峰田達がいる時に姿を現した優。
そんな優に対し、色々と思うところはあったが。体育祭で忙しいからと、殺気を感じる件の進捗がなかったのも事実。
そう考えれば、優が朝から俺の部屋に来たのも分からないではない。ないのだが……
「それにしても、優がそこまで真面目だとは思わなかったな」
トイレに行って殺気を受ける準備を終えた優にそう言う。
これが例えば昼前後に来たのなら、優だからと納得も出来ただろう。
あるいは、夕方くらいや夜に来ても納得は出来る。
だが、朝という……優にしてみれば、あまり動きたくない時間にこうしてくるというのは、俺にとっても驚きだった。
「ちょっと今日は午後から仕事が入ってるのよ。それも泊まり掛けだから、明日もどうなるか分からないし。だから、今日来たんだけど……」
その勤勉さが変な方向に影響し、峰田達と遭遇してしまったと。
優がたまたま発揮した真面目さが、この場合はマイナスに働いた感じか。
……実際、俺のスマホは誰かからのメッセージが着信している音がポン、ポン、ポンといった様子で連続して聞こえている。
峰田からか、上鳴からか、あるいはその2人から情報を聞いた他の者達からか。
「えっと、その……大丈夫?」
スマホは近くにあるので、当然ながら優もまたスマホから聞こえてくる音についてはしっかりと把握していた。
「まぁ、そのうち落ち着くだろ」
「……私の美しさが、罪なのね」
少しわざとらしい言葉だったが、実際優が美人だというのは間違いない。
優がプロヒーローとして人気があるのは、巨大化という個性もそうだが、その美貌も大いに関係してるのだから。
そういう意味では、目立ちたいからと街中に事務所を構えたのは、失敗ではなかったのだろう。
もっとも、その代わりという訳ではないが、何らかの事件を解決する度に周囲に被害をもたらし、保険で足りない分は自腹となっているのだが。
「そうだな。お漏らしする美人というのは珍しいかもしれないな」
「……あのね、そういう事は、普通なら言わないものよ?」
先程のわざとらしい様子から一転し、頬をヒクつかせながら優が言う。
どうやら優にとって、お漏らしというのは禁句らしい。
いやまぁ、それも当然か。
子供ならまだしも、大人になってのお漏らしとなれば……うん。優がそんな反応をしてもおかしくはない。
「悪いな、何しろ衝撃的な光景だったし」
「……それより、早く訓練をするわよ。さっきも言ったと思うけど、今日はそこまで時間がないんだから」
不機嫌そうな様子でそう言ってくる優に、頷きを返す。
「分かった。とはいえ、知っての通りこの訓練はそこまで時間が必要なものじゃないしな。……準備はいいか?」
「ええ、いいわ」
クッションに座り、気合いを入れながら俺を見てくる優。
そんな優を見て、態度はともかくやる気満々なのは間違いないだろうと判断し、ジワリと殺気を放つ。
「っ!? 来たわね!」
優はそんな俺の殺気を感じたまま、気合いを入れた様子で耐える。
今日の優はそれなりにやる気だな。
とはいえ、やる気だからといって殺気を感じられるようになる訳でもないのだが。
それでもやる気がないよりは、やる気があった方がいいのは事実。
……まぁ、中にはそういうのは関係なく、才能だけで殺気を感じられるようになったりするような奴もいるが。
ただ、残念ながら優はそこまでの天才ではない。
ヒーロー飽和社会と呼ばれるこのヒロアカ世界において、プロヒーローとなり、次回のヒーロービルボードチャートでもトップ10は無理でも上位にランクインは確実と言われている優……マウントレディだが、それでもそこまでの天才ではないのだ。
「ぐ……くぅ……少し厳しくなってきたわね」
俺の放つ殺気に耐えながら、それでも優は何とかそう口にする。
へぇ、前にこのくらいの殺気を受けた時は意識を保つのがやっとで、喋るなんてことはとてもではないが出来なかった筈だ。
そういう意味では、やっぱりこの訓練は意味があるのだろう。
もっとも、主目的は殺気に耐えるのではなく、殺気を感じられるようになるといったものなのだが。
ただ、それでも殺気に耐えられるようになるというのは、この先プロヒーローを続けていく上で、持っていて損になる技術ではない。
優が原作ではどのような存在だったのかは分からない。
まさか、この世界の主人公なのだろう事をほぼ確信している緑谷のヒロインとか、そういう事はまずないと思うが。
緑谷のヒロインは麗日だろうしな。
とにかく、優が……そして龍子やねじれが原作においてはどこまで本編に絡むのかは分からない。
もしかしたら、俺と関わらなければ原作に関わるような事はなかった……そんな可能性もあるのだから。
