「はい、お待ち」
その声と共に俺の前に置かれたのは、チャーシュー麺と炒飯。
自主訓練が終わった後の空腹を満たすにはちょっと量が少ないが。
とはいえ、他の面々と比べると、俺の料理はそれなりに多い方だった。
この店は雄英の最寄り駅の近くにあるラーメン屋。
以前行ったお好み焼き屋もそうだったが、雄英の生徒がそれなりに多くいる店だ。
「うわ、アクセル……それ本当に1人で食べるの?」
耳郎が俺の前に置かれた2つの料理を見て、呆れたように言う。
ちなみに俺の正面に座っている耳郎の前には、冷やし中華があった。
……まだ夏にはちょっと早いんだが、このラーメン屋ではどうやらもう冷やし中華を出しているらしい。
あるいは、単純に1年中冷やし中華を出しているのか。
あ、でも普通のラーメンと違って具材も多いし、それを切る必要もあるので、ラーメン屋にとって冷やし中華は手間の掛かる料理だというのを以前誰かから聞いた覚えがあるな。
だからこそ、普通の店では冷やし中華は夏だけの限定メニューになっているらしい。
となると、この店は個性で冷やし中華を作る手間をどうにかしてるのか、それとも単純に店主の意地でそうしているのか。
「このくらいなら、普通だろ」
そう言うと、耳郎は信じられないといった視線をこっちに向けてくる。
とはいえ、男子高校生……しかも部活という訳ではないが、放課後に自主訓練をしてしっかりと動いたのを考えれば、このくらいなら普通に食べられそうな気がする。
実際、切島もラーメン大盛りを頼んだりしているし。
「そんなに食べたら、太りそう」
「あのな、太るというのは運動が足りなくて食いすぎれば太るんだ。今日のようにしっかりと動いたのなら、寧ろ食べないと鍛えた動きで身体に筋肉がつかないぞ」
「う……筋肉って……ムキムキになるのは、ちょっと……」
「運動してつく筋肉は、そういう……いわゆる見せる為の筋肉じゃない」
というか、ボディビルダーとかそういう奴って今もまだ残ってるんだな。
まぁ、一目で見て分かると考えれば、分かりやすい競技なのだから、まだ残っていても不思議じゃないか。
「勿論、食いすぎればそれはそれで問題だが、耳郎も今日は結構動いたし、俺と同じくらい……とまではいかないが、もう少し食べてもいいと思うけどな」
「……そんなにお腹に入らないわよ」
「ヤオモモを見てみろ」
そう言うと、少し離れた場所に座っているヤオモモに耳郎が視線を向ける。
そこには麻婆丼と担々麺、餃子とシュウマイが並んでいる。
「ヤオモモは、個性を使うのにカロリーが必要だからでしょ」
「まぁ、そうだけど。ただ、ヤオモモがしっかりとした身体をしてるのは……」
「……アクセル、今、どこを見て言った?」
俺の視線がヤオモモの胸を一瞬見たのに気が付いたのか、耳郎のイヤホンがまるで威嚇する蛇のように空中を動く。
うん、ヤオモモの年齢不相応な双丘は、耳郎にしてみれば羨ましい事この上ない……まさに嫉妬すべき存在なんだろう。
「こほん。とにかく動くにしろ何にしろ、それで消費したエネルギーは勿論、身体を作るための栄養素もしっかりと摂取する必要がある訳だ」
「……そう言っても、女の子には少し難しいよね」
「あ、三奈。分かってくれる?」
俺と耳郎の会話にそう割り込んで来たのは、切島や葉隠と話していた三奈。
どうやら、俺と耳郎の話を聞いていたらしい。
「うんうん、分かる分かる。……アクセルにデリカシーがないのも分かるよね」
「いや、それは今は関係なくないか?」
「あのね、そういうのも色々とあるの。……でもさ、ダンスをしていたから実感するんだけど、動いた後に食べるってのはそれなりに大事だよ?」
三奈の言葉の前半は俺に、後半は耳郎に向けてのものだ。
俺だけではなく、三奈にも言われた耳郎はそれでようやく納得したらしい。
もっとも、だからといって追加の注文をするようなことはなかったが。
「アクセルさん、私の料理はどうでしょう?」
少し離れた場所にいた茨が、そう聞いてくる。
茨の前にあるのは、豚角煮丼と春野菜の炒め物だった。
「うん、まぁ、悪くないとは思うぞ」
茨の性格からして、豚角煮丼というのはちょっと意外だった。
何となく……本当に何となくだが、茨はそこまでガッツリとした肉料理は食べないと思っていたのだ。
「そうですか。アクセルさんがそう仰るのであれば、安心ですね」
「……あのな、一応言っておくけど、俺は別に栄養とかに詳しい訳じゃないぞ? あくまでも素人判断だからな?」
栄養士とかそういう資格を持っている訳ではなく、あくまでも俺の知識は人聞きのものだったり、TVか何かで見たとかだったり、そういうのによるものだ。
「ええ、それでもアクセルさんの言葉は信じられますから」
うーん……こうして俺の言葉を盲信するのはちょっとな。
もっとも、それが茨の考え方だと言われれば、そういうものかもしれないと思うのだが。
そんな風に思いながら、俺はラーメン屋での食事を続けるのだった。
「あー、腹一杯だ」
帰りの電車の中で、拳藤がそう言う。
「そこまで食べたか?」
拳藤はラーメン一杯、それも大盛りでもなんでもない普通の一杯だ。
それでも腹一杯というのは、拳藤は小食なのか?
