「おはよう、アクセル」
「ああ、おはよう」
2日の連休が終わり、今日からまた学校が始まる。
とはいえ、今日は普通の授業以外にも体育祭を見たプロヒーロー達からのスカウト……いや、そこまでいかないが、事務所を体験する奴について決めたりする必要があるので、授業らしい授業になるかどうかは微妙なところだが。
とにかくいつものように待っていた拳藤と合流すると、一緒に駅に入っていく。
「それにしても、昨日のLINの写真は何なんだよ。あれを見て、私もケーキを買いに近くのスーパーに行ったんだぞ」
駅を歩きながら、拳藤が不満の言葉を口にする。
どうやら、昨日の喫茶店でLINにアップした写真の件らしい。
実際にあのショートケーキ、モンブラン、シュークリームはどれも美味かったしな。
「いや、一応変装して街に出たんだけど、あっさりと見つかってしまってな。それで追い掛けられたから、あの喫茶店に逃げ込んだんだよ」
ちなみに、この電車は雄英のある駅に向かっているので、乗客の多くは雄英の生徒だが、一般人もそれなりにいる。
そうなると、当然ながら俺の姿を見れば、1年で優勝した人物だと分かる訳で……
「おい、あれ……体育祭で優勝したアクセルだよな?」
「ああ、間違いない。けど……入学してすぐだってのに、もう女連れかよ。しかも美人。羨ましいな」
「えー、あれなら私の方がアクセル君に相応しい気がするけど」
そんな会話が聞こえてきて……うん。俺だけじゃなく、拳藤にもしっかりと聞こえたのだろう。
俺の女という風に見られ、その頬が赤くなっていく。
「ほら……まあ、俺が言うのもなんだけど、あまり気にするなって」
「……ふん」
不満そうな様子の拳藤。
人の噂も75日ってのはよく言うが、それはつまり2ヶ月以上はこういう状況が続くということを意味しているのだろう。
もっとも、情報化社会であるのを考えれば、実際には75日も必要ないかもしれないが。
「あー……そういえば、拳藤は自主訓練についてはどうする?」
「え? 何だよ、いきなり」
このまま話を続けるのは不味いと判断し、話題を変える。
だが、拳藤にしてみれば今こうして話題を変えたのは驚きだったらしい。
とはいえ、この件については今のうちに話しておいた方がいいのも事実だしな。
「以前、自主訓練に誘った時は、B組の中にA組に強い対抗心を持ってる奴がいて、その為に拳藤は自主訓練に参加しないって話だっただろ? なら、体育祭も終わったし、対抗心を持ってる奴……多分、物間なんだろうけど、その件も一段落したんだから、拳藤も俺の自主訓練に参加してもいいんじゃないか?」
そう言うと、拳藤も何の事について言ってるのか思い出したのだろう。
納得した様子を見せる。
「ああ、その件ね。……私としては参加したいと思うんだけど、ちょっとすぐには返事出来ないかな。ただ、今日学校に行ったらB組の人達にもその辺の話をしてみるよ。それで問題なさそうだったら、参加したいと思う」
「分かった、それでいい。けど、そうだな。もし参加するかどうか迷ってる奴がいたら、A組の多くが最終種目まで残ったのは、俺との自主訓練があったからって言ってみてくれ」
体育祭のトーナメントで、原作がどういう流れだったのかは当然ながら俺には分からない。
もしかしたら原作においてもB組の生徒は殆ど残っておらず、殆どがA組の生徒だったという可能性もある。
何しろ、この世界の原作の主人公はほぼ間違いなく緑谷だ。
そうなると、やっぱり緑谷と同じクラスの生徒の出番が多くなるのは当然だろう。
あるいはこれで、爆豪がA組ではなくB組にいたら爆豪のライバルという役柄から、B組の出番ももっと増えた可能性があるが。
……そうなったらそうなったで、爆豪&物間というヒーロー科1年のアレな奴……もとい、問題児トップ2がいるB組の学級委員長の拳藤のストレスが大変な事になっていたかもしれないが。
「そうなのか?」
「自主訓練を開催してる身としては、そう思いたいところだ。……もっとも、峰田がトーナメントに残らなかったのはちょっと残念だけど」
性格が爆豪や物間に負けない意味でアレな方向の峰田だが、その個性はかなり強力だ。
だからこそ、緑谷と同じく自主訓練という名の集まりではあるが、半ば強引に参加させて、集中的に鍛えたんだが……騎馬戦で負けたんだよな。
もっとも、騎馬戦は自分の実力だけではなく、一緒に騎馬を組んだ相手の実力やその相性、そして運が非常に大きな意味を持つ。
