「茨の場合は、身体が柔らかいのもあるから普通に格闘技を習うのが一番だと思うんだがな」
「アクセルさんがそう仰るのであれば、格闘技を習います」
「あー……いや、俺が言ったからどうとかじゃなくて、自分で考えて必要なら習ってくれ。もっとも、雄英のヒーロー科である以上、格闘技を習うにしても時間的な余裕はあまりないだろうけど」
今はまだ放課後にこうして自主訓練をやるだけの余裕があるものの、それはあくまでも今だからだ。
もう少しで職場体験も始まるから、そうなれば格闘技を習うといったような余裕はなくなるだろう。
勿論、格闘技が得意なプロヒーローの事務所に行って、そこで格闘技を習うといった事は出来たりもするが。
「……分かりました。もう少し考えてみます。その、それとアクセルさんは個性の使い方の発想が他の人とは違います。私の個性でも何かそのようなものはありませんか?」
「茨の個性でか。……ぱっと思いつくのは、茨を身体に纏うって奴だが……それはそれで難しそうだよな」
「そうですね。棘がついていますので、それを身体に纏うとなると、かなりの怪我をしてしまう事になりそうです」
「身体に纏う……あ、ねぇ、アクセル、それって私が使ってもいい?」
俺と茨が話していると、不意にそんな声が聞こえてくる。
それが誰の声なのかは、毎日聞いている声である以上、すぐに分かった。
「三奈の酸で?」
「うん。私の酸はアクセルも知ってるように、酸の濃度を自由に出来るから。茨のように自分を傷つけることはないし」
三奈は相変わらす、コミュ能力が高いよな。
名字の塩崎じゃなくて、名前の茨で呼んでるし。
「三奈が出来るのなら、やってみてもいいんじゃないか? 別にこれはそう珍しい案って訳じゃないんだし」
自分の個性を纏うというのは、例えば上鳴とかも同じような事をやっている。
雷の個性は正確には帯電らしいから、雷を身に纏うというのは標準的な能力なのだろうが。
他にも切島なんかも自分の個性を身に纏っている……いや、切島の場合はちょっと違うか? 皮膚がそのまま硬化するといった形になっているのだから。
「うん、ありがと。じゃあ、色々と試してみるね」
「……アクセルさん、私も少し考えてみます」
三奈が離れていくと、不意に茨がそう言ってくる。
「え? おい?」
さっき、蔦には棘があるので俺の提案は難しいと言った茨だったが、何故か急にやる気になったらしい。
「大丈夫です。難しいとは思いますが、絶対に出来ないという事ではないので」
「まぁ、茨がそう言うのなら、俺からは特に何も言う事はないが」
俺に出来るのは、あくまでも提案するだけだ。
それを実際に使うかどうかは、それこそ茨が自分で決めるようなものだしな。
であれば、その辺りは茨に任せるしかない。
「はい。では、色々と試したいと思いますので」
そう言い、離れていく茨。
そんな茨を見送ると、これからどうするべきかと考える。
茨の蔦によって締め上げられた峰田はどうした? と思って視線を向けると、そこには地面に倒れ込み、ピクピクとしている峰田の姿があった。
とはいえ、その皮膚は蔦の棘によって傷つけられたりはしていない。
……あれ? 峰田を相手にそういう事が出来るのなら、茨が蔦を纏うとのもそんなに難しくはないんじゃないか?