「うん、取りあえず夕食はさっきのラーメンで十分かな」
「……小食だな」
俺はチャーシュー麺と炒飯を食べたが、少し遅めの夕食……夜食? それを食べるつもりだ。
何を食べるのかは、まだ決めていないが。
マンションの1階にあるスーパーで何か買っていくのもありかもしれないな。
「あはは。そうかもしれないな。もう少し食べられるようにならないといけないんだけど」
そうして話をしていると、今度のプロヒーローの職場体験についての話となる。
「アクセルはマウントレディの事務所……じゃないんだよな?」
「ああ。リューキュウの事務所だ。もっとも、リューキュウとマウントレディはチームアップをしているから、そういう意味ではマウントレディの事務所といった扱いになるかもしれないけど」
「……峰田がマウントレディの事務所なんだろ? 大丈夫か?」
心配そうな様子で聞いてくる拳藤。
B組の物間、そしてA組の爆豪といったアレな奴がいるが、峰田も峰田で爆豪や物間とは方向性の違うアレな奴だしな。
拳藤は自主訓練に参加するようになった結果、峰田と接する機会も多くなった。
その結果として、峰田にセクハラをされることも珍しくない。
……もっとも、姐御系の拳藤だ。
峰田がセクハラをしてきた場合、鉄拳制裁とまではいかないが、手刀で撃退する事が多い。
峰田にしてみれば、耳郎のイヤホンと同じくらい厄介な存在となっていた。
あ、茨の蔦による締め上げもあるか。
とにかくそんな訳で、拳藤は以前と比べて峰田の性格を十分に知っている。
また、お漏らしの件だったり、体育祭の昼休みの件もあって、優ともそれなりに接する機会があった。
だからこそ、峰田が優の事務所に行くのを心配しているのだろう。
優の性格を知っている俺にしてみれば、峰田がセクハラをするよりも、優に振り回されることになると思うんだが。
寧ろ峰田がセクハラをするのなら、龍子は……いや、龍子の性格を考えると、それは無理か。
それこそかなり叱られるだろうし、場合によっては雄英に連絡をしたりしかねない。
そうなると、相澤の性格を考えると峰田は最悪除籍になる可能性が十分にあった。
もっとこう……隙のありそうなプロヒーローの女がいれば……いや、それはそれで取り返しのつかない出来事が起きそうだな。
「まぁ、優……マウントレディの性格を考えると、寧ろこの場合心配なのは峰田だろうな」
優は間違いなく美人だが、色々と性格的に問題がある。
それこそ峰田がセクハラをしようとしても、それよりも前に峰田を使い潰そうとしてもおかしくはない。
……それが具体的にどういう意味での使い潰すかというのは、ちょっと分からないが。
ただ、せめてもの救いは最近は優は龍子の事務所や、あるいは俺や拳藤の使っている駅からそう離れていない場所に事務所の支部とでも言うべきものを作り、そこにいたりする事か。
優の本来の事務所がどうなっているのかは分からないが……あ、もしかしてそっちに回されて片付けとか書類仕事をやらせたりとかするか?