勿論、それらを自分でどうにかする事が出来てこそ、ヒーロー科の生徒と言ってもいいのだろうが。
実際に緑谷は主人公としての力を発揮してか、きちんと最終種目まで残っているし。
そういう意味では、峰田はまだ実力不足だったのだろう。
……あるいは、障害物競走でA組以外から集中攻撃された時に消耗しすぎて、騎馬戦では実力を発揮出来なかったのか。
何しろ俺が仕込んだとはいえ、峰田は普通科、経営科、サポート科の生徒達から集中攻撃されていたしな。
それらの学科の生徒……特に最初からそちらを選んだのではなく、ヒーロー科を落ちたのでそれらの学科に行った生徒達にしてみれば、雄英の教師達から峰田以下だと判断された訳だしな。
今更の話ではあるが、峰田以下というのはあくまでも個性や成績を見ただけの話であって、峰田の性格は関係ないんだよな。
「あー……峰田か。B組にも時々ちょっかいを出しに来ているのを見るな」
「……うん。まぁ、峰田だしな」
他の学科にもちょっかいを出しに行っている峰田だ。
であれば、拳藤のいるB組にちょっかいを出したりしてもおかしくはないだろう。
取蔭や塩崎といった……塩崎といった……
「なぁ、拳藤。その……塩崎、どうなったか分かるか? 俺の部屋で打ち上げをやった時……その、ちょっとアレだっただろ?」
「まぁ……そうだな」
場の雰囲気に酔ったのか、あるいはそれ以外の何か別の理由でなのか。
その辺りは俺にも分からなかったが、何故か塩崎の俺に対する態度が……いや、この場合は好感度と表現した方がいいのか? とにかく、それが急激に上がったんだよな。
何を思ったのか、身も心も捧げる的な感じになって。
……いや、本当に何がどうなってそうなった?
というか、塩崎は清楚系美人と評しても決して間違いではない外見なのだから、そんな塩崎がよく知りもしない男に向かって、身も心も捧げるとか、そういうのは言うのは駄目だろう。
俺だから問題なかったが、もし俺が女に餓えた……峰田や上鳴のような性格だったら、それこそその日のうちに塩崎は美味しく頂かれてしまっていただろう。
「拳藤の部屋に泊まったんだよな? なら、朝になったら我に返っていなかったか?」
「……その……まぁ、うん。頑張ってくれ」
「おい?」
拳藤の様子に、思わずそう突っ込む。
今の言葉を聞く限りでは、朝になっても塩崎はあのままだったという事になる。
……一昨日と昨日で、落ち着いてくれていればいいんだが。
そんな風に思った俺の希望は、雄英の最寄り駅に到着し、拳藤と一緒に駅から出た時に砕けてしまう。
「おはようございます、アクセル様」
そう俺に向かって深々と一礼をしてくるのは、先程まで話題になっていた塩崎。
その塩崎が俺を見る目には好意……は勿論あるが、尊敬や崇拝といったものも多く含まれていた。
どうやら、2日間の冷却期間があっても駄目だったらしい。
いや、けど……俺が塩崎にそこまで想われる理由がないんだよな。
これが例えば、ありきたりではあるがチンピラに絡まれているのを助けたとか、もしくは交通事故になりそうなところで助けたとか、はたまた食パンを咥えて走って……いや、これは違うか。
ともあれ、何かの切っ掛けがあって塩崎が俺を好きになったというのなら、まだ納得出来る。
だが、俺と塩崎の接点は、以前ちょっと食堂で話したくらいと、後は体育祭のトーナメントで戦ったくらいだ。
それなのに、身も心も捧げるとか……いやまぁ、好意を抱かれるという意味では、間違いなく嬉しいのだ。
それは事実なのだが、それでもやはり理由が分からずにこうして好意を持たれるというのは、ちょっとその……困る。
「塩崎、別に様付けをしたりはしなくてもいいんだぞ?」
ホワイトスターにいるエルフ達からは様付けされているから、ある程度は慣れてもいるが、エルフ達ではない相手に様付けをされるのは少し違和感がある。
「茨、と。そうお呼び下さいアクセル様。……いえ、アクセル様のお心に沿うのが私の役目。では……その、アクセルさんとお呼びしても?」
「あー……うん。分かった。その辺は塩崎の……いや、茨の好きなようにしてくれ」
何だか面白そうな様子でこちらを見ている拳藤に助けを求めるが、拳藤は俺と視線が合うとそっと視線を逸らす。
どうやら今の茨に関わるのは不味いと判断したらしい。
いや、けどこれ……本当にどうすればいいんだ?
