「おはよう、アクセル。……朝から大変だったわね」
ショックで固まった峰田を廊下に残し、教室に入る。
すると当然ながら、先程の峰田のモギモギを使った体当たりを見ていたのだろう三奈が、そう声を掛けてくる。
「本当に大丈夫かい? 何だか彼はもの凄い勢いで突っ込んでいったけど」
三奈に続き青山もそう聞いてくる。
「ああ、問題ない。いきなりで驚いたけど」
「……驚いただけで即座に対処出来るのが、アクセルの凄いところだよな」
「アクセル君、何かコツでもあるのかい?」
「コツ? いや、コツも何も反射的に動いているだけだしな。慣れれば誰でも出来ると思うぞ」
「それは、君だから言える事だと思うんだけどね」
「そうそう」
青山の言葉に、三奈も同意するように頷いていた。
そんな風に言われても、実際に俺にしてみれば何かコツのようなものがある訳でもなく、普通に対処しているだけでしかない。
「だとすれば、慣れだな。……今度自主訓練をする時、三奈にそれっぽい訓練をつけてみるか? 寧ろ、峰田を突っ込ませる感じで。多分、峰田も喜んで手伝ってくれると思うぞ」
「う……」
俺の言葉に、三奈は言葉に詰まる。
まぁ、さっきのやり取りを見ていれば丸分かりだが、峰田は身体全体を使って体当たりしてくるのだ。
三奈の身体に体当たりをしようものなら、ヤオモモには及ばないが、クラスNo.2になるかどうかといった双丘目掛けて突っ込んで来るのは間違いない。
それが分かったからこそ、三奈は言葉に詰まったのだろう。
「その……もうちょっと考えてから決めるわ」
「そうか。峰田は残念がりそうだけどな。……青山はどうだ?」
「僕の身体は繊細なんだ。あの勢いで突っ込んでこられたら、思わず個性を使ってしまうよ」
いや、それはそれでどうなんだ?
そもそもの話、青山はプロヒーローになる為にヒーロー科にいる訳で。
だとすれば、ヴィランと戦う時には相手が思いきり突っ込んでくるとか、そういうのは普通にありそうなんだが。
その時に、個性を使えるのならいいだろうけど、もし個性が使えなかったら、それ以外、具体的には生身の身体で対処する必要がある。
もっとも、俺達はまだ雄英に入学したばかりだ。
これから卒業までの間に、その辺についても授業として習っていく……かもしれないし。
もしくは、ヒーロー科としてその辺りについては自分でどうにかしろと言ってもおかしくはないけど。
「まぁ、俺がやってるのはあくまでも自主訓練だから、無理にとは言わないけどな。……ああ、それで今日からまた自主訓練を始めるから、参加したかったらしてくれ」
最後の言葉は、三奈や青山だけではなくクラス全体に聞こえるように言う。
とはいえ、爆豪はいつものように気に食わないといった様子で鼻を鳴らすし、轟は……うん?
「なぁ、何だか轟……体育祭の時と比べて、落ち着いたように見えないか?」
三奈にそう尋ねる。
そう、俺が見たところ、以前の緊張感を持っていた……悪く言えば、常時ピリピリしたり、誰も近づけないといったように棘を出している態度とは違っているように思えた。
「え? うーん……まぁ、言われてみればそうかも? 私、あまり轟と話したりしないしね」
「それを言うのなら、多分クラスの殆どがそうだと思うぞ」
三奈の言葉にそう返す。
業務的な事……例えば宿題はいつまで出すとか、そういう感じの話は轟もする。
だがそれはつまり、それ以外の話……どこかに遊びに行くとか、あるいはどんな映画が好きだとか、そういう話題については轟はしない。
いや、もしかしたらそういうのを聞けば話すのかもしれないが、聞いてもスルーされる未来しか思い浮かばないんだよな。
しかし、今の轟はそんな以前の轟とは違う。
俺や三奈が見ているのに気が付いたのだろう。
轟が椅子から立ち上がり、俺の方に向かってくる。
「どうした?」
表情そのものは以前と変わらない。
ただ、態度が明らかに違っていた。
以前であれば、こうして自分から近付いてきてどうした? といったように声を掛けたりはしなかっただろう。
な?
