こちらに向かって突っ込んできたヒーロー殺しは、間合いに入ったと見るや否や日本刀を振るってくる。
なるほど、その一撃はこの世界の人間……何らかの理由で個性を使ってではなく、純粋に自分の身体能力で振るったと考えれば、かなり鋭い。
ただ、完全に我流で特に剣道場とか剣術道場とかで修行をした訳ではないのが、この場合は残念だな。
このヒロアカ世界においては、元々格闘技ですらかなり下火だ。
そんな中で、剣道ならともかく剣術を教えてくれる相手なんて、それこそ絶滅危惧種と呼ぶべき存在なのは間違いないだろう。
とはいえ、俺もこのヒロアカ世界についての全てを知っている訳ではないので、中には剣術を教えている者がいないとも限らないが。
連続して振るわれる、ヒーロー殺しの日本刀。
日本刀を振るう大きな動きの中に、ナイフ……まぁ、ナイフというイメージで思い浮かべるような、それこそヤンキーが使うようなナイフの類ではなく、傭兵が戦争で使うようなイメージのあるような刀身の長いナイフで突き、突き、突き、薙ぎ……といった具合に攻撃してくるものの、その全てを回避していく。
ぶっちゃけ、俺としては下手な格闘技よりも剣道というか、剣術の方がこのヒロアカ世界には向いていると思うんだよな。
格闘技というのは、どうしても自分の手足といった生身の身体を使って行う。
だが、剣術となれば日本刀……は一応この世界でも銃刀法はあるから、木刀か? とにかく自分の手ではなく、武器を使っての攻撃だ。
勿論、剣術も他の格闘技と同じく、戦う相手は人を想定しているので、異形系とかを相手にした場合は苦戦するかもしれないが。
それでも生身での格闘技と剣術では、剣術の方がこの世界において有効なのは間違いないと思う。
「どうした、逃げるだけか!」
日本刀とナイフの攻撃を回避しながら、このヒロアカ世界における剣術の有用性について考えていると、ヒーロー殺しが挑発するように言ってくる。
「そうして逃げるだけの俺に攻撃を当てる事が出来ないのは、腕が未熟だというしかないけどな。……まぁ、ヴィラン連合の使いっ走りをやってるんだし、そんな相手に強さを期待する方が間違っているのかもしれないけど」
そう口にした瞬間、ヒーロー殺しの日本刀とナイフの迸る速度が上がる。
上がる……のはいいんだが、その速度の代わりに一撃の鋭さは荒くなっていく。
苛立ちから冷静になれず、自分の怒りを俺に向けた一撃に込めてるんだろうが……
「残念」
その言葉と共に、ヒーロー殺しが俺に向けて振るわれた日本刀はピタリと動きを止める。
何をしたのかと言えば、簡単だ。
俺の右手の人差し指と親指によって、日本刀の刀身が止められている。
真剣白刃取りというのがあるが、俺はそれを指でやっただけだ。
……まぁ、理屈では理解出来るだろうが、やろうと思ってそう簡単に出来る芸当ではない。
相手の攻撃を完全に見切っており、その上で2本の指で摘まむといったことが出来なければ、当然ながら刃によって斬り裂かれることになるし。
……もっとも、それが出来るのは俺が自分の実力に十分に自信を持っているからだし、もし、本当に万が一にでも失敗しても、ヒーロー殺しの一撃は個性を使った訳でもない、生身の一撃だけに、俺にダメージを与えることは出来ないという安心感があったからこその行動でもあったが。
「ば……」
目の前の光景が信じられないといった様子のヒーロー殺しが呟く。
だが、すぐに目に強い意志を込め、日本刀から手を離し、ナイフによる一撃を放ってくる。
素早く身体に隠していたナイフを抜き、今度は両手にナイフを持っての攻撃。
なるほど、日本刀はその大きさと重量から俺に攻撃を見切られたと判断し、より速度の出るナイフでの攻撃にしたのか。
だが……
「甘いって」
ナイフを振るう時、素人なら勢いを付けようと振りかぶったりする。
だが、ヒーロー殺しはその辺りについては慣れたもので、そのような事をせず、素早く手を動かす中で俺を斬り裂こうとしていた。
が……
「な……」
ナイフを……それも両手で持つ2本のナイフ両方ともを、俺が左右の手でそれぞれ掴んだのを見て、ヒーロー殺しの口から驚きの声が漏れる。