だからこそ、俺と関わった影響で原作に関わり、それによって死なれるようなことは絶対に避けたい。
そういう意味では、この殺気を受ける訓練というのはやっておいても決して悪いものではないのだ。
「じゃあ、もう1段上げるぞ」
「ちょっ、それは……」
俺の言葉に優が咄嗟に止めようとする。
今も言葉を発する事は出来るが、それでもかなりギリギリなのだろう。
だが、それでも声を出す事が出来る以上、以前と比べて間違いなく殺気に耐える事が出来ている。
であれば、もう1段階上げるのは当然のことだった。
「どうする? もう無理だと……このままだと漏らしてしまうというのなら、このまま止めてもいいけど」
「そんな訳ないでしょ! いいわよ、やってやろうじゃない! どんとこいよ!」
そう叫ぶ優。
……本人は全く気が付いていない様子だったが、先程までは何とか話せていたのが、今はもう叫べる程になっている。
これはつまり、優が壁を1枚越えたという事を意味していた。
お漏らしで壁を越えるというのは、ある意味で優らしいが……うん。
その辺についてはさすがに哀れなので、突っ込まないでおいてやろう。
それに本人はまだその辺に気が付いていないって事は、もしかしたらもう1枚か2枚、お漏らしで壁を越える事が出来るかもしれないしな。
「よし、行くぞ」
そう言い、先程よりも強い殺気を向ける。
既にこの時点で……というか、今日最初に優に向けた殺気は、以前雄英の前に集まっていたマスゴミに向けた殺気よりも強かった。
それに耐え、より強い殺気を受けても耐えているのは、マスゴミとは違ってきちんとしたプロヒーローだと言ってもいいのかもしれないな。
本人にそう言えば、どのように反応するのかはちょっと分からないが。
「ぐ……ぐぐ……もう、駄目……」
やっぱりこのレベルの殺気に耐えるのは、どうやらまだ難しいらしい。
このまま気絶させると、またロボット掃除機を怒らせるような事になりかねないので、放つ殺気を解除する。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
殺気が解除され、クッションに座ったまま息も絶え絶えな様子の優。
その顔には汗が玉のように浮かんでおり、それが不思議な程の艶っぽさを感じさせる。
普段は色々と残念な様子を見せる優だが、こうして見るとやっぱり美人なのは間違いないんだよな。
「あー……そのままだと問題だし、風呂にでも入ってくるか?」
「……もうちょっと落ち着いたらそうさせて貰うわ。今はちょっと休ませて」
何とかそれだけを言う優。
そんな優の周囲をロボット掃除機が回っているが、空気を読んだのか、それとももっと別の理由なのか、いつもなら優に向かって突進するのに、今は大人しくしていた。
このロボット掃除機、本当に高性能だよな。
そんな風に思いつつ、スマホを手に取る。
すると予想取り、50件近いメッセージが届いていた。
とはいえ、その半数以上は峰田と上鳴からのものだったので、その辺についてはスルーしておく。
他には、やっぱり優の件がクラスのグループの方で知らされており、ヤオモモ、三奈、葉隠、耳郎辺りからのメッセージも何通かあった。
後は……へぇ、青山からのメッセージもあるな。
最近はよく声を掛けてくるようになった青山だけに、この件で興味を持ってメッセージを送ってきても不思議ではない。
不思議ではないが、何だか妙に俺の好みの女を知りたがってるような……?
青山の性格を考えると、そこまで不思議な事でもない、のか?
そんな疑問を抱きつつ、青山を含めて他の面々には適当に返事をしておく。
「優、そろそろ大丈夫か?」
「あー……うん。何とか……お風呂に行ってくる……着替えは……あ……ない」
まぁ、それはそうだろう。
別に俺との訓練で風呂に入らないといけない程に汗を掻くとは思っていなかっただろうし。
とはいえ……
「取りあえず服については俺の奴を貸してもいいけど……」
問題は下着だ。
見るからに全身に汗を掻いている以上、当然ながら下着にも汗は染みついている筈だ。
そうなると、風呂でさっぱりしても着替えがない事になる。
「……ねぇ、アクセル。このマンションの1階にあるスーパーって、お泊まりセットの下着とかそういうのある?」
「どうだろうな。あったような、なかったような。その辺については、実際に行ってみないと分からないと思うけど」
「じゃあ、ちょっと行ってくるわね」
そう言い、汗を掻いたまま部屋を出ていく。
うーん……あのまま優だけで行かせると、それはそれで問題があるか?