もっとも、俺が想像しているのは、いわゆるパワードスーツ的なものだ。
そうなると、三奈の酸もそうだが、ただ身体を自分の個性で覆うだけでは意味がない。
いや、防御力を高めるという意味ではそれなりに意味があるのかもしれないが、俺が思うような使い方は難しいだろう。
「峰田、無事か?」
「……オイラ、新しい道に目覚めそう」
「止めておけ」
ただでさえ峰田は特殊な性癖を持っている。
それが新たにSM方面にまで……それもMの方に目覚めたりしたら、手に負えない。
今のところ、A組で峰田が暴走した時に止める事が多いのは梅雨ちゃんだが、その梅雨ちゃんが止める時も舌を鞭のようにして使っている。
その梅雨ちゃんの一撃を喜ぶようになったりしたら……うん、洒落にならないよな。
もっとも、この手のものは他の者が止めたからといって、素直にそれに従うかどうかは別問題だ。
止められたからこそ、余計にそちらの趣味に執着し、目覚めるといった可能性も否定は出来ないのだから。
「話を戻すけど、峰田はただでさえ身体能力という意味では他の者達に劣ってるんだ。そうなると近接戦闘をやる時は相手の意表を突く必要が出てくる。俺が提案したように、地面の近くを移動して相手の意表を突くとかしない限り、峰田に近接戦闘は難しいだろうな。……最悪、近接戦闘を完全に捨てるといった手段もあるけど」
そう言いはするが、峰田が近接攻撃を捨てたからといって、それを相手が……ヴィランが考慮してくれるかどうかは別問題だが。
それは峰田も理解しているのだろう。
俺の言葉を聞いて、少し考えてから口を開く。
「いや、さすがにそこまでは出来ない。オイラももう少し考えてみる」
そう言い、峰田も離れていく。
……考えてみるというか、峰田の場合は緑谷、茨、三奈と違ってこのままここにいると模擬戦を再開しそうだからという理由で離れて行ったよう気がしないでもないが、そうなんだろうな。
峰田は才能はあると思うんだが、何というかこう……本人にそこまでやる気がないというか、そんな感じなのが問題だよな。
「アクセル、ちょっと私と模擬戦をしてくれないか?」
俺の周囲に誰もいなくなったところで、拳藤がそう声を掛けてくる。
拳藤の個性は手が大きくなるという単純なものだが、単純だからこそ迷いがなく使える。
これが複合個性のように色々と出来る事が多い場合、それこそどの個性を使えばいいのかといった取捨選択が必要となる。
それが拳藤の強さに繋がっているんだろう。
勿論、多種多様な能力を使えて、完全にそれを使いこなせるのなら、それはかなりのアドバンテージになるのも間違いはなかったが。
それだけに、拳藤は自分の個性を使いこなす為に空手……いや、他にも幾つか格闘技を習っているのか? とにかくそんな感じで、出来る事が少ないからこそ、そちらを集中的に鍛えて伸ばす。
その為、こうして俺に模擬戦を挑んでくる事も珍しくはなかった。
「分かった。個性はどうする?」
「個性はなしで」
「ん? 俺だけじゃなくて、拳藤も個性を使わないのか?」
「うん、今日は個性なしの、純粋な身体能力だけでやりたい気分なんだ」
「……拳藤の気持ちは分からないでもないけど、俺の場合は特に個性を使うって訳じゃなくても、常時個性が発動している状態だぞ?」
何しろ増強系ということになっている俺の個性は、実際には個性でも何でもなく、素の身体能力な訳だし。
そんな俺が個性を使わない素の状態で模擬戦をやるというのは……うん、何気に結構難しいよな。
「あー……なら、虚空瞬動だったか? そういうのは使わないでくれればいいから」
「分かった。まぁ、虚空瞬動は個性じゃなくて技術なんだが……その辺については、突っ込まない方がいいよな?」
「そう言いながら、しっかりと言ってるじゃないか」
呆れた様子でそう言ってくる拳藤。
仕方がない奴だなといった様子の拳藤だったが、言葉程に怒っているような感じではない。
「まぁ、その辺はともかくとして、じゃあ始めるか」
「……よし。じゃあ、行くよ」
大きく息を吸い、それを吐き出した時には既に拳藤は気分を切り替えていた。
こちらに向かってしっかりと構える拳藤。
空手の構えというよりは、ボクシングに近い構えだ。
まぁ、格闘技を習う上で、ボクシングというのはかなりメジャーなところだし。
人によって意見は違うが、立ち技最強の格闘技と称される事も珍しくはない程なのだから。
とはいえ、拳藤の格闘技のベースが空手なのは間違いない。
そんな拳藤に対し、俺も構える。
俺の場合は、ベースにあるのが軍隊格闘技なのだが、長い間戦い続けた結果、そこに色々な要素がプラスされている。