そうして動きが止まった一瞬、俺はそっと……可能な限り手加減をしながら、蹴る。
「ごふっ!」
それでもヒーロー殺しはかなりの勢いで吹き飛び、近くにあった壁に身体をぶつけ、それでようやく動きを止める。
「さて……グレープジュース、それとショートと……デクももう大丈夫か」
そんなヒーロー殺しを見て、そう言う。
いきなり名前を呼ばれた面々は、一体何故自分の名前が呼ばれたのかといったようにこっちに顔を向けてくる。
倒れていたデクも、いきなり名前を呼ばれたからだろう。起き上がりながらこちらを見てきた。
「テンヤはどうやらまだ動けないようだし、そっちで倒れているプロヒーローも同じだ。だとすれば、今動けるのはお前達だけだから、お前達でヒーロー殺しを倒してみせろ」
「は?」
「え?」
「な……」
グレープジュース、デク、ショートの順番にそう言ってくる。
ヒーロー殺しもいきなりの展開に理解出来ないといった様子を見せてはいたが、壁に叩きつけられたダメージの回復を優先させているのか、何かを口にする様子はない。
「な……何故……アクセル君、君が倒せば……それでいいだろう!」
テンヤが、何とか動こうとしながらも動けず、そう言ってくる。
まぁ、テンヤにしてみればヒーロー殺しというのは自分の兄を襲撃した憎い相手だ。
その憎い相手に自分が負け、そこにデクやショート、あるいは俺やグレープジュースがやって来て、そして俺がヒーロー殺しを圧倒した。
それこそ戦いの中で何とか有利になったとかではなく、問答無用の……圧倒的な、どうしようもない程の有利。
であれば、テンヤとしてはそのままヒーロー殺しを俺が倒すのを期待するのはおかしくない。
それは他の面々も同様だったし、何ならこの場にいる唯一のプロヒーローも俺の言葉を聞いて信じられないような視線をこちらに向けている。
寧ろ、ヒーロー殺しですら俺に信じられないといった視線を向けていたくらいだ。
「体育祭の時の俺の選手宣誓を覚えていないのか? 俺は壁だ。お前達、プロヒーローを志す者達にとっての壁。そんな俺から見て、このヒーロー殺しはお前達が実戦を経験するのに、丁度いい相手だと判断した」
そんな俺の言葉に、全員が信じられない、理解出来ないといった視線を向けてくる。
俺とグレープジュース以外の者達にしてみれば、先程までヒーロー殺しと本気の戦いをしていたのだ。
そんな中でいきなりそんなことを言ってきたのだから、信じられないと思うのは当然だろう。
「お前達には実戦経験が足りない。それを積む機会はそう多くない」
うん、もしデクがここにいなければ……いや、もしデクがいなくてもグレープジュースに実戦を経験させていたか。
そのつもりで、こうして連れて来たんだしな。
とにかく、USJの一件で俺がデクの実戦経験の機会を奪ってしまったのは間違いない。
それを取り返そうと、自主訓練では何度も緑谷と模擬戦をしたし……ぶっちゃけ、恐らくではあるが、今のデクは原作の同じ時期よりも強くなっていると思う。
ただ、それでも実戦経験の有無というのは大事だ。
原作でも恐らくは戦ったヒーロー殺しとの実戦経験を、これ以上奪う訳にはいかなかった。
……もっとも、原作と違って俺という存在がいるのを思えば、何かあっても俺が助けるという、無意識の安心感から、原作と同じ経験を貰えるとは思えないが。
それでも何もやらないよりはマシだろう。
とはいえ、この状況でそういう事をすれば間違いなく後で問題になる。
問題になるのだろうが、原作での流れを考えると、俺が多少の泥を被ってでもデク達を鍛える必要があると判断したのだ。
最悪、本当に最悪の場合、公安から手を回して貰えばいいかという思いがあったのも間違いないが。
「お前……そうか、アクセル・アルマーだな? 偽物を生み出す元凶の1人!」
俺の言葉を聞いていたヒーロー殺しが、何故か激昂した様子でそう叫ぶ。
いや、自分を他の面々の戦闘訓練の相手にすると言われたのだから、それは面白くないのは分かるが。
だが、ヒーロー殺しの言葉には疑問があった。
偽物を生み出す元凶? それは一体何の事だ?