「俺も一緒に行くか?」
「いらない」
一瞬の躊躇もなく、そう断ってくる優。
いや、別に断るのなら断るでいいけど、もう少し考えてから断ってくれてもいいと思うんだが。
とはいえ、優がこうして断ってきた以上、無理に一緒に行こうとは思えない。
なので、先程同様LINを使ってメッセージを見ながら、それに返していく。
クラスグループにおける今の話題の中心は、当然のように優だ。
俺が家に年上の美人を連れ込んでいるといった話で、大いに賑わっていた。
うーん、昨日の今日なんだし、どうせなら体育祭の話題で盛り上がって欲しいところなんだが。
これだと、明後日学校に行った時に、一体何をどういう風に言われるのやら。
爆豪や轟といった、このグループに参加していない奴なら、何も言ってこないだろうけど。
「ただいま」
「早いな」
部屋を出てから10分もしないうちに戻ってきた優にそう声を掛ける。
その優は、疲れた様子のままだ。
風呂に入るとか言ったが、風呂に入る為には当然ながらお湯を溜める必要があるので、正確にはシャワーだな。
「何を買うのか迷ったりしないで、お目当ての物を買ってくるだけなんだから、このくらいでしょ。じゃあ、お風呂借りるわね」
そう言うと、風呂に向かう優。
そんな優を見送ると、俺は特に何もする事がなくなる。
2日間の休みは、体育祭の疲れを癒やす為のものだ。
だが……ぶっちゃけ、俺は体育祭で本気を出して戦ったりした訳ではないので、そこまで疲れてはいない。
昨日ぐっすり眠ったので、既にもう疲れは完全に取れていた。
だからこそ、俺としてはこのまま眠るのもどうかと思うし、他に特に何かやる事もない。
うーん……そうだな。ちょっとレンタル屋に行ってDVDでも借りてくるか。
何かおもしろそうな映画とかあれば、それを借りてくればいいだろう。
それに……優も女だ。
湯上がりの姿はあまり他人に見られたくないだろうし。
メモ用紙にちょっとレンタル屋に行ってくると書き、それをテーブルに置いてから部屋を出るのだが……マンションから出た瞬間に何人にも話し掛けられることになる。
昨日の体育祭で優勝した事で一気に人気者になってしまったらしい。
なので、取りあえず一度部屋に戻り、帽子とサングラスを用意してから再度出掛けるのだった。
「あれ? ……えっと、もしかして……アクセル?」
レンタル屋で何か面白そうな奴を探してると、そう声を掛けられる。
声のした方に視線を向けると、そこには拳藤の姿があった。
「拳藤? 変装してるのに、よく見破ったな。それにしても、どうしたんだ、こんな所で」
「変装……まぁ、変装か。それよりこんな所って……レンタル屋に来てるんだから、DVDを借りに来たに決まってるでしょ。……というか、三奈達が色々と騒いでいたけど、もういいのか?」
どうやら峰田達が優の件についてLINに書き込んだ時、まだ三奈達は拳藤の部屋にいたらしい。
もっとも、今は拳藤だけなのを見ると、もう三奈達も帰ったんだろうが。
「気にするな。実は優……マウントレディが部屋に来てな。それを見た峰田達が騒いでいたんだよ。三奈がキャーキャー騒いでいたのも、多分それが原因だろ」
「え? そうは見えなかったけど……」
「三奈は他人の恋愛話が好きだしな」
「……まぁ、アクセルがそう思うのなら、それはそれでいいけど。それでマウントレディは何でアクセルの家に?」
「前に拳藤に後片付けをして貰った件があるだろ? あの続きだ」
「ちょっ!? おまっ……」
俺の言葉に何かを叫びそうになる拳藤だったが、咄嗟に自分の口を押さえて黙り込む。
……うん。まぁ、こんな場所でマウントレディがお漏らしをしたとか、そういうのを叫ぶ訳にもいかないしな。
「安心しろ。今は最初から強いのじゃなくて、最初は弱く、それから少しずつ強くしていく感じだから」
「……それでどうにかなるのか?
「さぁ? ただ、やってみないとどうなるのかってのは分からないしな」
そう言うと、拳藤は微妙な表情を浮かべるのだった。