職場体験という意味で、それはどうかと思うけど。
あるいは龍子の事務所に来るかもしれないな。
「峰田についてはともかく、拳藤は誰の事務所に行くんだ?」
「私はウワバミのところだね」
「ウワバミ? それって確か……」
以前、峰田や上鳴と話していた時、美人なプロヒーローというので名前が出て来た気がする。
その時にスマホで見せられたウワバミは、確かに美人だった。
写真だけじゃなくて、CMでも見た覚えがある。
派手めな美人というか、水商売系の美人?
とはいえ、プロヒーローである以上、きちんと実力があるのだろう。
実際、雄英が職場体験の候補として用意したのだから、その辺は間違いない筈だ。
あれ? それとも体育祭を見ての指名か?
「ちょっと意外だな。拳藤の事だから、デステゴロとか、そういうプロヒーローの事務所に行くのかと思ってた」
デステゴロは、武闘派のプロヒーローだ。
プロヒーローである以上は、実際には戦闘だけに特化した存在ではないのだろうが、それでも戦闘を得意としている、ヴィランを捕らえるのを得意としているプロヒーローで、格闘技をやっている拳藤にとっては合っていると思う。
「あはは、アクセルの考えも決して間違ってはいないよ。実際、私もデステゴロの事務所は候補として考えていたし。ただ……どうせ職場体験に行くのなら、私が普段するようなことがないプロヒーローの事務所に行ってみるのも悪くないと思ってさ」
そう言う拳藤の言葉に、なるほどと納得する。
拳藤は戦闘力という意味では、1年の中でもトップクラス……とまではいかないが、それでも中の上くらいにはなる。
なので、この機会に別の方面からも自分を鍛えたいと思ってもおかしくはなかった。
「ちなみに、ヤオモモも私と同じウワバミの事務所だよ?」
「……え? そうなのか? 何ヶ所かで迷ってるってのを少し前に聞いた事があったけど、結局ウワバミの事務所にしたのか」
戦闘力特化……という訳ではないが、そちらが得意な拳藤と違って、ヤオモモは個人の戦闘力はそこまで強くないものの、その代わり創造という個性による万能性がある。
何かが突出して得意な訳ではなく、オールマイティに何でも出来るといった感じだ。
俺の感覚だと、今はまだ器用貧乏と万能の間くらいといった感じだが。
とにかくヤオモモの場合は強力な個性もあり、また本人も優秀なので、ぶっちゃけどこに行っても相応にやれるだろう。
……そういう意味だと、ヤオモモが何故ウワバミの事務所を選んだのかは分からなかったが。
「ちょっと意外だろ?」
「ああ。ヤオモモならもっとこう……それこそヒーロービルボードチャートの上位にいるプロヒーローの事務所に行っても、普通にやれると思うし」
ちなみにヒーロービルボードチャートの上位……いや、No.2のエンデヴァーだが、轟はそのエンデヴァーの事務所に行く事にしたらしい。
家庭事情がかなり複雑らしい中で、よく父親の事務所に行く気になったよな。
轟と少し話しただけで、轟が父親を好んでいないというのはすぐに分かる。
だというのに、エンデヴァーの事務所を選んだのは……多分、何かあるんだろうな。
俺はそこまで轟と親しい訳じゃないので、その辺りいついては聞いていないし。
何より、体育祭の時にエンデヴァーとちょっと揉めたしな。
その時の一件もあってか、エンデヴァーにとって俺は決して好ましい存在ではない筈だ。
だからこそ、余計に轟と仲良くなるのは問題だったりするのだが。
「まぁ、どういう経験をするのかは分からないけど、とにかく頑張ってくるよ」
「頑張れ」
「……いや、私の応援をしてくれるのは嬉しいけど、アクセルはどうなんだ? リューキュウの事務所なんだよな? あまり迷惑は掛けるなよ」
まるで俺の保護者のようにそう言ってくる拳藤。
でも、体育祭の昼休みの時を思い出せば、拳藤はリューキュウのファンだったか。
なら、何でリューキュウじゃなくてウワバミの事務所を選んだんだろうな。
本人が自分でウワバミの事務所を選んだのだから、その件について俺がどうこう言うような事はない。
「俺を何だと思ってるんだ?」
「……普段のアクセルを見ていればその心配はしないけど、マウントレディに対する態度を思えば、ちょっと心配なんだよな」
そう言われると、俺としても反論は難しい。
とはいえ、俺と龍子、優の関係は何だかんだとそれなりに長い。……まぁ、長いとはいえ、1年も経っていないのだが。
そんな風に思いつつ、俺は電車が駅に到着するまで拳藤と話を続けるのだった。