とはいえ、それを聞いても素直に答えるとは思えないが。
「くっ……アクセル君、本気で言ってるの!?」
デクがこっちを見ながらそう言ってくる。
お前の為……というのは、実際に口には出来ないか。
「ああ、そうだな。……ヒーロー殺しはお前達の強化の為に丁度いい相手だ。それに、ここで時間を使うと、もしかしたら脳無もここに姿を現すかもしれないぞ? ヒーロー殺しはヴィラン連合の使いっ走りなんだからな」
「貴様ぁっ!」
俺の一言に反応したのか、ヒーロー殺しはナイフを手に俺に向かおうとするが……
「させるかっ!」
俺とヒーロー殺しの間に立ちはだかったのは、グレープジュース。
そのグレープジュースが、ヒーロー殺しに向かってモギモギを投擲する。
グレープジュースは何だかんだと俺と行動をする機会が多かったし、保須市でも一緒に……いやまぁ、マウントレディとリューキュウで別行動をする事も多かったが、とにかくそんな感じで俺の考えを理解しやすかったのだろう。
そうしてグレープジュースが動けば、それに釣られるようにデクとショートも動き出す。
モギモギを回避したヒーロー殺しに向かい、氷を飛ばして追撃を仕掛ける。
……グレープジュースのモギモギはある意味で初見殺しに近い。
それこそヒーロー殺しとはいえ、モギモギに触れれば動きが制限される。
ヒーロー殺しはそんなモギモギの性質を予想したのか、それとも単に悪い予感によるものか、とにかく回避した。
ショートの放った氷も回避するが……モギモギと氷のどちらも回避するとなると、さらにそちらに専念する必要があるのか、距離を取ろうとし……
「させるか!」
デクがヒーロー殺しに向かって突っ込む。
何だか全身から雷みたいなのが迸っているが……この数日で、どうやら身に付けた技らしい。
とはいえ、ヒーロー殺しは俺には圧倒されたが、この世界の基準で見れば十分に強者だ。
デクの攻撃を見つつも回避し、ナイフを振るう。
だが、デクもその一撃は大きく動いて回避する。
……本来なら、敵の攻撃は紙一重で回避するのが最善なんだが。
ただ、ヒーロー殺しの場合は血を舐める事で相手を動けなくするといった個性がある。
だからこそ、デクもギリギリで攻撃を回避しようとして、ナイフで斬られ、刃について血を舐められるといったことを警戒しているのだろう。
なるほど。見た感じだと、この3人でヒーロー殺しと互角か、少し有利といった感じか。
……ただ。ヒーロー殺しが少し押されているのは、自分が戦っている3人以外に、俺に対しても注意を払っているからというのが大きいのだろう。
俺はこの戦闘に手を出すつもりは……まぁ、デク達が決定的に負けそうにならない限り、ない。
だが、ヒーロー殺しにそれは分からない以上、何かあったら即座に俺に対処出来るよう、準備をしておくのは分からないでもなかった。
しかし……こうして改めて見ると、ヒーロー殺しの生身の戦闘技術は高いな。
あの3人を相手に、ほぼ互角にやり合えている。
これで増強系の個性を持っているとかなら話は別なのだが、ヒーロー殺しの個性は相手の血を舐めて動けなくするといったものだ。
つまり、純粋な戦闘技術という点は全てが素の状態で行っている。
デク達も雄英に入学出来るだけの実力の持ち主だし、ショートは推薦で入学した身だ。
また、既に入学してからある程度の時間が経ち、ヒーロー基礎学での模擬戦や、放課後に行われる自主訓練でしっかりと鍛えている。
そうして入学時と比べても間違いなく戦闘技術は上がっているのだが……そんな3人を相手に、こうして有利に戦いを進めているのは、ヒーロー殺しの強さを示していた。
とはいえ、それでも先程俺に吹き飛ばされて壁にぶつかったことによるダメージはまだ残っている訳で、それによってヒーロー殺しの動きが微妙に普段通りとはいかなくなっていた。
それでも今のこの状況でどのように対処出来るかどうかは……微妙なところなのは間違いないだろう。
デクの攻撃を回避したヒーロー殺しがナイフを突き出そうとしたところで、俺は不意に手を動かす。
瞬間、ヒーロー殺しはデクに対する攻撃を止め、距離を取る。
……そう、何があっても対処出来るだろうと思えるような、そんな距離を。
一体何を思ってそのような行動をしたのかは、考えるまでもない。
今この状況で俺が手を動かした事により、ヒーロー殺しは自分が攻撃されると思ったのだろう。
そんな様子を見つつ、戦いは続いていくのだった。