そう悩みながらも、拳藤と茨と一緒に雄英に向かう。
うわ、視線が……
電車の中でも拳藤のような美人と一緒という事や、何よりも体育祭の優勝者という事で、雄英の生徒以外からも多くの視線を向けられていた。
だが、その視線の大半は雄英の生徒以外、一般人による視線だったのだが……今、こうして俺に視線を向けてくるのは、雄英に向かっている最中なので、当然ながら雄英の生徒達だ。
しかもそこにあるのは美人2人を文字通り両脇に侍らせているといったもの。
……あ、でも中には微妙に好意的な視線もあるな。
その好意的な理由が、一体何によるものなのかは分からないが。
「茨」
「はい、何でしょうアクセルさん」
声を掛けると、即座に反応する茨。
そんな茨の様子に何と言っていいのか分からなかったが、取りあえず思いついた事を口にする。
「体育祭の疲れはもう取れたのか?」
結局当たり障りのない事を尋ねる。
そもそも、俺と塩崎の関係はそこまで深かった訳でもないので、それを考えればどんな話題を振ればいいのか分からない。
下手な話題を振って、いきなり俺を賛美するような言葉を口にされても困るし。
それこそ、天気とかそういう当たり障りのない話題を……ああ、いや。でも俺も塩崎もヒーロー科の生徒である以上、その辺を話題にすればいいのか。
「はい。アクセルさんとの戦いは、私にとって非常に有意義なものでした。あの戦いの疲労は、寧ろ私にとっては恩恵とも言うべきものです」
「……そうか」
塩崎の言葉に俺が返すことが出来るのは、そのような言葉だけだった。
そうして微妙な雰囲気の中で何とか話をしながらも雄英に到着すると、拳藤と茨と途中で別れてA組の教室に向かい……
「うおおおおおっ! 唸れ、オイラのモギモギ、富める者に天罰を!」
「うお!」
扉を開けた瞬間、峰田が突っ込んで来た。
驚きながらも、何となく……本当に何となくこうなりそうだと予想していたので、即座に回避する。
すると峰田はそのまま俺のいた空間を通りすぎ、べしゃりと廊下の壁にぶつかる。
……モギモギの効果によってか、ぶつかった瞬間ボヨーンといった感じで跳ね返ってきたが。
そうして跳ね返ってきた峰田の身体を、手を伸ばして掴む。
「それで? これは一体何のつもりだ? ……いやまぁ、何となく予想は出来るけど」
掴んだ峰田の顔を見ると、いつものように血涙を流しており、廊下にその血涙がポタポタと零れ落ちる。
うわぁ……と思いはしたが、俺にしてみれば峰田の血涙というのは慣れたものだ。
今まで何度も、それこそ数え切れないくらいに見てきている。
「オイラは……オイラは、アクセルが羨ま憎い!」
いや、羨ましいのか憎いのか、どっちだよ?
とはいえ、峰田がこういう風に反応している理由は分からないでもない。
多分、どこかで俺が拳藤だけじゃなくて、茨と一緒に登校してきたのを知ったのだろう。
……どういうルートでその辺りの情報を知ったのか、それは生憎と俺にも分からないが。
何しろ、俺が教室に入った時はもう峰田は教室の中にいたんだから。
考えられるとすれば、俺が拳藤や茨と一緒にいるのを見た奴が、峰田に……もしくは峰田個人じゃなくて、掲示板に書き込むとか、LINのようなメッセージアプリに書いたとか、そういう感じで情報を入手したのか?
「まぁ、うん。何となくそういう事だろうとは思っていたよ。だからといって、体当たりを受ける訳にもいかないけど」
「ぐぬぬぬぬ……何でだ、何でアクセルばかりモテるんだよぉっ!」
叫ぶ峰田だったが、俺はそんな峰田に呆れの視線を向けながら口を開く。
「あのなぁ、以前も言っただろう? お前は視線や態度が露骨すぎるんだって。女に興味があるのはともかく、それを一切隠さず表に出したりしたら女にモテる事はまずないって。けど、俺がそう言ったらお前は自分の信念は曲げないとか、そんな風に言ってたよな? なら、その結果は素直に受け入れるしかないんじゃないか?」
そう言うと、峰田は力が抜けた……まるで死体のようにがっくりとするのだった。