そう三奈に視線を向けると、三奈も俺の言葉に納得したように頷く。
「いや、轟の雰囲気が体育祭前とちょっと違うなと話していたところだ」
「……そうか。自分では分からないんだが」
「やっぱり緑谷か?」
そう聞くと、轟は一瞬驚きの表情を浮かべる。
どうやら正解らしい。
最終競技のトーナメントにおいて、緑谷と轟が何やら熱い展開を繰り広げたというのは、俺の耳にも入っている。
色々とあって、直接それを見る事は出来なかったが。
また、その人から聞いたというのもあるが、それ以上にやっぱり緑谷が主人公候補……いや、もうここまで来たら主人公確定でいいんじゃないか?
とはいえ、俺が介入した結果か、緑谷は轟に負けてしまったのだが。
ともあれ緑谷が関わったので、それが轟に影響を与えたといった事については容易に予想出来た。
「ああ、あいつに色々と言われてな。それで休日に母さんと会ってきた」
「……会ってきた? 家にいるんじゃないのか?」
「ちょっ、アクセル。そういうのを迂闊に聞いちゃ駄目!」
俺の言葉に三奈がそう突っ込んでくる。
だが、轟は三奈の言葉に対して首を横に振る。
「いや、別に気にしないでくれ。ちょっと母さんは入院していてな。それで色々とあったんだが……いや、色々とあって入院しているのが正確か」
その色々というのが何なのかはちょっと気になるが……俺も個性事故によって色々とある状態だしな。
その辺に突っ込むのは、ちょっと止めておいた方がいいような気がする。
「そうか。まぁ、轟の今の雰囲気は以前よりも接しやすくなったからいいけどな。……今日からまた自主訓練をやる予定だけど、轟はどうする? 以前誘った時は断られたけど」
「……少し、考えさせてくれ」
俺の言葉に数秒考えた後、轟がそう言ってくる。
まぁ、轟は父親がNo.2ヒーローのエンデヴァーだ。
そう考えれば、俺の自主訓練に参加するよりも父親との訓練をした方が有意義なのかもしれないな。
もっとも、体育祭で会ったエンデヴァーの性格を思えば、それが良いか悪いかは分からないが。
純粋に訓練だけを考えれば、エンデヴァーとの訓練の方が効率はいいかしれないな。
……もっとも、体育祭の時の俺とエンデヴァーのやり取りを考えると、轟に良い影響を与えるとはちょっと考えにくいが。
あるいは轟も、それが分かっているので俺の誘いをすぐに断らなかったのかもしれないな。
そうして話してると、相澤が教室に入ってくると挨拶をする。
「おはよう」
慣れたもので、立っていた生徒達はすぐに自分の席に戻っていく。
これで荒れている学校とかなら、それこそ教師が来てもそんなのは関係ねえと言わんばかりに話を続けたりするのだが、ここは雄英で、ましてや担任は相澤だ。
もしそんな事をしたら、それこそ容赦なく除籍にされかねない。
それが分かっているから、生徒達も素直に自分の席に戻ったのだろう。
体育祭の件でそれぞれ近くにいる者達と話していたのだが、そんな事実はなかったといったような感じで教室の中は静かになる。
相澤もその様子を見て、特に不満そうな様子もない。
「相澤先生、包帯が取れたのは良かったわ」
「婆さんの処置が大袈裟なんだよ」
梅雨ちゃんの言葉に、相澤がそう返す。
言われてみれば、体育祭の時はかなり包帯が巻かれていたのに、今は特にそういうのはない、普通の相澤だ。
USJの一件で負った怪我については、どうやらもう治ったらしい。
「んなもんより、今日のヒーロー情報学はちょっと特別だぞ」
そう言う相澤の言葉に、クラスがざわめく。
ヒーロー基礎学は模擬戦だったり、USJでの救助訓練だったりと身体を動かすものが多い。……まぁ、USJではヴィラン連合に襲われるとかそういうのがあったけど。
とにかくヒーロー基礎学がそんなのに対して、ヒーロー情報学というのはヒーロー関連の法律を覚えたりとか、身体を動かすのではなく、教室で行われる授業となる。
そんな生徒達の様子を見たところで、相澤はあっさりと口を開く。
「コードネーム。ヒーロー名の考案だ」
『胸ふくらむ奴、きたああああああっ!』
相澤の言葉に、生徒達が立ち上がり、喜びを露わにする。
俺を含めた何人かは座ったままだったが、大半の生徒にとってヒーローネームを決めるというのは、それだけ嬉しいものだったらしい。
相澤はそんな生徒達を見ても、特に驚いた様子もなく言葉を続ける。
「というのも、先日話したプロからのドラフト指名に関係してくる。指名が本格化するのは、経験を積み即戦力として判断される、2年3年から。つまり今回来た指名は、将来性に対する興味でしかない。卒業までにその興味が削がれたら一方的にキャンセルというのも珍しくない」
「大人は勝手だ」
夢も希望もない相澤の話に、峰田が拳で机を叩く。
ちなみにショックのあまり廊下で固まっていた峰田だったが、いつの間にか教室に戻ってきていたな。
多分、相澤が来るのを見て、急いで教室に戻ったんだろうが。
「貰った指名がそのまま自分へのハードルになるんですね!」
葉隠の言葉に、相澤は頷く。
「そうだ。で、その指名の集計結果がこれだ」
そう言い、黒板に集計結果が表示される。
アクセル:6842
轟:3562
爆豪:1532
常闇:205
飯田:195
上鳴:84
八百万:79
切島:65
麗日:21
瀬呂:13
峰田:5
……って。おい?
