とワカメの味噌汁を味わいつつ、その味噌汁を作った瀬呂に尋ねる。
色々と食材とかそういうのはあったと思うが、煮干しとかそっち系の物はなかったと思う。
かといって、置いてある味噌は出汁入りとかじゃなくて普通の味噌だったし。
これで、例えばシジミの味噌汁とかなら具材だから出汁が出るんだが、これは豆腐とワカメだしな。
「は? あのなぁ……何でアクセルが覚えてないんだ? あ、いや。もしかして忘れてたのか? 出汁パックがあったぞ?」
「出汁パック?」
「ああ。そのまま出汁がパックに入ってる奴。ほら、紅茶の奴とかを思い浮かべれば分かりやすいと思う。……俺はあんまりその辺には詳しくないけど、10種類以上の素材が入っていて、天然物の奴だって書いてあったから、多分それなりに良い物だと思う」
出汁パック、出汁パックねぇ……あれ? 俺、そういうの買ったか?
そう思ったが、実際に台所にあったという事は、俺が買った奴なのだろう。
10種類以上の天然素材の出汁パックってのが、どのくらい良い品なのかは俺には分からないが。
「買った覚えが……いやまぁ、多分何らかの拍子に買ったんだと思うけど」
それに良い物となると、恐らくはこのマンションの1階にあるスーパーで買ったのだろう。
とはいえ、俺が出汁パックとやらを購入しても、その使い道があるか?
1人で暮らしてると、今日のように味噌汁を作ったりなんかもしないし。
「このだし巻き卵、美味い」
「へへん、卵を巻くのはそれなりに大変なんだぜ?」
常闇の言葉に、瀬呂が得意げな様子を見せる。
ちなみに瀬呂によると、このだし巻き卵にも出汁パックの出汁が使われているらしい。
……出汁パックって、そういうのにも使えるんだな。
その点には素直に驚く。
そうして、ワイワイガヤガヤと朝食を終わらせる。
ちなみに、今更ながらに瀬呂がだし巻き卵を作ったのはファインプレーだった。
瀬呂にしてみれば、出汁パックを見て作ってみようと思ったらしいが、本来なら簡単に目玉焼きにするつもりだったらしい。
だが……目玉焼きというのは、何を掛けるかで大きな論争になるのも珍しくはない。
キノコタケノコ戦争しかり、唐揚げのレモンしかり、焼き鳥を串のままか串から外すかの論争しかり。
そのレベルで、目玉焼きに何を掛けるのかというのは、大きな論争になりやすい。
ちなみに俺の場合はベーシックに醤油だが、そう主張すれば醤油がベーシックとは何事かと言うような者もいるだろう。
そんな風に賑やかな朝食を終え……
「じゃあ、アクセル。俺達は帰るから」
「ああ、また明後日学校でな」
瀬呂の言葉にそう返す。
峰田、上鳴、常闇もまたそれぞれに短く言葉を交わし、そうして帰ろうとしたところで……ガチャ、扉が開く音が聞こえてくる。
当然ながら、瀬呂を始めとした面々はまだこうしてリビングにいるので、玄関の扉が開くといった事はない。
となると、拳藤達が来たのか?
一瞬そうも思ったが、すぐにこの部屋の扉は登録した指紋でしか開かない事を思い出す。
当然ながら、拳藤達はその登録をしていない訳で……
そして、誰が指紋の登録をしているのかというのを考えると……あれ? 不味い?
「おはよう、アクセル。今日は……」
挨拶をしながら部屋に入ってきた優の言葉が途中で止まる。
あー……うん、そうだよな。
この部屋の扉に指紋を登録してるのは俺以外だと龍子と優とねじれの3人だけだし。
せめてもの救いは、今日の優は私服で、ヒーローコスチュームじゃないという事か。
つまり今の優はマウントレディではなく、年上の美人なお姉さんな訳で……それはそれで不味いか?
特に昨夜は何だかはっちゃけていた塩崎辺りがこれを知ったら、面倒な事になりそうだ。
突然の状況に半ば現実逃避気味にそんな事を考える。
優はまさか俺の部屋に誰かがいるとは思っていなかったらしく動きが止まっているし、瀬呂を始めとした男連中も年上の美人があっさりと部屋に入ってきたのを見て動きが止まっている。
そんな微妙な状況を動かしたのは……
「痛っ! って、またあんたなの!?」
ある意味で優を大好きなロボット掃除機だった。
実際には好きどころか、粗相をして床を汚したのをロボット掃除機が恨んでるっぽいんだが。
「えっと……じゃあ、その。俺はこれから色々と用件があるから、また明後日な。お前達も体育祭の疲れをしっかりと癒やすんだぞ」
そう言い、瀬呂達を部屋から追い出そうとするが……
「させるかぁっ! おい、アクセル! お前こんな年上の美人に通い妻させてるのかよ! オイラ……オイラ……うぎゃあああああああああああああああああああああああ!」
あ、峰田が血涙を流しながら錯乱した。
……ちなみに、床に落ちた血涙はロボット掃除機が即座に綺麗に掃除をしていたが、その辺について考える必要はないか。
先程同様半ば現実逃避気味にそんな事を考えつつも、どうするべきか考え……
「あ、俺が峰田を持つよ」
瀬呂がそう言い、ひょいっと峰田を持つ。
峰田はまだ瀬呂の腕の中で暴れているが、瀬呂はテープを使ってその身体を拘束すると、上鳴と常闇と共に部屋を出ていく。
……少し意外だったのは、峰田があそこまで暴れたのに上鳴が大人しかった事だろう。
峰田の相棒的な存在である事を考えれば……それに、峰田と同じくらいに女好きの上鳴であるという事を考えると、それこそ峰田と同じくらいに騒いでもおかしくはなかったのだが。
「えっと……来る前に電話した方が良かった?」
「そうしてくれると、助かったな」
部屋の中で2人になったところで、優がそう言ってくる。
実際、もう数分遅ければ、優は峰田達と遭遇しないですんだのだ。
そういう意味では、やはり電話をしてから来て欲しかった。
「えっと……その、ごめんね」
「もうやってしまった以上は、仕方がない」
そう返すが、明後日学校に行った時、あるいは明日以前にクラスのLINのグループで情報が広がる可能性は十分にある。
特に三奈なんかは、恋愛の話が好きだ。
俺の部屋に優が来たという情報が広がれば、一体どういう事なのかと食いついてきてもおかしくはないしな。
……そうなった時、優の事をどのように説明すればいいのか、迷うな。
「まぁ、いい。それで今日は何をしにきたんだ?」
「ほら、体育祭も終わったし、殺気を感じる奴の再開をお願いしたいと思って」
そう言う優に対し、俺は大きく息を吐くのだった。