……そもそも、格闘技というのはあくまでも人が人を相手にする為に生み出されたものであり、そういう意味では今となっては人ではなく混沌精霊の俺が使うのはどうかと、思わないでもなかったが。
もっとも、それでも便利なのでこうして使っているのだが。
「はぁっ!」
気合いの声と共に拳藤が前に出る。
その手から放たれるのは空手の突き……ではなく、ボクシングのジャブ。
立ち技最強の格闘技と称されることも多いボクシングの特徴は、このジャブだ。
恐らくは全ての格闘技の中で最も速い……それこそ最速のパンチ。
左を制する者は世界を制すといった言葉もあるくらいには、ボクシングにおいてジャブは重要だった。
もっとも、別にジャブは左だけではなく右もあるのだが。
ともあれ、そんな格闘技最速のジャブは、素人では避ける事は不可能な程の速さだ。
……あくまでも素人ならの話だが。
バチンと、拳藤の左ジャブを叩き落とす。
「くっ!」
回避するのなら勘でどうにか出来たりもするが、こうして叩き落とすというのはパンチを完全に見て把握していないと出来ない。
拳藤の口から悔しげな声が上がったのは、本人もそれを十分に理解しているからだろう。
恐らく、今のジャブは拳藤にとっても最速の一撃だったのだから。
「はぁっ!」
拳が駄目なら、蹴り。
速度よりも一撃の威力を重視した一撃。
だが、そんな一撃は当然のように見切っており、その一撃を回避すると同時に拳藤の左足……蹴りに使っていない方の足を蹴る。
「きゃっ!」
姐御系とは思えないような可愛らしい悲鳴を上げる拳藤だったが、当然ながらそれでも大人しく転ぶといったような事はない。
片手を地面に突いて身体を支え、そのままの状態で再び蹴りを放ってくる。
この辺りのバランス感覚は天性のものだよな。
感心しつつも、当然ながらそのような一撃を食らってやれる筈もなく、俺を狙って放たれた拳藤の足を掴む。
……ここで峰田なら、体操服越しとはいえ、拳藤の足の感触を楽しんだりするのだろうが、さすがに俺はそんなことはしない。
そのまま拳藤の足を掴みつつ、大きく振るう。
ジャイアントスイング……とまではいかないが、そのままの一動作で拳藤の身体を投げ飛ばしたのだ。
とはいえ、拳藤も今まで模擬戦で何度も同じような目には遭っているので、混乱せずに空中で体勢を立て直しつつ、地面に着地する。
……が、着地した拳藤が顔を上げた時、既にそこには俺が間近まで迫っていた。
「残念だったな」
その言葉と共に俺の拳が拳藤の顔面に向け放たれ……命中する直前で止まる。
「あっちゃぁ……いいところなしで、あっさり負けたな」
拳藤が大きく息を吐きながら、そう言う。
「そうだな。……というか、自分で言うのもなんだけど一対一、それも個性なしで俺とやり合うというのが、そもそも間違っていると思うぞ?」
「ぐぬぅ」
ぐうの音も出ないというのはよくあるが、ぐぬぅの音も出ない……いや、ぐぬぅと言ってるんだから、ぐぬぅとしか言えない? そんな感じの拳藤。
「いや、アクセルが強いというのは分かっていたし、今の模擬戦も勝てるとは思わなかった。ただ……それでも、もう少し食らいつけると思ったんだけどな」
悔しそうな様子の拳藤。
こうして俺を相手に圧倒されても悔しがれるというのが、拳藤の長所だよな。
「悪くなかったとは思うぞ。ただ、ジャブを使うのならもう少し威力よりも速度を重視した方がいいと思う。どのみちジャブで相手を倒す事は……あ、拳藤が個性を使えば、ジャブでも強力な威力になるのか?」
「あははは、どうだろうね。ただ、アクセルが言う程の威力にはならないかもしれないけど、それに近い威力は出せる……と思う」
「なら、次は個性ありで模擬戦をやってみるか?」
「あー……ううん、いいや、止めておく。アクセルを独り占めにすると、それはそれで問題が起きるし」
「独り占めって……まぁ、いいけど」
拳藤の言葉に何かを言おうと思ったが、何となくその件については何も言わない方がいいだろうと考え、止めておく。
「ねぇ、アクセル君。次は私の訓練に付き合ってくれない?」
拳藤との模擬戦が終わったと思うと、そう葉隠が声を掛ける。
「別にいいけど、何をすればいいんだ?」
「えっと……やっぱり、模擬戦?」
「今の葉隠を相手に模擬戦はまだ早いだろ」
運動着を着ているので、葉隠の動きは普通に把握出来る。
そうなると、葉隠の個性の透明というのが全く役に立たない。
透明の状態ですら、気配を察知出来る俺にしてみればどこにいるのかは分かったりするのに、こうして体操着を着ている状態では、余計にその動きを察知出来てしまう。
だからこそ、葉隠が俺と模擬戦をやるのは少し……いや、大分早い。
「う……じゃあ、格闘技教えて!」
「それなら、まぁ」
そんな訳で、俺は自主訓練が終わるまで葉隠に格闘技の基礎を教えるのだった。