いやまぁ、3位に届かなかった轟が爆豪よりも順位が上なのはちょっとアレだが、とにかくA組の上位陣という事で納得出来る。
多分、爆豪の言動から準優勝であっても自分では扱いきれないと判断したんだろうな。
それ以外の面々は、まぁ……納得出来るか?
常闇の数がちょっと少ない気がするが。
その辺については、俺も素直に納得出来る。
だが……納得出来ないというか、驚きなのは緑谷にはスカウトが来なかった事だろう。
心操や轟との戦いで強力な増強系の個性を発揮したのを思えば、それは不思議だ。
いや、でも心操と轟との戦いで個性を使う度に何本もの骨を折っていたのを思えば、プロヒーロー的にはスカウトしたいとは思わないか?
まぁ、こっちは俺にとっても理解出来ないではない。
個性を使う度に緑谷の治療をする必要があるのだから。
体育祭では雄英だからこそ、リカバリーガールがいるので、治療については問題がなかったかもしれない。
だが、治療系の個性というのは決して多くはない。……いや、かなり希少なのは間違いない。
だとすれば、他のプロヒーローの事務所で緑谷をスカウトしても個性を使う度に怪我をする訳で、それを思えば緑谷をスカウトしたいと思わない者も多いだろう。
……そして、もう1つ。
まさか、トーナメントに参加していない峰田にもスカウトが来るとは思わなかった。
考えられる可能性があるとすれば、障害物競走と騎馬戦で峰田の活躍を見たプロヒーローがスカウト対象にしたとかか。
騎馬戦はともかく、障害物競走で峰田は他の学科の者達……それも数人どころか、十数人、数十人に狙われ、それでも逃げ切り、その上できちんと上位に入って騎馬戦に参加したのだ。
それを思えば、プロヒーローが峰田に興味を持つというのはそんなにおかしな事ではない。
また、騎馬戦もその小柄な身体を活かして梅雨ちゃんと共に障子の肩甲骨に隠れるという、トリッキーなアイディアで活躍した。
トーナメントには残れなかったが。
そんな峰田の活躍を見れば、トーナメントには参加していなくても、しっかりと戦力になると考えたのだろう。
この辺り、さすがプロヒーローといったところか。
「うおおおおお! オイラの時代が来たぁっ!」
峰田が嬉しそうに叫ぶ。
いやまぁ、トーナメントに残っていないにも関わらずスカウトが来たのだから、峰田のその反応も当然だとは思うけどな。
そうして喜んでいる峰田とは裏腹に、青山は落ち込んでいた。
うん、まぁ……心操の力によってトーナメントに残ったとはいえ、スカウトが1件も来ていないしな。
もしかしたら、尾白やB組の奴は心操に操られたからって事でトーナメントの参加を辞退したのに、青山はそれはそれ、これはこれって事でトーナメントに参加したから、それを見ていたプロヒーローの受けが悪かったとか、そんな感じか?
もしくは、トーナメントの戦いで良いところがないまま負けたからとか。
そういう意味では、轟に瞬殺された瀬呂もドンマイの声は貰ったらしいが、プロヒーローのスカウトは少ないんだよな。
そんな風に考えつつも……うん、取りあえず現実逃避はその辺にして、俺に来た6800件程のスカウトをどうするべきかだな。
もっとも、俺は龍子の事務所に行く予定なので、その辺では特に問題がない……と思っておこう。
そのように思いながら、俺は周囲の面々と話をするのだった。